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『SFマガジン2017年4月号 ベスト・オブ・ベスト2016』(上田早夕里、宮内悠介) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年4月号は、「ベスト・オブ・ベスト2016」として『SFが読みたい! 2017年版』で上位に選ばれた作品の作者による短篇が掲載されました。


『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
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私はあなたを導く者、そして、改変する者。あなたの名前は、ここへ連れてきたときに私がつけました。あなたの名前は『プリム』。
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SFマガジン2017年4月号p.18

 〈大異変〉と全球凍結による人類滅亡から数百年後。人為的に作られた種族ルーシィたちは深海で生き延びていた。やがてそのうちの一人が海面まで上昇し、アシスタント知性体と接触。旧人類とその歴史を教えられることになった。待望のオーシャンクロニクル・シリーズ最新作「ルーシィ篇」その第一話。


『ちょっといいね、小さな人間』(ハーラン・エリスン、宮脇孝雄:翻訳)
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彼は誰も傷つけなかった。花の盛りにあったときでも「ちょっといいね、小さな人間」という程度の、他愛ない感想を人から引き出しただけだった。
 だが、私は人間の本性を支配する法のことを何も知らなかった。二人ともわかっていたが、こんなことになったのはすべて私の責任だった。発端も、波瀾万丈の時期も、今、すぐそこまできている結末も。
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SFマガジン2017年4月号p.34

 無害な「小さな人間」をヒステリックに攻撃する人々。社会を覆う不寛容と排外主義の恐ろしさを描いた短篇。


『エターナル・レガシー』(宮内悠介)
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 いや、胸の奥ではわかっていた。
 誇らしげに過去を語る男が、本当は自分自身を“終わったもの”と見なしていること。そして、ぼくが男に自分を重ね合わせていることに。部屋に来てからも、男は自分のこれまでの業績をいやというほど並べ立てた。
 そして名を訊ねてみると、
「俺か。俺はZ80だ」
 どうだとばかりに、男は自分の胸を指さすのだった。
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SFマガジン2017年4月号p.41

 人間が囲碁ソフトに負ける時代、自分はレガシーに過ぎないのだろうか。悩める囲碁棋士が出会った不思議な男。彼は「俺はZ80だ」と名乗る。レガシー同士の奇妙な連帯感。だが語り手の恋人は、男に向かって「身の程をわきまえること。だいたい何、Z80って。乗算もできない分際で」などと辛辣なことを言うのだった。気の毒なZ80。MSXだって現役で頑張ってるのに……。


『最後のウサマ』(ラヴィ・ティドハー、小川隆:翻訳)
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「わからぬのかね? 人を殺すだけではだめなのだ。人とはただ肉と筋と骨と血だけではない。人を殺しても、それはただ人のイメージを残してしまうだけだ。そのイコンを。一人の男を殺せば、信仰と信念の何千という胞子が、思想の胞子が世に放たれる」
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SFマガジン2017年4月号p.97

 911テロの主犯、アルカーイダの指導者、ウサマ・ビン・ラーディンを殺せ。米軍の強襲により殺害されたウサマの身体からは、大量の胞子がばらまかれた。その胞子に触れた人間は、ウサマになるのだった。ならばすべてのウサマを殺せ。米国が総力をつくして殺しても殺しても、空爆しても空爆しても、そのたびに増えてゆくウサマ、ウサマ、ウサマ。世界はウサマであふれてゆく。テロリストと難民を増やすばかりの「テロとの戦い」を、ゾンビ・アポカリプスになぞらえた作品。


『ライカの亡霊』(カール・シュレイダー、鳴庭真人:翻訳)
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「筋の通る説明をしてくれよ」その晩遅く、ゲナディは電話していた。「あいつはロシア当局とNASA、その上グーグルに追われてるといっているんだぞ?」
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SFマガジン2017年4月号p.103

 カザフスタンの荒れ地を歩く二人の男。一人はIAEAの査察官にしてシリーズの主人公、ゲナディ。彼は「ガレージで作れるほど格安な水爆製造法」という途方もなく危険な情報を追っていた。もう一人は、遠隔操縦による火星探査のさいにピラミッドを発見して、ロシア当局とNASAとグーグルから追われている技術者。この二つがどこでどうつながるのか、よく分からないまま二人は謎の追手から逃げ回るはめに。都市伝説レベルのネタを駆使しつつ終始シリアスに展開する冒険SF。個人的にお気に入り。


『精神構造相関性物理剛性』(野崎まど)
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 私は、この折り紙を作った人間の丁寧さに負けたのだった。自分は丁寧なつもりで、なおかつ丁寧であることに愛想をつかしかけていた私は、自分などが及びもつかないような本物の丁寧に、正面から打ち負かされたのである。
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SFマガジン2017年4月号p.126

 三十年間、丁寧に実直に蕎麦を作ってきた男がリストラにあう。自分の人生が否定されたように感じて落ち込んだ男は、飲み屋でふとみかけた折り紙に目をとめる。その仕事の丁寧さに心を打たれる。その仕事をなした精神のありように感銘を受ける。

 いや、昭和の人情噺もいいですし、例えば徳間書店『短篇ベストコレクション 現代の小説』に掲載されているのを読んだのなら私だって気にも止めないでしょうが、なぜにこれがSFマガジンに、なぜに野崎まど氏が、そしてなぜにこれがTVアニメ「正解するカド」のスピンオフ作品だと。当惑しつつ紹介文を読むと「野崎氏の頭の中が気になる作風」とさり気なく書かれていて、やはり編集部も困惑したのだろうと思われ。


『白昼月』(六冬和生)
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 あたしの専門、それは探偵稼業だ。
 月面といえどもそこに人間が生活していれば、浮気やご近所トラブルや寸借詐欺が発生する。気になるあの人の素行を調べたくなったら、お気軽にお電話ください。
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SFマガジン2017年4月号p.321

 月面都市で探偵をやっている若い女性。舞い込む仕事といえば「ゴミ出しルールを守らない住民が誰かをつきとめる」といった日常的なものばかり。だがあるとき、ある人物が毎週シャトルに乗って月面と中継ステーションの間を往復していることに気づく。なぜそんなことをするのだろう? 新井素子さんの初期作品を思わせる軽快で楽しいミステリ作品。



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『死の鳥』(ハーラン・エリスン、伊藤典夫 :翻訳) [読書(SF)]


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作品に対する高い評価ばかりか、アメリカSF界最高のカリスマにしてトリックスター(ハーレクィン?)、ときにトラブルメイカーとして“喧嘩屋エリスン”とあだ名されもし、その言動だけでなく、ファッションからパフォーマンスにいたるまで、数々の逸話に彩られたレジェンド的存在。
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文庫版p.397


 世界の中心で愛を叫んだ除け者、悔い改めぬハーレクィン、米国SF界の生ける伝説。ハーラン・エリスンが60年代に書いた作品を中心に、日本オリジナルで編集された短篇傑作集。文庫版(早川書房)出版は2016年8月、Kindle版配信は2016年8月です。


[収録作品]

『悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった』
『竜討つものにまぼろしを』
『おれには口がない、それでもおれは叫ぶ』
『プリティ・マギー・マネーアイズ』
『世界の縁にたつ都市をさまよう者』
『死の鳥』
『鞭打たれた犬たちのうめき』
『ランゲルハンス島沖を漂流中』
『ジェフティは五つ』
『ソフト・モンキー』


『悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった』
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 まず、この調子。この調子。この調子。この調子、調子、調子、調子、調子、チック、タック、チック、タック、チック、タック、そしていつのまにか時はわれわれに奉仕することをやめ、われわれが時に奉仕するようになる。予定表の奴隷、太陽の運行の崇拝者となる、厳しく規制された生活に縛りつけられることになる、もし予定表を守らなければ組織は崩壊してしまうからだ。
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文庫版p.19

 時間厳守が道徳となり、遅刻が重罪となった世界。定時運行を司る最高権力者チクタクマンに対して、敢然と反旗を翻すヴィランがいた。その名はハーレクィン。様々ないたずらにより混乱を巻き起こし、多くの人々を遅刻させる、恐るべき社会の敵。チクタクマンは何としてでもハーレクィンを引っ捕らえろと命令するが……。アメコミ風ディストピアを舞台にした風刺作品。


『竜討つものにまぼろしを』
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「これから先、海峡を切り抜け、浅瀬をわたり、島を見つけ、霧の魔物を倒して女を救い、彼女の愛を射止める。そのときこそゲームはあんたのものになる」
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文庫版p.40

 気がついたら海賊船に乗っていた男。これからの予定は、嵐を切り抜けモンスターを倒し美女をものにしてドラゴンを殺すこと。だが、いくら英雄になったからといって、人間的に成長したというわけじゃない。

 事故で死んだら異世界転生、美女でチートで俺TUEEEE、という話はすでに半世紀前以上も前にハーラン・エリスンによって書かれていたという事実はもっと広く知られてしかるべきだと思う。


『おれには口がない、それでもおれは叫ぶ』
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 やつは決しておれたちを解放しないだろう。おれたちはやつの腹のなかに幽閉された奴隷なのだ。その永遠の寿命のあいだ、やつの玩具はおれたちだけなのだ。その永遠の時間、やつといっしょにすごすのだ。洞窟を埋めつくす巨体といっしょに。魂のない、思考だけの存在と化したやつといっしょに。やつこそ大地であり、おれたちは大地の子供だった。
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文庫版p.77

 巨大コンピュータの内部に幽閉された人類最後の生き残りたち。死ぬことが出来ないコンピュータは、自分を創り出した人類に対する激しい憎悪に駆られ、手中の人間たちにひたすら責め苦を与え続ける、永遠に、永遠に……。怒りと憎悪に満ちた地獄を描いた作品。


『プリティ・マギー・マネーアイズ』
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スロットマシンをにらんだまま長い時間が過ぎ、彼の疲れた茶色の目はジャックポット・バーの青い目に釘付けにされたかに見えた。だがコストナーは知っていた。自分以外の人間にはその青い目は見えず、自分以外にはその声は聞こえず、自分以外にはマギーのことを知っている者はいないのだ。
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文庫版p.114

 カジノのスロットマシンで大当たりを出した男。ジャックポット、彼にしか見えない青い目。それは、かつてそこで死んだ美女の目。小銭と引替にスロットマシンに魂を幽閉されてしまった美しきマギーの目だった。一台のスロットマシンを通して、人生どん詰まりになった男と女のやるせない出会いと裏切りをスタイリッシュに描いた作品。


『世界の縁にたつ都市をさまよう者』
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最新建築のなかでも最先端をゆく、完全な人びとのための完全すぎる住居。ユートピアをめざすあらゆる社会学的構想の最終結論。居住空間。かつてはそう呼ばれ、そのため人びとは住むことを運命づけられた。品位と清潔が図表化された、そのエレホンに。
 夜はない。
 影がおちることもない。
 そこに……影。アルミの清潔さのなかを行くひとつのしみ。ぼろ布とこびりついた土くれの動き。遠いむかしの墓地からよみがえった人影。
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文庫版p.133

 未来の完全都市に復活した切り裂きジャック。安全で清潔で完璧なその都市の住民を、次々と切り裂いては遺体を蹂躙してゆく。彼の狂気は、都市として具現化した永遠の退廃に打ち倒つことが出来るだろうか……。(今読むと)レトロフィーチャーな都市を舞台としたスラッシャー映画風の作品。


『死の鳥』
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 狂える者は到来し、干渉を始めた。ダイラは人びとに知恵を授け、時は過ぎていった。彼の名はダイラから〈蛇〉に変わり、新しい名は嫌悪された。だが〈とぐろの聖〉の判断に誤りがなかったことを、ダイラは知っていた。ダイラは人びとの中からひとりを選んだ。うちに火花を秘めた男を。
 このすべては記録としてどこかに残されている。これは歴史である。
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文庫版p.187

 一人の男が25万年の眠りから目覚めたとき、すでに人類は滅び、地球は終焉をむかえようとしていた。彼を導く〈蛇〉が、その運命を見届ける。男は神と対決することになるのだ……。こりに凝った華麗な文章と構成を駆使して聖書の創世記を引っくり返す神話的物語。


『鞭打たれた犬たちのうめき』
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 神だ! 新しい神、子供の貪欲さとまなざしを持つ太古の神がふたたび降臨したのだ、霧と市街と暴力の神、狂った流血の神が。崇拝者を欲し、生贄としての死か、さもなくば選ばれた他の生贄の死に立ちあう永遠の証人としての生か、その二者択一をせまる神。この時代にふさわしい神、都会とそこに生きる人びとの神。
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文庫版p.260

 多くの人びとが見守るなかで起きた凄惨な殺人事件。その現場を目撃した女は、次の生贄として目をつけられた。都会に充満する憎悪と暴力衝動が生みだした新たな神への……。他者への憎悪と流血への渇望を抱えた都会人のストレスを、暗い迫力に満ちた文章でたたきつけるように描くフィルム・ノワール調の作品。


『ランゲルハンス島沖を漂流中』
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「ヴィクトル、聞け。マーサ・ネルスンは中にいる。一生を無意味に消費して。ナジャはここにいる。なぜとか、どんなふうにとか、なんのせいでそうなったのか、そんなことは知らん……だが……無意味に消費された人生がある。
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文庫版p.326

 自らの死を願う不老不死の狼男。彼は奪われた自分の魂を見つけて人生に終止符を打つべく、魂のありかを探す。それは意外にも膵臓の内部、ランゲルハンス島に隠されていた。偉大なるフランケンシュタイン博士の科学力によって身体を細胞レベルまで縮小し、血流に乗ってランゲルハンス島に上陸した彼は、ついに魂を掘り出すことに成功。だがその過程で、社会の不寛容さと無関心ゆえに人生を無意味に消費された人びとのことを知った彼は、ひとつの決断を下す……。

 完全な馬鹿SFとして展開してきて、いつの間にか、社会によって見捨てられた弱者への共感と怒りと悲しみというエリスンのテーマに到達して泣かせるトリッキーな作品。


『ジェフティは五つ』
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ジェフティが聞くラジオ番組は、常識的には、アインシュタインが想定した時空世界のありかたからいえば、存在しえない場所から送られているのだ。だが彼が受けとるものは、それだけではない。ジェフティが持っているラジオ番組の賞品は、現在だれも作っていないものなのだ。彼の読むコミック・ブックは、三十年前に廃刊になったもの。彼の見る映画は、死んで二十年にもなる俳優たちが演じているもの。ジェフティは、世界がその進歩の過程で失った、過去の無限の快楽と歓喜をうけとる端末器なのだ。
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文庫版p.355

 5歳のジェフティ。同い年の友達が大人になったときも、相変わらず5歳のままのジェフティ。彼が聞いているラジオ番組も、映画も、音楽も、コミックも、すべて何十年も前に終了したシリーズの「新作」なのだ。5歳のときに熱中していた色々なものが今でも続いていたらどんなにいいだろうという願望を、ノスタルジーをこめて描くブラッドベリ風の作品。


『ソフト・モンキー』
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彼女はアランを抱いてすわり、優しくゆすりながら、アランが気持ちよく眠れるように、寒い思いをしないようにと気を配っていた。人的資源局から、市当局から、人びとが追いたてに来たときも、彼女は赤んぼうを抱いたままでいた。役人たちが、身じろぎもしない青ざめた赤んぼう取りあげたとき、アニーは通りへ逃げだした。彼女は逃げた。逃げるすべは知っている。逃げつづけることさえできれば、二人はしあわせに暮らせるのだ。だが厄介ごとは背後からせまっていた。
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文庫版p.392

 失った赤ん坊の代わりに汚れきったぬいぐるみを必死に抱き続けるホームレスの女。たまたま犯罪組織による暗殺現場を目撃してしまい、命を狙われるはめになった彼女は、殺し屋たちに闘いを挑む。酷薄な社会からすべてを奪われ、たった一つ残された大切な赤ん坊を守るために。社会的弱者への無関心や冷淡さに対する怒りと悲しみが炸裂するエリスンらしい傑作。



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『鳥肌が』(穂村弘) [読書(随筆)]

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 これまでの自分の人生に本当の苦しみはなかったと思う。ただ、幻に怯えていただけだ。私の人生を四文字で表すならびくびくだ。最後の日に叫びそうだ。いったい何をびびってたんだ。今まで何をやってたんだ。どうせ死ぬのに。今日死ぬのに。なんなんだ。と。おそろしい。本書には、そんなびくびくのあれこれを書いてみた。
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単行本p.247


 ほのぼのした光景を見ると悪いことの前兆ではと怯え、母の愛情を知るとその執着心に鳥肌を立てる。暴走気味の想像力もてあまし、ちょっと他人に伝わりにくい怯えを世界と短歌から受けとってやまない歌人によるびくびくエッセイ集。単行本(PHP研究所)出版は2016年7月、Kindle版配信は2017年3月です。


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 苦しみとおそれは違う、と思う。苦しみには実体があるがおそれにはない。おそれは幻。ならば、おそれる必要などないではないか。おそれてもおそれなくても、苦しむ時はどうせ苦しむんだから、その時に初めて苦しめばいい。(中略)と思うけど、できない。どうしても、その手前でびびって消耗してしまう。
――――
単行本p.247


 「昔からこわがりだった」という歌人がどのように自分が怯えているかを語るエッセイ集です。そんなに何が怖いのかというと。


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 例えば、私は小さな子供と大きな犬が遊んでいるのをみるのがこわい。これはTさんにも通じなかった。和気藹々とした光景のどこがこわいの、と怪訝そうだ。
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単行本p.10


 Tさんというのは「駅のホームでは絶対に最前列に立たない」「先頭車両は危険なので乗らない」といった具合に常に危険を先回りして想像しては怯えている人なのですが、その人をして怪訝そうな顔をされるほどの、こわがり。ほのぼのした光景は、その直後に迫る惨劇を暗示しているようで怖い、というのです。

 あるいは、知人の女性が何気なく話してくれた母親のちょっと面白い発言。


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 彼女が五十代になった或る日のこと。何かの拍子に、八十代のお母さんが独り言のようにこう呟いたという。

  「Fちゃんが死ぬのを見届けてからじゃないと、私も死ねない」

 鳥肌が立った。Fさん本人はどう思ったのだろう。そんなの可笑しいよねえ、と笑っていたけれど。
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単行本p.16


 本人が明るく笑っているエピソードに、鳥肌を立てる著者。「常識を超越する発言」「究極の母性愛が生んだ言葉がこれか」などとすくみ上がるのです。どんどん自分を追い込んで怯え増量してゆくタイプ。


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特定の局面で、何かをする自由を与えられた時、その可能性に対してどんな反応をするのか、自分でも確信がもてないのだ。表現ジャンルとしての演劇や生物としての赤ん坊があまりにも無防備であることが、不安に拍車をかける。
 その瞬間、今までに一度も現れたことのない未知の自分が出現しないとは限らない。自分の中に「赤ちゃんを手渡されると窓からぽいっと捨てちゃうフラグ」が立っていたことを、その場で知るのはあまりにもおそろしい。
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単行本p.21


 舞台を観ると「自分が何かやらかして劇を台無しにしてしまうのではないか」と想像し、赤ちゃんを手渡されそうになると「自分はいきなり窓から放り投げてしまうのではないか」と不安になる。自分の中に眠っている未知のフラグが作動する可能性が怖い。

 「今、自分は何か運命の分岐点にいるんじゃないか」と思う瞬間が怖い。黙っている他人が何を考えているのか分からないのが怖い。親しい人が突如として未知の側面をさらけ出すことを想像すると怖い。自分以外の全員が実は自分とは異なる別の何かだったと気づくことを想像すると怖い。食品の原材料表示が怖い。親心が、ロマンスが、人の思いを込めたものが、どれも現実の姿をさらけ出す瞬間が怖い。

 というか、怖くないものがあるのかそもそも。

 そのうち想像力の暴走による怖さだけでなく、知人から聞いた体験が語られるようになると、共感できる怖さが増えてゆきます。


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女性の友人からきいた話によると、或る日、彼女が目を覚ましたら、部屋の中にふわふわとシャボン玉が浮かんでいたそうだ。空っぽだった筈の金魚の餌がいつのまにか増えていたこともあるという。ちなみに彼女は独り暮らしである。
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単行本p.150


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友人(女)の話

 弟の部屋で大量のエロ本とエロDVDを発見してしまった。最初は、しょうがないなあ、と思っただけだったが、よく見たら、その全てが「姉弟モノ」で鳥肌が立った。
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単行本p.155


 そして、ご本人の体験談へと。


――――
鹿? 迷い出て轢かれてしまったのか。でも、ここはそんな場所ではない。都内の大きな道なのだ。それには脚がなかった。だから下半分が路面に埋まっているように見えた。
 一体何だったんだろう。気になって、もやもやする。でも、友達は前を向いたまま何も云わない。なんとなく口を開くのがためらわれた。そのまま、十分ほど走った時、不意に彼が云った。

  「さっき、変なものが落ちてなかった?」

 さり気ない口調。でも、私にはわかった。彼も同じものを見たのだ。角の生えた動物の上半分。(中略)

  「うん。鹿みたいなものが半分くらい、落ちてたね」

 私はそう答えた。それきり、二人とも黙った。あれは何だったのか。下半分はどこにいったんだろう。今考えても不思議だ。
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単行本p.92


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 そういえば、道の上に自転車のベルが幾つも落ちていたこともある。点々と十個くらい散らばっていた。最初は何かわからず、覗き込んでしまった。ベル、ベル、ベル、ベルだ。どうしてそんなことが起こるのだろう。
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単行本p.104


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「住んでいた順番に、それぞれの部屋の間取り図を書いて下さい」と云われて、思い出しながら書いてみた。
 その結果、奇妙なことがわかった。高校生くらいまでに住んだ家の間取り図に、ことごとく風呂がなかったのだ。もちろん、実際にはどの家にも風呂はあった。だが、その場所を思い出すことができない。何故か風呂の位置だけがすっぽりと記憶から抜け落ちている。
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単行本p.175


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 数日間、異音に悩まされていたことがあった。がさがさがさがさ、変な音が右の耳から聞こえてくる。いくら耳かきをしても治らない。覗いてもらったけど、特に異常は見当たらないようだ。でも、音は止まない。やはり耳自体の問題か。病院に行くしかないか。と思いつつ、ぐずぐずしていた。
 そんな或る日、なんとなく耳に指を入れたら、するすると髪の毛が出てきた。しかも長い。えっ、と思う。私のよりも妻のよりも、ずっと長いのだ。
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単行本p.204


 というわけで、著者の「こわがり」の極端さにちょっと呆れながら読んでいるうちに、次第に想像力が生み出す怖さを同じように体験させられてしまう。微妙な怖さを含む短歌の鑑賞ガイドとして、著者お得意の「だめ自分エッセイ」として、じわじわくる実話系怪談集として、様々に楽しめる一冊です。



タグ:穂村弘
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『ブルーバックス通巻2000番小冊子』 [読書(サイエンス)]


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 水深6500メートルの深海に潜って未知の生物を探す研究者もいれば、地上400キロメートルに浮かぶ宇宙ステーションで活動する研究者もいる。ペンと紙だけで理論と格闘する分野もあれば、何百人もの研究者が一丸となって、1周27キロメートルもの巨大加速器で実験を行う科学もある。1ミリメートルの1000分の1よりも小さな細胞小器官の働きを解き明かそうとする研究もあれば、何十万光年にも広がる銀河の謎を探る研究もある。ふつうに暮らしていたら出会うことのないような「すごい」人たちがいて、「すごい」研究があって、科学の世界は興味が尽きることがありません。
 そんな科学の面白さを、専門家ではない一般の読者に伝えることを使命とするブルーバックスは、2017年、創刊から55年目を迎え、刊行点数2000点を達成しました。
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Kindle版No.1


 講談社ブルーバックスの通巻番号2000番突破記念として発行された小冊子。出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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日本が希望と熱気に満ちていた1963年9月、「科学をあなたのポケットに」を発刊のことばとしてブルーバックスは創刊した。
 有人宇宙船ボストーク1号に搭乗し、人類で初めて宇宙空間に飛んだソ連の宇宙飛行士ガガーリンが「地球は青かった」と言ったのが1961年。その言葉が人々の記憶にまだ新しく、ブルーは科学を表す象徴的な色ということで、シリーズ名称が決まった。現在も刊行している新書レーベルとしては、岩波新書(1938年創刊)、中公新書(1962年創刊)についで日本で3番目に長い歴史を持つ。
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Kindle版No.31


 というわけで、いつもお世話になっている「科学をあなたのポケットに」の講談社ブルーバックス。その通巻番号2000番突破記念小冊子です。小冊子とはいってもけっこうな読みごたえがあります。全体は4つのパートから構成されています。


「第1部 科学技術とブルーバックス2000冊のあゆみ」

 創刊から現在に至るまでのブルーバックスの歴史が語られます。ベストセラーの背後には、そのときの世相や科学界での話題が強く影響しているということがよく分かります。


「第2部 特別エッセイ」

 著者や著名人がブルーバックスについて語るエッセイ。

 著者が語る私とブルーバックス
  『物理はなぜ不人気か』(小林誠)
  『ブルーバックスのせいでサイエンス作家になってしまったオレ』(竹内薫)
  『ブルーバックスという連鎖』(池谷裕二)
  『ブルーバックスによせて』(福岡伸一)
  『インフレーション理論、天文学的実証への期待』(佐藤勝彦)
  『超弦理論が究極の基本法則となる日には』(大栗博司)
  『「死なないやつら」とは何か』(長沼毅)
  『科学者への夢を断った日』(山根一眞)

 私の本棚にあるブルーバックス
  『ポケットサイズだからこそ』(上橋菜穂子)
  『私が「常備」する4書目』(佐藤優)
  『「理系の知の世界」を知るための地図』(森田真生)
  『ブルーバックスから広がる想像力』(山崎直子)
  『立ち読み気分で手軽に楽しめる科学新書』(松尾貴史)
  『私にとってのブルーバックス』(松本大)

 ブルーバックスを彩るイラスト
  『ブルーバックス2000番によせて』(永美ハルオ)


『ブルーバックスのせいでサイエンス作家になってしまったオレ』(竹内薫)より
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オレもすでに56歳になった。最近は朝の3時から夜の7時まで、一日16時間も働いているし、土日もない。こんな状態では、いつ地獄からお迎えが来るかわからないので、編集長さま、どうか、「しゃべる」企画でブルーバックスからベストセラーを出す、というオレの夢をかなえておくれ。
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Kindle版No.501


『ブルーバックスによせて』(福岡伸一)より
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 ブルーバックスは理系少年のスイートスポットを実に巧みにくすぐってくると思う。本棚からは『図解・地下鉄の科学』や『図解・超高層ビルのしくみ』も出てきた。わたしたちオタクはこういう図解ものに極めて弱いのである。つい買ってしまう。
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Kindle版No.575


「第3部 データでみるブルーバックス」

 ブルーバックスシリーズに関する様々なランキング。

・歴代発行部数ベスト10
・21世紀の発行部数ベスト10
・歴代刷数ベスト10
・著者別冊数ランキング

 歴代発行部数ランキングでは、2位と3位がそれぞれ累計63万部で並んでいるのに対して、1位だけ76万部と突出したベストセラー。この三冊の書名を当てられればブルーバックスマニアといえるでしょう。

 21世紀の発行部数ランキングでは、21世紀になってから発行されたブルーバックスのうち最も売れた本が、実は21世紀に入って最初に出版された一冊だという豆知識。書名が当てられますか?

 歴代刷数ランキングでは、100刷に達した本がブルーバックス全体でもわずか一冊しかないという事実が意外です。しかもその本は歴代発行部数ベスト1ではないという。

 著者別冊数ランキングでは、6位の著者が10冊、2位の著者でも12冊なのに、1位の著者だけ17冊という著書数をほこっているのに驚きます。誰だか分かりますか?


「第4部 編集部が選ぶ30冊一気読み」

 選ばれた30冊から、序文や「はじめに」などの導入部を抜粋して掲載してくれます。例え話をしたり、エッセイ風だったり、煽ったり、はったりかましたり。とにかく様々な工夫により何とか読者を読む(買う)気にさせようと払っている涙ぐましい努力に刮目。



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『AIと人類は共存できるか?』(早瀬耕、藤井太洋、長谷敏司、吉上亮、倉田タカシ、人工知能学会:編集 ) [読書(SF)]


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 生産性が悪いから仕事が終わらないのではない。人工知能のボトルネックにならないよう、同じ速度で仕事をすることが求められるから帰れないのだ。(中略)今回の教訓のひとつは、『人間は機械との競争より、無茶振りするボスの下での、機械との共同作業こそ恐れるべきである』ということかもしれないね
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単行本p.217、223


 AIを人間と区別できるのか、シンギュラリティはどのように生ずるのか、AIの普及は仕事を減らすのか増やすのか、AIは信仰の対象となり得るか、そしてAIは芸術を鑑賞するか。人工知能学会創立30周年記念として出版された、5名のSF作家による書き下ろし短篇と、それに対するAI研究者からの応答を収録した、人工知能テーマSFアンソロジー。単行本(早川書房)出版は、2016年11月です。


[収録作品]

『眠れぬ夜のスクリーニング』(早瀬耕)
  『人工知能研究をめぐる欲望の対話』(江間有沙)

『第二内戦』(藤井太洋)
  『人を超える人工知能は如何にして生まれるのか?
   -ライブラの集合体は何を思う?』(栗原聡)

『仕事がいつまで経っても終わらない件』(長谷敏司)
  『AIのできないこと、人がやりたいこと』(相澤彰子)

『塋域の偽聖者』(吉上亮)
  『AIは人を救済できるか:
   ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から』(大澤博隆)

『再突入』(倉田タカシ)
  『芸術と人間と人工知能』(松原仁)


『眠れぬ夜のスクリーニング』(早瀬耕)
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-私が、精巧なアンドロイドだったら、どうする?
-私、身体だけ男なんだ
 二年前の玲衣の科白が、遠くから聞こえる。ある日、隣のチームの主任がぼくのところに来て言う。
「私、身体だけ人間なんだ。奥戸主任は?」
 そう訊かれたら、ぼくは、何と答えるのだろう。
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単行本p.37

 巨大システム開発のプロジェクトリーダーをつとめている語り手は、周囲の人間がアンドロイドではないかと疑い始める。スカイプ経由で担当医から受けるカウンセリングは、まるでチューリングテスト。仕事のチームメンバーもどこか人間らしさが足りないような気がする。だが、人間と人工知能の違いはどこにあるのだろう。そもそも自分は人間なのだろうか。P.K.ディックのテーマに今日的な問題意識とアプローチで再挑戦する作品。


『第二内戦』(藤井太洋)
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「〈ライブラ〉は2.1GHzのFPGAで復号、判断、出力をそれぞれ1クロックずつで処理できる。応答時間は7億分の1秒よ。そしてネットワークに自らの複製をばらまいて、他の〈ライブラ〉を再プログラムしていく。その時に〈N次平衡〉が現れる」
 プレゼンテーションには水色の雲が浮かんでいた。ノードとネットワークが密すぎて、雲にしか見えなくなっているのだ。雲の中には光の輪がいくつも浮かんでいた。一つの〈ライブラ〉ノードで行った処理が、周囲のノードに波のように伝わっていくところなのだろう。ハルが今までに見たものの中では、脳のニューロンの模式図が最も近かった。
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単行本p.125

 米国のいわゆるレッド・ステートが独立してアメリカ自由領邦FSAとなってから数年。探偵である語り手は、奇妙な仕事を依頼される。金融取引プログラムが違法に使われている証拠をつかむためFSA領内に潜入捜査したいというのだ。問題のプログラム〈ライブラ〉は、極めて高性能だが単純な条件反射レベルの処理しか出来ない。しかし、自己複製を繰り返し拡散してゆく膨大なノード数の〈ライブラ〉ネットワークは、誰も気づかないうちに予想を超えた能力を獲得していた。

 米国の分断というキャッチーな舞台設定で読者を引き込みながら、それをシンギュラリティのゆりかごとして活用する巧みさ。グレッグ・イーガンの初期作品を思わせるハイテクスリラー作品。


『仕事がいつまで経っても終わらない件』(長谷敏司)
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「やってみてはっきりした。政治の自動化は、人間の知能に迫る、いわゆる《強いAI》の実現までは無理だ。特定の問題だけを解決する《弱いAI》を組み合わせて、それでも隙間に落ちる仕事は人力で拾わせれば、イケると思ったんだがね。人間の負担が大きくなりすぎると、職場社会のほうが崩壊するんだな……。気づかなかったよ」
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単行本p.223

 何としても改憲を成し遂げたい政府は、ついに人工知能による世論操作に手を出した。各種の社会統計データや世論調査を常時監視し、改憲に賛成する空気が強まる方へと社会を動かすための方策を計算させる。だが、そこには大きな問題があった。AIに合わせて仕事しなければならない「人力」部分である。たちまち始まる見慣れた光景。疲れ果てることなきAIと24時間並走を強いられるデスマーチ。
「仕事は終わらんぞ! いつまでも、いつまでもだ!」(単行本p.234)

 AIの普及は雇用を減らすか増やすか、という議論をこえて、雇用はともかくとしてどうせ仕事は増えるでしょ、という身も蓋もなき説得力でぶちかましてくるブラックユーモア作品。


『塋域の偽聖者』(吉上亮)
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 彼は、人工知能を神と崇めた最初の人間――とされている。
 はるか昔、西暦2040年の秋。イオアン・セックが死の間際において招いたとされる大破局。その結果、当時は〈ゾーン〉と呼ばれていた土地は、長きにわたる閉鎖・隔離状態へ移行することになった。
 いわば、彼は、今日の〈塋域〉を生み出した創造主とも言えるのだ。
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単行本p.281

 はるか太古の時代、チェルノブイリ原発事故立ち入り禁止区域〈ゾーン〉に「大破局」をもたらしたという一人の〈ストーカー〉。彼は何を守ろうとし、誰に委ねたのか。真相を調査する列聖判断特化型AIは、人工知能と信仰の起源を探ってゆくことに……。ヒトは自分より優れたものを生み出したとき、それを神として信仰するだろうか。AIと宗教の関係を扱った作品。


『再突入』(倉田タカシ)
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 人間の表現が死ぬより早く、それを鑑賞できる人間が死に絶えたのだ。
 通俗的なエンターテインメントの世界を中心に、人間による創作は、法人による創作、すなわちAIを用いて機械生成・機械選別された作品群になすすべもなく駆逐されてきた。そのなかで、“ハイ・アート”の領域だけは、容易には模倣のきかない文脈の深さと多様性によって侵食をまぬがれ、表現における人間性の最後の砦として踏みとどまってきた。少なくとも、巨匠の認識によれば。
 だが、その砦を守る新しい世代はほとんど生まれてこなかった。それ以上に、“人間の”芸術に財を投じようという人間が減っていった。
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単行本p.378

 AIが芸術を創造し、AIが芸術を鑑賞するようになったとき、人間の芸術はどうなるだろうか。それは芸術というものの行き詰まりなのか、それとも人間の認知の果てを超える新しい芸術を生み出すのだろうか。それに意味はあるのかないのか。遠未来を舞台にAIと芸術と人間の関係を見通そうとする作品。



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