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『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』(岸本佐知子:翻訳、柴田元幸:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 選択の基準としては、日本でまったく、もしくはほとんど紹介されていない(雑誌に一短篇がすでに載ったあたりまでの)作家であること。いちおう現代の作品の中から選ぶが、面白ければちょっとぐらい、あるいは大いに古くても構わない。MONKEY掲載時の、より現実的な縛りとしては、全作品で四百字換算計120枚以内であること。
 テーマ的な縛りはいっさい設けなかったが、せーの、結果を出しあってみると、圧倒的に女性作家が多く(MONKEY掲載時五対一、最終結果七対一)、動物と人間、生と死、出来事と想念、等々世界の根本的境目がなんとなく曖昧な雰囲気が多出し、ガチガチのリアリズムではないがさりとて幻想へ行きっぱなしでもないような作品が中心だった。それら個別の要素については「競訳余話」の随所で触れているのでここでは踏み込まないが、全体として、これらの特徴によってアンソロジー全体に緩い統一感が生まれていると見えれば嬉しい。もちろん、単にお前らの偏りの反映ではないか、と言われればそれはそのとおりであることを認めるにやぶさかではないのだが、認めてもあんまり反省する気は(少なくとも柴田には)ないのである。
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まえがき(柴田元幸)より


 二人の人気翻訳家が選んだ、日本ではあまり紹介されていない英語圏の作家による10篇を収録した小説アンソロジー。単行本(スイッチ・パブリッシング)出版は2022年9月です。




収録作品

『大きな赤いスーツケースを持った女の子』(レイチェル・クシュナー)
『オール女子フットボールチーム』(ルイス・ノーダン)
『足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある』(アン・クイン)
『アホウドリの迷信』(デイジー・ジョンソン)
『アガタの機械』(カミラ・グルドーヴァ)
『野良のミルク』『名簿』『あなたがわたしの母親ですか?』(サブリナ・オラ・マーク)
『最後の夜』(ローラ・ヴァン・デン・バーグ)
『引力』(リディア・ユクナヴィッチ)




『オール女子フットボールチーム』(ルイス・ノーダン)
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 夢の中では“グリーン、42、ハットハットハット!”のコールが音楽になって聞こえた。それは宙をたゆたい、藤の花のかぐわしさであたりを満たした。僕は父さんをこの世の男たちがなぜ結婚し、一人の女に生涯忠誠を誓うのかを理解した。父さんもいつかは死ぬのだ、そう思った。
 僕は父さんの部屋に行き、リボルバーを探しだして弾倉を開き、シュニールのベッドカバーの上に弾をばらばらとこぼした。僕もいつか死ぬんだ、そう思った。自分という存在の奥深い謎に、僕はそのときはじめて気づいた。フットボールの装備をまとった女性に愛されたい、その腕に抱かれたいと、焦がれるように願った。
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 もっとも“男らしい”スポーツであるアメフトを女性だけのチームでプレイする。その企画に大興奮した語り手の妄想は爆発、やがて彼自身がチアリーダーとなって応援するときに絶頂を迎える。“男らしい”父親がなぜ女装するのかとうとうわかったよ僕。愛と性と生と死と父とクィアが未分離のままぐっちゃんぐっちゃん暴走する思春期ハイテンション短篇。




『アホウドリの迷信』(デイジー・ジョンソン)
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 その夜、彼がアホウドリの話をした。アホウドリの中には死んだ船乗りの魂が入っているんだ。どう思う? どうって、べつに何も。そう彼女がいうと、彼は彼女の顔のすぐそばでべろっと舌を出して笑わせた。しばらくして目を開けると、彼がこっちをじっと見ていた。瞳孔が大きく開き、吐く息がかすかに乱れていた。
 どうしたの。
 いいと思わないか。
 え? 何がいいって?
 アホウドリの中に入ることさ。そしたら飛んで、どこへだって行ける。
 なにを言ってるの。
 楽しそうだ。
 わかった。もう黙って。
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 妊娠してしまった少女は、男の帰りを待っている。男は迷信深い船乗りとなって海に出る。そして何通かの手紙をよこしたまま消息を絶ってしまう。もういい、あんな男のことなんてもう知らない。彼女のもとに、巨大なアホウドリがやってくる。




『アガタの機械』(カミラ・グルドーヴァ)
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 アガタは時おり出し抜けに、「もう帰って」と言うことがあった。私が部屋を出たあとも光は動きつづけた。ドアの前に私は脚が痛くなるまで立っていて、下のすきまから見えたのだ。アガタが一人で像を見たかったのだということが私にはわかる。私は一度も文句を言わなかった。下手なことを言って、永久に機械の前から追放されるのが怖かったのだ。「帰って」とアガタが言う口調にはどこか、彼女の方が私より大人なんだと思わせるところがあった。とはいえ、私たちは双子のようにたがいに頼りあっていた。体によってではなく、夢によって私たちはつながっていた。
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 賢いけど変わり者のアガタと学校で友達になった語り手は、彼女の部屋に招かれて秘密の機械を見せてもらう。それはミシンと幻灯機を合わせたようなマシンで、足踏みペダルを踏むと不思議な幻影が現れるのだった。アガタと幻影の世界にのめりこんだ語り手は、しかし両親の手で強引に現実に引き戻される……。





タグ:岸本佐知子
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『月に憑かれたピエロ』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

 2023年2月12日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんと佐東利穂子さんのアップデイトダンス公演を鑑賞しました。二人が踊る一時間ほどの作品です。

 シェーンベルク作曲『月に憑かれたピエロ』をベースに、佐東さんによる日本語による詩の朗読(録音)などを自由に組み合わせて構成されています。舞台左手には床に置かれた大きな金属板(鏡、姿見)、舞台奥には曲がった金属板が吊されています。

 この曲がった金属板が月に見立てられ、照明光の反射によって様々な効果を生みだします。ごく単純な装置によって幻想的な空間が形作られてゆく様はいつもすごいと思う。血なまぐさいシーンを表現するために使われる赤い照明など、光の効果は多彩です。この照明のなかで、佐東さんが人物、勅使川原さんが背景、という感じで踊ってゆきます。

 『月に憑かれたピエロ』は以前に東京芸術劇場プレイハウスで観たことがあるのですが、今回はアップデイトというよりまったく別作品に感じられました。





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『エンカウント・エンカ』(MWMW、高橋萌登) [ダンス]

 2023年2月11日は、夫婦で北千住BUoYに行って高橋萌登さん率いるMWMWの最新公演を鑑賞しました。高橋萌登さんを含むMWMWのメンバー5名が踊る60分の舞台です。


[キャスト他]

構成・演出・振付: 高橋萌登
出演: 大江麻美子、金森温代、鈴木梨音、中谷友紀、高橋萌登


 もう二年以上前に観た『楽園はまぼろし、もしくはモキュメント』以来のMWMW公演。場所は以前にポエケット(詩の同人誌即売会)が開催されたとき行ったことのある北千住BUoYで、廃墟となった銭湯をほとんどそのまま流用した地下空間で踊ります。舞台の中央に大きな柱があるという構造を巧みに演出に活かしています。そして観客席との距離が近い近い。あとピアノは今回の公演用に運び込まれたものなのでしょうか。

 ひさしぶりに見た高橋萌登さんですが、頼もしいリーダーとしての貫祿のようなものを出していて立派でした。以前はどことなく自信なさげでおどおどしている小動物、でも踊りだすとすべてを振り切るようなすごいダンスが爆発する、といった印象を受けたものですが、今回はどんなシーンでも自分の演出と次の動きに自信を持っているというようなたたずまいです。

 作品としても、二年前には残っていた「東京ELECTROCK STAIRS」っぽさが消えて、高橋萌登さんの個性というかカラーで統一されているようで嬉しい。高橋萌登さん以外には、個人的には、BATIKの大江麻美子さんの個性と存在感が印象的でした。どんどん変わってゆく高橋萌登さんとMWMWはこれからもできる限り追ってゆこうと思います。





タグ:高橋萌登
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『環境DNA入門 ただよう遺伝子は何を語るか』(源利文) [読書(サイエンス)]

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 環境DNA分析でさまざまな生物の生息情報が得られるということが明らかになると、誰もが一度はこんなことを考えるのではないだろうか。ネス湖でネッシーの環境DNAを拾えないだろうか、と。そしておそらく多くの関係者はみんな、そう考えた後で「面白そうだけど、ネッシーがいるわけないよな」と思ったに違いない。筆者自身もそうであった。しかし、こんなプロジェクトを実現してしまった研究チームがある。ニュージーランドのオタゴ大学の研究者を中心に、イギリス、フランス、デンマークの大学などが参加して、ネス湖の環境DNAプロジェクトが行われたのである。
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 特定の湖に棲息している生物種のリストを作ったり、葉っぱの噛み跡から犯人を特定したりする。川や海の水をすくって分析するだけで、そこにどんな生物がどれくらいいるのかを明らかにすることが出来る。希少種の存在、水産資源の分布、さらには大気中を漂うウイルスの有無まで調べられる驚くべき環境DNA分析。その黎明期から今日の多彩な発展まで専門家が平易に紹介してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2022年11月です。




目次

1.DNAはただよう
2.「環境DNA」の発見
3.いるかいないか、どれだけいるか
4.川ごと、国ごと、時空も超えて
5.ただようDNA、未来へ




1.DNAはただよう
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 感染対策として換気が重要であるとされるが、それはつまり、空気中にコナロウイルスの遺伝子(この場合はRNA)が存在しているということである。もちろん、ウイルス以外にも、花粉症の原因になるスギ花粉にはスギのDNAが含まれているし、黄砂に乗ってさまざまな微生物が運ばれていることも近年よく知られている。つまり、水の中、土の中、空気の中などあらゆる環境に、DNAが大量にただよっているということであり、世界はDNAで満ちているといってよい。
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 世界はDNAで満ちている。このように環境に漂っているDNAをキャッチし、分析することで、周辺に生息する生物の情報を得る環境DNA分析について解説します。




2.「環境DNA」の発見
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 懸念していた海外勢との競合は現実のものであった。我々の論文の出版のわずか1ヶ月後、12月13日にヨーロッパのチームから、次世代シーケンス技術を利用した環境DNAメタバーコーディングの成功を報告する論文が出版されたのである。この論文の記録を確認すると、投稿されたのが8月19日、受理されたのが11月17日と、我々の論文と比べるとほぼ1ヶ月遅れで投稿プロセスが進行していた。内容的には我々の論文の内容を上回っており、これに先を越されていたら、我々の論文のインパクトはほぼ失われていたことだろう。それまでの研究者人生の中では、これほどに熾烈な競争を経験したことはなかったが、環境DNA分析という新しい分野の中では、このあと何度も海外勢と競争することになった。
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 環境DNA分析の黎明期における研究者間の熾烈な競争を、生き生きと紹介します。




3.いるかいないか、どれだけいるか
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 環境DNAの分析によって、舞鶴湾程度のスケールであれば、魚の個体数を推定できることが示されたのである。これは、本書執筆時点では、環境DNA分析によって世界で最も大きな規模の個体数推定に成功したケースだ。ただ、この成果を挙げるためにかけた努力量を考えると、必ずしも「簡単に個体数推定ができる」という段階には達していない。つまり、この舞鶴湾の結果が示していることは、相当の努力をすれば「どれだけいるか」を知ることはできるが、これを簡略化するための工夫が必要だということである。
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 特定の種がその環境にいるのかいないのか判定するだけでなく、さらにいる場合には「どれだけいるのか」を明らかにする研究の経緯について詳しく解説します。



4.川ごと、国ごと、時空も超えて
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 次世代シーケンスとは、数百万から数千万本の遺伝子配列をまとめて読み取る技術であり、近年もっとも普及しているイルミナ社のMiSeqという機器の場合、一晩で1500万本の遺伝子配列を読み取ることができる。これにより、「河川の水から、魚の環境DNAをPCRによってまとめて増幅し、その遺伝子配列を片っ端から読み取る」などということができるようになったのである。この技術を使うことで、環境DNA分析の幅が大きく広がることとなり、「そこにいるもの全部」をまとめて調べることが可能になった。
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 技術の飛躍的進歩により驚くべき発展をとげた環境DNA分析。外来種や希少種を含め琵琶湖にいるすべての魚とその分布を調べた研究をはじめとして、現在の環境DNA分析が成し遂げた成果を解説します。




5.ただようDNA、未来へ
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 これまで、分子生物学などのミクロ生物学分野と、生態学などのマクロ生物学分野はあまり交わることがなかったが、ここまで述べてきたような技術はいずれも、ミクロ生物学の分野で開発されたものである。このような両分野の手法的な融合は、これらの間のギャップを埋め、本当の意味での総合的な生物学への発展につながることが期待される。
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 驚異的な発展を続ける環境DNA分析、その将来の展望について語ります。





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