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『たくさんの窓から手を振る』(中村梨々) [読書(小説・詩)]

 「ナオちゃんがいうには、あたしたち自転車に乗って/ロシアの平原を突っ走っていたって/すごいねぇ、ロシアなんて行ったこともないし行きたいと/思ったこともないのに、ロシア」
 (『ロシア』より)

 少女漫画の感性を詩の言葉にしてみせた、一つ一つの文字が美しく発光するような詩集。単行本(ふらんす堂)出版は、2012年04月です。

 「あなたと出会えたことを私はしあわせに思っている。」
 (『二0一一 秋から』より)

 出会えたことがしあわせだと思えるきれいな詩集です。個人的に強く連想するのは、少女漫画の絵。言葉の連なりから、少女漫画に描かれる心象風景が立ち上がってくるような気がします。

 「あたしたち、自転車に乗ってどこまででも行けてたよね/とにかくペダルを踏めばどこへだって行けた/だから今だってふたりでロシアに行って/ナオちゃんのブラウンの自転車とあたしの水色自転車は/まだ走ってる走ってる」
 (『ロシア』より)

 「こどもたちがさがしていたのはそれです、そのくうきのたまご ふわり/てをのばして、あごをあげてっ つまさきだちで! じゃんぷしてっ!!」
 (『そんな簡単なことじゃないし、そんな複雑でもない』より)

 「暖かいね、暖かいね/心臓から新芽が出たみたいにちょっと/ちくっとするね/暖かいだけが取り柄なら/このまま春が終わってしまってもいい/胸に草原を持って/ざくざくの草っぱら/見ているだけなら誰も手を切ったりしない」
 (『はちみつとはちみつでないものをつなぐ』より)

 少女漫画によくあるじゃないですか。叙情的な効果線や舞い飛ぶ綿毛のような小さな光のつぶ(たぶんオルゴンエネルギー)に包まれた、心象風景を描いた印象的なコマが。そしてそこには、誰のセリフというわけでもない、何かの想いがあふれてこぼれました風の独白が、風景にまぎれるように書かれてたりしますよね。

 あの感じ。

 懐かしい。

 「海はただ、近くあるもの 月明かりの夜に砂浜/は真昼と同じ明るさでうるおっている 空気の/束がところどころ浮き上がっては佇み引き潮の/とき吸い込まれた砂がやがて青く光る」
 (『夏の日』より)

 こうした超現実的な光景もすばらしく印象的です。もしも少女漫画にこういう幽玄なシーンが描かれたら、それを「見てる」人物は既に亡くなっているのではないでしょうか。

 「ひらひら舞っているからっぽの老婆は胸に木靴を/抱いて。しあわせはからっぽでした。しあわせは/水の底で揺れる空でした。青い絵葉書が振ってく/る、しろつめくさはなざかり。滴って、滴って/空はどこにもいません」
 (『天気予報』より)

 「生まれてすぐに、それから死の隣に、誰のものでもない空白があっ/た。そこで少しの間夢を見ていた。ささやかれた未来の物語。/とおい今日のこと。」
 (『二0一一 秋から』より)

 こうした叙情的な響きからも、私はどうしても少女漫画のそれを連想してしまうのです。視覚的にとらえてしまう。そして、一つ一つの文字がかすかな燐光を放っているように感じられる。きれいな言葉です。きれいな詩集です。


タグ:中村梨々
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