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『ある実験  一人選べと先生が言った』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 石井は、実験について中平先生から聞き出そうとした。しかしはずみで先生を殺してしまったため、それができなくなった。それでもなお石井は、実験について知りたいと願った。中平先生の息子を誘拐し、人質にとってまで、なぜなんでしょう。この実験の何が、それほどまでに石井をひきつけるんでしょう?
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文庫版p.71


 大学教授が殺害され、犯人は被害者の子供を人質にとって警察に要求をつきつけてくる。しかしそれは不可解な要求だった。二十年前に大学で行われた心理実験の詳細を公開しろというのだ。犯人が知りたがっている秘密とは何なのか。『ラガド 煉獄の教室』でデビューした作者によるサスペンスミステリ。文庫版(徳間書店)出版は2020年8月、Kindle版配信は2020年8月です。


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「さっきも説明したように、犯人は現在、中平先生の息子の郁雄君を人質にとって、どこかにひそんでいるものと思われます。
 いま午後八時をすぎたところです。今夜の二十四時までに、つまりあと四時間以内に実験の内容をWeb新聞に投稿しなければ、郁雄君の命は保証しない。これが犯人の要求です」
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文庫版p.7


 事情聴取が行われている警察の取調室。犯人が指定したタイムリミットまで四時間という緊迫した状況で、二十年前に実験に参加した男が当時のことを語ってゆく。取調室と大学の教室という二つの密室で並行して展開する心理ドラマが見事な作品です。

 謎なのは、問題の実験なるものが、少しも重要なものに見えない、むしろ他愛もない遊びのようなものにしか思えないということ。数名の大学生に対して、提示した候補の中からひとつ選ばせる、というだけなのです。


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「封筒の中に十六の素材が入っている」中平は言った。
「そのうち一番いいものを、君たちの合議で選んでほしい。制限時間は四時間。これが今回の実験だ」
 みんなが口々にたずねた。「どういうことですか?」
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文庫版p.63


 ひきこもり、暴力団員、自称超能力者、アスリート、……。それぞれ特徴的なキャラクターを持った十六の候補。そこから一つ選べというのです。意図はよく分からないながら、どう考えても重要な実験とは思えない。

 人が人を選ぶ、特に生き残るべき誰かを選ぶこと。この行為がはらむ倫理的問題がクローズアップされてゆき、サスペンスが高まりますが、それでも「こんな実験が殺人や誘拐に値するほどのことか?」という腑に落ちなさは解消されません。

 ところが、とつぜん警察の上層部から圧力がかかってくるのです。


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「警視庁は何もせず、静観しろと言ってきた」
「静観って――もう時間がないんですよ。なぜそんな指導をしてきたんです?」
「あの実験の内容が特定秘密情報に該当する可能性があるから――ということらしい」
「特定秘密情報?」川津は目をしばたたいた。
「あれのどこが特定秘密なんです。二十年前、心理学の講師が学生を集めて、十六人の中から一人を選ぶシミュレーションをさせた。それだけのことじゃないですか。一体どこが――」
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文庫版p.200


 そう、それが知りたい。なぜ二十年も前の他愛もない実験に犯人も警察も大騒ぎしているのか。この実験にどんな秘密が隠されているというのか。

 そのとき読者は思い出す。内容的にも小説の形としても、これは作者デビュー作『ラガド』に似ている。デビュー作では、警察上層部のさらに上層にある極秘特務機関ラガドが動いていた。もしや、これもラガド機関の仕業か……。いやいやそう思わせておいて引っかけるつもりかも……。いやまて……。

 二十年前の教室、今の取調室、それぞれ外部との接触を制限された密室のなかで、タイムリミットまでに答えを出さなければならないという状況に追いつめられてゆく主人公。常識的な答えに到達するのか、それともトンデモ超常解に強引に持って行くのか、この作者の場合どちらもあり得るので最後まで気が抜けません。分量も手頃で、楽しめました。





タグ:両角長彦
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『偶然仕掛け人』(ヨアブ・ブルーム、高里ひろ:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 あらゆる選択には必然的に別のなにかをあきらめることが伴い、自分がなにかをどれだけ強く求めるかによって、その犠牲を払うための勇気が必要となる。なぜなら、つねに正しい選択をすることは不可能だからだ。ときどきは失敗するし、ときどきどころではなく失敗する。
 その差はシンプルだ。幸福な人々は人生を見て選択の連続を見いだす。不幸な人々には犠牲の連続しか見えない。きみたちが偶然を仕掛けるときにとる行動は、どちらのタイプの人間に向けたものか、確認が必要だ。希望に満ちた人間と不安に満ちた人間。両者は似ているが、違う。
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単行本p.318


 ささいなきっかけで仕事を決めたり、たまたま出会った人と恋におちたり、思わぬ事故で運命が大きく変わったり。それらの偶然が背後ですべて、精密に、完璧に、操られているとしたら……。偶然の連鎖をコントロールし世界を動かしている偶然仕掛け人たちの仕事ぶりを描く冒険小説。単行本(集英社)出版は2019年4月です。

 15年間一度も会わなかった人の話をすると同時に、その人がレストランに入ってくる。書店で同じ本に同時に手を伸ばした二人が後に結婚する。食パンをくわえて走っていた女子が出会い頭に転校生とぶつかる。思わぬアクシデントでペニシリンやX線が発見される。ピンク・フロイドの『狂気』が『オズの魔法使い』の映像と完璧にシンクロする。

 シンクロニシティとかセレンディピティとか呼ばれる意味ある偶然。これらを意図的に計画し、複雑極まりない因果連鎖を精密に制御することで実現する、それが偶然仕掛け人の仕事。

 子どもたち相手に想像の友だち(イマジナリーフレンド)をつとめていた主人公は、謎の組織(実在するのかどうかよくわからない)に抜擢され、偶然仕掛け人になるために厳しい訓練を受けることになります。


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 偶然の仕掛けは繊細で複雑な芸術であり、複数のできごとを巧みにさばき、状況と反応を見極め、ときとして希少な抜かりのなさを応用する能力が求められることが多い。数学、物理学、心理学を使う必要もある……。わたしはきみたちに、統計学、連想と無意識、人々の普通の生活の背後にあるもうひとつの、彼らがまったく気づいていない層について教える。わたしはきみたちの脳に、性格的特性や行動論を詰めこみ、どんな量子物理学者や神経科学者や菓子職人見習いにも勝るレベルの正確さを要求し、ある主の鳥が特定の木に留まり、別の鳥は電線に留まるわけを理解するまで寝ることを許さず、生涯の恋人の――きみたちに恋人がいれば、または生涯があればだが――名前を忘れてしまうほど、因果関係の一覧表を暗記させるつもりだ。
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単行本p.74


 訓練過程を終了し実技試験に合格した主人公は、自宅に届く封筒の指示に従って、恋人同士の出会いや転職のきっかけ作りなど個人レベルの偶然を生み出す仕事を黙々と遂行してゆきます。同期メンバーたちとの掛け合いやら恋愛沙汰やら色々と経験しながらも、比較的穏やかに働く日々。だが、北半球最高の殺し屋、通称「ハムスターを連れた男」のサポートという穏やかでない仕事を指示されたとき、彼は自分の仕事について真剣に考えざるを得なくなるのでした。


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 アルベルト・ブラウンは北半球でもっとも成功した殺し屋になった。そして彼は虫も殺したことがなかった。時間がたつうちに、彼はそれに慣れていった。なにもかも準備して――武器を用意したり、罠を仕掛けたり、殺しを計画したりして、実行寸前までいく。そうするとターゲットはひとりでに死ぬ。アルベルトを雇った人々は満足し、彼自身、夜よく眠れる。
 アルベルトにとってすばらしい仕事であり、なんの暴力も必要としない。
 だがときどきさびしくなることがあった。それでハムスターを飼いはじめた。
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単行本p.180


 アルベルト・ブラウンがライフルの引き金に指をかけた瞬間、ターゲットは偶然の事故あるいは病気の発作で必ず死ぬ。一人も殺すことなく「自然死あるいは事故死としか見えない殺人」の名手となった殺し屋。もちろんその成功の背後では、ベテランの偶然仕掛け人が頑張っているわけです。今回、主人公が指示されたのは、この殺し屋のターゲットが完璧なタイミングで事故死するように偶然をコントロールするという仕事。

 これまで恋愛成就やら転職支援やらの仕事しかしてこなかった主人公は、殺人(としか言いようがない)を行うことが出来るのか。そもそも偶然仕掛け人という存在は倫理や道徳を超越しているというのか。それは傲慢な考えではないのか。主人公は(いまさら)悩み、そして決断を下すのでした。


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「この仕事に就いて、能動的に動き、ものごとを変え、自分が正しいと思う場所にものごとを導く機会を手に入れた。だがぼくはそうせず、封筒の言いなりになってしまった。自分を制度の一部と化した。それが楽で、快適で、帰属感を得られたから。最初の封筒からいままでずっと、ぼくは実行する任務しか見ていなかった。あなたのような人間になる安全経路を進んでいた。素晴らしい功績の自己賛美に夢中になり、自分の仕掛ける偶然によって影響を受ける人々の心を見ないような人間だ。だがもう違う」
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単行本p.270


 というわけで、スパイ工作員ものの典型的プロット(素質を見いだされスカウトされた主人公が厳しい訓練を経て工作員となって仕事に取り組むが、自身の倫理観に反する指令を受け、組織や友人を敵にまわして闘うはめになる)をうまく応用した長編小説です。登場する様々な偶然仕掛け人の仕事の説明が面白く、最後まで楽しめます。イマジナリーフレンド同士の恋愛というおバカ設定が、意外なことに、メインプロットとして浮上してくるあたり、恋愛小説としてもよく出来ていると思います。





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『肺都 アイアマンガー三部作3』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 なんという夢のような、めくるめく物語であることか。
 全三巻を読み終えた方の多くが、アイアマンガーの物語に四巻目がないことにあらためて狼狽え、茫然としていらっしゃるのではないだろうか。訳者としても、これでクロッドとルーシーとお別れかと思うと残念至極であるけれども、こうして全巻が無事に刊行されたことに心から安堵している。
 全巻、これ、ごみと汚物と個性的な人々が織りなす交響曲のようであった。ヴィクトリア朝時代の大都市は想像以上に汚れていて、本書からは凄まじいまでの腐臭汚臭悪臭激臭が漂ってきた。
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単行本p.567


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている巨大ゴミ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」があった。そしてごみ捨て場の外側には「穢れの町」が位置していたが、今やどちらも滅びてしまった。警察に追われるアイアマンガーたちは肺都(ロンドン)に潜伏し、密かにクーデターを企てていた……。ゴミを支配する奇怪で魅力的な一族を描くアイアマンガー三部作、その第三部、完結編。単行本(東京創元社)出版は2017年12月、Kindle版配信は2017年12月です。


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台、そしてその外側に広がる緩衝地帯というべき「穢れの町」が第二部の舞台でした。紹介はこちら。


  2019年08月05日の日記
  『穢れの町 アイアマンガー三部作2』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-08-05

  2019年06月17日の日記
  『堆塵館 アイアマンガー三部作1』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-06-17


 完結編である本書では、舞台はロンドンに移ります。アイアマンガーたちが「肺都(ラングドン)」と呼ぶ英国の首都。堆塵館は滅び、穢れの町は焼け、アイアマンガー一族はお尋ね者の犯罪者集団としてロンドンに身を潜めています。


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 奴らがぼくたち一族を捜している、と何度も繰り返し聞かされた。奴らに見つかったら、全員が殺され、アイアマンガーは死に絶える、と。でも、見つからずにいれば、彼らは見当違いな部屋や罪のない家のなかを捜して無為な時間を過ごすので、そのあいだにぼくたちはどんどん強くなり、アイアマンガーの名にある怒り(アイア)はますます苛烈なものになる。ぼくたちはロンドン――この町を別の名なんかで呼べるわけがない――に入ることを許されていない。禁じられている。アイアマンガー一族は不法入国者なのだ。(中略)閉じ込められ、この悪臭に満ちた空気を吸ったり吐いたりしながら、周到に、残酷な計画を立てている。このロンドンで。ロンドンに対して。
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単行本p.78、79


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「おまえたちはアイアマンガーだ。アイアマンガーらしく振る舞え。強く勇敢であれ。肺都のなかに溶け込め、入り込め、肺都人のなかに身を隠せ、目立つな。頭を使え、智恵を出せ。肺都人を滅ぼせ、打ち倒せ、悲鳴をあげさせろ。あと二晩、二晩だけだ、うまくちりぢりになってやり過ごせば、すべてが為されたときにまた暗黒のなかでひとつにまとまれる。われわれ一族は繁栄し、われわれは、われわれアイアマンガーは、支払われるはずのものを、見返りを、一族の死に対する贖いを、ウェストミンスター橋で手に入れるのだ。そこでアイアマンガーは怒りを湛え、嚙みつき、爆発する。さあ、行こう。おまえたちにわが祝福を」
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単行本p.185


 ところで前巻でルーシーに説得され、正義のためにアイアマンガー一族に反旗を翻す決意をしたはずの主人公クロッド君。ルーシーは死んでしまい(と彼は信じている)、ロンドンでは犯罪者として追われる身になった途端、ぼくやっぱりアイアマンガーの一員だし、とか何とか、流れで一族の陰謀に協力する気になってゆく、しかも婚約者との仲も進展するという、このヘタレっぷりが素晴らしい。ご貴族様って楽ですね。

 ところでクロッドが貴族の悩みを抱えてうじうじしているとき、ルーシーはどうしていたのでしょうか。


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 みすぼらしい穢れの町は壊滅した。そしてわたしたちは、こんな狭いところでかろうじて生きている。出口のようなものはないかとあたりをつついて探してみても、なにもない。最初はなにも見つからなかった、長いあいだ。闇のなかで助けを呼んでいたけれど、だれも答えてくれなかった。
(中略)
 考えるのよ、考えるの。勘を働かせて。感じなくちゃ、ルーシー、さもないとわたしたちはここで終わってしまう。そうしたら、クロッドには二度と会えない。彼はまだ生きているのよね? はっきりしているのは、ここで閉じ込められておしまいには絶対にさせないってこと。わたしはみんなといっしょにここから出ていく。みんなを引き連れて。
――――
単行本p.208、209


――――
 銃声、そうよね? 拳銃を持っているのだ。それがわたしたちを狙っているのだ。わたしたちを殺すつもりなのだ。地下に戻ったらわたしたちは死ぬ。通りにいたら、そしてこの川の向こう側では、わたしたちは死ぬ。燃えさかる穢れの町ではもっとたくさんの死が、死者が、死体が、重なり合っていた。どこへ行っても死しかない。どうすれば生き延びられる? どうすればこっそり死を避けて生きていける? 息のできるほんの小さな場所をどうやったら見つけられるの? わたしたちが求めているのはそれだけ。生き延びること。それがそれほど大それた望みなのか。
 そう、そうだった。いつだってそうだ。大それた望みなのだ。
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単行本p.217


 これが貴族階級と労働者階級の差というものでございますよ。

 ただのゴミや汚物だけでなく、児童労働や階級差別や貧困や何かかや「凄まじいまでの腐臭汚臭悪臭激臭」(「訳者あとがき」より)を放つロンドンの姿がこれでもかとばかりに詰め込まれており、読み進めるにつれて次第にアイアマンガー一族が企てているらしい非道な計画が成功してロンドン壊滅すればいいのになあ、と読者の気持ちもそっちに流れて。

 そして、今やクロッドには、念じるだけでロンドンとその支配階級を破壊するだけの力があるのです。すべては一族の長、ウンビット・アイアマンガーの計画通り。クロッドこそ彼の最終兵器。アキラが、目覚める。


――――
 われらは風に漂う悪臭、だれも踏まないのにキイキイ鳴る床板、そなたらの夢に現れる影、振り払うことのできぬ気味の悪さ、われらこそが、もっとも暗いごみの支配者アイアマンガーである。
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単行本p.492


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 彼らはこの私を、悪党、暗殺者、殺人者と呼ぶだろう。
 そうとも、そう呼ぶがいい。
 すべてが今日で終わる。なにもかもを瓦礫に変えてやる。私、ごみの王ウンビットが、そして暗い朝にようやく私のかたわらにたどり着いたクロッド、人殺しクロッドが。すべてを根こそぎ動かすクロッド、すべてを消し去るクロッド。わが最後の武器。
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単行本p.463


 ウンビットの野望とは。アイアマンガー一族の命運は。そしてフォースのアイアマンガーサイドに堕ちたクロッドは何をしでかすのか。そしてルーシーは間に合うのか。


――――
 ぼくはクロッド。これはぼくの話。もうじき終わりになる話。
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単行本p.462


――――
 それがどうしたっていうの。
 わたしはルーシー・ペナント。
 これはわたしのお話。
 簡単には終わらせない。
 そうよね?
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単行本p.233


 ルーシー、頑張れ。読者のすべての希望を一身に背負って、汚物と穢れと悪臭のただ中、もうちょっと具体的にいうと、英国女王と英国議会とアイアマンガー一族とゴミの結集、そのただ中に飛び込んでゆくルーシー。殴れルーシー。第一巻でも第二巻でもやったように、ここで、最後の場面で、思いっきり張り飛ばせ、ルーシー。そして、えっ、あの、本当に終わってしまうの、この物語は……。



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『穢れの町 アイアマンガー三部作2』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 誰しも子供時代に、妙に真っ直ぐな小枝や、美しい青緑色のガラスの欠片、つるつるした丸い石、錆びた歯車、ごっこ遊びに最適な細さと長さの鉄パイプなどを見つけ、持ち帰ったことがあるだろう。手にした瞬間、まるで物と自分が運命で紐付けられているような気分になったはずだ。(中略)けれど物との運命の糸は、大人によって捨てられ、あるいは自分自身が大人になってしまうことで、ぷつんと切れ、あのがらくたは遠い過去の物、ただのゴミになる。子供の目には価値があるのに、大人になると見えなくなる物たち。がらくた、役に立たないゴミ、当たり前すぎて素通りしてしまう、いつもの道具。
 そうやってうずたかく積まれた屑山の頂に、エドワード・ケアリーは立っている。これまでも、寄る辺ない孤独を抱える切実で繊細な存在を描き続けた作家が、ペンを取り声をあげ、お話を語りはじめる。すると、がらくたたちは息を吹き返す。たちまち古道具やゴミ屑はケアリーの体にくっつき、どんどん膨らみ巨大になって、物語は轟音を立てながら動き出す。
 私たちは夢に見たことがある。お気に入りのぬいぐるみが、石鹸が、ティーポットが、ボタンが、コインが、ぺちゃくちゃとおしゃべりする場面を。そして今、アイアマンガー三部作を読むことによって、夢が現実になったことを知るのだ。
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単行本p.364


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている巨大ゴミ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」があった。そしてごみ捨て場の外側には「穢れの町」ことフィルチングが位置している。金貨に姿を変えたアイアマンガー家の少年、ボタンとなってゴミ山に捨てられた少女、穢れの町で再会した二人は、アイアマンガー家に反旗を翻す決意を固めるが……。
 ゴミを支配する奇怪で魅力的な一族を描くアイアマンガー三部作、その第二部。単行本(東京創元社)出版は2017年5月、Kindle版配信は2017年5月です。


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台でした。ちなみに紹介はこちら。


  2019年06月17日の日記
  『堆塵館 アイアマンガー三部作1』(エドワード・ケアリー)
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-06-17



 続編である本書では、金貨に姿を変えられてしまった少年クロッドと、ボタンとなって捨てられた少女ルーシー、二人がそれぞれ「穢れの町」ことフィルチングで繰り広げる冒険が描かれます。ゴミ屋敷の中で終始する息の詰まるような閉塞感に満ちた前作から、いきなりオープンワールドに放り出される二人。背後からは、アイアマンガー家おかかえの狩人たち、警察、殺人鬼など、凶悪な敵が迫ってきて、ひたすら逃げ回る展開に。


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 今日、十シリング金貨がなくなったことを知らされた。それはただの金貨じゃない。クロッドというアイアマンガーで、優れた能力があるのに、一族に従わずに物に変えられたという。わたしはその人物を探してここに連れてくるように命じられた。「その子は姿を変えられるの?」とわたしが訊くと、「できない」という返事だった。「いまのところはまだ身につけていない。しかし物に関する知識は生まれつきものすごいということだ。どうしても捕まえなければならない」
――――
単行本p.100


――――
「よく聞くんだ、クロッド・アイアマンガー。よく聞けよ。おれが穢れの町にこっそりやってきた目的はただひとつ。たとえどんなに引っ張られ引き伸ばされても決して揺らぐことのなかった目的。おれが動じないのは、その目的があるからだ。それはな、この汚らしい町の通りを歩きまわり、アイアマンガーを見つけたら鋭い物で突き刺し、そいつがたったひとりで人気のない通りで倒れて死ぬのを見ることなんだよ。奴らは大勢の者たちに同じことをしてきたんだ。しかし、実を言えば、純血アイアマンガーはめったに手に入らなかった。おれは復讐の鬼なんだよ、クロッド・アイアマンガー」
――――
単行本p.152


 様々な敵がクロッドを追いつめてゆきます。そして明かされるアイアマンガー家の邪悪な陰謀(だろうと思ってた)。それを止められるのはただ一人……。


――――
「奴らはやめないぞ、クロッド・アイアマンガー、おまえがいなくなっても続けていくぞ。ずっとひどいことを続け、もっと強くなっていくんだ。そして奴らは、贋人間の軍隊を引き連れてロンドンに乗り込むつもりだ。さらに国全体に、さらにはヨーロッパに向かう。結局は、おまえたちは見つかってしまうだろうな。いきなり、奴らがおまえたちの前に現れるんだ」
「ぼくの一族が」
「おまえの一族がな」
「だったら、あの人たちを止めなければならないと思います。あなたがそれをしなくてはならない。あなたこそがそれをする人です」
「おれはもうそんなに強くない」
「あなたがだめなら、だれがするんです?」
「だれがするんだろうな、クロッド・アイアマンガー」
――――
単行本p.169


 正直、クロッドじゃ駄目だろうな、英国終わったな、と読者は思うわけですが、しかしクロッドは一人じゃない。勇ましい味方がついているのです。


――――
「わたしはクロッドを探す。クロッドはきっとわたしを待ってる。わたしがいなければなんにもできないんだから。本当になんにもできないの、あの弱虫は。ああ、早く会いたい」
――――
単行本p.127


――――
 わたしは黙ってやられるつもりはないわよ。そいつの口のなかに黙って入るつもりはない。とんでもない、そいつに飲み込まれそうになったら、バシバシ殴りつけてやる。痛い思いをさせてやる。死にものぐるいで傷つけてやる。わたしをだれだと思ってるの。残虐なルーシー・ペナントよ。なんだってやってやる。
――――
単行本p.267


――――
「戦うためにわたしたちが立ち上がらなければ、正しいことがなくなってしまう」わたしは言った。
「私たちは死ぬまで屋根裏で縮こまって暮らしていくことになる。みんな暗がりのなかにひっそり隠れていて、そのうちひとり、またひとりと、ウンビットとその仲間に見つけられては殺されていく。これまでに何百人もの人たちが抵抗できずにそれを受け入れてきたのよ。みんな飢えに飢えて、自分の子供たちを売って。でもそんなこと、もうさせちゃいけない。立ち上がらなければ。もうこれ以上、あの人たちの好きにさせちゃいけない。わたしたちの、戦う集団を作るの」
――――
単行本p.292


 クロッドとルーシーが力を合わせれば(というかルーシーがクロッドの尻を蹴飛ばし続ければ)、もしかしてアイアマンガーの一族に対抗できるかも、という読者の淡い期待をよそに、ヴィクトリア女王がさっさと先手を打ってきます。アイアマンガーもろとも面倒なゴミはすべて焼き尽くしてしまいなさい。


――――
 本日、議会は以下のことに同意することを正式に決議した。フォーリッチンガム区は可及的速やかに、徹底的に、絶対的な非情な手段により、灰塵に帰されることとする。火熱がそこにあるすべての菌を滅消するまで破壊する。
 本決議は、右記のごとく緊急性を要するために、可及的速やかに遺漏なく実行されるものとする
――――
単行本p.286


 たちまち始まるロンドン大火。逃げまどう住民たち。壁をなぎ倒し爆発的に集結するゴミの山。ロンドン反攻を企てるアイアマンガー。彼らの拠点をすべて破壊せんとする女王。とてつもない大混乱に巻き込まれたクロッドとルーシーの命運やいかに。というところで、またもや「続く」になるという、非道。



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『堆塵館 アイアマンガー三部作1』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 ケアリーの小説の魅力は、謎めいた登場人物たち、ゼロから構築した新しい世界観、造形物の美しさ、細部の描写のみごとさ、物への偏愛、リズムのある独特な文体、グロテスクでありながらも愛らしいイラストなどに表れている。そのすべてが贅沢に織り込まれた世界は、ファンタジーやミステリや歴史小説やホラーやSFといったジャンルを超え、まさしく「ケアリーの世界」としか言いようのないものになっている。
(中略)
 廃材やごみで作られた巨大な館でごみと悪臭に囲まれて暮らす人々がいる、という発想も魅力的である。見捨てられ、顧みられない、汚いごみや屑やがらくたが、ケアリーの手によって美しいもの、愛おしいものへ変わっていき、美醜の境がしだいに崩れていく。美醜だけでなく、善悪や正邪の輪郭も崩れていき、世界観、価値観の逆転が起きていく。
――――
単行本p.420


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている広大なごみ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」が建てられた。アイアマンガー家の者たちは堆塵館で生まれ、特別な「誕生の品」を与えられ、誕生の品とともに生き、やがて堆塵館で死ぬ。超巨大ゴミ屋敷で生きる奇怪な一族を描くアイアマンガー三部作、その第一部。単行本(東京創元社)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年9月です。


――――
「この悪臭を放つ鼻摘みもの、粉々になったもの、ひび割れたもの、錆びたもの、ねじを巻きすぎたもの、欠けたもの、臭いもの、醜いもの、有毒なもの、使い道のないもの。そうした嫌われたものに注ぐアイアマンガーの愛情に勝るものはこの世にはない。われらが所有したものは茶色で、灰色で、黄ばんでいて、染みだらけで腐臭を放っている。われらは白黴の王だ。黴すらも所有していると私は思っている。われらは黴の大家なのだ」
――――
単行本p.257


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。


――――
「彼らは落ちぶれたが、わが一族は栄えた。われらが力をつけるにつれて、彼らは弱くなり、われらがさらに土地を増やすにつれて、彼らは住む場所を失い、われらには元気な子供が増えるいっぽうで、彼らには死ぬ子供が増えた。そのためにわれらは愛されなくなった。だが、いっこうに気にしなかった。われらはあらゆる借財を、どんな借財でも、ことごとく買い取った。借財を買いあさって、それを自分たちのものにした。人々が泣いても、われらはそんな涙にほだされなかった。人々が必死にすがりついても、聞く耳を持たなかった。すがりついて頼んでもむだだとわかると、人々はわれらに唾を吐いた。それで罰金を払う羽目になった。彼らはわれらを罵り、それで罰金を払う羽目になった。彼らはわれらを叩きのめし、それで監獄に入れられた。もっとひどい罰も受けた」
――――
単行本p.256


――――
「人々が減るにつれてわれらは増えていき、人々が物を捨てるにつれてわれらの物は増えていった。彼らが物乞いになるにつれ、われらは豊かになった。ロンドンのだれかがなにかを投げ捨てるたびに、われらの儲けになった。あらゆる鶏の骨が、あらゆる書き損じの紙、あらゆる残飯、あらゆる割れた物が、われらのものなのだ。彼らは、向こうの人々は、われらを憎んでいる。われらを不浄のもの、アイアマンガー属、野蛮、愚か者、非情と見なしている。彼らはロンドン市内からわれらを締め出した。アイアマンガー一族はひとりとしてフィルチング特別区から出てはならないという法令を制定した。それでわれらはフィルチングに、この区の壁のなかに、ごみ溜めにいるのだ」
――――
単行本p.258


 この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台となります。


――――
「わたしたちは堆塵館と呼んでいますけどね。周囲何キロにもわたってほかに住んでいる者はひとりもいません。だから門から外に出たら、間違いなく迷子になるし、おまえを見つけるのはとても難しくなります。ここはごみ屑のなか。門の外はどこまでもごみが広がっています。この場所が描かれている地図はありません。わたしたちは閉じ込められているわけですね」
――――
単行本p.36


――――
 われらが館、堆塵館を作り上げているのは、目にしたとおりの煉瓦とモルタルではなく、寒さと痛みだった。この場所が作られたときの恨み、悪意、苦悩と悲鳴と汗と唾だった。ほかの人々の涙が壁紙となって壁を覆っていた。館が悲鳴をあげるのは、わが一族がこの世のほかの人々におこなった仕打ちを人々が覚えているからだった。恐ろしい夜に、館はどれほどすすり泣き、喚き、唸ったことかどれほど悲鳴をあげ、うめいたことか、どれほど罵り、責めたことか、ぞれほど恐ろしい嵐に痛めつけられたことか。
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単行本p.370


 ごみ屋敷、お化け屋敷、呪われた館。この堆塵館に住むアイアマンガー家の少年が主人公の一人です。彼には特別な力があり、それは「物の声が聞こえる」というものでした。彼にとって堆塵館は物の声に満ちているのです。


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 館は声を発し、音を発し、囁き、吠え、歌い、囀り、ぶつぶつ言い、きんきんするような、声高な、さまざまな声であふれていた。甲高くて元気な若い声もあれば、嗄れて震える老いた声、女の人の、男の人の、数え切れない、無数の声。しかもそれは人の発するものではなく、館にある物が発する声なのだ。カーテン・レール、鳥かご、文鎮、インク壺、床板、手摺、ランプシェード、鈴を鳴らす紐、お茶の盆、ヘアブラシ、扉、ベッド脇のテーブル、洗面器、髭剃り用ブラシ、葉巻カッター、繕い物をする台、足拭き、絨毯などの声。
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単行本p.148


 少年がいつも肌身離さず持っている浴槽の栓。それは「誕生の品」と呼ばれる特別なもので、アイアマンガー家の者は誰もが生まれたときにその品を与えられ、一生それと共に暮らすことになるのでした。


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 アイアマンガー一族に赤ん坊が生まれると、おばあさまが選んだ特別な品物を与えられるのが慣わしだった。アイアマンガー一族が相手を判断するときの基準は、誕生の品をどれほど大切に扱っているかということだった。ぼくたちアイアマンガー一族は、誕生の品をいつでも身に着けていなければならなかった。
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単行本p.12


 「誕生の品」といっても別に高価なものではなく、ただの「がらくた」だというところがアイアマンガーらしさ。しかもその役に立たないがらくたに多大な愛情を注ぐところもまたアイアマンガーです。

 そんなアイアマンガー家の少年が、あるとき堆塵館に召使としてやってきた少女と偶然に出会ったことから物語が始まります。典型的なボーイ・ミーツ・ガールなのですが、何しろ設定が強烈なので「馴染み深いストーリー」に安心感を抱いてしまう……。と思っていたら読者の予想を裏切るとんでもない展開に唖然とさせられます。さすがに続きを読まずにはいられないクリフハンガー。



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