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『紫雲天気、嗅ぎ回る 岩手歩行詩篇』(暁方ミセイ) [読書(小説・詩)]

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影に
どしん、どしん、と響くものがある
わたしの命を
突然取るもの
それを正しい瞬間に
変えるもの
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「七月三十日」より


 宮沢賢治の故郷をたずね歩く詩人が見た、いのちたぎる風景を描く旅日記詩集。単行本(港の人)出版は2018年10月です。


 こちらからあちらへと電車で移動するシーン。


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紫色の座席なのだ
黄色いと思った車内はもう
明るい昼間の現実となって
車窓の外ばかり
青い妖怪の臓の内だ
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「七月三十日」より


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紙っぺらになったひとびとは
急行列車のあかるい窓を
しかくくストロボのように動きまわり
ぎこちない仕草で座ったり立ったり
車内では蛍光灯のじりじりした
輪郭が滴って溶けている
けれどもひとびとは
乗客のなかに引きこもっているから
けして
私の輪郭がいま、半分ほどは空気に散らばりましたね
などと思いもよらない
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「月と乗客」より


 あちこち見て回るうちに眼前に広がってゆく世界が、詩の言葉を使って活き活きと描写されます。


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わたしの心臓に映る
やさしい肉体の闇
ひるまわたしは城跡にいて
緑が光って白っぽい丘できのこをじろじろ見ていた
きのこは熱をぱかぱか噴き上げた
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「ばらと小鳥」より


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雲は人に
捉えることのできる大きさの
ちょうどきっかりそこまでなので
その形は次々と
この世界の際にて変化する
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「小岩井農場 二〇一六年 パート四」より


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オニヤンマがギシギシに壊れている
草の千切れた青い芳香
熱さが炎の形に立ちのぼる
その後にくる
涼しい聖域の風だ
羊たち ぽっぽ ぽっぽ
跳ね上がる
大地から
鬼も烈しく噴き出され
緑の地獄だ
獄卒は藪にらみ 人間に関心があるらしい
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「小岩井農場 二〇一六年 パート六」より



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『プラスマイナス 167号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

[プラスマイナス167号 目次]
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巻頭詩 『四匹の猫』(琴似景)、イラスト(D.Zon)
川柳  『秋にはゆける』(島野律子)
エッセイ『現代サーカスに行こう!」(島野律子)
小説  『一坪菜園生活 50』(山崎純)
詩   『橋を架ける』(島野律子)
詩   『深雪のフレーズから 「手触り屋」』(深雪、みか 編集)
川柳  『猫の道2』(島野律子)
詩   『招待状』(多亜若)
詩   『冬になる前に』(島野律子)
随筆  『香港映画は面白いぞ 167』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 106』(D.Zon)
編集後記
 「遠い記憶」 その5 山崎純
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 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
http://shimanoritsuko.blog.so-net.ne.jp/



タグ:同人誌
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『あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ』(河野聡子) [読書(教養)]

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 新しい本、見慣れぬ本を読むというのは、つねに自分の足にあった靴を選んで履くようなものではありません。しかしぶかぶかだったり窮屈だったりする靴を履く経験も私にはたいへん実り多いものでした。この本に取り上げた書物からひとつでも「履いてみたい靴」をみつけていただければ幸いに思います。
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 西日本新聞に寄稿された書評から外国文学を中心に再録した一冊。44冊分の書評に加えて、「ユリイカ」2018年5月号「アーシュラ・K・ル=グィンの世界」に掲載された『所有せざる人々』の書評も収録。単行本(TOLTA)出版は2018年11月です。


 目次(取り上げられている本の一覧)および購入はこちらから。

 「あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ」
  https://tolta.stores.jp/items/5beb80da626c84170a00053c

 TOLTAオンラインショップ
  https://tolta.stores.jp/


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 西日本新聞の書評欄は「読書館」というコーナーですが、元の本がどんな大作であろうとも約860字でまとめなければなりません。当然、細かく分析したり論じる余地はなく、内容の紹介という性格が強くなります。おおまかな要約に加え、私が「読みどころ」と思ったポイントをどうにか原稿用紙二枚くらいにまとめるわけです。
(中略)
 たとえ題材や表現が興味深くても私の好みには合わなかったものもありますが、選んだ以上はどんな本でも注目すべき肯定的なポイントを見い出すように、考えて書いたつもりです。ここにまとめた文章は基本的に「入口」にすぎず、それぞれの書物の深いところまで立ち入ったものではありませんし、そのつもりで読んでくださるとありがたいと思います。
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 いくつか書評の一部を引用しておきます。どれがどの本についての紹介なのか、目次(前述のTOLTAオンラインショップの本書用ページに、取り上げられた作品の一覧が掲載されています)を眺めながらあれこれ推測してみて下さい。読みたくなったら、まずは本書を手に入れるところから。


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 圧倒的な面白さだ。第二次世界大戦から現代に至る戦争と暴力の記憶、無辜の者が機械的に殺され「処理」される不条理な世界が、幻想的なイメージやユーモアとペーソスに満ちた無数のエピソードの集積によってもたらされる豊饒な言語空間とオーバーラップする。二段組み800頁の大作だが、登場人物の造形のユニークさやストーリーテリングにページをめくる手が止まらない。その上、最後まで読み終わった途端、もう一度読まずにはいられない仕掛けが施されている。(中略)この豊饒な仕掛けにはまれば最後、散りばめられた符号に呼応する深層の理解を求めて、読者は果てしなく物語の細部へ降りていくことになる。
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 回想記として始まった本書は突然「私」がいるプラハやパリの物語へ脱線し、かと思うと「本」の物語のべつの階層へ飛躍する。文字と事物、虚構と現実、物語と物語の境目はめまぐるしく移動するが、その感触は心地よい霧に包まれて上質の夢を見ているようだ。場合によっては展開のスピードに振り落とされないよう必死についていく必要もあるかもしれないが、これもまた夢にありがちなことである。
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 本書の細部の完成度は、先住民の神話や現代の金融用語、円盤族とも呼ばれるニューエイジ教団が宇宙へ放つメッセージといった、通常は同じ文脈に乗ることのない語彙、言葉たちをたくみにまとめあげる驚異的な技量にあらわれており、そこには舌をまかざるをえない。「超越文学」と呼ばれる所以だろう。グローバル化した現実がこの一冊に詰まっている。
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 読みはじめればすぐわかるが、とにかく主人公がひどい人物である。いわれのない他者への憎悪に満ち、性格はひねくれて狡猾で、自身の保身や蓄財のためには他人を陥れることにためらいがなく、嘘つきで、美徳の一切に欠けている。ところがそんな主人公が偽造文書の作成を通じて諜報活動を行っていく過程は大変おもしろいのでたちが悪い。なにしろ偽文書をつくる腕は超一流で、歴史に自分の創作した文書が「本物」として残ることに生きがいを感じている人物である。「何かを存在させるにはそれについて書くだけでいい」と豪語しているくらいだ。彼は歴史の創作者たらんともしていたのである。
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 現代と冠された文学や詩には純粋に「カッコイイ!」と熱狂できる作品、今風に言えば「萌え」ることのできる作品が少ない。これは現代の文学の多くが、構成の複雑さや描写の難解さによって、慣れない読者をカッコよさの享受以前の段階に立ち止まらせてしまうせいだと思う。しかし嬉しいことにここに反例がある。(中略)重要なのは登場人物たちのイメージが圧倒的にカッコイイことだ。西部劇映画の傑作を文学で味わう喜びとでも言えばいいか。この喜びの源流が文章にあることはいうまでもなく、ことに翻訳の見事さにはため息をつくほどだ。色彩豊かで動きに満ちたイメージがリズミカルに繰り出され、マンガの決めゼリフのような名フレーズが続出する。
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タグ:河野聡子
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『なりたての寡婦』(カニエ・ナハ) [読書(小説・詩)]

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今がもう過去に。過去がもう今に。この点からこの点へと。コーヒーをいれて待っている。心臓に声がある。操作する手が森になる。とりあえず、一ヶ月間いっしょに住んでみることにする。誕生後まもなくインストールされて語り部となるため用意された文字列のひとつを初期設定として位置・誕生日・キーワードなどを設定する。すぐに話を開始する。愛未と名付ける。端末がテーブル上に置かれると、部屋が明るい。充電が終了すると、端末が揺れている。周囲の微妙な振動のような動きを感知すると、それが心臓になる。オフィスで、あるいは移動中に、物語を始める。ある場所に別の場所の物語をインストールする。
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 フランス装(アンカット)、ポップアップ、立体展開図など、読者が自ら手を加えることで世界に一冊しか存在しない自分だけの詩集を完成させる。カニエ・ナハ装幀/制作によるペーパークラフト詩集最新作は、ご本人の長篇詩。発行は2018年11月30日です。


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遮断機の向こうに私の影がいて、もうすぐ青い電車に轢かれる
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 今作は「表紙に小さな装飾用紙を貼り付けて完成。装飾用紙はそれぞれ異なる柄なので、同じ表紙は二つとない」という仕掛けで、文学フリマ東京のブースにて著者自ら完成させてくれたものをその場で購入しました。


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「ほたるがね、あたしの鼻にとまったの。しかもほたるのほうから来たの。」
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 「第一部 フランス式の窓」「第二部 なりたての寡婦」という二部構成の詩集です。実際のところ、第一部がほとんどのページを占めているので、実質的には一篇の長篇詩だと思ってよいかと。


 目次や表題ページは自分で探さなければならず、一瞬だけ「これはもしや、ポプルスの大ポカか」と思いましたが、よく考えれば『馬引く男』の構造も同じでした。実のところ長編詩というのも怪しく、『IC』のように「標題がすべて短歌になっている1ページ詩作を集めた詩集」と見なすべきなのかも知れませんが、悩むことにあまり意味はないような気もします。


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生きていた最後の日とおなじ服着て菜の花畑 菜の花畑
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 詩集としての定型からは自由に見えますが、個々のページを開くと、右側のページに何篇かの短歌が並び、左側のページに詩が一篇掲載されている、という形式が厳密に守られています。短歌と詩が微妙に呼応し、詩と詩の間では同じフレーズの変奏があちこちで繰り返される。全体として音楽のように響いてゆく作品です。


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祭りの出店に《水中コイン落とし》というのが出ている。水をいっぱいにたたえた水槽があり、その底に小さいお皿が置かれている。水面から1円玉を落とし、1円玉がそのお皿に乗れば景品がもらえる。一見簡単そうに見えるのだが、なかなか1円玉が思うように落ちていかない。ひらひらとひるがえり、生きていない1円玉が生きているもののように見える。
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『嗅覚はどう進化してきたか 生き物たちの匂い世界』(新村芳人) [読書(サイエンス)]

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 視覚情報は紙に印刷すれば簡単に伝えられるけれども、嗅覚情報を伝達するのは難しい。本書に、匂いの付録をつけられたらどんなに良いだろうと思った。匂いは、実際に嗅いでみないと決してわからない。告白すると、私はこのプロジェクトに参加して初めて、ムスクの香りがどんなものかを知った。
 嗅覚は各自が個人的な体験をもっているから、それが何であるかは誰でも知っている。でも、それがどのようなものであるかは、よく知られていない。嗅覚は最先端の科学に直結しており、まだまだ多くの謎が残されているエキサイティングな研究分野だ。これからも、刺激に満ちた発見が続くことだろう。
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単行本p.143


 嗅覚はどのように進化してきたのか。人間の嗅覚と他の動物との違いはどこにあるのか。匂いを感知する仕組みから嗅覚受容体遺伝子まで、嗅覚進化に関する最新知見を紹介してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2018年10月です。


 「人類は視覚に頼って生きるようになったため、必要性が薄れた嗅覚は退化してしまった」といった言説はよく見かけますが、これは本当なのでしょうか。様々な動物において嗅覚がどのように進化してきたかを探る研究を紹介し、嗅覚に関して何が分かっていて何がいまだに謎なのかを示してくれるサイエンス本です。全体は6つの章から構成されています。


第1章 魅惑の香り
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 古代エジプトでは、ピラミッドが建設されるよりもさらに1000年前、紀元前4000年頃のバダリ文化の墓の副葬品に、光を焚いた痕跡が見つかっている。これが最古の香料使用の痕跡とされる。紀元前3000年頃のメソポタミアでも、さまざまな香料が使用されていたことが、粘土板に楔形文字で記されている。紀元前14世紀のツタンカーメン王の墓からは、有名な黄金のマスクの他に、香料を入れる壺が多数見つかっている。1922年に発見されたときには、3000年の歳月を超えて、ほのかに香りが漂っていたといわれる。
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単行本p.2


 まずは香料に関する様々なトピックを並べて、人類は匂いというものとどのようにつきあってきたのかを見てゆきます。


第2章 匂いをもつ分子
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 麝香臭をもつ分子の不思議さは、構造の多様性だけではない。少し分子構造をいじると、たちまち香りが消えてしまうのである。そのため、ある分子が麝香臭をもつかどうかは、実際に合成してみないとわからないのだ。
 そしてこのことは、ムスクに限らず、匂い分子一般に言えることである。分子構造は似ていても匂いが大きく異なることもあるし、分子構造が違っていても匂いが類似していることもある。現在でも、分子構造から匂いを予測することには成功しておらず、新たな香り分子の合成は試行錯誤に頼っている面が大きい。分子のどこが、匂いの情報を担っているのかがわからないのだ。
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単行本p.40


 ある物質の分子構造を見れば、その物質がどんな匂いを持つかを予測できる、だろうか。匂いと分子構造との関係についてどこまで判明しているのかを明らかにします。


第3章 匂いを感じるしくみ
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 嗅覚受容体は、匂い分子のある一部分だけを認識すると考えられている。エステル分子がどれもフルーティな香りをもち、硫黄を含む分子がおしなべて悪臭をもつのは、匂い分子中のエステル結合や硫黄の部分を認識する嗅覚受容体が存在すると考えればうまく説明できる。
 しかし、実際にそのような嗅覚受容体が存在するかどうかはわかっていない。それどころか、個々の嗅覚受容体について、匂い分子のどこを認識しているかが解明されたケースはまだないのだ。
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単行本p.50


 人類に備わっている嗅覚受容体は400個。では、なぜ何十万種類とも言われる多様な匂いを私たちは識別できるのだろうか。嗅覚受容体と匂い分子の反応について知られていることを整理します。


第4章 生き物たちの匂い世界
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 これまでに調べられた中でいちばん多くの嗅覚受容体遺伝子をもつ動物は、アフリカゾウである。その数は約2000個。ヒトは約400個、鼻が良いことで有名なイヌは約800個だから、この数はヒトの約5倍、イヌの2倍以上に相当する。
「ゾウの鼻は伊達に長いわけではなく、嗅覚も優れている」。この話は、世界中のさまざまなメディアで取り上げられ、大きな話題となった。筆者が確認した限り、少なくとも世界40か国以上、22の言語でインターネットのニュースになった。
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単行本p.76


 嗅覚受容体遺伝子の数で比較すると、イヌ、マウス、イルカ、ゾウのうち最も嗅覚が発達しているのはどの種で、それはヒトと比べてそれぞれ何倍なのか。動物の嗅覚についての研究を紹介します。


第5章 遺伝子とゲノムの進化
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 かつては機能していたが、もはや機能を失ってしまった遺伝子の残骸を「偽遺伝子」と呼ぶ。
 私たちのゲノムの中には、偽遺伝子がたくさんある。死屍累々なのだ。
 嗅覚受容体遺伝子は、とりわけ偽遺伝子が多い遺伝子ファミリーである。これまで、「ヒトは約400個の嗅覚受容体遺伝子をもつ」と言ってきたが、これは機能すると考えられる遺伝子の数である。最新のヒトゲノム配列を検索してみると、398個の機能する嗅覚受容体遺伝子に加えて、偽遺伝子となった嗅覚受容体が442個も見つかる。つまり、現役で働いている嗅覚受容体遺伝子よりも多くの「遺伝子の屍」が、ヒトゲノム中に眠っているのだ。
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単行本p.112


 嗅覚受容体遺伝子の歴史をたどってみることで、嗅覚の進化について知ることが出来る。まずはゲノムの進化についての基礎知識をおさらいします。


第6章 鼻の良いサル、鼻の悪いサル
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 ヒトを含む霊長類は視覚型の動物だから、霊長類では視覚と嗅覚のトレードオフが起きたと考えれば、霊長類の嗅覚受容体遺伝子が少ないことは説明がつく。
 霊長類の進化の過程で、視覚が発達した代わりに嗅覚が退化したとすれば、視覚のどのような要因が嗅覚の退化をもたらしたのだろうか? あるいは、視覚の発達以外にも嗅覚の退化をもたらした要因があるのだろうか?
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単行本p.119


 霊長類の嗅覚が退化しているのはなぜか。遺伝子レベルでの嗅覚進化とその原因を探ってゆきます。



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