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『奇貨』(松浦理英子) [読書(小説・詩)]

 「おれにとってきみはそのヤモリ以上に貴重な種なんだ。何としても取っておきたい奇貨って言えばいいかな」(単行本p.84)

 同性愛者である女性と同居する男性作家が、彼女の部屋に盗聴器を仕掛ける。恋愛性愛抜きで共同生活する男女の関係を描いた表題作に加え、単行本未収録短編を収録。単行本(新潮社)出版は、2012年08月です。

 愛を成就させるため犬に変身して飼われる物語『犬身』で読売文学賞を受賞し、大きな話題となってから5年。待望の新作が出ました。『犬身』のような大作ではなく、単行本にして100ページに満たない中篇です。さすがに分量が足りないせいか、1985年に発表され単行本未収録だった短篇小説と合わせての出版です。

 表題作では、恋愛や性愛を抜きに共同生活する男女の関係が扱われます。

 女性は同性愛者で、男性は異性愛者ではあるものの恋愛性愛にいまひとつ淡白。そんな二人が、友達として、互いの生活に干渉しないという約束で一緒に暮らしている。それなりにうまくいっていた二人の生活だが、女性に気の合う同性の友人が出来たことから、男性の嫉妬心が暴走。ついつい彼女の部屋に盗聴器を仕掛けてしまう。

 見つかればせっかくの二人の関係が破綻するのは間違いないのに、どうしても盗聴行為をやめられない男。恋愛とも欲情ともまた別の、自分でもよくわからない執着に駆られてゆく心理が丁寧に書かれます。そしてすべてが発覚したとき、彼女がとった行動とは。

 「自分のやったことを棚に上げて言えば、実に陰惨なやり口である。しかし、私はそのように陰惨な企みをする女が大好きなのだった」(単行本p.78)

 合わせて収録された短篇『変態月』は、27年前に「すばる」1985年09月号に掲載された単行本未収録作品です。ある衝撃的な事件を通じて、語り手である女子高校生が自らのセクシャリティ(同性愛)に気づき、戸惑いながらそれを受け入れてゆく物語。

 「鏡子はパジャマの上からギブスを嵌めた部分を撫でるような仕草をした。それだけでギブスの下の生身にも微かに指先の動きが伝わって来るような気がした。鏡子がどういうつもりでそうしているのかわからなかったが、私は昂奮していた。その癖身動きがとれなくて、張り子の人形のようにベッドの上に鎮座したままだった」(単行本p.154)

 さすがに著者26歳の作品らしく、文章も展開も若々しい。一途な印象を受けます。


タグ:松浦理英子
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コメント 1

リエル

偏った視点や発想をすごい生かしてる。

『奇貨』は、一言で表すと濃い・・・。
ほかの作品読んだことないので分からないのですが、
こんなスゴイ世界があるとは思わなかったので、
ちょっとほかの作品も読んでみたいと思います。

しかし着眼点がすごかったり、こんなに問題作(?)を
送り出せる松浦さんですが、
http://www.birthday-energy.co.jp
というサイトで、詳しく解説してるのを見つけました。

「哲学的で常識を軽く飛び越えてしまうような精神性」を
お持ちだそうで。
それだけでは済まないみたいで、イロイロ複雑な性格みたいです。
やっぱり松浦さん、分からない人だ(笑)。

そろそろ量産しつつ、新境地を開いて行ってほしいですね。
by リエル (2012-12-01 22:31) 

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