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『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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「言えるうちに言っとかなきゃなって。ほら、何があるかわかんないじゃん」
「やめてってば。手を動かして」
 私が嫌がっているのに、鳥子は話を続けた。
「あなたの人生を壊したままいなくなったら、どうなっちゃうのか心配だったけど、空魚、ちゃんとやっていける。私、ずっと見てたから」
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Kindle版No.3072


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第2巻。文庫版(早川書房)出版は2017年10月、Kindle版配信は2017年11月です。


 『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)をベースに、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。第1巻の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23


 裏世界の探検を繰り返すうちに深まってゆく、あるいはこじれてゆく二人の関係。それと共にやばーい感じにあっち側に近づいてゆく空魚。裏世界から持ち帰ったアーティファクトを高額で買い取っている謎組織の実態。裏世界との接触により心身に異常を来した「第四種」の姿。そして鳥子が探し続けている、裏世界で行方不明になったという冴月が、ついにラスボス然として登場。

 設定が広がってゆくにつれて謎も深まってゆく第2巻には、先行してKindleで配信されたファイル5からファイル8を収録。さらにオマケとして『特別コラム第2回! 空魚と鳥子のだらだら怪談元ネタトーク』が収録されています。


[収録作品]

『ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
『ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
『ファイル7 猫の忍者に襲われる』
『ファイル8 箱の中の小鳥』
『特別コラム第2回! 空魚と鳥子のだらだら怪談元ネタトーク』


『ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
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 寄り添う私と鳥子の前まで少佐がやってきた。
「温存してきた燃料をすべて使う。君たちが最後の希望だ。われわれを家に連れ帰ってくれ」
 気圧された私は、何も言えずに頷いた。
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Kindle版No.616

 『ファイル3 ステーション・フェブラリー』で裏世界に残してきた米軍を、二人が救出に向かう話です。圧倒的な戦闘力を持つ軍を民間人が救出に向かうというのも変な話ですが、語り手である紙越空魚が持っている「視る力」なしには、どんなに火力があっても無意味。逆に、彼女の支援さえあれば、なんなく敵地を突破できる可能性が出てくるのです。

 救出の見返りに強力なアサルトライフルを手に入れた空魚。元ネタの一つであるゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』で、“フルオート射撃可能な狙撃銃”というチートっぽい銃器を手に入れたときの喜びがふつふつと。


『ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
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「と、鳥子。憶えてる? 前に風車女に取り込まれかけたとき、鳥子が言ってたこと」
「え」
「青い光の向こうにいる何かが、人間を恐怖させて、狂わせることで、私たちに接触しようとしてる。あのとき、そう言ったの、鳥子憶えてる?」
 何も言わずに私を見返す鳥子の顔は、完全に無表情だった。
 数秒後、私の手のひらの下で、鳥子の肌がぶわっと粟立った。
「っは……」
 喘ぐように息を吸う鳥子。見開かれた目が、狂気の中で口走った自分の言葉を思い出したことをはっきりと物語っていた。
「あ、あ」
「気をしっかり持って。こ、これ、ヤバい。〈かれら〉が私たちを狂わせにくる。はっきり私たちに狙いを定めてる。私たちを個体識別してる!」
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Kindle版No.1452

 きさらぎ駅米軍救出作戦を生き延びた二人がリゾートビーチでいちゃつくという、まあ水着回、だと思えたのですが……。 やっぱり裏世界に放り出され、でもせっかくの無人ビーチだし、遊んじゃえ、と。裏世界に馴染みすぎではないかと思っていたら、ほーら、たぶん怖さという点ではシリーズ中でも最大級の怖い目に。海辺の怪談は恐ろしいと決まってるし。

 ただ怖いだけでなく、はっきりと「ヤバい」状況に陥った二人。ファーストシーズンでも仄めかされていた「恐怖による狂気と極限状況、それそのものがファーストコンタクト」というソラリス的設定のもと、あちら側から狙い定めてコクタクトを試みてくるという嫌状況。逃げ道を塞がれ、火力ではもうどうしようもない窮地に陥った二人に活路はあるのか。そして満を持して姿を現すラスボス、たぶん。


『ファイル7 猫の忍者に襲われる』
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「センパイたちは逃げてください。時間を稼ぎます」
「い、いやいや、そんなわけにいかないでしょ……」
「いえ。元はといえば私が巻き込んだわけですし」
 たいへん勇ましいけど、いくら空手が強くても、抜き身の刃物を持った猫の忍者たちは恐ろしい脅威だ。忍者二匹に対して、こっちには空手使いが一人……いや、なんだこれ、改めて考えると頭がおかしくなりそうだ。
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Kindle版No.2120

 猫の忍者に襲われる話。新キャラクターとして空魚の後輩であり空手使いの瀬戸茜理が登場します。食費とエアコン代を節約しようとして学食に来ていた紙越空魚に「猫の忍者に襲われて困っているんです」と真顔で相談してくるのですが、いや猫の忍者とか言われても……。

 最初は断った空魚ですが、怪しい猫の集団に付きまとわれるようになったことから、仕方なく忍猫退治に乗り出すことに。何だよ忍猫って。「猫かわいいから、撃ちたくない……」とか言っていた空魚ですが、相手はマジで殺しにかかってくるわけで。ファイル6におけるメンタル攻撃もヤバかったのですが、今回は直接的な物理攻撃ですよ。猫が、刃物で。極めて危険な状況なんですが、でも猫が、忍者で……。それと空魚が「共犯者」という鳥子の言葉に激烈嫉妬するシーンが、巧みだなあ、と。


『ファイル8 箱の中の小鳥』
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 箱を慎重に持ち上げて、表面をじっと観察する。寄せ木細工の上に走る銀色の線だけが、この箱を開ける手がかりだ。裏世界と表世界の境界が、複雑に折りたたまれて箱の形になっている。鳥の群れはその隙間から染み出すように出現していた。
 私がやろうとしているのは、言うなれば爆弾処理だ。とっくに起爆して、今まさに私たちをズタズタにしつつある爆弾の解体。
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Kindle版No.3036

 タイトルからぴんと来る人も多いでしょう、強烈な呪いの箱が二人を襲います。

 空魚と鳥子が裏世界から持ち帰ったアーティファクトを高額で買い取っているという謎の組織。裏世界との接触により心身に異常を来した「第四種」たち(つまり空魚と鳥子の先輩たち)の末路。そして鳥子が探し続けている、行方不明になった冴月。大ネタが次々と姿を現し、とどめに強烈な呪い攻撃。二人は絶体絶命のピンチに。ここぞとばかり死亡フラグ立てまくる鳥子。


 というわけで、鉄道、戦車、ライフル、水着、猫、忍者と、何かを根こそぎにする勢いで突っ走ってきたセカンドシーズンも、原点に戻ったネットロア怪談で幕を下ろしました。これまで存在がほのめかされるだけだった裏世界研究所(ソニーのエスパー研究室を起源とするらしい)がついに登場し、行方不明となっていた冴子と裏世界の背後にいる存在とのつながりが暗示される。深まったようなこじれたような空魚と鳥子の関係。次シーズンに向けた引きも満載です。長く続くシリーズになりそう。



タグ:宮澤伊織
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『スピンクの笑顔』(町田康) [読書(随筆)]

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 私にとってスピンクがいるということは大丈夫だということでした。生きるための杖でした。横を見ればスピンクがいて、笑っていたり、ふざけていたり、うまそうに食べていたり、寝そべっていたり、飛び跳ねていたりして、それによって私は生きていたのです。
(中略)
 スピンクがいなくなって家の中は静かです。
 静かでスカスカです。
 その静かな家の中に私は息を潜めて踏ん張って立っています。
 スピンクがいつも居た場所に立っています。
――――
単行本p.425、429


 シリーズ“町田康を読む!”第61回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、町田家の飼い犬であるスタンダードプードルのスピンクが、家族と日々の暮らしについて大いに語るシリーズ、『スピンク日記』『スピンク合財帖』『スピンクの壺』に続く第四弾、そして最終巻。単行本(講談社)出版は2017年10月です。

 いつもの通り、犬のスピンクが飼い主であるポチ(人間名=町田康)や他の家族との生活について語る楽しい連作エッセイです。


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 そのときポチはちょうど外出しようとしているところで、キッチンの壁のフックから家の鍵と車の鍵を上衣のかくしにしまい、引き戸を開けて出ていこうとしているところでした。このまま出ていかれると噛めないので、私は慌てて駆け寄り、後ろ足で立って両肩に手をかけ、上衣の襟首を噛んで引っ張りました。したところ主人は、
「うわっ、うわっ、うわっ、なにすんね、なにすんね、スピンク、なにすんね」
 とかなんとか言いながら他愛なく、尻餅をつくように腰を落としました。といって私が無理に引き倒したというわけではなく、半ばはポチ本人の意志で、なぜポチがそうするかというと、頑張って立っていると上衣の襟首が私の牙によって裂け、破れてしまうからです。しかし、そうなるとこっちはより噛みやすくなり、私はここを先途とポチにのしかかり、全体重で押さえつけながら、腕を噛んで引っ張り、或いは、耳をジョリジョリなめるなどしました。
 気がつくと、その周囲を、ワッショイワッショイワッショイワッショイワッショイワッショイワッショイ、と言いながらシードが尻を振りながら、まるで行司のように駆け回っていました。
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単行本p.299


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シードは、
「文学にしろ音楽にしろ、なんだって同じことだ。最後は人間性なんだよ。その人間のすべてが表れるんだよ。だから、迂遠なように見えて長い目で見れば人間としての徳を高めるのがもっとも早道なんだ。ポチ先生よろしくそうすべし」
 と言ってトットットッと壁際に歩いて行き、片足をあげ、スタンドに立てかけてあるポチの大事のギターのボディーに、シャアー、と小便をかけ、それから、椅子の背に掛けてあったポチの上着をくわえて引きずり下ろし、首を左右にムチャクチャに振ってこれを振り回し、結果的にボロボロにして、
「こんなことで怒るようじゃ、修行が足りないんだよ」
 と言い捨てて去って行きました。
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単行本p.396


 スピンク、キューティ、シード、そして後から加わった(またもや虐待されていた犬を引き取った)チビッキー。四匹の犬たちとの楽しい生活が、犬のスピンクの視点から語られます。主人であるポチの言動を、わりと辛辣な感じで描写しているのがたまらなく可笑しい。


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「ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー」ばかり言っています。けれども気味が悪いので誰もそれに触れません。
 その、「ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー」は午後まで続き、夕方になって漸く止みました。その止むか止まぬかの際の頃、ポチは美徴さんに、
「これ言うときって僕、やばいときなんだよね」
 と呻くように言ったのです。その後、ポチは、極端な蟹股で部屋の中を歩き回り、
「僕がなにをやっているかわかるか。睾丸が一尺もある人の形態模写だ。ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー。ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー。きいいいいいいいいっ」
 と言いました。私たちはなにも言えませんでした。
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単行本p.97


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ウェディングドレスを着用しての生活に疲れ果てたポチは美徴さんに、白無垢への変更を申し出ました。これに対して美徴さんは、ウェディングドレスと白無垢は別のものであり、白無垢への変更は認められないとしてこれを却下しました。しかしウェディングドレスをどうしても着たくないポチは粘り強く交渉、角隠しも着用することを条件に白無垢への変更を勝ち取りました。
 これら交渉の一部始終を見ていたシードは、たとえ白無垢に変更したところでポチの精神は持たぬだろう、と予測しました。
 さて、それから一ヵ月が経って実際にどうなったでしょうか。結果を先に申し上げますとさすがはシードですね、シードの予測は的中しました。
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単行本p.282


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ポチは偏屈です。意固地です。ならば、自分の変なところを改めよう、とは考えません。どうせ変と思われるのであれば、逆に攻めていこう。つまり、自分が変であることを隠して隠しきれず変、であるよりは、自ら変であることをアッピールしていこう。おまえらの評判などまったく気にしていない、というよりこっちは変であることを積極的に楽しんでいるのだ、好きでやっているのだ、という態度でいこう、と考えるのです。
 もちろんこれは虚勢です。内心では、好奇の目で見られることが嫌で嫌でたまらない、迫害されることが悲しくてたまらない。孤独がつらい。孤独に耐えられない、と思っています。けれどもそれを正直に言うことができず虚勢を張り、ポチは、得意のネットオークションで蛇皮線をゲットし、外出の際にはこれを首からぶら下げるようになりました。
 そして後日の述懐によるとポチは、浜辺に座り、「花嫁」「マッハGOGOGO」「花笠道中」「喝采」「悲しみのアンジー」といった得意のナンバーを涙を流して絶唱しました。
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単行本p.284


 いつもの町田文学。

 そうして楽しく暮らしているうちにも、終わりは近づいています。知ってから読み返すと、ここそこに予兆や暗示が見られるのです。


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 交差点の真ん中に昨日見たあの美しい黒猫が長く伸びていました。
 腹のあたりから血が一筋、長く道路に伸びていました。右折レーンのある広い交差点を横断しようとして車に轢かれたようでした。それからポチは暫くの間、「なんで出てくるんだよー。なんで轢くんだよー」と言っても詮のないことを繰り返し呟いていました。
 駐車場に車を停め、園路を歩き出してもまだ呟いていました。園路の至るところにその匂いが残っていました。私は内心で「おまえは失敗したんだな」と黒猫に話しかけていました。
「シードはああ言うが私たちだって失敗する。だから心配するな。私もあと何年かすれば必ずそっちに行く。そのときはこの美しい梅の園を歩いたことやその他のことについて話そうや。おまえはいま安らかだろう」
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単行本p.59


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 私もこうして皆さんに話をするようになってから随分と老いました。私は分類的には大型犬ということになっています。大型犬の平均寿命は小型犬に比べると随分と短く、私はもう五年もすればこの世にいないと思います。
 というのは人間からすると随分と儚い命のように思うかも知れませんが、私たち犬は人間と違ってこの世から消滅するということに哲学的宗教的な意味を感じません。ただ、ぽそっ、と生じたものが、ぽそっ、と消える。それが自分であるかどうかは関係がない、ととらえています。なので飼い主の人は私たちが死ぬと嘆き悲しみますが、私たちにしたら逆に恐縮というか、こんなことでそんなに嘆く必要ないんですよ。困ったな、どうも。みたいな感じになります。もちろん、私たち自身が死んで悲しいと感じることもありません。
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単行本p.11


 そしてスピンクの物語は唐突に終わりを迎え、読者は最新長篇『ホサナ』に書かれていたあれこれを思い出しながら、それを見届けることになるのです。

 さようなら、スピンク。



タグ:町田康
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『プラスマイナス 164号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

[プラスマイナス164号 目次]
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巻頭詩 『竜宮メモ』(深雪)、イラスト(D.Zon)
俳句  『孵る月を』(島野律子)
詩   『ほんとうの陸』(島野律子)
小説  『一坪菜園生活 47』(山崎純)
詩   『許せる事と許せない事』(多亜若)
詩   『深雪の呟き 墨ながし シリーズ』(深雪)
詩   『冬から通う』(島野律子)
詩   『秋も過ぎる』(島野律子)
詩   『行く道帰る道』(琴似景)
随筆  『香港映画は面白いぞ 164』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 103』(D.Zon)
編集後記
 「遠い記憶」 その2 島野律子
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 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
http://shimanoritsuko.blog.so-net.ne.jp/


タグ:同人誌
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『顔』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

 2017年10月24日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って佐東利穂子さんのソロダンス公演『顔』を鑑賞しました。自身による二種類のテキスト朗読録音に、踊りながらライブで声を重ねてゆく驚異の60分。

[キャスト他]

演出・照明: 勅使川原三郎
出演: 佐東利穂子

 佐藤さん自身がテキストを朗読した録音を流し、マイクを装着した佐藤さんが、踊りながらライブで応答してゆきます。録音された朗読とライブ発声が対話し、響き合い、それにダンスが加わる、という贅沢なポリフォニーが展開します。

 使われたテキストは二種類。まず、ガルシア・マルケスの『マコンドに降る雨を見たイサベルの告白』の一部。ひたすら続く長雨がもたらす倦怠感と絶望感、それらがやがて終末感や宗教的啓示へと展開してゆく幻想的な短篇ですが、このテキストは2015年12月に初演された勅使川原三郎さんの『ある晴れた日に』でも使われていました。『ある晴れた日に』でも朗読は佐東利穂子さんだったので、もしかしたら同じ音源を使ったのかも知れません。

 朗読が流れた瞬間、あ、これは以前の公演でも使われていた短篇だ、と思った途端、佐東利穂子さんが「この話は前に聞いたことがあるわ」と発話したのが妙におかしかった。

 このマルケスのテキストに雨音がかぶさり、さらに同じ部分が何度も何度もリピートされることにより、閉ざされた、どこにも行き場のない、という閉塞感が高まってゆきます。

 もう一つのテキストは、スタニスワフ・レムの『ソラリス』をもとに勅使川原三郎さんが創作したオペラ『ハリー』より。自分がソラリスの海によって恋人の記憶から創り出された幻のような存在であること、自分が本物のハリー(何年も前に死んでいる)ではなく、人間ですらなく、死ぬことも、消えることも、いやここから出て行くことすら出来ない、と知ったハリーの絶望の叫びです。

 これらのテキストが朗読されるなか、押しつぶされそうな閉塞感と絶望感に抗い、立ち続ける佐東利穂子さん。ただ静かに歩いているだけで観客を圧倒するような存在感を放っています。やがて手がゆるやかに弧を描き、指先が精微な動きを見せ、空間を大きく掻き混ぜるようなムーブが始まります。

 今まで何度も佐東さんのダンスは観てきたはずなのに、まるで初めて観たような衝撃です。同じ動きが繰り返されることなく、シンプルなのに複雑な残像が波動のように広がってゆくような錯覚に陥ります。自分が何を観ているのか分からなくなる瞬間が何度もありました。

 驚くべきことに、激しく踊っていても、発声が揺るがない。呼吸音もほとんど聞こえません。ご本人とは関係なく、発声だけが独立して存在しているかのような気配です。声質が異様に可愛いというのがまた、非現実感を高めます。



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『恋人不死身説』(谷川電話) [読書(小説・詩)]

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合体だ! 線香花火のさきっぽが! わりと早めに落ちてしまった!
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冗談は冗談でした さようならワリカンで観覧車を買う日
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放置したカレーを覆うまっしろなカビがきれいだひとりだだめだ
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朝おきていきなり夜でさみしくておなかがすくのすごい 笑える(笑)
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野良猫に「ねこ」と呼びかけはじめたらとまらなくなりどうかしている
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もんでみた自分のおしりがかわいくて自分がかわいそうで吐きそう
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 恋愛トキメキ暴走と失恋落ち込みドライバー。読者の体調を崩すようなノロケと感傷を過剰摂取させてくる歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2017年5月、Kindle版配信は2017年5月です。


 こう、思わず歌集を取り落としてしまうようなリア充みせつけというか、ノロケあふれる作品が並びます。明らかに恋愛慣れしていない若い男が、初めて恋人とそうなって舞い上がっているという情景が目に浮かぶようです。浮かんでほしくない。


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ろうそくの火にきみがふく息をつい吸いこんじゃった 暗くてもラブ
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合体だ! 線香花火のさきっぽが! わりと早めに落ちてしまった!
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焼き鮭の皮を食べる派だったのかパリパリパリパリきみはパリパリ
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恋人は不死身だろうな目覚めたら必ず先に目覚めてるし
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「さみしい」と書いてあるのを期待して毎日開くきみのウェブ日記
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 体毛や体液や体臭へのこだわりが感じられる作品も多いのですが、それが性愛の喜びというよりも、どこか妙に不穏な気配を漂わせています。子供っぽいというか、かるくキモいというか。


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「~~~~←四本のうち一本は陰毛。どれが陰毛でしょう?」
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脱ぎたてのシャツのにおいをこんなにもだいじに嗅いでくれてありがとう
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なんとなくきみの抜け毛を保存するなんとなくただなんとなくだけど
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髪の毛が遺伝子情報載せたまま湯船の穴に吸われて消える
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二種類の唾液が溶けたエビアンのペットボトルが朝日を通す
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 読者の予想通り、あるいは期待通り、若い男は恋人にふられてしまいます。失恋をテーマにした短歌かずある中でも、かなりみっともなく感傷だだもれの作品が並びます。ふふ。


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冗談は冗談でした さようならワリカンで観覧車を買う日
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返された鍵はやたらと冷たいし泣きはじめたら泣きはじめるし
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たい焼き屋今日は休みだ 中野区はきみがいないと縮むみたいだ
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「お客様おひとりですか?」「ひとりですこの先ずっとそうかもしれない」
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薬局の入浴剤のコーナーで目からこぼれる0円の水
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 あまりのめめしさがイタくなってきて、まあ元気出せよ人は失恋を克服して成長するもんだぜ、などと心にもない慰めの声をかけたくなる(個人差があります)わけです。うすうす分かっていたことですが、克服も成長もしません。失恋の落ち込みが尾を引いて、ついには自嘲自慢の域に。


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光あれ 光のなかに日記あれ ぼくと復縁したいきみあれ
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放置したカレーを覆うまっしろなカビがきれいだひとりだだめだ
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朝おきていきなり夜でさみしくておなかがすくのすごい 笑える(笑)
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野良猫に「ねこ」と呼びかけはじめたらとまらなくなりどうかしている
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もんでみた自分のおしりがかわいくて自分がかわいそうで吐きそう
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 というわけで、初めて経験した性愛と失恋のジェットストリームを見せびらかすように過剰に盛り込んだ歌集です。インパクトあります。


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