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『SFマガジン2021年2月号 百合特集2021』(宮澤伊織、他) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2021年2月号は、『裏世界ピクニック』TVアニメ化記念ということで二年ぶりの百合特集でした。


『SFファンに贈るWEB小説ガイド 第17回』(柿崎憲)より
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 またしても百合特集かSFマガジン……
前回の特集が大ウケしたからといってそんな安直に二匹目のドジョウを狙っていくのはどうかと思いますね僕ぁ……。
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SFマガジン2021年2月号p.194




『裏世界ピクニック6 冒頭予告篇』(宮澤伊織)
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「ほら! やっぱり変なんですよ、紙越センパイ」
 金髪の彼女の後ろから現れたショートの子が言った。先週末、学食で急に話しかけてきた学生だ。私のことを先輩と呼んでいるけど、心当たりがない。人違いだと言っても理解できないという顔をして、しつこくつきまとって、怖くなって逃げたのだ。
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SFマガジン2021年2月号p.11

 かわいいものが好きなごく普通の大学生、紙越空魚。あるとき彼女の周囲で怪異な出来事が続けざまに起きる。見知らぬショートヘアの女性が先輩先輩と馴れ馴れしく話しかけてきたり、謎の金髪美人から親しげに声をかけられたりしたのだ。これはいったい何の罠なのか……。
 TVアニメも好評放映中のヒット作『裏世界ピクニック』、近日発売予定の第6巻、初の長編「Tは寺生まれのT」の冒頭先行掲載。


『回樹』(斜線堂有紀)
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 愛しているのか愛していないのか、終わっていいのか未練があるのか。
 回樹は、その全ての疑問を解消してくれる。
 律の中にあったものが愛であったかもしれないことを教えてくれる。
 墓はただの石だ。死体は肉塊だ。魂はお伽噺だ。
 けれど、心は。まだここにある。あるはずだ。
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SFマガジン2021年2月号p.48

 「愛」に寄生して繁殖する植物「回樹」。別れようとしていた矢先に恋人を失ってしまった語り手は、回樹の習性を利用してある企てを試みるが……。


『貴女が私を人間にしてくれた』(届木ウカ)
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 通常、アイドルとはステージの上やカメラの前でのみ「アイドル」として振る舞い、自宅や日常生活の中では普通の女の子として過ごす。私たち未来アイドルの特徴的な点は「普通の女の子」である時間の存在しない、「二十四時間アイドル」と謳われていることだ。
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SFマガジン2021年2月号p.51

 朝起きてから夜寝るまで、生活のすべてをアイドルとして過ごす未来アイドルたち。そんな未来アイドルがあるときバーチャル空間で出会った相手に恋をしてしまう。ティプトリー『接続された女』のバーチャルアイドル版。


『身体を売ること』(小野美由紀)
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 一体誰の物語を聞かされているんだろう。目の前にあるのは確かに元のわたしの身体だ。でも今はわたしのものじゃない。わたしが値段をつけて売った。ニナはわたしの身体を手に入れ、偽の物語を生きている。
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SFマガジン2021年2月号p.119

 娼婦としてスラム街で悲惨な生活を送っていた語り手は、自分の肉体を富裕層に売って人工義体となる。かつての自分の身体を手に入れた娘を目撃した彼女は、その娘のところに正体を隠して召使としてつかえることにしたが……。女性の身体の自己決定権を扱った印象的な短篇。


『湖底の炎』(櫻木みわ、李琴峰)
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 決心するまで、それほど時間はかからなかった――彼女が再び許仙と出会うことが運命づけられている以上、私も人間界に赴き、彼女の傍にいてあげなければならない。千年前の、あの西湖の畔のように。彼女が許仙の生まれ変わりと結ばれてくれれば、私もまた自らの情念を断ち切り、「心無罣礙」の境地に入り、昇天を果たせるのかもしれない。
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SFマガジン2021年2月号p.138

 千年前に封じられた白蛇が普通の女に生まれ変わり、何の因果かかつて身を滅ぼす原因となった男の生まれ変わりに恋をしているという。そのことを知った妹弟子は、姉弟子である白蛇への未練を断ち切るために、人間に化けて彼女の友人となり恋を成就させようとするが……。現代日本を舞台にした、中国の古典伝説『白蛇伝』の翻案。


『明日に仕えて』(ネオン・ヤン、中原尚哉:翻訳)
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 あなたはもう人ではない。アンシブル。物質とエネルギーを数光年のかなたから歌に乗せて運ぶ者。(中略)あなたは彼女の歌に落ち、彼女はあなたの歌に落ちる。スーチンは目を見開く。二人のあいだに接続ができる。時空を超えるポータルが開く。
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SFマガジン2021年2月号p.165、181

 アンシブル。それは歌うことで遠く離れた惑星間で物質やエネルギーの転移を可能にする能力者。アンシブルである語り手は、恋する相手のために、無慈悲な圧政をしく帝国を裏切る決意をする。かつてル=グウィンが描いた、抑圧にたいする解放の象徴としての超光速通信アンシブル(「レズビアン」のアナグラム)を、中華宇宙を舞台に再構成してみせた傑作。


『繊維』(劉慈欣、泊功:翻訳)
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「竹きれに穴を空けるというのを知らないのか? 出土したそれ用の青銅製ドリルは、北京の故宮博物館に今も展示されてるよ。そのドリルは中国語で“辞頭”というが、今ではディスク上に読み書きするパーツのことをその名前で呼んでる。周の武霊王が開発した易経ver3.2は何百万行ものコードが書き込んであって、ドリルで穴を空けた竹きれの長さは何千kmにもなるのさ……」
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SFマガジン2021年2月号p.298

 空軍のパイロットが飛行中に迷い込んでしまったトワイライトゾーン。そこは様々な多元宇宙の交差点だった。珍しいユーモアSF。作者は『三体』やそのスピンオフ作品にも登場した「古代中国の技術と人海戦術で作られたコンピュータ」というネタが大好きらしく、本作においても、大豆で出来た演算媒体、竹製の累算器、竹簡に記録されるOS、といった馬鹿ネタが炸裂します。





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2020年を振り返る(8)[サイエンス・テクノロジー] [年頭回顧]

 宇宙まわりでは、人工的に宇宙(ベビーユニバース)を作り出す可能性について探求する『ユニバース2.0』と、月開発の現状と課題について具体的に解説する『月はすごい』が気に入っています。


2020年03月23日の日記
『ユニバース2.0 実験室で宇宙を創造する』(ジーヤ・メラリ、青木薫:翻訳)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-23

2020年03月25日の日記
『月はすごい 資源・開発・移住』(佐伯和人)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-25


 時間とは何かという根源的な疑問に対して純粋に物理的にアプローチする『時間はどこから来て、なぜ流れるのか?』と、様々な海洋環境問題の危機的状況を解説する『追いつめられる海』も印象に残っています。


2020年03月18日の日記
『時間はどこから来て、なぜ流れるのか? 最新物理学が解く時空・宇宙・意識の「謎」』(吉田伸夫)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-18

2020年07月14日の日記
『追いつめられる海』(井田徹治)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-07-14


 量子コンピュータの動作原理から現状の競争状況まで解説してくれる『驚異の量子コンピュータ』、人間の会話が成立してしまうことの不思議さという気づきにくい驚異に挑む『あいまいな会話はなぜ成立するのか』も興味深い本でした。


2020年01月22日の日記
『驚異の量子コンピュータ 宇宙最強マシンへの挑戦』(藤井啓祐)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-01-22

2020年07月15日の日記
『あいまいな会話はなぜ成立するのか』(時本真吾)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-07-15


 グラフィックまわりでは、リアルサイズ古生物図鑑の最終巻、そしてピタゴラスイッチなどで知られる佐藤雅彦さんとユーフラテスが実験動画により子供の知的好奇心を刺激する『このスプーンは、結構うるさい DVDブック』が面白かった。


2020年10月06日の日記
『古生物のサイズが実感できる! リアルサイズ古生物図鑑 新生代編』(土屋健:著、群馬県立自然史博物館:監修)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-06

2020年02月27日の日記
『このスプーンは、結構うるさい DVDブック』(佐藤雅彦、ユーフラテス、NIMS)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-02-27





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2020年を振り返る(7)[教養・ノンフィクション] [年頭回顧]

 海外文学を中心とした河野聡子さんによる書評集の第二弾を読みました。自分が知らない面白い本がどれほどたくさん出ているかを思い知らされます。


2020年12月01日の日記
『あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ(2)』(河野聡子)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-12-01


 認知や身体機能、性的指向など、何らかのマイノリティ性を持った人々がどのような世界を生きているのか、それを教えてくれる好著がいくつも。


2020年09月01日の日記
『誤作動する脳』(樋口直美)
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2020年04月07日の日記
『記憶する体』(伊藤亜紗)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-04-07

2020年04月01日の日記
『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて ――誰にも性的魅力を感じない私たちについて』(ジュリー・ソンドラ・デッカー、上田勢子:翻訳)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-04-01


 オカルトまわりでは、ASIOSのオカルト謎解きシリーズ新刊、俗流スピリチュアリズムに関する解説書、そして俗説や怪異の事典を楽しみました。


2020年11月04日の日記
『超能力事件クロニクル』(ASIOS)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-11-04

2020年01月16日の日記
『ポップ・スピリチュアリティ メディア化された宗教性』(堀江宗正)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-01-16

2020年04月27日の日記
『日本俗信辞典 動物編』(鈴木棠三、カバーイラスト:石黒亜矢子)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-04-27

2020年07月20日の日記
『世界現代怪異事典』(朝里樹)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-07-20


 その他、社会にあふれる様々なナンバーについての雑学、2020年を象徴するようなアマビエの作品集、そして怒りをこめて主張する政治的ポスターを集めた画集などが印象に残っています。


2020年09月16日の日記
『番号は謎』(佐藤健太郎)
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2020年05月18日の日記
『みんなのアマビエ』(水木しげる、西原理恵子、おかざき真里、松田洋子、永野のりこ、寺田克也、田中圭一、なかはら・ももた、他)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-05-18

2020年09月07日の日記
『抗議するアートグラフィックス』(ジョー・リッポン、石田亜矢子:翻訳)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-09-07





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2020年を振り返る(6)[随筆・紀行・ルポ] [年頭回顧]

 なぜかエッセイが読めない年でした。とはいえ、ル=グウィンと岸本佐知子さんはもちろん例外です。


2020年04月14日の日記
『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて』(アーシュラ・K・ル=グウィン、谷垣暁美:翻訳)
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2020年12月24日の日記
『死ぬまでに行きたい海』(岸本佐知子)
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 台湾ロスです。夢に見ます。とりあえず池澤春菜さんと高山羽根子さんが台湾の文化芸術を探索する異色の旅ガイドと、ひたすら台湾駅弁を食べまくる異色のグルメガイドを読んで心を慰めました。


2020年05月19日の日記
『おかえり台湾』(池澤春菜、高山羽根子)
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2020年08月05日の日記
『台湾“駅弁&駅麺”食べつくし紀行』(鈴木弘毅)
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2020年を振り返る(5)[詩歌] [年頭回顧]

 複数人によって書き込まれたテキストの断片から再構成して作り上げるというTOLTA手法による詩集二冊が、いきなりコロナ禍に突入して変容した日常の戸惑いを見事にとらえてくれました。2020年ならではの詩集だと思います。


2020年11月30日の日記
『新しい手洗いのために』(TOLTA、河野聡子)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-11-30

2020年07月08日の日記
『閑散として、きょうの街はひときわあかるい』(河野聡子、TOLTA)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-07-08


 お気に入りの詩人たちはきっとどんなときでも詩を書き続けてくれるだろう、と思えることはとても大切だと知った年でした。


2020年09月29日の日記
『どこにでもあるケーキ』(三角みづ紀)
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2020年10月13日の日記
『Bridge』(北爪満喜)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-13

2020年09月15日の日記
『雨をよぶ灯台』(マーサ・ナカムラ)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-09-15

2020年01月27日の日記
『ふたり誌 Duralmin』(岩垂由里子、中村梨々)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-01-27


 苦しい日々のなか、詩を読むことで、異なる時間、異なる人生に滞在する体験は、生きるために必要なものでした。特に昨年は。


2020年12月23日の日記
『青色とホープ』(一方井亜稀)
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2020年07月21日の日記
『熾火をむなうちにしずめ』(斎藤恵子)
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2020年03月31日の日記
『さくら さくらん』(高橋順子)
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 短歌では、石川美南さんの新作が印象に残っています。また短歌アンソロジーでいくつか読んで感心した『林檎貫通式』が復刊で手に入るようになったのは嬉しい驚きでした。


2020年05月25日の日記
『体内飛行』(石川美南)
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2020年12月17日の日記
『林檎貫通式』(飯田有子)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-12-17


 やむにやまれぬ衝動で書き記したような言葉から、ツイッターでちょっといいこと呟いてみた、みたいな言葉まで、様々なごく短い言葉を楽しめるのが歌集のよいところ。


2020年03月04日の日記
『海蛇と珊瑚』(藪内亮輔)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-04

2020年05月20日の日記
『既視感製造機械』(大橋弘)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-05-20

2020年10月07日の日記
『千夜曳獏』(千種創一)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-10-07

2020年07月22日の日記
『リリカル・アンドロイド』(荻原裕幸)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-07-22

2020年06月02日の日記
『聖なるものへ』(寺井淳)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-06-02


 現代を代表する詩人と若き歌人たちが対決、じゃなくて共作した連詩『今日は誰にも愛されたかった』も忘れがたい作品です。


2020年03月24日の日記
『今日は誰にも愛されたかった』(谷川俊太郎、岡野大嗣、木下龍也)
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