SSブログ

『三体問題 天才たちを悩ませた400年の未解決問題』(浅田秀樹) [読書(サイエンス)]

――――
 日常感覚からすれば、天体の個数が「2個」と「3個」の間に、劇的に大きなギャップが存在するというのが不思議です。
 実際、大昔の科学者たちも、「二体問題」が解けたのだから、「三体問題」も頑張れば(何らかのうまい数学的な操作を発見すれば)、その解は見つかるのではないかと楽観的に考えました。とくに天才数学者・科学者たちは、「俺こそ、その解の発見者になれる才がある」と自信満々だったに違いありません。実際に、天才たちによって「特別な状況」を仮定した場合においての「三体問題」の解は発見されています。しかし、「一般的な条件」での解を見つけることには、ことごとく失敗したのです。
――――
単行本p.8、10


 とある事情から最近やたら有名になった数学の難題「三体問題」。なぜ一般解が得られないのか、近似解すら得られないというのはどういうことか、そして今日なお発見が続く特殊解の研究。数学の難問に挑んだ天才たちの歴史と、実際の宇宙における多体問題について解説する一冊。単行本(講談社)出版は2021年3月、Kindle版配信は2021年3月です。


――――
「三体問題」には、オイラー、ラグランジュ、ポアンカレといった、科学史にその名を残す有名数学者・科学者が挑戦し、彼らの挑戦を次々とはねのけてきた輝かしい戦歴があります。彼らの素晴らしい才能をもってさえ、完全には解決することができなかった「問題」なのです。そして、21世紀の現在でも、「三体問題」は永遠のフロンティアであるかのような雰囲気を醸し出しています。
――――
単行本p.4


〔目次〕

第1章 解ける方程式
第2章 解けない方程式
第3章 ケプラーの法則とニュートンの万有引力
第4章 三つの天体に対する解を探して
第5章 一般解とはなにか
第6章 つわものどもが夢のあと
第7章 三つの天体に対する新しい解が見つかる
第8章 一般相対性理論の登場
第9章 一般相対性理論の効果をいれた三つの天体のユニークな軌道
第10章 天体の軌道を精密に測る




第1章 解ける方程式
第2章 解けない方程式
第3章 ケプラーの法則とニュートンの万有引力
――――
 5次方程式の解法をめぐる話は大変興味深いものです。このことから本書の核心である「三体問題の解」を考察するときにも重要になる教訓が一つ得られます。ある方程式が「解ける」あるいは「解けない」ということを論じるさいには、その解を得るための手段――例えば代数的な操作に限る――をはっきりさせる必要があるのです。
――――
単行本p.48

 まず基礎知識として、ある方程式が「解ける」とはどういうことか、「解法」とは何なのかを、一次方程式、二次方程式を例に解説します。そして五次方程式が「代数的には」解けないことの発見と、楕円関数を応用した「代数的ではない」五次方程式の解法について、さらにニュートン力学と二体問題の解決について示します。


第4章 三つの天体に対する解を探して
第5章 一般解とはなにか
第6章 つわものどもが夢のあと
――――
 ブルンスは科学者たちの頼みの綱であった「求積法」を用いて「三体問題」を解くことが不可能なことを証明してしまいました。さらに追い打ちをかけるように、ポアンカレが登場し、級数の形でさえ「三体問題」の解が得られないことを証明しました。もはや「三体問題」の解をこれ以上発見することは、永遠の夢になってしまったのでしょうか。
 答えを先にいいますと「求積法」や「級数展開」を用いて解が得られないことは、もう解を見つけられないことと等価ではありません。
――――
単行本p.162

 オイラーの制限解、ラグランジュの特殊解(ラグランジュ点とトロヤ群の発見)、一般解への挑戦とその顛末、カオス理論の発見、などの話題を解説し、三体問題に挑んだ数学者・物理学者たちの足跡をたどります。


第7章 三つの天体に対する新しい解が見つかる
第8章 一般相対性理論の登場
第9章 一般相対性理論の効果をいれた三つの天体のユニークな軌道
第10章 天体の軌道を精密に測る
――――
 ヘギーによる数値計算の結果によれば、「8の字軌道」の3体系が存在する確率は、銀河あたり高々1個程度だそうです。確率の小ささは想定の範囲内です。しかし、そんな数学的なモノが宇宙に存在可能だということに驚かされます。
 以上のように、数学者、物理学者、天文学者、計算機科学者らが「三体問題」に対しての「8の字解」に関する研究を精力的に行いました。しかし、核心に迫る答えは得られていません。「8の字軌道」が存在する数学的証明があり、数値的に高精度で軌道の形も計算されました。しかし、現在までのところ、その「8の字軌道」の形を数式で表現することに誰も成功していないからです。
――――
単行本p.178

 三つの天体が互いの軌道を交差するように周期的運動を永久に続ける「十字形解」、同じ8の字軌道上を互いに追いかけるようにして移動し続ける「8の字解」など現在も研究されている特殊解から、一般相対性理論の適用や実際に発見された三体天文現象の意義まで、数学・理論物理学・天文学など様々な研究分野にまたがって今なお精力的に研究が進められている三体問題、N体問題の最先端トピックを解説します。





nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『リバー・ワールド』(川合大祐) [読書(小説・詩)]

――――
ただの句じゃねえか脚立はただの句じゃ
――――
あばばばばバカSFに母音あり
――――
寺のうえUFO群れたあとに闇
――――
明晰夢世界各地に生卵
――――
手鏡が雑に割られる本能寺
――――
魔女走るめざすは鹿の後頭部
――――
孤独死のたびたび起こる相撲部屋
――――
トマト屋がトマトを売っている 泣けよ
――――


 てっきりフィリップ・ホセ・ファーマーかと思ったら「川柳」の英訳。言葉と言葉のとてつもない落差が生む衝撃と脱力の第二句集。単行本(書肆侃侃房)出版は2021年4月です。


 まずは前作の紹介から。

2018年08月07日の日記
『スロー・リバー』(川合大祐)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-08-07



 そしてますます勢力を増して今夜半過ぎに関東甲信越地方に上陸の恐れがあるパワフルな作品を見てほしい。


――――
ただの句じゃねえか脚立はただの句じゃ
――――
あばばばばバカSFに母音あり
――――
魂が切断されたバとカボン
――――
狂ったかコロッケそばのケを写す
――――
以下略の(以下を略したので)うどん
――――
作中句〈の作中句の〉作中句
――――
(深槽の(心理の中の(志村の)))し
――――
邦画の魔田田田田口田田日田田田
――――
誤字さえ無かった
――――
「山本リンダ」
――――
今そこでこの川柳は終わりです。
――――


 続いて個人的趣味でオカルトネタ作品を。


――――
無理のない範囲でおまえ落武者に
――――
寺のうえUFO群れたあとに闇
――――
異人論くるしい時の雪男
――――
宿題が終わってしまうナスカの絵
――――
古池のぜんぶと共にムー沈む
――――
無をおそれつつ学研に出す葉書
――――
コーラ振る偽史専門の書店にて
――――
明晰夢世界各地に生卵
――――


 SFっぽい単語と日常的単語の出会いが生む脱力感も強力です。


――――
少年にメロンを渡す地底基地
――――
河豚売りへ秘密基地でのラリアート
――――
ふたり降り空中都市が二ミリ浮く
――――
宇宙軍司令の家の木彫り熊
――――
蠅を追う軌道エレベーターあけて
――――
月基地の通信室で蠅死ねり
――――
紳士服冥王星の避難所に
――――
鳥そぼろ銀河支店にばらまかれ
――――
航宙士日記にずっとそぼろ丼
――――
菜温しワープ航法したあとも
――――
プリン消えひとりとひとり深宇宙
――――
地球圏ほろびたあとのえかきうた
――――


 声に出して読むと愛と勇気と感動とそうでもないものが湧いてくる傑作の数々。


――――
男たち永谷園へ続く道
――――
ゲーセンに天動説の巫女ばかり
――――
手鏡が雑に割られる本能寺
――――
魔女走るめざすは鹿の後頭部
――――
孤独死のたびたび起こる相撲部屋
――――
トマト屋がトマトを売っている 泣けよ
――――
白樺派バールのようなもの床に
――――
覆るビデオ判定村祭り
――――
金網にずっと電気のある暮らし
――――
現場にはスーパーボール跳ねており
――――
想像の限界値まで人を埋め
――――
ひどい恋移動手段が三輪車
――――
消火器で殴られている春寒し
――――
守るべき姫がふやしてゆくゾンビ
――――
ハンバーグ多発地帯の土佐暮れる
――――





nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『2010年代海外SF傑作選』(テッド・チャン、ケン・リュウ、橋本輝幸:編) [読書(SF)]

――――
 現代においては、消費や読書といった個人の行動も日々ささやかに善行を積むチャンス、あるいは未来へ捧げる祈りなのかもしれない。つまり私の結論は、変わったのはSFではなく、個人の姿勢ではないかというものだ。それもまた時代と共に変わっていくのだろう。
――――
文庫版p.461


 中国をはじめとする非英語圏SFが注目されるなか、世界SFはどのように可視化され、何を目指したのか。2010年代を代表する海外SF作家たちの翻訳作品11編を収録したアンソロジー。文庫版(早川書房)出版は2020年12月です。


【収録作品】

『火炎病』(ピーター・トライアス)
『乾坤と亜力』(郝景芳)
『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
『プログラム可能物質の時代における飢餓の未来』(サム・J・ミラー)
『OPEN』(チャールズ・ユウ)
『良い狩りを』(ケン・リュウ)
『果てしない別れ』(陳楸帆)
『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)




『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
――――
 翌朝、3カッがやってきた。ロボットは限られた語彙を駆使して、わかってもらえるよう努力をしなければならなかった。「集合、必要。死ニカケ、敵、見ツケル」
「敵?」3カッは頭をかいた。
「人間ノ敵」ロボットは白状した。それから、いいことを思いついた。「敵、人間死ナセル。人間死ヌト、餌、減ル」
 カラス語の文法はめちゃめちゃだったが、3カッにはわかってもらえたとロボットは考えた。加えて、カラスたちはしばしば、大集合をする口実を歓迎していた。
――――
文庫版p.76

 疫病のパンデミックにより崩壊しつつある未来。野良の医療検査ロボットが新たな変異株を発見する。蔓延する前に対処しなければならない。人の助けを得られないロボットは、一羽のカラスに協力を依頼するが……。寓話のような楽しい物語だが、今読むとちよっとキツいものが。


『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
――――
「ディープラーニング・ネットワークに関するあれこれは――不透明なの。レイヤーの数が多すぎる。膨大なデータ・セットを使って訓練して、いつも正しい答えを出してくるように見えるけど、どうやってその答えにたどり着いたのか、正確なところは誰にもわからない」
「で、アルゴリズムはおれに、誰かの食品保存容器の中にうんこをしろって言うわけか。そうすればグーグルのロゴがどうしていきなりおれを暴力的にするのか説明が……」
 ハンコックは両手を広げた。「正直、わたしにもわからない。アルゴリズムは理由を教えてくれないから」
――――
文庫版p.101

 相次ぐ衝動的な暴力事件。なぜ普通の市民がいきなり狂暴化するのか。現場には共通するものがあった。グーグルのロゴマークだ。ビッグデータ解析と機械学習によって人間の行動パターンを正確に予想するのみならず、予想外の方法で人間の心や感情をコントロールするようになったグーグルのアルゴリズム。意識も主観も持たないアルゴリズムによって支配される現代の不安を描く短編。


『OPEN』(チャールズ・ユウ:著、円城塔:翻訳)
――――
 二人きりのときに、さも親密なように振る舞うのはなんていうか、つくりごとみたいな感じがした。そういう設定のように思えた。まるで、誰も観客のいない劇場に立つ役者みたいで、僕はまだ、与えられたキャラクターを演じようと言ってるのに、彼女の方ではもうつきあえないって感じ。向こう側の誰か僕らが、こっちまで僕らについてきていた。僕らは僕らでいるために僕らのための観客が必要だった。「僕ら」でいるために。
――――
文庫版p.158

 さしたる理由もなく突然開いた並行世界への扉。開いたその向こうには、やっぱり僕たちがいた。他者との関係から現実感あるいは当事者意識のようなものが失われてしまう、誰もが感じたことのあるあの感覚を「並行世界の自分たちとの交流」として描く、いかにもチャールズ・ユウらしい作品。


『良い狩りを』(ケン・リュウ)
――――
 ぼくは身震いした。彼女がなにを言わんとしたのかわかったのだ。古い魔法が戻ってきたが、変化していた――毛皮と肉ではなく、金属と炎の魔法だった。(中略)
 鋼索鉄道の線路伝いに艶が駆けていくところをぼくは思い描いた。疲れを知らぬエンジンが回転数を上げ、ヴィクトリア・ピークの頂上めがけて駆け上がっていく。過去のように魔法で満ちあふれた未来に向かって駆けていくのだ。
――――
文庫版p.202

 かつて見習いの妖怪退治師だった主人公は、美しい妖狐の娘、艶と出会う。奇妙な友情で結ばれた二人だったが、やがて時代は変わり、古い呪術や魔法は衰退してしまう。今や腕利きのエンジニアとなり、蒸気機関、機械工学、サイバネティクスといった新しい「魔法」を習得した主人公は、再会した艶の望みを、その力でかなえてやろうとするのだった。世界の変容と魂の再生を感動的に描いた短篇で、ごく短い枚数で聊斎志異の世界からスチームパンクへとスムーズに移行させる手際が素晴らしい。


『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
――――
 彼らの中には、完全な〈虚無〉がわれわれの認識する方法とまったく異なる進化をしてきたのではないかと考える者もいる(「エキゾチック主義者」と呼ばれる)。あるいは、実体のない鏡としてわれわれの親しんでいる世界を映しているのであり、〈無〉から成る植物やバクテリアや菌類や、あらゆる動物が存在し、互いに捕食しては再生して、〈虚空〉の生態系の中であふれかえっているのだという(これは「反映論」と呼ばれる)。
――――
文庫版p.250

 “ "は〈不在〉生態系のなかで進化してきた〈無〉から構成される生物である。ドーナツの中心部に見つかることもある。架空の生物学をもっともらしく解説するボルヘス調の短編。


『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
――――
「わしらの世界が駄目になったとき、マザーがわしらを受け入れてくれた。マザーはわしらの守り手、わしらのふるさとだ。わしらはマザーの協力者であり、最愛の子供たちなのだよ」
――――
文庫版p.256

 「マザー」と呼ばれている巨大なムカデ型バイオメカノイドの体内に共棲している人類の末裔。そこで生まれた一人の少女は、粘液のなかで消化器官の一部として働いていた。しかし、マザーに異変が起きたとき、彼女は外界を目指す旅に出ることに。生物都市というか、内臓版『地球の長い午後』、ジュブナイル版『皆勤の徒』というか。私たちからは悲惨に思える世界と状況のなかで、精一杯サバイブする子供たちの姿を描いた短篇。


『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)
――――
 経験は最上の教師であるばかりか、唯一の教師でもある。もしアナがジャックスを育てることでなにか学んだとすれば、それは、近道などないということだ。この世界で20年生きてきたことから生まれる常識を植えつけようとすれば、その仕事には20年かかる。それより短い時間で、それと同等の発見的教授方法をまとめることはできない。経験をアルゴリズム的に圧縮することはできない。
――――
文庫版p.439


 経験によって学び、成長してゆくAI。仮想ペットとして売り出されたAIの知能は、何年もかけて人間と交流することで、子供に匹敵するまでに育ってゆく。しかし売れ行きは頭打ちとなり、開発元によるサポートは打ち切られ、AIが走るインフラ仮想空間も時代遅れになって見捨てられる。長年かけて大切に育ててきた「子供」を簡単に廃棄することなど出来ないユーザたちは、彼らを最新インフラ上に「移植」するプロジェクトに期待するが、それには多額の資金が必要だった。

「真に自己学習するAIが登場すれば、それはコンピュータ時間で超高速学習を継続するため、ごく短期間に人類を越えるまで知能を高め続けるだろう」という、いわゆるシンギュラリティ論の前提に異議をとなえ、経験から学ぶこと、AIに対する人間の愛情、そしてAIとの交流が人間を変えてゆくことについて、様々なエピソードを通じて思弁する作品。





nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: