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『臓器賭博』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「コガさんよ、今夜、あんたにはバクチの誘いがかかる」
「今夜?」
「そう。あんたが今までに経験したこともない、でかいでかいバクチだ。だが──」男はグラスの底に少しだけ残ったビールをすするようにして飲みほすと、こう言葉をついだ。「絶対その誘いに乗っちゃいけない。もし賭場へ行けば──」
 そこで男は言葉を切った。
「行けば、どうなる?」古賀は聞き返した。
「あんたは負ける。それだけじゃない。死ぬことになる」男は、ひどくつまらなそうな表情で言った。「腹の中をからっぽにされて死ぬ」
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Kindle版No.151


 掛け金が不足すれば、自身の臓器をチップ代わりに続けることが出来ます――。非合法カジノで大負けした男の代打ちを頼まれたギャンブラー古賀は、後半戦でその負け分を取り返さなければならない。だが、それは臓器を、いや命を賭けた大勝負を意味したのだ。痛快ギャンブル短編連作『ハンザキ』の著者が挑む、極限のギャンブルを描く長篇小説。単行本(角川書店)出版は2015年3月、Kindle版配信は2015年3月です。


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「それにしても、臓器賭博とはね」古賀は首を振って言った。
「アイデアだけならともかく、よくもまあ実際に営業ベースに乗せたもんだ。臓器をチップにしてもいいとなれば、そりゃ飛びつくやつは多いだろう。賭けるものはすべて賭けなきゃ気がすまないのがギャンブラーだからな」
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Kindle版No.420


 ギャンブルを題材にした小説や劇画では、しばしば「内臓を賭けろ」とか「負ければ手足で払ってもらう」とかいった展開になるのですが、あくまでそれは異常な状況、極限状態として扱われます。暴力的な恫喝という、荒んだイメージですね。

 ところが本作に登場するのは、あくまでビジネスライクに臓器賭博が行われ、毎晩いくつもの臓器が摘出されては移植されることでビジネスが成立している、という近代的な非合法カジノ。

 臓器摘出と移植のための手術室から、入院施設、臓器を取り戻そうとして泥沼にはまって全臓器摘出するはめになったお客様のための遺体処理サービスまで完備。廊下にはイメージキャラクター担当のアイドル女優が笑顔で「それでは当店のシステムについてご案内いたしまーす」と語る宣伝ビデオが流れる。そんな清潔で明るい狂気が、読者をじわじわと不安に陥れます。

 何しろ著者は、仕事として無差別殺人を遂行する株式会社、なんてものを平気で書いてしまう両角長彦さんですから。登場人物たちの歪みっぷりも素晴らしい。


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「私は、今の時代は『終わりの始まり』だと思っているんです」ユニオシは言った。
「みんなもそのことに、心の底では気づいているのに、気づかないふりをしている。世界中の全員がです。これこそ世界ぐるみの現実逃避でなくて何ですか?」
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Kindle版No.1458

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「こんな現実から逃げ出せるものなら逃げ出したいと、誰もが思ってるんじゃないですか? われわれは、その要望におこたえしているだけです」
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Kindle版No.1453


 もう世界は終わっている、だから人々に現実を忘れるための夢と興奮を与えるサービスが必要なのだと語りつつ、裏では、賭場と臓器売買で儲けたお金で「火星への移住権」を手に入れようと画策している、いろんな意味でヤバい、カジノの支配人。


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“表向き公表されてはいませんが、日本人の臓器の『品質』は世界一なんですよ。一億二千万人の国民一人一人が、その世界一の資源を持っている。これを活用しない手はない。いや、いずれ必ず活用されるようにしなければならない──とまあ、こういう話なんですがね。
 だとすると、いま僕たちがここでこうしてギャンブルをすることは、最大の社会貢献ということになります。負け分とされて提供された臓器は、確実に世界の役に立つんですからね”
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Kindle版No.839


 臓器賭博で世界に貢献する日本スゴイ、というグローバル経済論を語る富裕層の顧客。


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 私はね、金がなければ移植手術を受けることができない、金持ちしか臓器を受け取れない、そういう現状に、針の穴程度でいいから風穴をあけたいと思っているんだ。
 私は移植希望者の身元を徹底的に調べる。その結果、彼または彼女が学力優秀で、前途有望とわかれば──たとえ無一文であっても、私は助けてやりたいと思う。そしてここではそれが可能なんだ。
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Kindle版No.1208


 ここでは大量の新鮮な臓器が手に入る。だから困っている貧しい人を臓器移植で救うことが出来るんだ。澄んだ瞳で医術の理想を高く語りつつ、だからどうか負けてくれ君の臓器を取り出したいんだと舌なめずりしてくる、これまたヤバい闇医者。

 臓器賭博という劇画めいた絵空事が、だんだんと歪んだリアリティを獲得してゆき、やがて勝負が始まります。最初は好調だった古賀も、どんどん掛け金をすってゆき、ついに臓器チップに手を伸ばすことに。そうなって初めて気づくのです。


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 ここはカジノなんかじゃない。臓器を奪い取ることを目的とした、臓器収奪システムなんだ。欲にかられた者は穴にはまる。ゆっくりと落ちていくために、危機感はない。そして気がついたときには、穴の底にいる。穴の壁は垂直で、はい上がることは不可能だ。一度落ちたらはい上がれない──今の日本と同じだ。日本の縮図そのものじゃないか。ここは日本の現状を残酷なまでにカリカチュアライズした場所なんだ
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Kindle版No.2222


 うん、知ってた。このカジノは、今の日本の縮図だということを。でも、気づいたときには、というか気づかないふりが破綻したときには、もう遅い。今はまだ無事だと思っている他の参加者も、この搾取システムに積極的に加担しつつ弱者に対するヘイトを垂れ流したりして、見慣れた日本の風情がそこに。


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一向にかまわない。この臓器賭博に通うことができるなら。臓器を抜かれるやつ、自分より不幸なやつを見ることができるのなら。人間の最期を見ることができるのなら。オケラになり、それでもあきらめきれず、臓器を賭けて負け、破滅していく者たちを見るのは、どうしてこんなに楽しいのだろう。
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Kindle版No.1782


 どうあれ決着に向けて容赦なく進んでゆく勝負。最後に待っている結末は。


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「この仕事をしててよかったと思うことはそうそうありませんが、今夜は──予感がします」
「予感?」
「次の最終戦、おもしろいですよ」ユニオシの声はかすれていた。
「めったに見られないものが見られます」
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Kindle版No.2501


 というわけで、手に汗握る白熱したギャンブルシーンが続く長篇です。決着がついた後も驚愕の展開が待ち構えていますので、最後までどきどきしながらお読みください。



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