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『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』(内藤正典) [読書(教養)]


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いまや世界の人口の四分の一にあたる十五、六億人がイスラム教徒なのです。近い将来、三人に一人がイスラム教徒になる、とも言われています。
 このことは、イスラム教徒とかかわらずに生きていくことが、もはやできないという現実をあらわしています。
(中略)
イスラムから学ぶことはたくさんあります。とくに、日本人がいま直面している高齢者の介護や子育てといった問題で、吸収すべき知恵は数知れません。
 また、安全保障や治安の観点、もっとひろげて平和のためにも、イスラムと「戦う」という選択肢より「共存を図る」ほうが、人類史のレベルにおいて、はるかに大きな恩恵が生まれるにちがいありません。
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単行本p.4、6


 近い将来、人類の3人に1人がイスラム教徒になると予想されている。西欧世界とは異なる価値観を持つ隣人たちとうまく共存し、世界にこれ以上の衝突と惨禍を広げないようにするためにはどうすればいいのか。教義や歴史よりも実際のイスラム教徒がどんな人々であるかに焦点を当て、イスラムに関する基礎知識と共存のための知恵を学べる好著。単行本(ミシマ社)出版は2016年7月です。


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 イスラムの場合、さきほども触れましたが、根本的に私たち、あるいは近代以降の西欧世界で生まれた価値観とは相入れないところがあります。そこばかりに注目するなら、イスラム世界と西欧世界は、対立し、衝突し、暴力の応酬におちいってしまいます。それをどうしたら避けられるか、ここのところも考えなければなりません。イスラム世界と西欧世界とが、水と油であることを前提として、しかし、そのうえで、暴力によって人の命をこれ以上奪うことを互いにやめる。そのために、どのような知恵が必要なのかを考えなければなりません。
 そういう願いを本書に込めました。
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単行本p.7


 現代イスラム地域研究を専門とする社会学者である著者が、予備知識のない読者を対象に、非常に分かりやすくイスラムについて解説してくれます。

 宗教としてのイスラム教とその歴史についての解説書は多いのですが、本書の特徴は、何十年もかけて現地で行った調査をもとに、実際のイスラム教徒のありのままの姿を描き出すことに主眼を置いていること。もう一つの特徴は、「腹を割って話せば、互いに分かり合える」といった甘い話で誤魔化さないで、根本的な価値観の対立がどこにあるのか、なぜ暴力の応酬という悲惨な状況から抜け出せないのか、という構造を明らかにし、その上で共存の道を探ろう、とする姿勢です。

 全体は終章を含めて八つの章から構成されています。


「第1章 衝突は「今」起きたわけではない」
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 度が過ぎたリベラルというのも、異文化との共生を破壊する危険性をもっています。ドイツやフランスの場合、伝統的に外国人嫌いは極右の主張でしたが、いまや、ヨーロッパ各国では、ナショナリズムに寄りかかって外国人排斥を叫ぶのではなく、俺たちの文化を守る自由を認めてくれ、イスラムという宗教から離れて暮らす自由だって認めろよ、というかたちで排外主義を叫ぶようになっているのです。
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単行本p.36

 イスラム世界から欧州各国に移民してきた人々の再イスラム化、高まる反ムスリム感情と排外主義、これらが生み出す対立と暴力の連鎖、といった悲劇的な構造を、主にイスラム教徒移民の視点から読み解いてゆきます。


「第2章 イスラム教徒とは、どういう人か」
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 イスラム教徒と三十数年つきあってきましたが、イスラムの本質というのは、教科書的な説明の中にあるのではなく、「儲かったときには自分の才能で儲けたなどと思うな」というように人間のおごりをいましめ、弱い立場の人を助けるところにあるように私は思います。(中略)困っている人が目の前にいたら、彼らは必ず何かをします。どこまでできるかは人によります。しかし、何もしない、ということはない。
 それがイスラムする人――ムスリムなのです。イスラムが何かということを知るより、イスラム教徒とはどういう人なのか、そちらを先に知ることのほうが大事だと思います。
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単行本p.68

 成功しても失敗しても本人の責任にしない、困っている人がいれば助ける、子供とお年寄りを大切にする、他人を国や人種で分け隔てしない。実際のイスラム教徒がどういう人々なのかを紹介してくれます。


「第3章 西欧世界とイスラム世界はもとは同じ」
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 ヨーロッパとイスラム世界との違いは、いろいろありますけど、ひとつ言えるのは、「イスラム世界へ行くとだらっとできる」ということです。私はそれを実感しています。妻もイスラム圏に入った途端に、なぜかほっとすると言っています。
(中略)
 もちろん、ドイツでもフランスでも人が困ったりしていたら助けてくれます。でも、なんと表現したらいいか、人と接するときにひとりひとりがどこか身構えている……。自分は「個」として生きているという肩肘張った感覚。そういうふうに身構えないと暮らせないところに長くいると、やはり疲れてしまいます。
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単行本p.87、94

 西欧世界とイスラム世界の歴史的関係を解説しつつ、皮膚感覚レベルで両者を比較します。


「第4章 となりのイスラム教徒と共に」
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 そういうことを商売にするハラール・ビジネスというのは、イスラム教徒ではなくても、実に傲慢なことだと思います。イスラムをよく知らない日本人をおどして金をとっているようなものですから賛成できません。
(中略)
 イスラム教徒と仲良くする一番の方法は、「正直であること」です。中途半端な理解で、高いお金を出してハラール認証をとることではありません。
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単行本p.114、116

 日本にやってきたイスラム教徒をもてなすとき、何に気をつければいいのか。ハラールや飲酒についても解説されます。


「第5章 ほんとはやさしいイスラム教徒」
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敬虔なイスラム教徒であろうと、行動がかなりイスラムから逸脱したイスラム教徒であろうと、弱者を助けなければという思いについては、ほとんど差がありません。
 このことは、イスラム教徒とつきあうときにも大切な点です。かりに酒も飲んでいるし、もう世俗化したんだろうと見えるようなイスラム教徒がいたとしても、その人がイスラムを捨てたと思ってはいけません。
(中略)
 彼らに「イスラム教徒でなくなるってどういう感じですか?」と聞いたときに返ってくる言葉。どんなに世俗的に見えるイスラム教徒でも決まってこう言います。
「人間でなくなる感じがする」
 ここは、見誤ってはいけないところです。
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単行本p.149、150

 前章で紹介した飲食に続いて、祈り、ラマダン、弱者救済、そして性的なことに関する対応について解説されます。


「第6章 日本人が気になる12の疑問」
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イスラムの社会と西欧の社会は水と油なのか。この点に関して言えば、そのとおりなのです。
 しかし、水と油であることは、お互いを傷つけあうこととは別です。イスラム教徒ではなく、そして、イスラムと西欧とのあいだにこれ以上の衝突をふせぐことを考え続けてきた私は、傷つけあうこと、殺しあうことを止めるための知恵を生みださなければならないと感じています。同時に、それがいま、途方もなく難しくなってきたとも感じています。
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単行本p.179

 裁判制度、一夫多妻、女性差別、同性愛の禁止、イスラム銀行、ヴェールの着用。誤解されることも多いイスラム社会の仕組みと、その背後にある価値観を解説します。共感でき学ぶことも多い一方、現代の西欧社会からは受け入れることが出来ない価値観の相違もある、ということを具体的に教えてくれます。


「第7章 イスラムの「病」を癒すために」
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 西欧的な進歩主義は唯一無二の正しい道だという思い込みをもたないことです。イスラム世界は、イスラムの価値観の上に立って歴史を積み重ねてきたのです。西欧の進歩主義をものさしにして、彼らイスラム教徒の人たちの価値観を「遅れた状態」と見なすことだけは、間違ってもやってはいけない。そもそも、イスラム教徒の人たちの価値観が「遅れている」と言えるのでしょうか。
 その西欧こそ、今の中東・イスラム世界をずたずたに分割して線引きをし、植民地として支配したことを忘れてはいけません。英国やフランスには、今でも、彼らを啓蒙してやるために植民地にしたのは正しかったなんて言う人がいます。極端なことを言えば、こういう発想が「イスラム国」を生みだす原因のひとつだったとも言えます。
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単行本p.217

 「イスラム国」に代表される過激派の台頭、内戦、クーデター、弾圧。秩序が崩れてゆく中東・イスラム世界と、深まる西欧社会との対立。何がどうしてこのような事態になってしまったのかを振り返ってゆきます。相いれない価値観を前に、「殲滅すべし」という発想も、「啓蒙して同化すべし」という発想も、いずれも対立を深刻化させるだけだということが強調されます。


「終章 戦争、テロが起きないために私たちができること」
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深夜の密航が、死の航海になるかもしれないことに気づいていたとしても、彼らはしっかりと前を向いていました。途方もない苦しみの果てにたどりついた、打ちひしがれた姿ではありませんでした。そのことが私を打ちのめしました。これだけの惨禍の中にあって、決して誇りを失わない姿に言葉を失ったのです。
 人道の危機の連鎖。内戦で家族を奪われ、生きる場所も奪われ、隣国にたどりついても安心も生計の手段もなく、最後の希望をヨーロッパに託して、彼らは海を渡ろうとしていました。
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単行本p.238

 内戦、難民、テロ、イスラム教徒に対する排斥と暴力。憎しみと恐怖の連鎖が止まらない世界の現状について、探るべき共存への道について、現場から考えます。



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