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『造りの強い傘』(奥村晃作) [読書(小説・詩)]


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些事詠んで確かなワザが伴えばそれでいいんだ短歌と言うは
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ホームランそれも場外ホームランのようなドデカイ歌が詠みたい
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万葉の蟹が哀しくうたう歌 万葉人も蟹を食ってた
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所得税累進課税の最高が七〇%の時代があった
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正面から見るとやっぱし違うわな一味違うシェパードの顔
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 特に何ということもない当たり前のことをあえて詠む「ただごと歌」の第一人者による、ただごと歌集。単行本(青磁社)出版は2014年9月です。


『桜前線開架宣言』(山田航)より
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 現代短歌の中には「ただごと歌」と称されるジャンルがあって、特に何ということもない当たり前のことを短歌にしてしまうというものである。奥村晃作という1936年生まれの歌人が主な標榜者で、橘曙覧など江戸時代に生きた歌人たちの伝統を受け継いだものと主張している。
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単行本p.10


 だから何? という反応を気にするそぶりも見せず、あえて詠む。「ただごと歌」の妙味を味わうことが出来る歌集です。

 わざわざ五七五七七で表現するまでもなく、日記かブログに書いときゃいいじゃん、というような「ただごと」をあえて短歌にする、その「あえて短歌にした」というところに、その心意気のようなものに、何だかメタな抒情を感じます。


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所得税累進課税の最高が七〇%の時代があった
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信号の〈緑の人〉は自らは歩かず人を歩き出させる
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放置せしわが自転車を請け出しぬ四千円を区に支払って
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参加した皆が失格するなんて それってないよね今年のSASUKE
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 「ただごと」のなかには、ふと気づいた「発見」というべきものも。


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綱引きの綱作る人居るわけで年間なん本作るのだろう
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屋根の上のテレビアンテナ眺めつつ大変だなあ電気屋さんも
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万葉の蟹が哀しくうたう歌 万葉人も蟹を食ってた
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正面から見るとやっぱし違うわな一味違うシェパードの顔
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 「いいね」狙いでツィートすりゃいいじゃん、というような発見が多いのですが、それでも「万葉人も蟹を食ってた」とか「正面から見るとやっぱし違うわな一味違う」とか、不思議と心に残ります。

 個人的に気に入ったのは、夏を詠んだ作品。


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局地的豪雨頻発、激烈な竜巻二回、猛暑日続く
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リモコンのボッチを指で押すだけで部屋はたちまち涼しくなりぬ
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クーラーがサーモスタットが働いて夜通し二十七度を保つ
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熱帯夜なれども器機が作動して朝まで眠る 器機よありがとう
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近頃のキュウリ形は良いけれど切ってるときの匂いが薄い
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 やたら「クーラーって涼しくていいよね」と感動しているのが妙に可笑しい。他に、「食べる」という行為を身も蓋もなく表現した作品にも心惹かれます。


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竹串を尾から突き刺しまだ動く海老に塩振りバーナーで焼く
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トゲいまだ動くウニの身スプーンですくい食うなり、五〇〇円なり
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生卵肉に掻き混ぜ紅ショウガ添えて吉野屋の牛丼を食う
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 そして、歌人としての素直なつぶやきを「ただごと」として提示する作品。


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帯・カバー外し〈新刊歌集〉読む二度目はうしろの頁から読む
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ホームランそれも場外ホームランのようなドデカイ歌が詠みたい
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些事詠んで確かなワザが伴えばそれでいいんだ短歌と言うは
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 「些事や日常生活のなかに見つける非日常的な瞬間」を見つけるのも詩歌なら、そんなもの見つけないぞ吉野屋の牛丼くうぞ卵もかけるぞというかたくなさもまた詩歌に成り得る。詩歌の広がりと可能性を感じさせる「ただごと」歌集です。



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