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『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』(エドワード・ブルック=ヒッチング、ナショナル・ジオグラフィック:編集、高作自子:翻訳) [読書(教養)]

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 奇書の棚は、こうして世界中から時代を超えて集まってきた本で次々と埋められていく。不可視インクの本、死をもたらす本、あまりに巨大でページをめくるのに発動機が必要な本、ページ数が多すぎて宇宙さえ破壊してしまう本、食べられる本、着られる本、皮膚や骨や羽や毛で作られた本、魔導書、呪術書、錬金術の巻物、告解の書、「食人呪文」と呼ばれる古代の書、天使と交信するための本、宝探しを手伝う悪魔を喚起する本、魔王が起こした訴訟、魔王の署名入り契約書、戦闘時に身に付けていた本、予言書、魚の腹から見つかった本、エジプト人のミイラをくるんでいた本、アングロサクソンの古い医学書、宝探しの本、聖書に隠された暗号文、ネズミで解説した日本の算術書、手のひらサイズの聖典、架空の魚の本、ありえない形の本、幻視の本、精神病患者による本、バイオリンやトイレットペーパーに書かれた戦時日記、あるいはもっと変わった本に至るまで。
 こうした奇書は、そのあたりの本よりずっと面白い話を秘めている。どの本も違う角度で「本とは何か」を私たちに問いかけてくる。愛書家の心を躍らせ、本を愛することの意味を再考させ、より深めてくれるのだ。
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「はじめに」より


「場所や時間や予算に制限されずに思う存分本を集められるとしたら、「最上級の奇書の棚」にはどんな本が並ぶだろうか」

 愛書家なら誰もが妄想するであろう「最上級の奇書」リスト。『世界をまどわせた地図』の著者が、今度は古今東西の奇書リスト作成に挑む。奇書にまつわる由来に加え、多数収録されている美しい画像の数々により、世に名高い稀覯本を手にした気持ちを感じさせてくれる一冊。単行本(日経ナショナルジオグラフィック社)出版は2022年3月です。

 参考までに、前作の紹介はこちら。

2018年09月27日の日記
『世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語』
(エドワード・ブルック=ヒッチング、ナショナル・ジオグラフィック:編集、関谷冬華:翻訳)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-09-27





目次

はじめに
「本」ではない本
血肉の書
暗号の書
偽りの書
驚異の収集本
神秘の書
宗教にまつわる奇書
科学の奇書
並外れたスケールの本
変わった書名
主な参考文献/索引





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『学術出版の来た道』(有田正規) [読書(教養)]

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 なぜ大学や研究所の図書館は高いと文句を言いながら学術誌を買い続けるのか。需要と供給のバランスはどうなっているのか。本書の目的は、この構造的な問題を歴史的な視点から説き明かすことにある。(中略)学術出版の世界は車やファッションとはまったく違う評価・価値体系になっている。学術誌のステータスやランキングは、350年を超える歴史を知らないと理解しづらい部分もある。当の研究者ですら理解していない人が大多数だろう。(中略)
 今の学術出版の有様は、国家が科学につぎ込む資金を目当てにした政商に近い。その変化が研究者や政策立案者に認識されていないがために、学術誌の購読料だけで日本の大学図書館が毎年300億円も払う事態に陥っている。本書を手がかりに、学術出版やオープンアクセスの問題点に少しでも興味を持っていただけたら幸いである。
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単行本p.3、5、145


 学術誌の乱立と価格高騰、オープンアクセス、ランキング至上主義の弊害など、学術出版をめぐる構造的問題を歴史的経緯から説き明かしてゆく一冊。単行本(岩波書店)出版は2021年10月です。


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 多くの研究者が『ネイチャー』や『サイエンス』が流すニュースを読み、推薦する論文を読み、研究計画を練り上げている。しかしそうした研究活動は論文のダウンロード数から査読内容まで、すべて学術出版社には筒抜けである。世界的なトレンドを把握して目星をつけた研究者を鼓舞しながらインパクト・ファクターを上げさせ、編集スタッフを流動させて人件費、投稿料、そして利益率も引き上げているのが、一流学術出版なのである。
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単行本p.142


目次

第1章 学術出版とは何か
第2章 論文ができるまで
第3章 学会出版のはじまり
第4章 商業出版のはじまり
第5章 学術出版を変えた男
第6章 学術誌ランキングの登場
第7章 オープンアクセスとビッグディール
第8章 商業化した科学と数値指標
第9章 データベースと学術出版




第1章 学術出版とは何か
第2章 論文ができるまで
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 お金の流れだけをまとめると、研究者は出版社側に払うばかりである。投稿するのは無料だが、採択されると掲載料や別刷り代金を払ったうえに著作権を譲渡する。その学術誌を大学図書館は高い料金で購入する。先行研究を調査するには、理論上すべての学術誌が必要になる。つまり大学図書館は高い学術誌であっても買わざるをえない。これがいわゆる学術出版の構造的な問題である。
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単行本p.28

 基礎知識として、学術出版という営みはどのようなものなのか。何が問題となっているのか。そして論文を掲載する側の研究者はどのように関わっているのかをまとめます。




第3章 学会出版のはじまり
第4章 商業出版のはじまり
第5章 学術出版を変えた男
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 ペルガモンがなかったとしても、様々な学術誌が生まれただろう。しかしマクスウェルがいなかったなら、今でも学会やアカデミーによる出版が大きな役割を占めていたかもしれない。融合領域や新しい分野の発展は遅れたかもしれない。現在でも、日本は論文数が減っているなどと騒ぐ人たちは多い。しかしその前に、論文数が増えるとどんな変化が起きるのか、論文数は科学力を反映するのか、歴史をもとに議論・検証すべきだろう。いったん世に出た学術誌はなくならない。ペルガモンが創業時に刊行していた学術誌の多くは70年近く経った今でも続いている。そのコストは今も大学図書館が担い続けている。
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単行本p.71

 世界で最初に出版された学術誌は何か。やがて学術出版が商業化され、新たな学術誌が次々と創刊され、そしてビッグビジネスとなっていった経緯とは。学術出版の歴史を概説します。




第6章 学術誌ランキングの登場
第7章 オープンアクセスとビッグディール
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 商業オープンアクセス誌は新しいビジネスモデルの主戦場となった。ビッグディールで疲弊しきった大学図書館からは、購読料の増収を期待できない。そこで出版社は、研究者個人の研究費という新たな金脈に群がったのだ。(中略)大学図書館に購読料を請求しつつ、論文単位で研究者からもお金をとるハイブリッド誌を「二重課金」だと非難する人は多い。だが問題の根本は、法外な費用でも研究者がオープンアクセス化を希望する状況にあることだ。論文を出版するとき、通常は著作権を出版社に譲渡させられる。自機関が講読しない学術誌に論文が載る場合、自分すら読めなくなる。自らの論文に自由にアクセスするため、オープンアクセス費用を払ってでも権利を買い戻したい。
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単行本p.105

 論文や学術誌の格付け、ランキングによって起きた変化とは。学術誌の価格高騰への反発から始まったオープンアクセス運動の行方は。学術出版が抱えている構造的問題とそれに対する解決策を模索する様々な動きを解説します。




第8章 商業化した科学と数値指標
第9章 データベースと学術出版
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 サンガーが生涯に書いた論文数をたった1年で達成する「超多作」研究者も増えた。超多作研究者は日本とドイツにとりわけ多いという。リトラクション・ウォッチという研究不正や論文撤回を扱うブログサイトがあるが、日本人の登場回数は多い。研究者が多作を誇示したがるのはそれに見合うメリットがあるからだ。(中略)残念ながら、口先だけの宣言や声明では研究の評価体制は改善されない。論文数や被引用数を競うことで商業出版へお金が流れる仕組みを変えない限り、数値偏重は改善されないのである。
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単行本p.113、118

 インパクト・ファクターや論文数などの数値指標により研究者の評価が決まってしまう仕組みにより引き起こされている歪みや問題を明らかにし、それが商業化した学術出版とどのように関係しているのかをひもといてゆきます。





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『DRAWDOWN ドローダウン ― 地球温暖化を逆転させる100の方法 』(ポール・ホーケン:著、江守正多:翻訳、東出顕子:翻訳) [読書(教養)]

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 本書は気候の不安がない世界を築くための青写真になるはずです。実践的で、研究が進んでいて、すでに実用規模になっている解決策をモデル化することによって、『ドローダウン』は、私たちが地球温暖化を逆転させ、新しい世代によりよい世界を残せる未来を提示します。
 ニュースや報道は私たちが行動しなければどうなるかに焦点を当てるので、私たちはつい気候の未来は厳しいと考えてしまいます。『ドローダウン』の焦点は、私たちに何ができるかにあります。(中略)気候変動を阻止するために必要な道具は、すべてそろっています。その道具をどう使うかという計画もポールたちのおかげで手に入りました。さあ、行動を起こして、温暖化を逆転させましょう。
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単行本p.9


 温暖化ガス排出量の増加を今後Xパーセントまでに抑えないとこんな恐ろしい事態に……。
 その話はもう聞き飽きた。今、私たちに必要なのは、大気中の温暖化ガスを“減らす”ための方策だ。それらは既に専門家によっていくつも考案されており、その多くは絵空事ではなく着実に実施されつつあり、やるべきことは優先順位をつけて推進することだけなのだ。
 エネルギー技術から農業改革や都市計画、女性の地位向上まで、大気変動を逆転(ドローダウン)させるための具体策をリストアップし、その効果とコスパによってランク付けすることで、実施計画の基礎を作り上げるプロジェクト・ドローダウンの最新成果をまとめた本。単行本(山と渓谷社)出版は2021年1月です。


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 私たちが収集した経済データは、世界中の問題がもたらす出費のほうが今や解決策を実行するためのコストを上回っていることを明確に示しています。言い換えれば、環境再生型の解決策に着手することで達成できる利益は、問題を引き起こしながら、あるいは現状維持で得る金銭的利益より大きいということです。たとえば、農業で最も収益性と生産性が高い方法は環境再生型農業です。発電産業の場合、2016年時点の米国では太陽光産業の雇用者数はガス、石炭、石油の合計より多くなっています。環境再生は環境破壊より多くの雇用を生み出します。未来を奪うのではなく、未来を修復する経済を実現するのは、まったく難しいことではないのです。
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単行本p.387


目次
・エネルギー
・食
・女性と女児
・建物と都市
・土地利用
・輸送
・資材
・今後注目の解決策




エネルギー
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 エネルギーに関する経済データに1年も浸っていれば(私たちがそうでした)、うなずける結論はこれしかありません。(中略)化石燃料の時代は終わり、今の問題はいつ完全に新しい時代になるかということだけなのです。クリーンエネルギーは高くない。となれば経済学の原則で、その新時代はいずれ必ずやってきます。
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単行本p.23

 再生エネルギーはもはやコスト高ではなく、経済的に最も理に適ったエネルギー源となっている。風力、地熱、太陽光、波力や潮力、バイオマス、そして原子力まで。様々な発電方式と、グリッド(送電網)、分散型エネルギー貯蔵など、発言・送電・蓄電に関する技術を整理して、そのコストと効果を数値化します。





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 食料の生産から流通、消費までの諸産業の相互関係からなるフードシステムは精巧で複雑です。そこで必要なもの、そのインパクトも並外れています。(中略)私たちが肉を好んで食べるには、600億頭以上の陸生動物が必要なうえに、その動物に食べさせる飼料と牧草のために農地の半分近くを使わなければなりません。二酸化炭素、亜酸化窒素、メタンなど、家畜由来の温室効果ガスの年間排出量は全体の18~20%を占めると推定され、化石燃料に次ぐ排出源です。
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単行本p.81

 肉食や食料廃棄の削減から、コンポスティング、農地再生、そして環境再生型農業まで。農業や牧畜を見直すことにどれほど大きなインパクトがあるかを解説します。




女性と女児
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 気候変動の影響を受けやすいのは圧倒的に女性と女児です。同時に、地球温暖化への取り組みを成功させるにも――そして人類の全体的なレジリエンス(復元力)を高めるにも軸となるのは女性と女児です。読めばわかるとおり、性別による抑圧と社会的排除は、実は誰にとっても損になります。一方、平等は誰にとっても利益になります。これから述べる解決策は、女性と女児の権利とウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)を向上させれば、この地球上の命の未来を好転させる可能性があることを教えてくれます。
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単行本p.149

 家族計画、教育や就業の機会など、女性の地位を向上させることでどれほど社会的資源拡大や人口圧力低減に効果があるかを検証します。平等と差別撤廃は、倫理的社会的な効果はもとより、気候変動問題の解決にも強い影響を与えることが分かります。




建物と都市
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 都市に対する認識は、環境破壊の病巣だと非難の目が向けられていた時代から大きく変化しました。今や適切にデザイン・管理された都市環境ならば一種の生物学的な“箱舟”にも、文化的な“箱舟”にもなる、つまり、人間が地球環境への影響を最小限に抑えながら、教育を受け、創造性を発揮し、健康に過ごせる場所になると見なされています。(中略)都市は、劣化の原因ではなく、環境と人間の健康や幸せを再生させる存在になりつつあります。
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単行本p.161

 環境負担ゼロのビルや都市設計。自転車や徒歩だけで生活できる都市づくりから、屋上緑化、LED照明、スマートガラス、スマートサーモスタット、水供給システム、そしてビルオートメーションまで。都市を環境問題解決の中心にする様々な技術や計画を解説します。




土地利用
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 土地の使い方が違えば、あるいは放牧法や栽培法が変われば、どうなるかを計算しました。計算には含まれていませんが、22の解決策がいずれも後で後悔することのない解決策であることは調査結果にはっきりと示されています。実行すれば、土壌水分、雲量、作物収量、生物多様性、雇用、人間の健康、収入、レジリエンス(抵抗力や回復力)が増す一方、農地に投入しなければならない化学肥料や農薬は格段に減ります。
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単行本p.201

 森林、熱帯林、沿岸湿地、泥炭地などの保護。植林や竹の活用、そして先住民による土地管理まで、土地利用の方策を見直すことによる影響を解説します。




輸送
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 輸送の利用と持続可能性は、人がどこで、どのように住まい、働き、遊ぶかということと切り離せません。今後、大きな影響を及ぼすのは、都市環境の設計と過剰消費の削減、この2つになるでしょう。
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単行本p.251

 高速鉄道、船舶、飛行機やトラック。電気自動車、テレプレゼンス、ライドシェアなど、人や物を大量に移動させるためのインフラに関する解決策の数々を解説します。




資材
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 製品や建築に使われる資材についても、資材のリデュース(削減)・リユース(再利用)・リサイクル(再資源化)の手段についても、社会は再設計や再考にまだ手をつけはじめたばかりです。当然ながら、このセクションに最新の発見は含まれていませんが、ここでは地球温暖化を逆転させるために必須の、すでに一般的になっている方法や技術を詳しく紹介します。なんといっても、解決策ランキング1位はこの分野にあるのです。
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単行本p.289

 冷媒やセメントの代替品、再生紙やバイオプラスチックなど、新素材を中心に、節水からリサイクルまで資材をどのように循環させ環境負荷を減らすかを解説します。




今後注目の解決策
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 前ページまでの80の既存の解決策の場合、私たちはきっちり一線を引いていました。実績とコストに関して豊富な科学的・経済的情報があり、しっかりと確立された解決策であること、という基準です。しかし、すでに普及しつつある解決策に絞ることで、私たちの地球温暖化を解決する力が、すでに知っていること、やっていることに限られているかのような印象を与えたくはありませんでした。本セクションでは、遠からず登場する手の届きそうな解決策をお見せしましょう。(中略)ここで紹介する技術と解決策はまぎれもないゲームチェンジャーになる可能性を秘めています。
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単行本p.311

 人工光合成、自動運転、海洋農業、スマートグリッド、ハイパーループ、環境再生型養殖、微生物農業、スマートハイウェイ、大気中からの二酸化炭素の直接回収。これまでに紹介したすでに実施されている施策に加えて、近いうちに実用化されるであろう技術やプランは数多い。ドローダウンは実現できるし、解決策の実施による直接的利益はそのコストを大きく上回る。人類に明るい未来はあるし、何をすればよいかはもうわかっている。あとは行動するだけなのだ。





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『はじめての動物倫理学』(田上孝一) [読書(教養)]

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 動物もまた主体でもありえるのならば、動物もまた権利を持ちうる可能性がありえることを意味する。これが「動物の権利」論の問題設定であり、動物倫理学の最も重要な理論的問題である。
 この一点だけからでも、動物倫理学というものが容易ならざる、という以上に「不穏」な学問であることが分かるはずである。何しろ動物にも権利を認めろというわけで、ここだけを理由もなく聞かされれば世迷い言の類いに思われるだろう。
 しかしもちろんこの動物の権利の主張には理由がないどころか極めて強固な根拠があり、そのために動物倫理学の主要内容として理論化されているのだが、その具体的な内容は後の章に委ねるとして、ここではなぜこうした一見すると荒唐無稽な主張が一定の広まりをみせたのか、その社会的な背景を考えてみることにしたい。
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単行本p.16


 動物を虐待せずなるべく優しく扱いましょう、ではなく、動物にも人間と同じ権利を認めるべきだとする動物倫理学。その理論的根拠はどこにあるのか。これまでどのような論争があったのか。そして、肉食、動物実験、動物園、狩猟、ペット化といった様々な論点について、動物倫理学の立場からはどのように判断されるのか。動物の権利をめぐる議論と実践について一般向けに平易に紹介する本。単行本(集英社)出版は2021年3月です。


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 この本で詳しく説明した現代社会で動物が置かれた状況や、動物に対して倫理的にどう振る舞うべきかという議論は、初めて知ったという読者も多いのではないかと思う。そして我々が常日頃から親しんでいる習慣を容易に変えることができないことも、十分に弁えているつもりである。
 本書では肉食をはじめとする動物利用を明確に批判しているが、その意図はあくまで倫理学の立場からする問題提起である。肉食をするもしないも個人の自由とした上で、しかし個々人が自発的に肉食を抑制するのが倫理的に適切だと主張するということだ。あなたが食べている肉を取り上げて罵声を浴びせかけるようなことは全く意図されていない。このことをどうか理解していただきたいと願ってやまない。
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単行本p.248


目次
第1章 なぜ動物倫理なのか
第2章 動物倫理学とは何か
第3章 動物とどう付き合うべきか
第4章 人間中心主義を問い質す
第5章 環境倫理学の展開
第6章 マルクスの動物と環境観




第1章 なぜ動物倫理なのか
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 常識的な耳は、動物倫理と聞いて犬猫や動物園の動物を思い浮かべ、それらの動物を人間がどう扱うべきか、虐待せずに大切に扱わなければいけないというようなことを説くのが動物倫理学なのではと思うのではないか。確かに動物は虐待すべきではなく、犬猫や動物園の動物を丁重に扱うのは大切なことではある。だがここで全く問われることがなく当たり前の前提とされている見方こそが、本当の問題なのだ。それは常に人間が主体であり、動物は客体だとされていることだ。(中略)
 何を当たり前なと思われるかもしれないが、まさにこれこそが動物倫理学が問い質す主眼である。つまり本当に動物とは人間がその趨勢をほしいままにできる客体なのかどうか。それは実は不当な偏見であり、動物もまた主体でありうるし、主体とみなされなければいけないのではないかということを問うのである。
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単行本p.14、15

 まず動物倫理学とはどのような学問であるかを紹介し、前提となる「倫理学」の概要と、その中心となるいくつかの学説を取り上げます。




第2章 動物倫理学とは何か
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 現代の常識である動物福祉的な見方というのは、動物を人間の手段として利用することを前提にしながらも、動物に対してできる限り思いやりのある扱いをするというものである。カント同様に、動物が人間同様に目的視されることはないが、かといって全く好き勝手に扱って虐待をしてはならないという考え方である。
 このような考えは現代では常識として、これに異を唱える人はいないだろうし、実際動物を虐待したら法律でも罰せられるようになっているが、実はこのような常識に、動物の側に立って異を唱えるのが、現代の動物倫理学の基本観点なのである。
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単行本p.47

 デカルトやカントから、シンガーやレーガンらによる動物倫理学の確立まで。現代の動物倫理学が成立するまでの歴史と議論を概観します。




第3章 動物とどう付き合うべきか
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 社会改良から変革への道筋としては、動物利用の全廃を目指しつつも、今ある動物利用のあり方をできる範囲で改善していくような問題提起と働きかけが求められるだろう。
 このような社会運動の局面に対して個人的実践の場合では、より理念に近づいた所作を実現できる余地が大きい。動物利用の廃絶という理念と対応する個人的実践は、まさに動物を使わない日常生活ということになるからだ。(中略)
 そこでこれから、動物倫理の具体的な諸問題に関して、こうした視座に基づきながら、平均的な個人が常識的な努力で実現できるのが倫理的実践であるという大前提を踏まえつつ、個々の事例について考察してみたい。
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単行本p.109、111

 動物の権利を守るために具体的に何をすればよいのか。まず肉食が抱えている環境問題、倫理問題を掘り下げ、続いて動物実験をめぐる議論、野生動物の狩猟・駆除・家畜化、動物園や水族館やサーカスや競馬の是非、そしてペットをめぐる様々な問題などを取り上げて、動物倫理学の立場から論じてゆきます。




第4章 人間中心主義を問い質す
第5章 環境倫理学の展開
第6章 マルクスの動物と環境観
――――
 人間中心主義批判を共通のパラダイムとしつつも、動物の主体性や自律性を強調する動物倫理学的思考になお大きな問題点があることが指摘されている。それは環境倫理学からの問題提起で、伝統的哲学が囚われていた人間中心主義的偏見を克服しようとするのはよいが、なおそこにはまだ伝統哲学と共通する旧弊が乗り越えられぬままになっていると問いかけるのである。
 ではその問い質しはどのようなもので、動物倫理学の何が問題だというのだろうか。
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単行本p.202

 キリスト教的な人間中心主義、環境倫理学からの批判、そしてマルクスの資本主義批判。動物の権利を中心に置く動物倫理学の立場から、様々な哲学的立場との関係を論じます。




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『ディープフェイク ニセ情報の拡散者たち』(ニーナ・シック:著、片山美佳子:翻訳) [読書(教養)]

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 インフォカリプスの進行に伴い、政治はますます不安定になってきた。そんな中、2017年末に初めてディープフェイクを目にした私は、間違いなく次世代の誤情報やニセ情報が恐ろしいものになると感じた。今では、AIを使って動画や音声を生成したり、加工したりできるようになった。この技術は今後ますます利便性や精度が向上し、やがて誰でも使えるようになるはずだ。ある人が実際にはいなかった場所にいたように、していないことをしたように、言っていないことを言ったようにできる力を、誰もが手にする日が来るのだ。この技術が悪用され、すでに腐敗しつつある情報のエコシステムの深刻な脅威となっており、私たちが世界の出来事を理解し、生きていく上でも大きな支障となっている。(中略)本書を通じて、情報のエコシステムが極めて危険な状態にあり、その害が政治の世界の枠をはるかに超えて、私たちの私生活や日々の暮らしにも及ぶということを伝えたい。危機を認識することで、私たちが一丸となって守りを固め、反撃できるようになることを願っている。
――――
単行本p.21、22


 フェイクニュース、ニセ情報、陰謀論などの氾濫によって、現実認識レベルで分断され、誰もまともな議論や合意形成が出来なくなった状態。それを「インフォカリプス」(情報汚染による黙示録的終末)と呼ぶ。そして登場したばかりの新技術「ディープフェイク」、すなわちAIにより生成される本物と見分けがつかない捏造音声、捏造画像、捏造偽動画が、その脅威をさらに加速してゆく。私たちはこの危機に対処できるのだろうか。高度情報化社会に迫りくる深刻な危機を解説する一冊。単行本(日経ナショナルジオグラフィック)出版は2021年9月です。


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 インフォカリプスの状況下では、世界の出来事をどう説明し、どう受け止めるか、人々が意見をすり合わせて冷静な判断をすることができなくなっていく。常に「どちらか一方に付かなければならない」ような気持ちになりやすいのだ。インフォカリプスの状況では、まともな議論の前提となる基本的な事実についての共通の認識さえ、なかなか形成できない。汚染された情報のエコシステムの中で政治的な関心を持つようになる人々が増え続ける中、人種、性差別、人工妊娠中絶、ブレグジット(英国のEU離脱)、トランプ、新型コロナウイルスなど、これまで以上に厄介な問題の議論に勝つことに善意の努力が注ぎ込まれ、社会が分断されるという悪循環に陥っている。インフォカリプスの中では、互いを説得しようとしても理解は得られず、かえって分断を深めることになりかねない。結局、深刻化していく社会の分断を解決するには、情報のエコシステムが破壊されているという構造的な問題の対処に目を向け、注力していかなければならないのだ。
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単行本p.12




目次
第1章 ディープフェイクはポルノから始まった
第2章 ロシアが見せる匠の技
第3章 米国が占う西側諸国の未来
第4章 翻弄される発展途上国の市民
第5章 犯罪の武器になる野放しのディープフェイク
第6章 世界を震撼させる新型コロナウイルス
第7章 まだ、希望はある




第1章 ディープフェイクはポルノから始まった
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 動画が人間のコミュニケーションにとって最も重要なメディアになれば、ディープフェイクが武器として使われるようになることは間違いない。映画の世界で行われてきた映像の加工が、現実の世の中でも行われるようになるのだ。(中略)情報の環境が急速にむしばまれている状況の中でAIが悪意をもって利用されれば、深刻な事態を招きかねない。
――――
単行本p.54

 ディープフェイクの初期の悪用、すなわちフェイクポルノ(実在人物が出演しているように見せかけるポルノ動画)の氾濫について解説します。




第2章 ロシアが見せる匠の技
――――
 プーチンは世界で指折りの危険な人物だ。プーチンが政権の座に就いているここ10年で、ロシアは国際政治に甚大な影響を及ぼし始めた。インフォカリプスの混乱に乗じて、米国をはじめとする西側諸国に、これまで以上に大胆な攻撃を仕掛けているのだ。ロシアは、情報のエコシステムがインフォカリプスに陥るよりもはるか前から、情報戦を得意としていた。
――――
単行本p.56

 インフォカリプスの政治利用の例として、冷戦当時から今日までロシアが西側諸国に対して行ってきた様々な情報戦を取り上げ、その実態を解説します。




第3章 米国が占う西側諸国の未来
――――
 もし私たちが共有している現実の感覚が崩壊して、終わりの見えない国内の情報戦に突入しても、活発な政治議論や社会の進歩は可能だろうか。ドナルド・トランプの大統領就任は、この疑問の答えを模索する出発点としてはちょうどいい。(中略)インフォカリプスにおける大衆の人気取り的なトランプの手法は、分断をさらに促進し米国を危険な方向に導いていく。この腐敗したエコシステムの中に不信と分極化を根づかせ、現実の世界の暴力にいつ発展してもおかしくない状況を作り出している。
――――
単行本p.94、117

 情報戦とは、海外からの攻撃だけを意味するのではない。米国の内側にある情報戦の例として、トランプ大統領の言動を取り上げ、それが米国社会をどのように分断し破壊しているのかを解説します。




第4章 翻弄される発展途上国の市民
――――
 現実があいまいになることで一番利益を得ているのは、インフォカリプスを利用する悪者たちだ。あらゆる標的に対して攻撃を仕掛けることができる上、都合の悪いことは何でも否定できる。このような状況下では、何が真実なのかが不明瞭になるだけでなく、権力者たちが都合よく説明責任を回避することができる。(中略)その影響は結局、地球全体に及ぶ。民主主義国家であろうとなかろうと関係ない。インフォカリプスに国境はない。
――――
単行本p.148

 政府に対する信頼が低い、あるいは権力者が自由に情報操作が出来るような国や地域において、インフォカリプスの進展によってどのようなカオスが引き起こされているのかを解説します。




第5章 犯罪の武器になる野放しのディープフェイク
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 写真、動画、音声など、どんな形であれ、一度でも視聴覚記録を残したことがある人なら、理論上はディープフェイク詐欺の被害者になり得ると言っても過言ではない。ディープフェイクは、インターネットバンキングへの侵入から、困窮している家族や友人を装った詐欺まで、多くの方法で用いられるようになるだろう。
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単行本p.162

 ディープフェイク技術により、詐欺などの犯罪が格段に容易になった。犯罪に悪用されるディープフェイクの実態を解説します。




第6章 世界を震撼させる新型コロナウイルス
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 新型コロナウイルス感染症の発生により、腐敗しつつある私たちの情報エコシステムの危険性が浮き彫りになった。このウイルスに関しては未知の事柄がとても多いため、その空白を悪質で信用できない情報が埋める余地があるのだ。新型コロナウイルスの危機の中で、インフォカリプスの恐ろしさがあらわになっている。その中で生きている以上、誰もがその影響を受けるのだ。
――――
単行本p.205

 反ワクチン運動、ウイルス起源論争、5G陰謀論。新型コロナウイルス感染症は、インフォカリプスの危険性をはっきりと見せつけることになった。パンデミックによる混乱とそれに拍車をかけたインフォカリプスの実態を解説します。




第7章 まだ、希望はある
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 だが、希望はある。インフォカリプスに対抗する勢力がすでに集結し始め、力をつけている。私たちが脅威を理解できるよう支援し、皆を守るための解決策や協力体制の構築を始めている。ただし、私たちの協力も欠かせない。一人一人が脅威を理解し、守りを固め、反撃することが大切だ。もたもたしてはいられない。「混乱を極めたディストピア」が当たり前の世の中として定着するのを避けたければ、今やらねばならない。
――――
単行本p.227

 ファクトチェック、情報信頼度格付け、AIによるディープフェイク見破り技術など、様々な組織や団体がインフォカリプスに対抗しようと努力している。その中で私たちに出来ることはなにか。何を理解し、どう行動すべきかを解説します。





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