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『地下世界をめぐる冒険 闇に隠された人類史』(ウィル・ハント、棚橋志行:翻訳) [読書(随筆)]

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 祖先たちがそうだったように、私たちは常に、自分より偉大な何かに手を触れるため、秩序立った現実の向こうにたどり着きたいという静かな欲望によって地下へ引き寄せられる。(中略)この何年かで探検をともにした地下愛好家(カタフィル)や、私が敬服した歴史上の偉人たちは、形はさまざまでも超越を探求する人ばかりだった。暗帯(ダークゾーン)でバイオリズムと向き合ったミッシェル・シフレ。都市のはらわたの中で秘密の芸術作品(アートワーク)を創ったREVS。並行する次元へ掘り進もうとするかのように自宅の下に穴を掘ったウィリアム・リトル。地底に生命を探し求めようとしたジョン・クリーブス・シムズ。パリの不可視層を写真にとらえたナダール。都市の下の静かな暗闇で古代水路の通路を歩いたティーブ・ダンカン。彼らはみな神秘的な謎を探し、手近な現実の地平を超えた何かとの接触を求めて地下へ潜入した。
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単行本p.273、274


 ニューヨークの地下世界、パリの地下納骨堂、アボリジニの神聖な鉱山、カッパドキアの地下トンネル網、……。地下に魅せられた著者が、世界各地にある闇に閉ざされた秘密の地下世界へと向かう。地下世界の魅力と神秘を探求した驚異のノンフィクション。単行本(亜紀書房)出版は2020年9月、Kindle版配信は2020年10月です。


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 秋庭のように政府の陰謀こそ追求しなかったが、彼が東京で経験したのとおそらく同じようなことを、私はニューヨークに感じていた。熱に浮かされたように、地表に不信感を抱いた。目に見える表層的なものに対して懐疑的になった。どの歩道にも秘密の空洞が隠されていて、暗い階段の底にある扉はどれも隠された別の層へ続いているのだと、私は確信していた。(中略)
 結局、私は東京へ調査に赴くことはなかった。秋庭俊に会ったこともない。国会議事堂前のトンネルに目を凝らして、カーブの向こうに何が隠れているのかと考えたこともない。それどころか、彼の暮らす都市の街路の下に何があって、何がないか、私はほとんど知らない。秋庭俊は英雄的な真の探究者なのか、変人なのか、人々からまったく無視されているのかも知らない。しかし、旅と探検に身を投じるうち、私は行く先々で秋庭俊と同じような人たちに遭遇した。自分たちに見えないもの、目が届かないもの、探知できないものの虜になった人々だ。
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単行本p.8、9


〔目次〕

第1章 地下へ 隠されたニューヨーク
第2章 横断 パリの地下納骨堂
第3章 地球深部の微生物 NASAの野望
第4章 赤黄土を掘る鉱夫たち アボリジニの聖域
第5章 穴を掘る人々 もぐら男とカッパドキア
第6章 迷う 方向感覚の喪失が生む力
第7章 ピレネー山脈の野牛像 旧石器時代のルネサンス
第8章 暗闇 「創世記」の闇と意識変容
第9章 儀式 雨を求め地下に下りたマヤ人




第1章 地下へ 隠されたニューヨーク
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 十年以上にわたって、石質の地下墓地、廃棄された地下鉄駅、神聖な洞窟、核シェルターなどに出かけた。最初は自分の執着を理解するための探索の旅だったのだが、地下へ下りるたびにその風景の奥深さに波長が合いはじめ、そこからいっそう普遍的な物語が浮かび上がってきた。
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単行本p.23

 16歳の夏、自宅の真下を廃棄された列車用トンネルが通っていることを知った著者は、探検に出かける。そして、地下世界の魅力にとりつかれる。


第2章 横断 パリの地下納骨堂
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 私たちはパリの地下横断を計画した。街の端からもう片方の端まで、ひたすら地下の基幹施設を歩く。スティーブはニューヨークでこの旅を夢見ていた。私たちは計画に数カ月を費やし、古地図を調べ、パリの探検家に相談し、通行可能なルートを確認した。机上の計算では、この探検旅行はなんの問題もなく予定どおりにいくはずだった。
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単行本p.47

 地下納骨堂、カタコンブ、それはパリの地下に張りめぐらされているもうひとつの世界。地下経路を通ってパリを横断する冒険は、地下世界で行われている様々な活動を明らかにする。


第3章 地球深部の微生物 NASAの野望
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 人類のどこかに、地下で生まれた祖先の幻の痕跡があるかもしれないという考えに魅せられた私は、その微生物学者チームに会いにいくことにした。NASA宇宙生物学研究所の〈地下生命体〉と呼ばれる実験に取り組んでいる人々だ。彼らはサウスダコタ州にいて、ホームステイクという名の廃鉱になった金山の深部で地下微生物を探していた。
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単行本p.82

 地下に棲息している生命のバイオマス総量は地表のそれを上回るかも知れない。最初の生命は地下で発生した可能性がある。地下生命圏に関する知識は、他の惑星における生命探査にも役立つだろう。NASAの研究チームとともに、著者は地下深部における微生物サンプル収集の現場を見学する。


第4章 赤黄土を掘る鉱夫たち アボリジニの聖域
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 日が昇り、鉱山に開いた入口から斜めに光が差し込むと、赤黄土がチラチラ揺らめき、温かな赤ワイン色から鮮やかな紫色、目に焼きつきそうなピンク色へと変化した。壁が動いているような幻想に陥った。あたかも鉱山全体がゆっくり鼓動しているかのようだ。私たちは生き物の喉を通って地球に呑み込まれようとしていた。
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単行本p.131

 かつて鉱物と人間の関係はどのようなものだったのか。オーストラリア原住民にとっての聖地である鉱山に赴いた著者は、坑道のなかで地の精霊たちの気配を感じ取ろうとする。


第5章 穴を掘る人々 もぐら男とカッパドキア
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 カッパドキアでは、どの集落の地下にも手掘りの洞窟が網のように張りめぐらされ、曲がりくねったトンネルでつながっている。“地下都市”と呼ばれるものと案内書には書かれていた。城を逆さまにしたような形の巨大なものもあり、地下十層以上、人が何千人も入れるという。そんな“都市”が地域全体で何百とあるらしい。
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単行本p.142

 カッパドキア遺跡の地下に広がる巨大な“都市”。その想像を絶するトンネルのネットワークを通じて、著者は「穴を掘る」というある種の人々を駆り立てる衝動について考察する。


第6章 迷う 方向感覚の喪失が生む力
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 世界の隅々に迷宮構造は見られる。迷宮は一種のリミナリティ・システムで、方向感覚の喪失を高濃度で体験できるようお膳立てをするためのものだ。曲がりくねった石の通路に入り、限られた経路に焦点を向けるとき、私たちは外の地理から離れ、あらゆる基準点が剥離した一種の空間催眠へと滑り込む。この状態で私たちは変質を経験し、社会的地位、人生の段階、あるいは精神状態の間を行き来する。
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単行本p.184

 地下の暗闇のなかで方向感覚を失い、完全に迷ってしまう。その経験は人間の意識をどのように変容させるだろうか。ナポリの地下探検の際に味わった迷子体験をもとに、著者は日常的な空間から切り離された地下で迷うという体験について考える。


第7章 ピレネー山脈の野牛像 旧石器時代のルネサンス
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 丸天井の小さな部屋があり、平らな床はむきだしの状態だった。私たちがひざまずいているところから三メートルほど離れた中央部に、大きな石がひとつあった。その石にもたれかかるように、わずかに傾いた感じで置かれた一対の粘土製のバイソンが、柔らかな光に輝いていた。全員が合わせたように息を吐いた。全身が緊張し、腱のひとつひとつが固まり、肩の筋肉が収縮した。次の瞬間、すべてが一挙に解き放たれた。

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単行本p.209

 洞窟の奥に隠されている先史時代に造られたバイソン像。ニューヨークの地下で誰にも見られないようにグラフィティを描き続ける現代アーティスト。地下空間と芸術との関係を掘り下げてゆく。


第8章 暗闇 「創世記」の闇と意識変容
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 洞窟やトンネル、地面に開いたどんな穴でも同じだが、その入口をのぞき込むたび、私たちはハッと気がつく。夢の中で、意識の縁で、この場所を見たことがある。その扉を通過した時点で、私たちは明瞭な地表世界をあとにし、直線的な連続性や通常の意識が立てる論理から撤退し、無意識という流動的な状態にすとんと入り込む。私たちは暗帯(ダークゾーン)でバイオリズムと向き合ったミッシェル・シフレであり、祖先の霊と語り合ったピタゴラスでもある。いずれにしても、私たちはふつうの現実という渦の外へ足を踏み出し、この世の縁を越えた先へ少しずつ近づいていく。
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単行本p.248

 地下空間がもたらす意識変容をとらえるべく、著者は洞窟の暗闇のなか全くの孤独状態で24時間過ごすことに挑戦する。


第9章 儀式 雨を求め地下に下りたマヤ人
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 地下空間と結びつくなかで、私たちは未知なるものへの疑念を持たず、のべつ幕なしに何もかもを暴き出すべきではないことを学ぶ。常に裂け目が存在し、常に盲点があることを受け入れられるよう、地下は私たちを導いてくれる。人間は呪術的思考や夢の階段や迷子の状態に影響されやすい、無秩序で不合理な生き物であり、それが素晴らしい贈り物であることを、地下は思い出させてくれる。祖先がずっと知っていたこと、つまり、未来永劫語られざるものと見えざるものにこそ力と美が在ることを、地下は教えてくれるのだ。
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単行本p.280

 マヤ遺跡の地下に広がる洞窟。そこで行われていた儀式。人間にとって地下空間が何を意味するのかを探る著者の旅は続いてゆく。





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『死ぬまでに行きたい海』(岸本佐知子) [読書(随筆)]

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 歳をとるとともに思い出は薄らぎ、きれぎれになり、でもぜんぜん平気だった。私があそこで過ごした日々の記憶は、旧校舎の壁や小部屋や教室や床に吸われて、いつまでも保存されているような気がしていた。でも外付けの記憶装置だった旧校舎がなくなってしまったら、その思い出はどうなってしまうのだろう。私がもっと歳をとってすべての記憶が失われてしまったら、それでも私は本当にそこにいたことになるんだろうか。
(中略)
 この世に生きたすべての人の、言語化も記録もされない、本人すら忘れてしまっているような些細な記憶。そういうものが、その人の退場とともに失われてしまうということが、私には苦しくて仕方がない。どこかの誰かがさっき食べたフライドポテトが美味しかったことも、道端で見た花をきれいだと思ったことも、ぜんぶ宇宙のどこかに保存されていてほしい。
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単行本p.61、88


 気にかかっていた場所、昔そこにいた記憶。様々な場所をめぐりながら過去の記憶と対話する、岸本佐知子さんの第五エッセイ集。単行本(スイッチ・パブリッシング)出版は2020年12月です。

「どこかに出かけていって見聞きしたままを書きたい」

 毎回、ちょっとした旅に出かけては書く紀行文。ではありますが、ほとんど常に記憶を探る旅になります。通っていた学校、大学のキャンパス、働いていたオフィス。ひさしぶりに訪れた場所で誰もが感じる、目の前の光景と過去のそれが重なってゆく奇妙な感慨、本当かどうか定かでない不思議な記憶が蘇ってくる瞬間、そういったものが書き留められ、読者も岸本佐知子さんの人生に寄り添うことになります。




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 四年生の春、授業中に息ができなくなって、手を挙げて教室を出た。そのまま走って、カウンセリングルームと書いてあるドアをノックした。私がしどろもどろに将来の不安や、時間が怖いこと、道路が二股になっているとどちらかを選んだことで人生が大きく変わってしまいそうで一歩も進めなくなること、本が怖くて読めないこと、髪の毛が洗えないこと、食べられないこと、眠れないことなどを訴えると、カウンセラーの男の先生は「なあんだそんなことか、あっはっはっ」と笑い、「これ読むといい」と言って、自分が雑誌に書いた文章のコピーをくれた。“本当はピアニスト志望だったのに親に無理やり英文科に入れられた女子学生が、鬱病になって私のところに来た、「それなら習った英語を活かしてピアニストの伝記を翻訳すればいい」とアドバイスしたらすっかり元気になった”というようなことが書いてあった。そこへは二度と行かなかった。
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単行本p.29


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 自分が住んでいた部屋の前に立った。鉄製のドアの灰色の塗装がまだらに剥げ落ちていた。細い覗き窓は、内側ブルーのビニールテープのようなものが貼られていて、ここもどうやら空き室らしかった。三十五歳から五年間、このドアの向こうに住んでいた。その五年のあいだに、心身の調子がどんどん悪くなっていった。突然泣いたり怒ったりした。つねに頭痛と動悸がして、歩くと目眩がした。正体不明の焦燥感にじっとしていられず、立ったり座ったり歩きまわったりした。頭の中に危険な考えが渦巻き、公園のハトの殺害方法を三十通り考えたり、駅前に停めてある自転車をドミノのように蹴倒す衝動に駆られたり、意地の悪い店主のいる書店の棚の『こち亀』の順番をでたらめに並び替える計画を立てたりした。最後のは本当にやった。
(中略)
 なぜ私はこの町で楽しく暮らせなかったんだろう。たくさんの記憶が、だらだらと脈絡なく噴きこぼれた。越してきた翌日、近所のコンビニで買った十個入りの卵が一つ残らず双子の黄身で、最初はうれしかったけれども次第に薄気味悪くなったこと。小学生の男の子が電信柱の根元を一心に嗅いでいるのを、少し離れたところから母親が無表情に眺めていたこと。公園にテントを張って生活していたホームレスのおじさんが、ある日テントごと焼けてしまったこと。一段高くなったところに鎮座した氷のような目をした医者が、一度も私の顔を見ずに薬を出したこと。毎日、大量の人々が駅から出てくるのに、みんなうつむいて生気がなく、ときどき半分透き通った人や地面から少し浮いている人が交じっていたこと。それともこんな記憶はぜんぶ幻だったのだろうか。
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単行本p.92、93





タグ:岸本佐知子
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『誤作動する脳』(樋口直美) [読書(随筆)]

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 ある日の午前十時ごろ、スーパーの屋外駐車場をゆるゆると徐行していたとき、バックミラーに垂れ下がる、とても大きなクモを突然見つけました。足の短いタランチュラのような、丸々した不格好な黒いクモで、みかんほどの大きさがありました。(中略)すぐに車を停め、顔を寄せてじっと見つめると、太く硬そうな毛の一本一本と、いくつも並ぶ複眼の目がくっきりと見えました。グロテスクな細部にぎょっとした途端、クモはストンと下に落ちました。(中略)
 あれだけはっきり見えたものが実在しないとは、どうしても信じられません。幻視ではなかったことを証明するために、私は躍起になってクモを探し続けました。
「たしかにいた。きっといる!」
 本当はいなかったのだと自分を納得させる方法が、私には見つけられなかったのです。
 いないクモを探しながら、シートに涙が落ちました。
――私の頭は、どうなってしまったんだろう。
――この脳は、この世界は、これからどうなってしまうんだろう。
 それは幻視にいちばんおびえていた時期でした。幻視が怖かったのではありません。私は、私が恐ろしかったのです。
――――
単行本p.62、63


 脳内の情報処理が誤作動したとき、世界はどのように感じられるのか。現実と区別のつかないリアルな幻視や幻聴、時間と空間の喪失、症状と付き合ってゆくための様々な工夫、そして医師を含む世間の誤解や無理解。レビー小体型認知症を患った著者がその体験を当事者として語った衝撃と感動の一冊。単行本(医学書院)出版は2020年3月です。


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 その日も私は、いつものように一人で居間にいました。家族は仕事や学校に出掛けています。突然、隣室からガサガサという物音。驚いて扉を見つめると、中からは、せわしなく引き出しを開けたり、物を動かし続ける音が……。
――誰かいる! 何か探してる!
 しかし、泥棒であれば、隣の部屋にいる私の存在を知らないはずはありません。窓をこじ開けて侵入した物音もありませんでした。あんなに大きな物音を立て続けているのも変です。もしかして……。
 おそるおそる少しだけ開いた扉から見る部屋には、人影も物色された跡もなく、物音はすでに消えていました。これは診断されたころに何度か経験した幻聴です。
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単行本p.44


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 私の知る同病の方は“人”が見えはじめたとき、「霊が見えるようになったと思って、お祓いに行った」と言いました。お祓いの話は、その後も何人もの介護家族から聞きました。私と同じように面識のない他人の姿だけが見える方もいれば、亡くなった家族が見える方もいました。
「なぜおばあちゃんが居間にいるんだろう。おばあちゃんは亡くなったのに……。本当に不思議だった」と語った方がいました。その不思議さが、私にはよくわかります。「百聞は一見にしかず」というように、私たちは自分が見ているものこそが、確かな現実だと受け止めます。それが実在しないと考えることは、とても難しいのです。
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単行本p.61




目次
「1 ある日突然、世界は変わった」
「2 幻視は幻視と気づけない」
「3 時間と空間にさまよう」
「4 記憶という名のブラックボックス」
「5 あの手この手でどうにかなる」
「6 「うつ病」治療を生き延びる」




「1 ある日突然、世界は変わった」
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 自分では数あるヘンな出来事の一つとして受け流していたことが、一般的には深刻な症状だったと偶然知ったことがあります。音源の方向や時間がずれる現象です。
 目の前のスマホの着信音が背中のほうから聞こえてくる。観ているテレビの音が右隣の台所から聞こえてくる。テレビでしゃべっている人の口の動きと声がズレている……ということが以前からありました。しかし「不思議なこと」にはもう慣れっこです。脳が音の情報処理を誤るとこんなことも起こるんだなと思っただけで、気にも留めませんでした。
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単行本p.32


 感覚異常、幻視、幻聴。レビー小体型認知症による脳の誤作動が引き起こす症状を、主観体験として生々しくレポートします。


「2 幻視は幻視と気づけない」
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「この世界の何が本物で何が幻なのか、私にはもう区別がつかないんだ。私は、私を信じることも、私が目にする世界を信じることも、もうできないんだ」と思いました。進行の早い病気だとどこにも書いてありましたから(現在はそれを否定する医療者が増えています)、幻視はこれから日々増殖して、私の世界を徐々に塗りつぶし、その混乱のなかで一人で生きていくことになるのだと信じていました。
――――
単行本p.66


 自分を信じることも、目にする世界を信じることも、もう出来ないんだ……。世界が崩れてゆくような感覚、世間の無理解や嘲笑的な態度。レビー小体型認知症の患者が感じる絶望、そして希望と喜びの光が差し込むまでの経緯を詳しく語ります。


「3 時間と空間にさまよう」
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 私には、時間の遠近感、距離感がありません。来週も来月も半年後も、感覚的には、遠さの違いを感じません。過去も同じです。もちろん言葉の意味は理解できますが、感覚が伴わないのです。今からどのくらいの時間が経てば来週になるのか、来月が来るのか、見当がつきません。(中略)
 時間という一本の長いロープがあり、ロープには隙間なく思い出の写真がぶら下がっています。ロープをたぐり寄せると、写真は次々と手元に現れます。ロープには時間の目盛りがあり、人はその目盛りから一瞬でロープをたぐり(遠くなるほど曖昧になるとはいえ)必要な記憶を引っ張り出すことができます。
 私には、そのロープがありません。
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単行本p.101、102


 過去や未来を把握する能力が失われ、周囲の時空がひずんで見知らぬ街に放り出されたように混乱する。時間と空間をとらえる力が弱まったとき、世界がどのように感じされるのかを説明します。


「4 記憶という名のブラックボックス」
――――
 人間は、ダメだと思った途端にダメになるのかもしれません。間もなく毎日使っていた内線番号が突然思い出せなくなり、忘れるはずのない単純な仕事の手順が突然わからなくなり、同僚を呼ぼうとしたら名前が出てきませんでした。
 いつも何でも忘れたり、覚えられないわけではありません。ただそんな瞬間が、前触れなく突然やって来るのです。でもそれは規則正しく忘れることよりも恐ろしいと、そのとき感じました。どんなミスするかわからない自分に耐えられなくなり、脳の結果が出る日を待たずに仕事を辞めました。体調不良も限界まで来ていました。
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単行本p.141


 忘れるはずのない簡単なことを忘れてしまう。記憶が引き出せなくなる。そのとき、どのように対処すればいいのか。記憶という支えを失った生活について教えてくれます。


「5 あの手この手でどうにかなる」
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 魚を手に取ろうとすると目玉がギョロリと動く、肉の入ったプラスチックトレー1パックがスーッと横に移動していく、火事かと思う煙の塊がある……。店内でひどい悪臭がする幻臭も何度かありました。(中略)
 そんなときは、視点を変えて解決策を探る力も失っているので、「店員さんに聞く」という簡単な手段も思い浮かばず、倒れそうになりながら、ひたすら歩き続けるのです。行方不明になった認知症高齢者が信じられないほど遠くまで歩いたと聞くたびに、あのときの私と同じだったのではないかと想像し、胸がつまります。
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単行本p.193


 症状と付き合いながら生活を続けてゆくにはどうするか。患者にとってもっとも困難な家事のひとつである料理を取り上げ、どのような工夫によりその困難を乗り越えていったのかを紹介します。


「6 「うつ病」治療を生き延びる」
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 今でも、なぜあんなことになってしまったんだろうと思います。もし私に薬の知識が少しでもあれば、もし私に医療の相談ができる友人や知人がいたら、もし薬剤師が私の異常に気づいて……。たくさんの「もし」が、今も渦を巻きます。しかし私は、医師の指示どおりに毎日欠かさず薬を飲み続け、五年十か月間、うつ病患者として同じ総合病院に通院することになったのです。(中略)それは私にとって、真っ黒なドブに捨てられた歳月です。取り返しのつかない過ちです。その代償に私はたくさんのものを失ったのです。大切な仕事も、信頼も、人間関係も、笑い声のある家庭も、打ち込んでいた趣味も、自分への自信も、若さが残されていた四十代も……。
 あの日々を思い出そうとすると、今でもパブロフの犬のよだれのように涙が出てきます。うつ病と言われた日から長い年月が経つのに、それは今でも生傷のままなのです。
 でも、その傷こそが、この病気の当事者として、名前と顔を出して声をあげる原動力になったことは間違いありません。何もせずに死んでいくとしたら、私の人生はみじめすぎると思いました。
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単行本p.209


 「うつ病」と誤診され、薬物治療によりどんどん悪化していった心身の状態。「治療」により六年近くの人生を奪われた怒りと悲しみ。レビー小体型認知症に関する知識を普及させることへの強い動機となった誤診体験について血と涙の言葉で語ります。





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『台湾“駅弁&駅麺”食べつくし紀行』(鈴木弘毅) [読書(随筆)]

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 駅弁・駅麺の最大の利点は、安心感だった。台湾語を話せない外国人観光客にも親身に接し、受け入れようとする包容力。注文の仕方を間違えても、どうにか汲み取って対応してくれる寛容性。これらが、外国人旅行者にとっては最大の利点になるのではないかと思う。
 そして、駅弁・駅麺は、どれも美味しかった。辛口のコメントを残した場面もあったけれど、なんだかんだ言いながらも全部食べた。食べきれずに残したものは、ひとつもなかった。スープ麺は、スープを一滴たりとも残さずに飲んだ。弁当は米粒ひとつ残さずに食べ、排骨は骨までしゃぶった。舌だけでなく、体が受け付けたのだ。五香粉も、噂されていたほどには抵抗を感じなかった。日本に帰ってからも、時々台湾料理が恋しくなりそうだ。
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単行本p.191


 駅なかグルメのエキスパートが、台湾島を一周しながらひたすら駅弁と駅麺を食べる。駅なかグルメに特化した一風変わった台湾ガイドブックというか台湾旅行記。単行本(イカロス出版)出版は2020年6月です。


 台北を出発して台湾島を反時計まわりに電車を乗り継ぎ、出来るだけ多くの駅で下車しては、駅弁と、駅なかの店で麺を食べる。臺鐵便當(台湾鉄道駅弁当)制覇とか、台湾グルメ本でも意外になかったような気がする駅弁駅麺特化の台湾本です。


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 昨今、日本を訪れるインバウンドの観光客が増え、彼らの間では駅そばも人気の的となっている。海外の大衆グルメを研究することは、必ずや駅そばの研究にも活かされる。いや、それどころではない。国内の駅そばを研究するうえで、諸外国の大衆グルメ事情を知っておくことは、急務だと言ってもいい。この期に及んで、ようやくそこに気づいたのだ。(中略)本書は「プロが台湾の魅力を教えます」というスタンスで綴るものではない。私が真に伝えたいのは、「台湾は、初心者がふらりと訪れても、こんなにも楽しめるのだ!」ということだ。台湾に行ったことがない方、それどころか海外に出たこともない方、「行ってみたいけど言葉が分からないから」と尻込みしている方にこそ、ぜひ本書を読んでほしいと思う。
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単行本p.6、8


 あとがきで「よりにもよって乾坤一擲の想いで取り組んだ海外題材の単行本を出そうというタイミングでこうなってしまうのかと、頭を抱える日々である」(単行本p.206)とありますが、むしろ台湾に行けない悲しみを抱えて生活している台湾旅行リピーターの皆さんにお勧めの一冊。


〔目次〕

序章 2年ぶり2回目の台湾へ!
第1章 グルメ天国の台北駅
第2章 西部幹線を南へ!
第3章 台湾中西部と阿里山森林鉄路
第4章 南部の二大都市をゆく
第5章 東海岸駅弁街道縦走録
第6章 台北近郊散歩、そして凱旋
終章 国内で食べる台揺駅弁&駅麺




第1章 グルメ天国の台北駅
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 慌てて先に食べた臺鐵便當の容器を見ると、底の裏に「臺北」との記載があった。つまり、七堵製供の店舗では、1号店とは異なる惣菜の組み合わせで、異なる味付けの弁当を販売していることになる。そして、台北と七堵のほかにも、さらに4つの異なるバージョンが存在するというのだ。
 これはとんでもないことになった。台北製をひととおり食べただけでは、臺鐵便當を制覇したことにはならない。台北駅で食べた3個の臺鐵便當は、ほんのプロローグにすぎなかったのだ。6か所の調製所の弁当を全種類食べるのは難しいが、ベースとなる60元弁当は全調製所ののものを食べくらべておきたい。台湾一周旅行の課題が一気に増えて、「果たして胃袋が耐えられるだろうか?」という不安がこみ上げてきたのだった。
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単行本p.28


 旅は台北駅からスタート。臺鐵便當たべくらべ、バスターミナル弁当、駅二階フードコート、地下街で牛肉麺。初手から全力疾走で胃袋は大丈夫なのか。


第2章 西部幹線を南へ!
――――
 駅構内の店舗数は、必ずしも周辺の街の賑わい具合とは正比例しない。中歴駅のように賑やかな街で乗降者も多い駅の構内が意外なほど殺風景、ということもしばしば。反対に、鶯歌駅のように駅周辺の街は閑散としているのに駅構内が妙に発達していることもある。だから、自強号が停車する主要駅だけ降りて調査したのでは、なかなか台湾の駅なか事情をすることはできない。もちろんすべての駅を探訪することなど到底できないが、可能な限り多くの駅で降りてみる必要がある。
――――
単行本p.71


 いざ西へ、台中に向かって。板橋駅、鶯歌駅、桃園駅、埔心駅、苗栗駅、という具合に各駅で下車しては駅なか探索、ひたすら食べまくる。


第3章 台湾中西部と阿里山森林鉄路
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 日本ではお馴染みの“立ち食い”だが、海外ではなかなかお目にかかれない。韓国(釜山、大邱)では、一度も見かけなかった。香港では、街なかでは場末の車仔麺店などで何回か見かけたが、駅なかで巡り合ったのは一軒だけ。そしてここ台湾で、遂に初めて立ち食い席を擁する飲食店を発見したのだった。ちなみに、本書ではこの後に立ち食い席を備えた飲食店は登場しない。今回の旅で私が唯一邂逅した立ち食い店が、ここ高鉄台中駅の翰林茶棧だ。(中略)
 また彰化駅には、駅弁でも駅麺でもないが、たいへん珍しいスタイルの駅なか店舗があった。それは、島式ホーム上の島式店舗だ。3A・3Bホーム上に、売店“OKストア”と一体化した実演販売形式の紅豆餅(大判焼き)店がある。日本ではさして珍しくない光景だが、台湾にはこの立地の店舗がほとんどない。私が探訪した限りでは、高鉄やMRTも含めて、島式ホームの島式店舗はこの一軒だけだった。
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単行本p.91


 台中から台南へ。新烏日駅、員林駅、嘉義駅、そして阿里山森林鉄路を通って奮起湖駅へ。


第4章 南部の二大都市をゆく
――――
 高鉄台南駅の「深緑及水」で食べられなかったことが、悔やまれて仕方ない。帰国の飛行機に乗る前から、すでにモヤモヤとした再訪願望が渦巻いていた。帰国して、原稿を書き進めるうちにその願望はどんどん強まり、終いにはペンがまったく進まなくなってしまった。これは早々にもう一度台湾に行かないとダメだ。「深緑及水」のオープンは11月で、日付までは分からない。行くとしたら、12月。気づくと、私は12月12日出発の桃園行き航空券を手配していた。ここで再度取材に出るとなると、出版スケジュールが大幅に狂うことになる。それでも、行かずにはいられなかった。
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単行本p.112


 台南から高雄へ。台南駅、新左営駅、屏東駅、高雄駅。高雄の環状軽軌(ライトレール)駅もすべて探訪して食べまくる。帰国後も「これは早々にもう一度台湾に行かないとダメだ」と言い出すのも、みんなの“あるある”。


第5章 東海岸駅弁街道縦走録
――――
 10月に花蓮で購入した臺鐵便當と12月に台東で購入した臺鐵便當は、パッケージは同じだが内容が異なる。味付けはどちらも濃いめなのだが、排骨の質感は全然違う。同じ調製所で作られたものとは、ちょっと思えない。台東の臺鐵便當は紙箱だけ花蓮バージョンを使っていたと考えるのが自然なのではないだろうか。今さらながら本音を言うと、同日に花蓮と台東で60元弁当を購入すれば、明確な答えを導き出せたはずだ。2ヶ月のズレによって「時期による違い」の可能性が生じてしまったのだ。(中略)不完全燃焼のまま旅を終えることになってしまったのは、残念だ。本書内で明確な結論を示せないことを、お詫び申し上げたい。
――――
単行本p.153、154


 いよいよ折り返して東海岸を北上。金崙駅、台東駅、関山駅、池上駅、花蓮駅、福隆駅、猴硐駅。



第6章 台北近郊散歩、そして凱旋
――――
 決して強く印象に残る一杯ではなかった。「それだけに」と繋げてよいだろうか、食べている間じゅう、台湾を巡った日々が頭のなかを早送りで駆けてゆき、「旅はもう終わってしまうんだ」という実感がこみ上げてきた。旅先では、時間の経過がとても速く感じられる。その一方で、二週間前に桃園国際空港に降り立ったときの記憶が半年前のことのように感じる。(中略)旅はあっという間に終わってしまう。とてつもなく長いのに、あっという間なのだ。
――――
単行本p.185、186


 七堵駅、南港駅、松山駅、そしてついに台北への帰還。だが駅なかグルメの旅はさらに続く。地下鉄MRTの圓山駅、新北投駅、忠孝敦化駅、林口駅。空港でも食いまくる。帰国しても、大宮駅、錦糸町駅、熊谷駅、大阪阿部野橋駅、という具合に、国内で台湾駅弁&駅麺が食べられる店を探訪する日々が始まる。わかる。





タグ:台湾
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『おかえり台湾』(池澤春菜、高山羽根子) [読書(随筆)]

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 東京よりもあったかい場所。漢字がたくさん並んでいて、オランダだったり、日本だったり、中国だったりしたことがある場所。昔から暮らしている多様な民族、動植物がある場所。
 ガイドブックでも、小説でも、専門家の研究書でもないような。いろんなことを見て、きいた旅人が、読んでいただいている旅人の皆さんと同じように旅をして、思ったことを書きとめる。そういうエッセイや旅行記の中間のようなものができたら、と思いながら書きました。
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「羽根子のあとがき」より


 博物館、茶藝館、独立系書店、アート、映画。文化芸術面を中心に、池澤春菜さんと高山羽根子さんが台湾を歩きまわる「エッセイや旅行記の中間のようなもの」。単行本(インプレス)出版は2020年5月、Kindle版配信は2020年5月です。


 池澤春菜さんも高山羽根子さんがいっしょに台湾へ。お二人の会話はこうです。


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「2017年にフィンランドで行われたSFのワールドコンでは、現地でばったり。羽根子さんは何故かずっとピカチュウの着ぐるみを着てたよね」
「あれが制服です」
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「羽根子さん、夜中にポテトチップスを食べているのを私は見逃しませんでしたよ」
「台湾のスナック菓子おいしい……」
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 台湾旅行ガイドブックというより、二人が博物館や書店など台湾の文化施設をめぐって色々と考えたことを書き記したものです。なかでもアニメ映画『幸福路のチー』の監督インタビューには力が入っており、これ目当てで購入してもよいかと思います。


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台湾人は日本が大好きですが、日本人は台湾に対する理解があまりないと思っているんです。だからこの映画で知ってもらえるとうれしいです。
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宋欣穎 監督インタビューより


〔目次〕

第1章 見渡せば博物館
第2章 通う茶藝館
第3章 本をうる人
第4章 体を癒やす
第5章 台湾アート最前線
第6章 映画でひもとく台湾史
第7章 やっぱり“食べる”





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