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『猫俳句パラダイス』(倉阪鬼一郎) [読書(教養)]

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 本書『猫俳句パラダイス』(「猫パラ」と略してください)には、愛らしい猫の俳句がたくさん詰まっています。(中略)表題句ばかりではありません。数百句にも上る引用句にもすべて猫が登場します。まさに猫だらけの俳句アンソロジーです。これだけの規模で猫俳句を集成した書物は前代未聞でしょう。
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Kindle版No.9


 愛らしい猫が登場する俳句を集めた猫句アンソロジー。新書版(幻冬舎)出版は2017年1月、Kindle版配信は2017年1月です。

 猫句アンソロジーといえば、昨年『ねこのほそみち 春夏秋冬にゃー』(堀本裕樹)を読みましたが、これは有名作品を数作とりあげてイラストと共に解説するものでした。ちなみに単行本読了時の紹介はこちら。


2016年12月06日の日記
『ねこのほそみち 春夏秋冬にゃー』(堀本裕樹、ねこまき:漫画)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-12-06


 一方、代表的な俳人の作品から「怖い」ものを選んで紹介した『怖い俳句』の倉阪鬼一郎さんが、猫が登場する句を集めてくれたのが本書。大量に猫句が収録されています。ちなみに『怖い俳句』の紹介はこちら。


2012年08月01日の日記
『怖い俳句』(倉阪鬼一郎)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-08-01


 『怖い俳句』のインパクトが大きかったので、また怖い猫が登場するかも知れないと思ってびびっている読者のために、最初に宣言してくれます。これで一安心。


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 猫には残酷な一面もあり、そういった部分を採り上げた俳句も多く作られていますが、本書ではマイナスイメージの作品はいっさい採りませんでした。『怖い俳句』の著者の本ですが、怖い猫の句は出てまいりませんので、そういったものが苦手な方も心安んじてページを開いていただければ幸いです。
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Kindle版No.24


 というわけで、ひたすら猫を愛でる句が並ぶ様は壮観です。特に多いのが、子猫を詠んだ句。


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猫の子のただ居て人を溶かす術 (照屋眞理子)
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薄目して仔猫はすべて意のままに (津久井健之)
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子猫ねむしつかみ上げられても眠る (日野草城)
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ペン擱けば猫の子の手が出てあそぶ (加藤楸邨)
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猫の子に太陽じゃれてじゃれてじゃれて (杉山久子)
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猫が子を産んで二十日経ちこの襖 (河東碧梧桐)
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猫の子のもう猫の目をしてをりぬ (仁平勝)
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れつきとした恋で生まれし仔猫かな (遠藤由樹子)
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 おとな猫の行動や仕草がかわいいかわいい、そしていじらしい、という句も。


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こんな手をしてると猫が見せに来る (筒井祥文)
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青あらし猫が頭突きをして去りぬ (明隅礼子)
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恋猫の胴の長きがごろんごろん (杉山久子)
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恋猫の恋する猫で押し通す (永田耕衣)
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恋猫がうしろ忘れているうしろ (池田澄子)
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 一方で、猫を愛でる人間の(駄目な)様子を詠んだ句もぎっしり。


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することがない猫の肉球をつまむ (きむらけんじ)
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昼寝の猫を足でつつく (きむらけんじ)
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猫をもむ 太陽がピザのようだわ (豊口陽子)
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待春の猫を伸ばしてみたりもす (杉山久子)
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愛猫の近況ばかり年賀状 (いそむら菊)
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 猫愛が暴走して、何やら確信に満ちた口調で断言しはじめたり。


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どの猫も世界一なり冬篭り (松本恵子)
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猫の棲む星や明るくあたたかし (津久井健之)
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ほろびゆくこの星にして猫生まる (仲寒蝉)
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恋猫の形相宇宙は膨張する (上甲平谷)
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何もかも知つてをるなり竈猫 (富安風生)
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小春日はしんじつ猫のためにある (仲寒蝉)
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一茶忌や諸人猫を愛すべし (糸山由紀子)
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 ついには、余人には何を言ってるのかよく分からないステージにまで。


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猫パンチの匂いがいつまでも残る (久保田紺)
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ネコ缶ひとつネコが私にくれました (久保田紺)
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コンビニで時々猫を買ってくる (櫟田礼文)
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今夜開店猫の質屋が横丁に (佐藤清美)
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サンタ或いはサタンの裔、我は牡猫 (高山れおな)
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くれないのサインコサインあくび猫 (早瀬恵子)
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原宿のはしからはしから猫の舌 (早瀬恵子)
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 しかし、猫句のこの量、尋常ではありません。「「困ったときの猫だのみ」で猫俳句を詠むと公言する俳人は何人かいる」(Kindle版No.573)とのことで、やはり猫句は詠みやすいのでしょうか。

 実はいくつか「それさえ入れておけば猫句になる、典型フレーズ」というものがあり、それを利用して量産しているのではないか、という気もします。本書で指摘されている猫句典型フレーズとは。


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 ある典型になるようなフレーズを含む俳句がいくつもありますが、この句の「猫の視野楽しからずや」もそれに含まれるでしょう。下の句に何を配してもさまになりそうです。
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Kindle版No.642


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上の句と中の句が何であろうと、「猫可愛」でまとめれば愛すべき猫俳句になりそうです。
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Kindle版No.190


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上の句が何であろうと「猫には猫の都合あり」を付けられそうです。
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Kindle版No.596


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 この句は「家猫のいる晩年よし」が典型となるフレーズです。逆に上の句に何を配してもきれいに閉じます。
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Kindle版No.645


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「猫の表情ゆたかなり」も典型になるフレーズで、どんな花にも合いそうです。
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Kindle版No.683


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「猫がゐるゆゑ帰る家」は典型となるフレーズです。
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Kindle版No.1330


 というわけで、最初から最後まで猫句がずらりと並んだ一冊。猫を愛する人、俳句や川柳を愛する人、両方愛する人、その他の人、あと猫、誰が読んでも楽しめる一冊です。


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つまりそのどう転んでも猫は猫 (戸辺好郎)
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『のら猫拳』(アクセント) [読書(随筆)]


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どっしりとした構え。隙などどこにもない。
彼らは厳しいのら猫界を生き抜くため、人知れず修行に明け暮れている。
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 鮮やかな大跳躍から繰り出される鋭い蹴り。猫の空中殺法を見事にとらえたカッコよくてやたら可笑しい猫写真集。単行本(エムディエヌコーポレーション)出版は2017年1月です。

 おそらく猫じゃらしか何かを振って飛び掛かってきたところを撮影してる、ということは分かるんですよ。でも、この気迫に満ちた表情、空中で電光石火のごとく放たれる猫パンチや猫キック、珍妙ポーズで宙を舞う猫たちを見ていると、「格闘技で戦っている猫」という設定に素晴らしい説得力があります。

 写真に添えられているキャプションもノリノリ。


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のら猫界最強の流派、黒猫拳。その圧倒的躍動感。
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港を守る正義の爪、キジシロ拳!
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ジョジョ立ちからのスタンド攻撃!
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悪の悪猫(わるねこ)四天王
「ここを通りたければ我らを倒して見せよ」
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 子猫がおぼつかない二本足で立っている写真でさえ


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ほのぼの感で敵の戦意を奪うのがハチワレ拳の極意!
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とか煽ってくるのがすごい。猫は何をしていても格闘技。

 後半には陽気に踊っているダンス猫たちの写真も収録されており、パラパラめくっているだけで楽しくなってきます。

 着地を考えず無我夢中でジャンプした猫たちの、空中での躍動感に満ちた肢体には胸踊るものがありますし、重力から解き放たれた猫の筋肉や関節の動きは生々しい驚きがあります。

 どんな写真なのかチェックしてみたい方は、ツィッターでアクセントさんのアカウント(@sakata_77)を確認してみて下さい。気に入ったらあれこれ迷わず購入しちゃうことをお勧めします。



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『カブールの園』(宮内悠介) [読書(小説・詩)]


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けれど二十一世紀のいま、もはやその者たちに最良の精神は宿らないと感じもしてしまう。インフラが発達し、有象無象の神秘が解かれ、言葉ばかりが溢れかえった、いまはもう。(中略)弱者のあふれたこの街で、しかしもうブルースは聞こえてこない。
 わたしたちの世代の最良の精神は、いったい、いかなる生にこそ宿るのだろう?
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単行本p.30


 きらびやかなプレゼンテーション、華々しいプロレスショー、そして仮想現実。虚構に飲み込まれ空虚な言葉だけがあふれるこの場所で、人種的マイノリティとして生きるということは何を意味するのだろうか。現代アメリカを生きる日系人の若者たちの姿を通じて現代の祈りを追い求める中篇二篇を収録。大きな飛躍を感じさせる作品集。単行本(文藝春秋)出版は2017年1月、Kindle版配信は2017年1月です。


『カブールの園』
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誇りや文化や伝統を、クオーターに換えてしまっていいのか。外部から、とやかくいうことは簡単だ。でも、一つ確実にいえることがある。マイノリティがどう生きるかは、当の本人がきめるということだ。(中略)諦念を受け止め、ありうべき世代の最良の精神を守り通すこと。そのためにこそ、このカブールの園で笑みを絶やさないこと。クオーターを投げてもらってかまわない。わたしは踊る。
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単行本p.84、89

 母親との確執、子供時代に受けた苛めのトラウマ、人種差別。様々な葛藤を抱えながらアメリカの今を生きる日系三世の語り手。プログラマとして勤務しているスタートアップ企業の上司から休暇を命じられ、大戦中の日系人強制収容所跡を訪れた彼女は、そこで自分の過去との思いがけないつながりを見つけて衝撃を受ける。

 表題は、語り手が受けているセラピーで使われる仮想現実のあだ名なのですが、虚構や虚言に覆い尽くされてしまった世界の象徴とも感じられます。人種的マイノリティとして生きること。支持するふりをしながら定型に押し込め不可視化しようとしてくる社会。それに抗うか、それともしたたかに乗りこなすか。真実なき現代を生きることへの覚悟を問う中篇。


『半地下』
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 あるいは、単なる脚本の誤植だったのかもしれない。そんなふうに思うこともある。
 しかし、エディの言葉は深く僕に届いていた。そしてショーはつづく。リングに上がろうが上がるまいが、読みあげなければならない諸々のろくでもない脚本は、いくらでもある。それらを前に、僕はこの誤植を手垢がつくまで読み返し、くりかえし咀嚼するのだ。
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単行本p.128

 父親の失踪により米国に取り残された幼い姉弟。英語と日本語という異なる言語と思考形式にアイデンティティを揺さぶられながら成長してゆく語り手。プロレスという虚構そのもののショービジネス界に引き取られ、リングの上で痛めつけられ続ける姉。「この国は偽善にまみれているけれど、子供だけは絶対に受け入れる」(単行本p.97)という言葉はどのレベルまで本当なのだろうか。

 偽善と建前と物語だけで支えられているこの世に、真実がないのであれば、せめてそれに代わるような何か確かなものがあってほしい、だが、はたしてあるだろうか。祈るような切実な問いかけが心をうつ力強い中篇。



タグ:宮内悠介
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『永遠でないほうの火』(井上法子) [読書(小説・詩)]


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駅長が両手をふってうなずいて ああいとしいね、驟雨がくるね
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月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい
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紙風船しずかに欠けて舞い上がる 月のようだねいつか泣いたね
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紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて
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だんだん痩せてゆくフィジカルなぺんぎんが夢の中にも来る、ただし飛ぶ
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 火と水と、雨と月と、かわせみ。花鳥風月、風景に心をよせ抒情を読み解く紺青歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年6月、Kindle版配信は2016年7月です。

 風景を見たときに生ずる心のざわめきをとらえた作品が目につきます。特に、火と水。


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煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火
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日々は泡 記憶はなつかしい炉にくべる薪 愛はたくさんの火
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こころでひとを火のように抱き雪洞のようなあかりで居たかったんだ
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ああ水がこわいくらいに澄みわたる火のない夜もひかりはあふれ
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 これは永遠でないほうの火。雨、雪など気象を詠んだ作品も、静かに心を動かしてきます。


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駅長が両手をふってうなずいて ああいとしいね、驟雨がくるね
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いつまでもやまない驟雨 拾ってはいけない語彙が散らばってゆく
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オルゴールから雑音が消えそれはめずらしいほど雪の降る日で
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あんまりきれいに降るものだから淡雪をほめたらなぜか北風もよろこぶ
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 ああいとしいね、驟雨がくるね。月や夜の光景を詠んだと思しき作品は、何というか過剰なほどの叙情が感じられて、文学少女ここにあり、というような気持ちになります。


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月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい
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紙風船しずかに欠けて舞い上がる 月のようだねいつか泣いたね
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どんなにか疲れただろうたましいを支えつづけてその観覧車
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 月のようだねいつか泣いたね。花鳥風月というくらいなので、もちろん鳥も何かを背負ってそこにいます。


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紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて
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かわせみよ 波は夜明けを照らすからほんとうのことだけを言おうか
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憧れは煮られないからうつくしい町のプールにかるがもが住む
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だんだん痩せてゆくフィジカルなぺんぎんが夢の中にも来る、ただし飛ぶ
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 ただし飛ぶ。鳥だけでなく魚や虫など動物はちらちらと登場するのですが、いずれも野生です。人間との距離が近い動物は出てきませんが、ときどき猫の影。


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煙草屋の黒猫チェホフ風の吹く日はわたくしをばかにしている
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わたくしのしょっぱい指を舐め終えてチェホフにんげんはすごくさびしい
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堕ちてゆく河のようだね黒猫の目をうつくしい雨が濡らして
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青年に猫の轢死を告げられてことば足らずの風が
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『星空』(幾米、ジミー・リャオ、天野健太郎:翻訳) [読書(小説・詩)]


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あの夏のことは、永遠に忘れない。
あれほどまぶしくて、あれほど孤独な星空のことは……
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 家庭にも学校にも馴染めない孤独な少女。いつも一人で黙って本を読んでいる少年。居場所がない二人が出会い、そして街を出る。台湾の人気作家が美しい配色で子供の孤独と希望を描いた絵本。単行本(トゥーヴァージンズ)出版は2017年1月です。

 台湾東部の宜蘭駅にゆくと、駅前(というか駅周辺)にジミー広場(幾米廣場)が広がっていてちょっとびっくりします。空中から吊り下げられた巨大な機関車や、鞄を手にした旅行者など、多数のオブジェがあちこちに配置されていて、みんなが楽しそうに写真を撮りまくっています。

 ジミー(幾米)の作品を手にしたことがなくても、ああこれ台湾の書店でいつも見かける、柔らかく落ちついた美しい配色のちょっと不思議で懐かしい感じがする、あの絵本だと、すぐに分かるのがすごい。

 その人気作家ジミー(幾米)作品のうち、映画化されたことでも有名な『星空』(大塊文化出版、2009年4月)がついに日本語に翻訳されました。孤独に押しつぶされそうになっている子供たちに、美しい魔法を与えてくれる一冊です。海の青、木々の緑、感情の赤、希望の黄、あらゆる色彩が語りかけてくるような絵本。陰鬱な心象光景でさえ、どこか優しさを感じさせる筆致が魅力的です。



タグ:絵本 台湾
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