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『星間帝国の皇女 ラスト・エンペロー』(ジョン・スコルジー、内田昌之:翻訳) [読書(SF)]

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「インターディペンデンシーの発展を支えてきたフローの流れの並外れた安定性が消えようとしている。一本また一本と、流れが枯渇しようとしている。ひとつまたひとつと、インターディペンデンシーの各星系が孤立しようとしている。ずっと先まで。ひょっとしたら永遠に。(中略)出発しろ。いますぐに。われわれが突き止めたことを皇帝に伝えるのだ。運がよければ、彼にはまだそなえをする時間があるかもしれない」
「なににそなえるんです?」
「帝国の崩壊だ」ジェイミーズは言った。「そのあとに来る暗黒と」
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文庫版p.136


 宇宙船を超光速で運んでくれる川のような時空構造「フロー」。このフローによって多数の星系が結びついて出来ているのが銀河帝国だった。予期せぬ成り行きで皇帝の座を引き継ぐことになったカーデニアは、うんざりするような権力争いに飲み込まれてゆくが、その頃、帝国の果てにある星系で、科学者が重要な事実を確認していた。フローが消えつつある。帝国はもうすぐ崩壊するのだ。『老人と宇宙(そら)』シリーズの著者によるスペースオペラ新シリーズ開幕。文庫版(早川書房)出版は2018年12月、Kindle版配信は2018年12月です。


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 超光速の移動手段は存在しない。だがフローがある。
 フローは、専門家ではない人びとには別の時空を流れる川と説明されており、これによって“相互作用(インターディペンデント)する国家および商業ギルドの神聖帝国”、略して“インターディペンデンシー”の全域で超光速の移動が実現している。フローは、恒星や惑星の重力がフローとうまい具合に作用し合って生み出される“浅瀬(ショール)”からアクセス可能で、宇宙船はそこへ滑り込んでよその恒星まで流れに乗っていくことができる。フローは、地球を失った人類の生存を確約した。フローがあるからこそ、インターディペンデンシーは交易によって繁栄し、人類のすべての居留地が生存のために必要な資源を確保できるのだ――自力では手に入れることのできない資源がほとんどであるにもかかわらず。
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文庫版p.15


 多数の星系が「フロー」によって超光速で結びついている帝国、インターディペンデンシー。主人公は、次期皇帝となるはずだった兄の急死により、充分な教育も経験もないまま、いきなり皇位を継ぐはめになったカーデニアという若い女性です。

 準備不足というカーデニアの弱みに付け入って、権力を拡大しようとする商業ギルド、議会、そして教会。様々な勢力による権謀術数うずまく権力闘争の場にいきなり放り込まれ、さらには気に入らない貴族との政略結婚も迫られ、カーデニアはうんざりしています。帝国の安定と継続性のために、死ぬまでこれを続けるなんて……。


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「重要なのはお父上が亡くなろうとしていることではありません。継続性なのです」
「ウー王朝には千年の歴史があるのよ、ナファ。その継続性を本気で心配している人なんてだれもいないわ」
「人びとは王朝の継続性を心配しているのではありません。自分たちの日々の暮らしについて心配しているのです。だれが皇帝になるにせよ、ものごとは変わります。星系内には三億の帝国臣民がいるのですよ、カーデニア。あなたはその後継者です。人びとは王朝が変わらないことは知っています。問題はそれ以外のあらゆることなのです」
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文庫版p.38


 その頃、帝国の果てにある星系で、科学者が重要な事実を確認します。フローが枯渇し、近いうちに各星系はそれぞれ孤立してしまうというのです。


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「フローが安定しているというのは幻想で、充分に長いタイムスケールで考えればすべてが変化するのであり、われわれはその変化の時期に差し掛かっていることがわかる。実際にはもうゆっくりと始まっていて、しかもこれからは急激に進んでいくのだそうだ。これは過去にも起きたことなのだ」
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文庫版p.187


 星系を結びつけていたフローが消滅すれば、もちろん帝国は崩壊します。しかし、それで終りではありません。帝国は各星系の自活を妨げ、帝国が支配する交易網に全面的に依存するように統治してきました。皮肉なことに、帝国による支配を安定させるための政策により、フローから切り離された各星系は自力では生存できず、遅かれ早かれ全滅することになるでしょう。ただ一つ、辺境の惑星を除いて。


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「インターディペンデンシーが狙いとする特質は、それぞれの星系がほかの星系に生活必需品を依存することにあります。ひとつの星系が排除されて、そこを支配する公家と独占事業がなくなったとしても、ほかの何十という星系は生きのびるでしょう。しかし、その排除された星系は生きのびることはできません。時がたてば破滅が訪れるでしょう」
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文庫版p.190


 崩壊する帝国のラストエンペローとなることが確定し、それどころか人類絶滅の危機を前にしたカーデニア。いったい彼女の心中やいかに。


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 彼女の全身を喜びのショックが駆け抜けた。たしかにそうだ! アミットであれだれであれ、ノハマピータンの一族と結婚する目的は、ギルドと議会に対する皇室の立場を固めて、あのひどく野心的な公家を行儀よくさせることにあった。とにかく理屈の上では。
 だが、少なくともインターディペンデンシーに関しては、もはや考慮すべき将来は存在しない。カーデニアは次世代のために帝国の優位を確立することを心配する必要はないし、ギルドと議会にへつらう必要もない。そういうのはぜんぶなくなった。残っているのは崩壊のあとも人類を存続させるための戦いだ。
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文庫版p.422


 もう帝国も王朝もかんけーないし。残っているは「人類を存続させるための戦い」だけ。全力で戦い、勝てばいい。考えうるかぎり最悪の知らせを受けて「全身の喜びのショックが駆け抜けた」という、めちゃめちゃ前向きなカーデニア。いかにもスコルジーの登場人物らしいというか、この暗い設定で痛快スペースオペラを書こうというのが凄い。

 まだ基本設定が明らかにされただけで、物語は始まったばかり。カーデニアと科学者は人類を絶滅の危機から救えるのか。というかその前に、そもそも「フローの消滅」という予測を否認する権力者たちをどのように動かすのか。

 どんなに科学的データがそろっていても「気候変動による危機」を大統領が率先して否認するアメリカ帝国とその崩壊、という皮肉を読み取る読者も多いことと思われますが、著者によるあとがき「感謝の言葉」にその件について書かれています。その後の展開を知らずに書いたのか……。



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