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『SFマガジン2019年4月号 ベスト・オブ・ベスト2018』(上田早夕里、他) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2019年4月号の特集は「ベスト・オブ・ベスト2018」ということで、『SFが読みたい! 2019年版』で上位にランクインした作家の新作短編もしくは長編の冒頭部が掲載されました。ちなみに『SFが読みたい! 2019年版』の紹介はこちら。


2019年02月13日の日記
『SFが読みたい! 2019年版』
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-02-13


『戦車の中』(郝景芳)
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人間はどのみちこんなにも容易に機械によって暴露される。彼はまだ想像していることだろう。どのような方法を使えば俺たちを引き離すことができるのか、俺たちを村に入れてあの人々を発見させずにすむのか、と。残念だが遅すぎた。俺たちはもう入ってしまった。俺たちの任務は爆破することだ。
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SFマガジン2019年4月号p.30


 戦闘マシンと組んで冷徹で非人道的な判断を迷うことなく下す人間。『折りたたみ北京』の著者が、人間性を失いつつある私たちの姿を緊迫感ある筆致で描いた作品。


『書夢回想』(円城塔)
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 うん、そうですね。その書店というのは、外部から強制的にデータを書き込んでくる怪物みたいなやつでしてね。この本は、その書店が開発した書物兵器みたいなものってことですよ。このわたしみたいな現象を好き放題に望み通りに発現させることができるわけです。
 はい、はい。
 ですから、調査ですよ。読者に仇なす邪悪な書店の場所を突き止め、滅ぼすためのね。
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SFマガジン2019年4月号p.38


 世界のどこかに存在するらしい邪悪な書店。そこには紙の書物が置かれているという。その書店について書かれているこの文章を読んでいるうちにも本文と関係なく勝手に割りこんで「あなた」に語りかけてくる謎の調査員。安定の円城塔。


『銀翼とプレアシスタント(抄)』(上田早夕里)
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「そうだ。もうひとつ訊いておきたい。カズホさんは、飛行機と人間との間に境界線があると思う?」
 謎々のような問いかけに、和穂は微笑を浮かべた。「――ない、かな。この仕事をやっていると、機械と自分との間に境界線なんてないことに気づく。道具として使っている以上、それは自分の体の一部だから。むしろ私は、飛行機に乗っていないときの自分のほうを、人間として不完全な存在と感じてしまうことすらある」
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SFマガジン2019年4月号p.51


 待望の「オーシャンクロニクル」シリーズ最新作。リ・クリテイシャス(大規模海面上昇)により群島化しつつある日本を舞台に、アシスタント知性体へとつながる技術がどのようにして発展していったのかを描き、機械と人間の関係を問い直す作品。


『野生のエルヴィスを追って』(石川宗生)
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 野生のエルヴィス・プレスリーをご存じだろうか。エルヴィス・プレスリーのことは知っていても、野生種については実態はおろか存在すら知らない、気にも留めたことがないという方も大勢いるのではないだろうか。(中略)数百年前までは世界全体で約一万頭の野生種が存在したとも言われているが、現在は個体数が激減し、IUCN(国際自然保護連合)レッドリストの「近絶滅種」に指定されている。
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SFマガジン2019年4月号p.113


 今や個体数が激減し絶滅が近いとされているエルヴィス・プレスリーの野生種。砂漠に、海に、空に。デビュー作『吉田同名』で読者を困惑させた著者による、滅多に姿を見せない野生のエルヴィスを追う人々の姿を取材したナチュラルドキュメンタリー。


『たのしい超監視社会』(柞刈湯葉)
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「相互監視制度の導入は、もともとは肥大化した特高警察の合理化(リストラ)が目的だった。だが、それが想定外の結果をもたらした。システムが導入され、国民が監視する側に回ることで、彼らは気づいたのだ。監視社会は楽しい、ということに」
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SFマガジン2019年4月号p.226


 オーウェル『1984』の世界がそのまま続いて今や21世紀。超監視社会はさらなる発展を遂げ、国民同士が互いを監視する相互監視システムとなっていた。監視されればされるほど国民ポイントが付くので、なるべく多くのフォロワー、じゃなかった監視者の注目をゲットするために、自室の監視カメラの前で「踊ってみた」「やってみた」。楽しい相互監視社会。その「楽しさ」の前には、自由も、権利も、プライバシーも、何もかもすべて無力だった。『横浜駅SF』の著者による、嫌になるほどリアルなディストピア作品。



『折り紙食堂 エッシャーのフランベ』(三方行成)
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 ここは折り紙食堂だ。店内には折り紙が満ちている。いくつもの紙で出来たユニットが組み合わさって出来たくす玉がたくさん並んでいる。
 小さな紙でできたユニット。
 それがいくつも組み合わさって。
 店主の口から音がこぼれて、あなたの脳は理解を拒む。
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SFマガジン2019年4月号p.237


 負け犬の「あなた」がふらりと入った食堂。そこは「折り紙食堂」だった。店内を埋めつくす折り紙、折り紙。今回の一品は「エッシャーのフランベ」。連作シリーズ第一話。


『ミサイルマン』(片瀬二郎)
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太く白い雲が、ねじくれながらどこまでも長く伸びつづけていた。〈ミサイルマン〉だった。あれは〈ミサイルマン〉だった。目をこらすと、銀色のボディと円錐形の帽子を装着した人影が、膨大な長さに伸びた噴煙の先端で、不安定に高度を保とうとしているのがかろうじて見えた。あれはンナホナだった。ンナホナは〈ミサイルマン〉だった。
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SFマガジン2019年4月号p.250


 法も人道も無視無視で外国人労働者をこき使うブラック企業。そこで文句も言わずに過酷労働に従事していたンナホナが、繁忙期なのに欠勤した。怒った専務は成敗すべく彼が住んでいるアパートに乗り込んでゆくが、そのときンナホナが「発射」される。吹き飛ぶ安アパート、大空に伸びてゆく白煙。鳥か、飛行機か、いや〈ミサイルマン〉だ! 『サムライ・ポテト』の著者が現実の社会問題を奇想でえぐるブラックな作品。


『アトモスフェラ・インコグニタ』(ニール・スティーヴンスン、日暮雅通:翻訳)
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「ぼくがもっと若かったとき、自分が何か意欲的なでかいものを作ってるわけじゃないということに、いらついてました。しょうもないアプリを書いてるだけだった。そこへカールが〈タワー〉のアイデアをもってやってきて、それが飛ばなければならないことになるんだとわかって――ネットワークを組み込まなくちゃ、まっすぐ立つこともできないとわかって――ぴんときたんです。すべてのものをネットワーク化して、スマートに、アクティブにするというメンタリティを受け入れるためだけ、あるいはそれに浸るためだけに何かを建てるのは、しばらくやめなくちゃならない。やめれば、これまで不可能だったものを建てられるようになる。鉄のない時代に高層ビルが建てられなかったのと同じことです」
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SFマガジン2019年4月号p.334


 高さ2万メートル、地上から宇宙へ伸びる超高層タワー。これだけの巨大建造物をスカイフックなしに地上に建てるという野心的なプロジェクト。用地買収から構造、建造方法、気流対策のためのアクティブ制御まで、『七人のイヴ』の著者による「大気圏を貫く塔」を建てる土木建築ハードSF。



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『居た場所』(高山羽根子) [読書(SF)]

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 小翠の体から出てきたこの液体の正体がどういうものなのか、安全なのか、小翠が大丈夫なことをこの場で確認するうまい方法がなにかないか、私はそれなりに長いこと考え続けていたと思う。その間、小翠のたえまない息づかいも外の定期的に続く破裂音も、私の耳には入ってこなかった。
 私は眺めていた指先をゆっくり口の中に含んだ。舌先に感触があった。なのに、水だってもっと味があるんじゃないかと思えるくらい完全な無味無臭だった。私は、前に小翠が言った、
「私たち自身とまったく同じ味だったから、私たちはその味を『無い』と思ってしまったのかも」
 という言葉を思い出した。
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単行本p.74


 日常的な不穏さ。家族や土地に対する思い入れ。周囲になにげなく潜んでいる超常的なものの気配。SF的な背景を感じさせつつも決してすべてを明らかにはせず、あくまでも生活感覚で語られる物語。『うどん キツネつきの』や『オブジェクタム』の著者による三篇を収録した作品集です。単行本(河出書房新社)出版は2019年1月、Kindle版配信は2019年1月です。


[収録作品]

『居た場所』
『蝦蟇雨』
『リアリティ・ショウ』


『居た場所』
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「初めてのひとりで暮らした場所に、もう一度、行きたい」
 水切りの済んだ湯呑をカゴから食器棚に戻しながら、小翠は言った。それは、まるで今日バスがいつもよりちょっとだけ混んでいたとでもいうふうな、なんでもない言いかただった。
 そう言われてみて私は、小翠が初めてひとり暮らしをした場所はもちろんのこと、彼女が人生のどのくらいの時期に家族と離れて生活を始めたのか、そのときの彼女の様子や日々の生活について、まったく知らなかったということに気がついた。
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単行本p.16


 昔、ひとり暮らしをしていた土地に行ってみたい。そう言った妻の小翠とともに大陸にある街を訪れた語り手。そこで小翠は大量の「液体」を吐き、それに接触した語り手は意識を失ってしまう。

 妻の故郷である島から発掘された「人類よりずっと小柄な先住民」の遺跡。子どもの頃そこに埋まっていた瓶から謎の液体を飲んだという妻。旅の目的地はなぜか地図から消され、ストリートビューにも表示されない。市場で起きる謎の爆発。妻が大量に吐いた奇妙な液体。何度も執拗に繰り返される「微生物との共棲」という話題。

 遠い昔に異星人が地球に持ち込んだのであろう共棲体(シンビオート)の「繁殖」に巻き込まれたことに気づいていない語り手、といった背景プロットを連想させつつも、決してそうだと明示せず、ほのめかして気を持たせてするりとかわしてしまうような、不穏さと郷愁のようなものが一体化した独特の作風を楽しめる傑作。


『蝦蟇雨』
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 男が緊張をほどいたのに安心して、女は思う。
 人が観測することができるのは、世の中のたくさんのことの、ほんの一部の事柄だけだ。観測したことで、あるいは観測したからこそ、この人が苦しんでいるのだとしたら。自分が普段、観察しているものたち、たとえば満足気に飛ぶ鳥、川の冷たく清潔な湧水、柔らかな蝦蟇のはらわた、板きれのような平たい雲。それらと、この人の観測していることの数値がほんのわずかでも調和したなら。
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単行本p.140


 山中にある気象観測所でファフロツキーズを研究している夫。毎日、蝦蟇を料理している妻。ここら辺では、いつも蝦蟇雨が降るのだった。大量のカエルなどが降ってくる有名なフォーティアン現象(超常現象)をテーマに、私たちの知識や観測の限界を静かに見せてくれる短編。


『リアリティ・ショウ』
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『地獄』という言葉は『探す/人』と名乗った男から教わった。男の故郷の言葉で、実際には存在しない場所の地名だという。その名前で呼ばれている場所の風景や、住んでいる人たちは、この島のそれととてもよく似ている、と男は言った(実際にはない場所なのに?)。自然にできたものじゃない、人間が作ったものだというこの山は、人が頭の中で作った『地獄』と似ている、と男は説明してくれた。
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単行本p.146


 世界中のゴミが集まって出来た島。そこに住んでいる幼い少年は、外部からやってきた『探す/人』という男に出会うが……。廃棄物の山とその周辺で暮らす貧しい人々の地獄。それをドキュメンタリーにしたり、さらには娯楽番組にしたりすることで、何重にも搾取するいわゆる先進国の人々。目をそむけたくなる陰惨な現実をどこかおとぎ話めいたのどかな筆致で描いてみせ、強烈な印象を残す短編。



タグ:高山羽根子
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『日本昔ばなしのダンス』(近藤良平、山口夏絵) [ダンス]

 2019年2月24日は、夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行って、《子どもと大人のためのダンス》『日本昔ばなしのダンス』、その最新作(第6回)を鑑賞しました。「マグナム☆マダム」を率いる山口夏絵さんと、「コンドルズ」を率いる近藤良平さんの振付演出作品、三本立てです。


[キャスト他]

『つるのおんがえし』
  振付・演出: 山口夏絵
  出演: 稲村はる、宮内愛、山口夏絵

『かさじぞう』『てんぐのかくれみの』
  振付・演出: 近藤良平
  出演: 鎌倉道彦、藤田善宏、山本光二郎、近藤良平


 『つるのおんがえし』は基本のおはなしに忠実に芝居を進めていって、ところどころ激しいダンスにより感情の高まりを表現する、という手堅い演出。障子による影絵の使い方も巧みで、客席の子どもたちの心もしっかりつかんでいました。

 『かさじぞう』。並んだ地蔵の絵が描いてあるダンボールのついたて、中央の地蔵には、顔はめの穴。そこからいきなり「かさじぞう」ならぬ「こうじろう」が顔を出す……、という出オチのインパクトで最後まで押し切る爆笑作品。

 『てんぐのかくれみの』は、ときどきはさまる近藤良平さんの語りで状況を説明しつつ、あとは出演者の動きだけで進めてゆく本格的(?)ダンス作品。天狗の変化などは得意の影絵で表現しつつ、「実際には見えているけど、他の登場人物には見えてないという設定」を幼い子どもたちにもすんなり受け入れてもらうための小道具の使い方など、さすが童心掌握力あふれる近藤良平さんの演出。子どもたちにも大ウケでした。



タグ:近藤良平
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『白痴』(勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里) [ダンス]

 2019年2月22日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんと佐東利穂子さんの公演を鑑賞しました。ドストエフスキー『白痴』を元にしたダンス作品、上演時間60分の舞台です。

 個人的に、シアターχで一度(2016年12月18日)、KARAS APPARATUSでもう一度(2018年6月15日)観たことがあります。これまで何度もアップデートされてきた作品で、今回はまた新たな作品として再振付した上でKARAS APPARATUSで公演し、今後は海外公演がひかえているとのこと。

 社交界に、というか他人に全然ついてゆけず、無視され、戸惑いつづけ、ときに発作を起こして苦悶するムイシュキン公爵を勅使川原三郎さんが、まったき孤独に一人佇むようなナスターシャを佐東利穂子さんが、それぞれ踊ります。ときどき登場する顔を隠した「鼠」は、おそらく鰐川枝里さんの熱演でしょう。鰐川枝里さんのダンスをもっと観たい。

 優雅で、はかなく、ほとんど非人間的なまでに鋭い印象を与える佐東利穂子さんのダンス、どこか心もとなく切なさと浮遊感の伴う勅使川原三郎さんのダンス。ランプの灯のようにちらつく照明のせいで、輪郭がはっきり定まらず、最初から最後まで夢を見ているような気配が漂います。どうしてもうまく立ち回ったり小賢しく動いたりすることの出来ない二人の、それぞれの姿が切なく、胸に響く作品です。



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『星間帝国の皇女 ラスト・エンペロー』(ジョン・スコルジー、内田昌之:翻訳) [読書(SF)]

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「インターディペンデンシーの発展を支えてきたフローの流れの並外れた安定性が消えようとしている。一本また一本と、流れが枯渇しようとしている。ひとつまたひとつと、インターディペンデンシーの各星系が孤立しようとしている。ずっと先まで。ひょっとしたら永遠に。(中略)出発しろ。いますぐに。われわれが突き止めたことを皇帝に伝えるのだ。運がよければ、彼にはまだそなえをする時間があるかもしれない」
「なににそなえるんです?」
「帝国の崩壊だ」ジェイミーズは言った。「そのあとに来る暗黒と」
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文庫版p.136


 宇宙船を超光速で運んでくれる川のような時空構造「フロー」。このフローによって多数の星系が結びついて出来ているのが銀河帝国だった。予期せぬ成り行きで皇帝の座を引き継ぐことになったカーデニアは、うんざりするような権力争いに飲み込まれてゆくが、その頃、帝国の果てにある星系で、科学者が重要な事実を確認していた。フローが消えつつある。帝国はもうすぐ崩壊するのだ。『老人と宇宙(そら)』シリーズの著者によるスペースオペラ新シリーズ開幕。文庫版(早川書房)出版は2018年12月、Kindle版配信は2018年12月です。


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 超光速の移動手段は存在しない。だがフローがある。
 フローは、専門家ではない人びとには別の時空を流れる川と説明されており、これによって“相互作用(インターディペンデント)する国家および商業ギルドの神聖帝国”、略して“インターディペンデンシー”の全域で超光速の移動が実現している。フローは、恒星や惑星の重力がフローとうまい具合に作用し合って生み出される“浅瀬(ショール)”からアクセス可能で、宇宙船はそこへ滑り込んでよその恒星まで流れに乗っていくことができる。フローは、地球を失った人類の生存を確約した。フローがあるからこそ、インターディペンデンシーは交易によって繁栄し、人類のすべての居留地が生存のために必要な資源を確保できるのだ――自力では手に入れることのできない資源がほとんどであるにもかかわらず。
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文庫版p.15


 多数の星系が「フロー」によって超光速で結びついている帝国、インターディペンデンシー。主人公は、次期皇帝となるはずだった兄の急死により、充分な教育も経験もないまま、いきなり皇位を継ぐはめになったカーデニアという若い女性です。

 準備不足というカーデニアの弱みに付け入って、権力を拡大しようとする商業ギルド、議会、そして教会。様々な勢力による権謀術数うずまく権力闘争の場にいきなり放り込まれ、さらには気に入らない貴族との政略結婚も迫られ、カーデニアはうんざりしています。帝国の安定と継続性のために、死ぬまでこれを続けるなんて……。


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「重要なのはお父上が亡くなろうとしていることではありません。継続性なのです」
「ウー王朝には千年の歴史があるのよ、ナファ。その継続性を本気で心配している人なんてだれもいないわ」
「人びとは王朝の継続性を心配しているのではありません。自分たちの日々の暮らしについて心配しているのです。だれが皇帝になるにせよ、ものごとは変わります。星系内には三億の帝国臣民がいるのですよ、カーデニア。あなたはその後継者です。人びとは王朝が変わらないことは知っています。問題はそれ以外のあらゆることなのです」
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文庫版p.38


 その頃、帝国の果てにある星系で、科学者が重要な事実を確認します。フローが枯渇し、近いうちに各星系はそれぞれ孤立してしまうというのです。


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「フローが安定しているというのは幻想で、充分に長いタイムスケールで考えればすべてが変化するのであり、われわれはその変化の時期に差し掛かっていることがわかる。実際にはもうゆっくりと始まっていて、しかもこれからは急激に進んでいくのだそうだ。これは過去にも起きたことなのだ」
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文庫版p.187


 星系を結びつけていたフローが消滅すれば、もちろん帝国は崩壊します。しかし、それで終りではありません。帝国は各星系の自活を妨げ、帝国が支配する交易網に全面的に依存するように統治してきました。皮肉なことに、帝国による支配を安定させるための政策により、フローから切り離された各星系は自力では生存できず、遅かれ早かれ全滅することになるでしょう。ただ一つ、辺境の惑星を除いて。


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「インターディペンデンシーが狙いとする特質は、それぞれの星系がほかの星系に生活必需品を依存することにあります。ひとつの星系が排除されて、そこを支配する公家と独占事業がなくなったとしても、ほかの何十という星系は生きのびるでしょう。しかし、その排除された星系は生きのびることはできません。時がたてば破滅が訪れるでしょう」
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文庫版p.190


 崩壊する帝国のラストエンペローとなることが確定し、それどころか人類絶滅の危機を前にしたカーデニア。いったい彼女の心中やいかに。


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 彼女の全身を喜びのショックが駆け抜けた。たしかにそうだ! アミットであれだれであれ、ノハマピータンの一族と結婚する目的は、ギルドと議会に対する皇室の立場を固めて、あのひどく野心的な公家を行儀よくさせることにあった。とにかく理屈の上では。
 だが、少なくともインターディペンデンシーに関しては、もはや考慮すべき将来は存在しない。カーデニアは次世代のために帝国の優位を確立することを心配する必要はないし、ギルドと議会にへつらう必要もない。そういうのはぜんぶなくなった。残っているのは崩壊のあとも人類を存続させるための戦いだ。
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文庫版p.422


 もう帝国も王朝もかんけーないし。残っているは「人類を存続させるための戦い」だけ。全力で戦い、勝てばいい。考えうるかぎり最悪の知らせを受けて「全身の喜びのショックが駆け抜けた」という、めちゃめちゃ前向きなカーデニア。いかにもスコルジーの登場人物らしいというか、この暗い設定で痛快スペースオペラを書こうというのが凄い。

 まだ基本設定が明らかにされただけで、物語は始まったばかり。カーデニアと科学者は人類を絶滅の危機から救えるのか。というかその前に、そもそも「フローの消滅」という予測を否認する権力者たちをどのように動かすのか。

 どんなに科学的データがそろっていても「気候変動による危機」を大統領が率先して否認するアメリカ帝国とその崩壊、という皮肉を読み取る読者も多いことと思われますが、著者によるあとがき「感謝の言葉」にその件について書かれています。その後の展開を知らずに書いたのか……。



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