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『現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ』(沼野雄司) [読書(教養)]

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 現代音楽史を書こうとした動機はいくつかある。
 まず類書がほとんどないこと。日本語で書かれた書物で21世紀までを含めて通観できるもの、それもある程度コンパクトなものが必要だと考えていた。(中略)
 そして、「はじめに」にも書いたが、現代音楽の世界が十分に知られていないように見えること。(中略)クンデラやゴダールには興味があっても、リゲティやカーゲルの作品を聴いたことがない、アイ・ウェイウェイや村上隆の名は知っていても、彼らと同世代の作曲家の名はまったく思い浮かばないという人は、かなり多いのではないだろうか。
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単行本p.267


 20世紀から21世紀にかけて「クラシック音楽」はどのように発展していったのか。観客との決別、ファシズムと政治的利用、無調音楽、十二音技法、セリー音楽、電子音響、新ロマン主義……。前衛と反動がせめぎ合い、芸術とは音楽とは何かを常に問い続けてきた現代音楽の歴史を平易に解説してくれる本。単行本(中央公論新社)出版は2021年1月です。


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 クラシック音楽の歴史においては、多くの場合、その「不自由」は過去の音楽の謂いであった。ベートーヴェンの後の世代は彼を乗り越えて自由になろうとしたし、ワーグナー後の世代も同様の自由を求めた。そしてシェーンベルクは、近代の音楽を支えてきた「調」という不自由から、ストラヴィンスキーは「拍節」という不自由から逃れようとした。(中略)
 こうした観点からいえば、新ロマン主義が「前衛様式に対する自由」であったことは明らかである。元来は自由を求めて開拓された無調や非拍節的な音楽は、しかし一部の作曲家にとっては大きな抑圧として機能するようになっていたわけだ。かつて筆者は、60年代を過ごした年長の作曲家たちから、「あの頃は前衛的でなければ許されない雰囲気があり、自分もいやいやそんな曲を作っていた」といった類の述懐をしばしば耳にした。
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単行本p.239


〔目次〕

第1章 現代音楽の誕生
第2章 ハイブリッドという新しさ
第3章 ファシズムの中の音楽
第4章 抵抗の手段としての数
第5章 電子テクノロジーと「音響」の発見
第6章 1968年という切断
第7章 新ロマン主義とあらたなアカデミズム
第8章 21世紀の音楽状況




第1章 現代音楽の誕生
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 貴族とブルジョワジーの没落。これは彼らの庇護のもとで生きてきたクラシック音楽にとっては、もっとも恐ろしいことである。その終焉は、何世紀にもわたって音楽を支えてきたインフラストラクチャーの崩壊を意味していた。(中略)
 このとき、作曲家たちの眼の前にはいくつかの選択肢がひらけていた。ブルジョワの残党を対象に19世紀の延長で音楽を書き続ける道、思い切って移り気で軽薄な大衆の好みに寄り添おうという道、あるいは当時勃興しつつあった新しいジャンル「映画」のために働くという道。
 そのなかで、少数ではあるけれども、もはや誰の庇護も期待できないのであれば、いっそのこと好き勝手に音楽を開拓してみたい、と考える人々もいた。
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単行本p.25、27

 表現主義、無調音楽。19世紀のクラシック音楽から現代音楽への飛躍の歴史的背景について解説します。シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク、等。


第2章 ハイブリッドという新しさ
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「分かりやすい新しさ」を得るために、過去から何らかのモデルを引き出して、現在と混ぜ合わせてしまうこと。これが新古典主義の基本的な戦略である。これは決して復古主義などではなく、きわめてモダンな態度というべきだろう。
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単行本p.41

 古さによって新しさを演出する。新古典主義はどのような背景のもとで何を目指したのか。ジャズ、機械音、レコードがクラシック音楽に与えた影響。ストラヴィンスキー、サティ、デュレ、オネゲル、プーランク、ミヨー、ガーシュイン、シュルホフ、ヒンデミット、等。


第3章 ファシズムの中の音楽
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 音楽は、こうした政治体制の中で、必然として国家に奉仕する役割を求められるようになるが、そうした要請と新しい創作への欲求を同時に満たす方法は、新古典主義の延長線上にしか見出せなかったはずだ。かくして新古典主義の「第二フェイズ」といってもよい光景が展開されることになる。
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単行本p.74

 社会主義リアリズム、頽廃音楽。ソビエト、ナチス、ファシスト党といった20世紀を代表する抑圧的政権のもとで、音楽はどのように形作られていったのか。ルリエー、ヴィシネグラツキー、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ハチャトゥリアン、カバレフスキー、フレンニコフ、リヒャルト・シュトラウス、ワーグナー、エック、ヘルベルト・ヴィント、マスカーニ、シェフェール、メシアン、コルンゴルト、バルトーク、等。


第4章 抵抗の手段としての数
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 ファシズムの台頭から戦争へと至る真空地帯の中で宙吊りにされていた音楽様式は、ここにきて猛然と変貌を始めた。それはほとんど「発作」ともいうべき性急な変化だったといってもよいだろう。
 この時代の作曲家たちが目指したのは、社会という土壌から切り離された、芸術のユートピアだったように思われる。貴族社会にも、大衆にも、もちろんファシズムとも一切関わらない、自律した美の世界を探究する音楽。この時に彼らが頼りにしたのは「数」という無色透明な道具だった。(中略)
 音楽から感情を、好みを、体温を、可能な限りはぎ取る実験。そう考えてみると、この技法もまた、一種の悲愴な切実さをもって生み出されたことがわかる。戦後のこの時期、どうしてもいったん、彼らはここにたどり着かねばならなかった。
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単行本p.110、122

 強力な力で聴衆を物語の中に引き込み、感動と陶酔感を与える音楽。ナチスによるその悪用を経験した作曲家たちは、物語や意味や感情から切り離された純粋音楽、搾取されない音楽を目指した。十二音技法、セリー音楽、偶然性の音楽。シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク、ブーレーズ、シュトックハウゼン、ジョン・ケージ、アイヴズ、等。


第5章 電子テクノロジーと「音響」の発見
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 パリの「ミュージック・コンクレート」に対して、ケルンの手法は狭義の「電子音楽」と呼ばれるが、双方はお互いの側から接近し、時として融合することになった。ゆえに現在では、両者の総称として「電子音響音楽」という語を使うことが一般的である。ただし依然として、その出自が本質的にどちらにあるのかは、作品の性格を決定する大きな要素といえよう。
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単行本p.153

 テクノロジーの発達により可能になった、具体的な音を録音して編集して作るミュージック・コンクレートや電子音楽、そしてその融合により生まれた電子音響音楽。特殊奏法と雑音の取り込み。新しい音を手に入れた作曲家たちは、様々な冒険に乗り出してゆく。武満徹、シェフェール、フェラーリ、ルシエ、リゲティ、ペンデレツキ、等。


第6章 1968年という切断
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 1968年的な音楽のあり方とは、これまで自明と思われていた西洋中心主義や単線的な歴史観に疑義をさしはさみ、時には「不純」ともいえる雑多な要素を参入させる試みだった。
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単行本p.204

 現代音楽の前衛という「大きな物語」の終焉。音楽の進歩それ自体への疑い。作曲家たちはコラージュ、ミニマル音楽、即興、政治的主張、などの試みによりそれぞれに音楽の枠を広げていった。ベリオ、ライヒ、グロボカール、シェルシ、高橋悠治、等。


第7章 新ロマン主義とあらたなアカデミズム
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 ウェーベルンから戦後のセリー音楽へと続く「冷たい」モダニズムの流れに対して、調性や拍節、そして表現や物語性のゆるやかな復活が、70年代後半から徐々に目立ってくるのである。(中略)
 面白いことに、新ロマン主義的なムードが広く支持される一方で、前衛の方向性をそのまま継承し、より複雑なセリー書法、より徹底した特殊奏法へと進んだ作曲家たちが、80年代を過ぎると急速に存在感を増してゆく。
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単行本p.213、230

 多様な手法やコンセプトが積み重なり、作曲家たちは単一の時代様式という拘束から自由になってゆく。調性や拍節やさらには物語の復活(新ロマン主義、オペラの隆盛)と並行して、ミニマル音楽、古楽ブーム、新しい複雑性。リーム、シャリーノ、アダムズ、グラス、ライヒ、シュニトケ、ペルト、ファーニホウ、マヌリ、細川俊夫、西村郎、タンドゥン、等。


第8章 21世紀の音楽状況
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 シャリーノやリームよりもさらに若い世代、すなわち21世紀において音楽界の中心を成す作曲家たちに、新しい傾向は存在するだろうか。
 歴史というのは近くになればなるほど多様な事象が目にとびこんでくるから、ひとつの流れを見出すことは難しい。しかし――もちろん例外も山ほど指摘できるとはいえ――ひとつの傾向が感じられなくもない。それを正確には何と呼んだらよいか分からないのだが、一種の「ポップ化」とでもいうべき事態が進行しているように見えるのだ。
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単行本p.258

 現代オペラの隆盛、現代音楽の「ポップ化」、楽譜作成ソフトの発展……。21世紀における現代音楽の重要トピックを取り上げて解説。グロボカール、ラッヘンマン、ドナトーニ、リンドベルイ、フラー、ペドロシアン、センド、ポッペ、ヴィトマン、望月京、藤倉大、ノイヴィルト、シュタウト、アンドレ、等。





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『ドーナツの穴は何のため? 「かたち」の雑学事典』(知的生活追跡班:編) [読書(教養)]

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 本書は、日常でよく目にしているにもかかわらず、言われてみれば気になるモノや商品、ロゴマーク、記号、看板、食べ物、建物などの「かたち」のなりたちをコンパクトに紹介した一冊だ。
 たとえば、爪楊枝に彫ってあるミゾの意外な役割だったり、新幹線の鼻がグングン伸び続けているワケ、排水パイプがSの字に曲がっている理由など、ふだんなら気にもとめないものに目を向けてみると、意外な歴史や開発秘話、与えられた使命など、世の中のウラ側が透けて見えてくる。
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 ものの「かたち」の背後にある様々な事情や意外な理由を教えてくれる雑学本。文庫版(青春出版社)出版は2020年11月、Kindle版配信は2020年11月です。

・うまい棒はなぜ真ん中が空洞なのか
・日清のカップヌードル、カレー味だけ麺が太い理由
・ボクシングやプロレスのリングはなぜ「リング」というの?
・コロナウイルスはなぜ「コロナ」なの?

 NHK-Eテレの毎朝夕番組0655/2355に「仮説」というコーナーがあって、角砂糖ってどうやって作るの? マスクメロンのあの模様は何? コンビニに置いてあるプリンは表面がいい具合に焦げているけど容器を溶かさずにどうやって焦がしてるの? といった些細だけど気になる疑問を取り上げるのですが、そんな感じの雑学のうち「かたち」に関するものを集めたのが本書です。知れば誰かに話したくなるネタがいっぱい。


〔目次〕

第1章 あの商品、あのロゴ、あの業界にまつわるかたちの不思議
第2章 よく使っているのに知らないかたちの秘密
第3章 ニュースがもっと面白くなるかたちの疑問
第4章 デキる大人は知っている! 教養が深まるかたちの話
第5章 “ヘン”なものには理由がある! 気になるあのかたちのナゾ




第1章 あの商品、あのロゴ、あの業界にまつわるかたちの不思議
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 マクドナルドのMは英語のMからきていると信じている人も多いはずだ。しかし、あのMはマクドナルドの頭文字ではないといったら驚くだろうか。それどころか、あのかたちはアルファベットのMでさえないのだ。
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文庫版p.29

 うまい棒、カップヌードル、かっぱえびせんなどの食べ物。Amazon、アップル、マクドナルド、フェデックスなどの企業ロゴ。パンタグラフ、レール、路線図など電車まわり。各種商品の「かたち」に込められている意味を紹介します。


第2章 よく使っているのに知らないかたちの秘密
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 街中の自動販売機にはコインの投入口が必ず設置されている。そのコイン投入口には、縦と横の2種類があることに気づいているだろうか。
 駅などの販売機のコイン投入口は縦向きで、飲料水などの自動販売機は横向きのものが多い。なぜなら、設置側のある“事情”が反映されているからなのだ。
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文庫版p.47

 調味料や飲料の容器。自販機や新聞や名刺。トイレやマンホール。パンやドーナツ。身近にあるさまざまなものの「かたち」の理由を解きあかします。


第3章 ニュースがもっと面白くなるかたちの疑問
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 なぜ新型コロナウイルスの名前には、「コロナ」という言葉が入っているのだろうか。じつはそこに、このウイルスの感染拡大の重要な要因のひとつがひそんでいる。
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文庫版p.106

 コロナウイルス、オリンピック、スポーツ、国旗など、ニュース番組でよく見かける「かたち」について解説します。


第4章 デキる大人は知っている! 教養が深まるかたちの話
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 森の中で道に迷ったとき、方位磁石を持っていない、太陽も星も出ていないとなったら切り株を探すといい。年輪の幅が広くなっている方が南だ――。
 これはよく耳にする雑学ネタだが、じつは間違っている。
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文庫版p.150

 数学記号、地図記号、建物など、学術的な「かたち」がどうしてそうなっているのかを解説します。


第5章 “ヘン”なものには理由がある! 気になるあのかたちのナゾ
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 ボクシングやプロレスの闘いの場といえば、ロープが張られた四角いリングである。
 だがリングと聞けば、ふつうは「輪」を指すものだ。なぜ、まるくもないのにリングと呼ばれているのか。これにはボクシングのルーツが関係している。
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文庫版p.160

 ファスナー、ワイシャツ、ハンカチ、ネクタイ、帽子などの衣服。ラムネびん、餃子、パラボラアンテナなど、特徴的な「かたち」の背後にある事情を解説します。





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『あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ(2)』(河野聡子) [読書(教養)]

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 私が「面白い」と思うだろう本を木原先生が先回りして翻訳してくれているのではないかと考えてしまうほど、木原先生が翻訳した本は私の好みなのです。そのため私は新聞書評に取り上げる本を選ぶ時、意識せず木原先生の翻訳になる小説を頻繁に候補にあげる傾向があり、2019年から2020年にかけては3冊も取り上げてしまいました。外国文学との出会い方にもいろいろあると思いますが、自分の好みにあう翻訳者をみつけるととても幸福になれますので、これぞと思う翻訳者に出会いましたら、その名前で検索をかけて読んでいく、というのはぜひおすすめしたいと思います。
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コラム〔翻訳者で選ぶ本〕より


 西日本新聞に寄稿された書評から外国文学を中心に再録した『あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ』の第二弾。通販サイト、および前作の紹介は次のとおりです。


あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ(2)
https://tolta.stores.jp/items/5f9a626b8a457205f8668246


2018年11月27日の日記
『あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-11-27


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 家にいながらにして、ときに思いもよらない奇跡的な出会いがあるのもまた読書という行為です。2020年は多くの人が「家にいる」ことになった年ですが、書物による旅はおわることがなく、これからも続いていくでしょう。
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「まえがき」より



ウィリアム・ギャディス『JR』
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 特異な文体で書かれた二十世紀の奇書がついに翻訳された。あらかじめ断っておかなければならない。本書はものすごく読みにくい小説である。下手や難解というわけではなく読みにくいのだ。にもかかわらずものすごく面白い、つまり異常な小説である。
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「二十世紀の偉業、もっとも異常な小説から」より


デイヴィッド・マークソン『ウィトゲンシュタインの愛人』
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 本書では主人公がおかれた絶対的な孤独のなかで、意識がさまようままに言葉が紡がれる。一文ごとに改行された文章は平易だが、たまに「二階の存在しない家の二階にあるトイレは何階にあるのかという疑問」といったフレーズがあらわれ、立ち止まってその意味を考えこんでしまう。
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「世界で最後のひとりになって」より


ヴィンス・ヴォーター『コピーボーイ』
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 丁寧な翻訳もあいまって、ひとつひとつの言葉をじっくり読みたいという気分にさせられる。映画やドラマを見るように、小説を読むことで未知の時代と場所の風景を知る経験を、海外文学に不慣れな人にもぜひ味わってほしい、そういいたくなる一冊である。
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「感情を育てる経験について」より





タグ:河野聡子
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『番号は謎』(佐藤健太郎) [読書(教養)]

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 書くに当たって意識したのは、単なる雑学集にとどまらず、「番号という切り口を通して、人類の営みに光を当てるものにしたい」ということであった。そうして見ていくと、通常は空気のように気に留めることのない番号に、いろいろなこだわりを持って接している人々の姿が見えてくる。番号で呼ばれることを忌み嫌い逆上する者、キリ番を手に入れるために行列する者、望みの番号を手に入れるために大枚をはたく者、番号によって富を手に入れる者、身を滅ぼす者などなど実にさまざまで、人間とはおかしな生き物だと思う。まあそんな事例を嬉々として集め、本など書いている奴が一番おかしいと言われれば返す言葉がないが。
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新書版p.231


 電話番号、郵便番号、背番号、ISBN、バージョン番号。私たちの身近にある番号はどのようにして決められているのか。ときおり欠番や謎めいた配置が見られるのはどういうわけか。番号にまつわる様々な謎や疑問に答える本。新書版(新潮社)出版は2020年8月、Kindle版配信は2020年8月です。


〔目次〕

1. 10桁は田舎者の象徴? -電話番号
2. 不思議な順序にはわけがある -郵便番号
3. 混沌と抗争のナンバー史 -自動車のナンバープレート
4. 魔境を照らす一筋の光 -鉄道にまつわる番号
5. 国道100号が存在しないわけ -道路にまつわる番号
6. 番号界の絶滅危惧種 -ナンバー銀行
7. プライドと序列意識の間で -ナンバースクール
8. 「四戸」はどこへ消えた? -地名と番地
9. 選手が背負うもう一つの顔 -野球の背番号
10. 神様は10番がお好き -サッカーの背番号
11. サーキットに散った伝説の27番 -F1レース
12. 腱鞘炎を防いだ縞模様 -バーコード
13. 情報のいたちごっこは続く -図書分類
14. 数字に現れた出版業界の勢力図 -ISBN
15. 無限に挑んだ男たち -天体の番号
16. 空き番号に潜むドラマ -欠番
17. 目には見えない神の数字 -原子番号
18. 交響曲マイナス1番を書いたのは? -音楽
19. 視聴率はチャンネル番号で決まる? -テレビチャンネル
20. ウィンドウズ8は6.2 -バージョン番号
21. 文化と見栄とプライドと -型番
22. 「究極の番号」は問題山積 -マイナンバー




1. 10桁は田舎者の象徴? -電話番号
2. 不思議な順序にはわけがある -郵便番号
3. 混沌と抗争のナンバー史 -自動車のナンバープレート
4. 魔境を照らす一筋の光 -鉄道にまつわる番号
5. 国道100号が存在しないわけ -道路にまつわる番号
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携帯電話の090-1234-5678番は、なんと5500万円で取引されるという。単なる数字の並びに、家一軒分もの価値が生じるというのも不思議なことではある。良番には、理屈を超えて人を引きつける魔力があるのだろう。
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新書版p.24

 電話、郵便、自動車、鉄道、道路など、通信や輸送に関わる番号について。




6. 番号界の絶滅危惧種 -ナンバー銀行
7. プライドと序列意識の間で -ナンバースクール
8. 「四戸」はどこへ消えた? -地名と番地
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 だが、一から順に揃ったナンバリング地名となるとそう多くはない。この類で最も大規模なのが、青森県東部から岩手県北部にかけて並ぶ、一戸~九戸までの地名だろう。平成の大合併の荒波を乗り越え、いずれも地方自治体名として生き残っている。(中略)ただしこれらの地名にはいくつか謎も残っている。たとえば一戸から九戸までのうち、四戸だけが存在しない。もともとなかったとする説と、消滅したという説があり、八戸市櫛引地区や、五戸町志戸岸などが「幻の四戸」の候補に挙げられている。
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新書版p.91

 銀行名、学校名、地名など、施設や場所の名称に含まれる番号について。




9. 選手が背負うもう一つの顔 -野球の背番号
10. 神様は10番がお好き -サッカーの背番号
11. サーキットに散った伝説の27番 -F1レース
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ポルトガルのパウロ・フットレは、ウェストハムに所属した際に16番を与えられたことに激昂し、弁護士を立ててまで10番を要求した。結局彼は10万ポンド(約1274万円)を支払って背番号10番を手に入れたというから、そのこだわりは尋常ではない。
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新書版p.119

 背番号やカーナンバーなど、スポーツにおける番号とそのこだわりエピソード。




13. 情報のいたちごっこは続く -図書分類
14. 数字に現れた出版業界の勢力図 -ISBN
15. 無限に挑んだ男たち -天体の番号
17. 目には見えない神の数字 -原子番号
18. 交響曲マイナス1番を書いたのは? -音楽
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 小惑星の名前が、番号から決められたケースも多くある。たとえば9000番小惑星は「HAL」と命名されている。いうまでもなく、「2001年宇宙の旅」に出てくるコンピュータHAL9000が由来だ。また9007番は下三桁に「007」を含むことから、「ジェームズ・ボンド」の名を与えられた。
 4321番小惑星は「ゼロ」と命名されていて、読み上げるとカウントダウンのようになる。13579番は「オールオッド」(全て奇数)、24680番は「オールイーブン」(全て偶数)と名付けられた。ひねってあるのは3142番「キロパイ」で、これは3142がちょうど円周率(パイ)の1000倍(キロ)であるところから来ている。
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新書版p.151


 書籍、天体、元素、音楽。学術芸術まわりの番号を取り上げて解説します。




12. 腱鞘炎を防いだ縞模様 -バーコード
19. 視聴率はチャンネル番号で決まる? -テレビチャンネル
20. ウィンドウズ8は6.2 -バージョン番号
21. 文化と見栄とプライドと -型番
22. 「究極の番号」は問題山積 -マイナンバー
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 ユニークなのは、複雑な葬式などの表記に用いられるソフトウェア「Tex」(テフと発音する)だ。数学者ドナルド・クヌースによって1978(昭和53)年に発表され、1989(平成元)年にはバージョン3が登場したが、作者はこれ以上の機能追加を行わないと発表した。その後は小規模な修正のみが行われ、そのたびにバージョンは3.14、3.141、3.1415……と円周率に近づいていっている。
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新書版p.202

 商店、TV、PCやソフト、そしてマイナンバーなど、身の回りの生活で使われている番号の意外なエピソードを紹介します。




16. 空き番号に潜むドラマ -欠番
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 恒星には天文学者フラムスティードがつけた番号があると述べたが、彼の厳格なデータにも、やはり不備はある。彼の記録したおうし座34番星の位置には、どう探しても恒星が存在しないのだ。実はこの星は、天王星であったことが後に判明している。天王星は1781年にウィリアム・ハーシェルが発見したことになっているが、実はその100年近くも前にフラムスティードがこれを見ていたわけだ。欠番にはドラマが秘められていることが多いが、これもそのひとつに数えられそうだ。
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新書版p.159

 整然と割り当てられているべき番号だが、不可解な欠番が存在することも多い。なぜ欠番となったのか、その背後にある意外な事情やドラマを紹介。





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『抗議するアートグラフィックス』(ジョー・リッポン、石田亜矢子:翻訳) [読書(教養)]

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 世界を変えようという思いから創作された、多方面にわたる素晴らしい抗議アート(プロテスト・アート)作品が本書に集合している。直感と機知に富んだビジュアルと言葉が、権力者に真実を突きつける。100年近く前の作品もあるが、作者の熱意と信念は今も光り輝いている。
 人権とは抽象的な概念ではない。人間性の最も素晴らしい現れである。平等・真実・正義の価値を反映させた共有価値に根ざしたルールなのだ。(中略)権利は石に刻まれた変更不能のものではなく、浸食を受けやすい。平和的に抗議を行う権利は自由社会の基盤である。それは表現の自由と密接に繋がっていて、ライターやアーティストは活動を展開し、私たちは作品を目にして笑い、涙し、歌い、楽しむのだ。そして自由が妨害された時には、怒るのだ。
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単行本p.171


 女性、性的少数者、黒人、難民、戦争、労働者、そして環境。虐げられたものたちの自由と尊厳を求める闘い、団結を訴えるポスター、絵画、チラシ、記事。「アートに政治を持ち込むな」などという馬鹿げた抑圧をものともせず、アートとは本質的に政治的な行為だとの信念に支えられたプロテスト・アート作品を世界中から集めた作品集。単行本(グラフィック社)出版は2020年8月です。


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 アートは命令しない。ただ参加を呼びかける。そして観客たちが体験し、感じることによって作品の意義が作られていく。つまりアートとは閉鎖された特異な存在ではなく、参加という共同行為によって存在するものなのだ。このプロセスを遂行するには、自分が自由であるように、他の人たちも自由でなければいけない。アートというのは本質的に肯定と参加による政治的な行為なのだ。
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単行本p.9




〔目次〕

はじめに:アニッシュ・カプーア
非合法な人間などいない
女性は紅茶のティーバッグのようなもの
もし私の頭に銃弾が撃ち込まれたら
平和を愛する人たちは
何も考えずに権力を重んじることは
憎悪とは、あまりにも大きな負担
地球がひとつではなく、ふたつあるかのように
あとがき:アムネスティ・インターナショナル





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