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『SFマガジン2019年12月号 テッド・チャン『息吹』刊行記念特集/小川隆追悼』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2019年12月号の特集は「テッド・チャンの第二短編集刊行」および「小川隆追悼」でした。


『巣』(ブルース・スターリング:著、小川隆:翻訳)
――――
「あなたたちは幼い種族で、自分たちの賢さをたいそうあてにしている。つねのことだが、知性が生き残るための特質ではないことがわかっていないのだよ」
――――
SFマガジン2019年12月号p.72


 ハキリアリのコロニーのように、専業特化した個体群が役割分担することで繁栄し、多くの小惑星に巣を広げてきた〈群体〉。調査研究のためと称して巣に入り込み、遺伝情報を盗み出そうと企てた「工作者」のエージェントは、〈群体〉が持つ驚くべき防衛メカニズムを起動させてしまう。
 宇宙に進出し繁栄している種族は、高い「知性」や「自意識」を持っているはず、という私たちの思い込みをひっくり返して見せた往年の名作。


『金色の都、遠くにありて〈後篇〉』(ジーン・ウルフ:著、酒井昭伸:翻訳)
――――
「山脈が!」スーは大きく目を見開いていた。「ビル、あそこに山脈が見える! この一帯には山脈なんてないのに。千キロ以内には山脈なんてないのに」
「そのとおりだよ」ふたたび、彼は歩きだした。
「いくの?」
「うん」と彼は答えた。「ぼくはいく」
「それなら、わたしもいっしょにいくわ」
――――
SFマガジン2019年12月号p.115


 眠るたびに夢の続きを見る少年。夢の中で、彼は遠くに見える金色の都を目指して歩いている。現実で出会った人や犬が夢の中に現れ、夢の中で起きた出来事は現実を変えてゆく。
 夢と現の区別が次第に曖昧になってゆき、やがて現実が夢に溶けてゆき夢だけが残る幻想的な作品。


『博物館惑星2・ルーキー 第九話 笑顔の写真』(菅浩江)
――――
「なんて言うのかな、学芸員の直感? 笑顔の写真家なのに、このところはいい笑顔が撮れてないように感じる。さらっと見るだけなら判らないと思うよ、普通に笑ってる顔だし。でも、笑みのてっぺんが撮れてないっていうのかな。シャッターチャンスをわずかに逃しちゃったような……」
――――
SFマガジン2019年12月号p.228


 既知宇宙のあらゆる芸術と美を募集し研究するために作られた小惑星、地球-月の重力均衡点に置かれた博物館惑星〈アフロディーテ〉。その開設50周年イベントの準備が進められていた。記録のために選ばれたのは「笑顔の写真家」と呼ばれる高名な写真家。だが、どうも様子がおかしい。
 というところで〈前編〉は終了。〈後編〉は次号掲載予定だそうです。


『オムファロス』(テッド・チャン:著、大森望:翻訳)
――――
 現在から遡って数えていくと、いちばん古い成長輪は、8912年前に形成されました。それ以前に、成長輪はありません。わたしは聴衆に向かってそう説明しました。なぜならそれこそ、主よ、あなたがこの世界を創造された年だからです。
――――
SFマガジン2019年12月号p.295


 神による天地創造は、神が私たちのことを見守っていることの証拠になるだろうか。創造説が科学的真実である宇宙で、ひとりの考古学者がむかえた信仰の危機。天文学が明らかにした神の真実とは。
 キリスト教世界観と科学的世界観の相剋というテーマを思考実験によって掘り下げてゆく作品ですが、神に対する祈りと語りかけという形式が、内容に深く関わってくるあたり、さすが『あなたの人生の物語』の作者だけのことはあります。


『2059年なのに、金持ちの子(リッチ・キッズ)にはやっぱり勝てない――DNAをいじっても問題は解決しない』(テッド・チャン:著、大森望:翻訳)
――――
 成功者はみんな、努力でそれを勝ちとったのだと主張することができた。遺伝子強化は子どもたちの未来を向上させると富裕層の親が信じているという事実は、以下のことを示している。すなわち、彼らは、自分の成功が自分の能力の結果であると信じ込み、それゆえ、能力こそ成功への鍵だと考えている。
――――
SFマガジン2019年12月号p.319


 低所得層の子どもたちに遺伝子強化による知能向上を施すという遺伝子平等プロジェクト。それは格差の固定を防ぐための施策だったが、うまく機能しているとは言い難い。なぜだろうか。
 社会問題をテクノロジーによって解決しようとする試みがたいていうまくゆかない理由を扱った短編。


『死亡猶予』(ピーター・トライアス:著、中原尚哉:翻訳)
――――
「――限定的な戦闘がこの三日間で十八回ありましたが、戦死者は報告されていません。頭部を失ったり、完全に心停止して、医学的にも物理的にも死亡しているはずなのに、全員が生存しています。世界じゅうの科学者と医療者の団体は困惑しています」
――――
SFマガジン2019年12月号p.334


 誰も死ななくなるという不具合が発生。現実修正を仕事にしている主人公は、生死に関わる不具合を修正する担当者がいることに気づく。
「黄泉ポータルの不調で次元断層が発生し、現実がおかしくなって光のスペクトルから赤が消えた。融合接着反応弾を二発使ってなんとか問題を解決した」というような文章をさらりと書いてしまうところがピーター・トライアス。



タグ:SFマガジン
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『三体』(劉慈欣:著、立原透耶:監修、大森望・光吉さくら・ワンチャイ:翻訳) [読書(SF)]

――――
 人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。人類がみずから道徳に目覚めることなどありえない。自分で自分の髪の毛をひっぱって地面から浮かぶことができないのと同じことだ。もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。この考えは、文潔の一生を決定づけるものとなる。
――――
単行本p.29


 「これまでも、これからも、物理学は存在しない」

 謎めいた言葉を残して次々と自殺する科学者たち。粒子加速器から得られる混乱したデータ。視界に表示されるカウントダウン。明滅する宇宙背景放射。いったい何が起きているのか。その謎を追う科学者と刑事のコンビは、全人類に途方もない危機が迫っていることを知る。中国で2000万部を超えるベストセラーとなり、ケン・リュウによる英訳版がヒューゴー賞を受賞するなど、グローバルに話題となった中国SF長編。単行本(早川書房)出版は2019年7月、Kindle版配信は2019年7月です。


――――
「そう、人類の歴史全体が幸運だった。石器時代から現在まで、本物の危機は一度も訪れなかった。われわれは運がよかった。しかし、幸運にはいつか終わりが来る。はっきり言えば、もう終わってしまったのです。われわれは、覚悟しなければならない」
――――
単行本p.72


 人類に迫る災厄の予兆を描いた長編で、三部作の第一作となります。

 主人公はナノマテリアルを開発している応用科学者。あるとき、視界にオーバーラップするように謎の数字が表示されるようになり、それが毎秒ごとにカウントダウンされてゆく、という超常現象に襲われます。どこを見ても視界にカウントダウンが表示されているという悪夢。やましさに包まれたなら、きっと目にうつる全てのことはメッセージ。

 どうやら似たような現象は他の科学者にも起きているらしく、何人もの一流科学者たちが「物理学は存在しない」など謎めいた言葉を残して自殺しています。


――――
「三日後の――つまり、十四日の――午前一時から午前五時まで、全宇宙があなたのために点滅する」
――――
単行本p.105


 予言された時刻になると宇宙背景輻射のゆらぎが極端に増幅され、明滅するモールス信号となってカウントダウン情報を伝えてくる。彼のためだけに、全宇宙を通信機として使うなんて、何という贅沢。

 あり得ない現象に、これまで科学者として信じてきた世界観を覆され、精神的に潰されそうになる主人公。彼を支えたのは、哲学的なことに悩まないタイプの刑事でした。


――――
「いま起きているこういうことすべてには、陰で糸を引いている黒幕がいる。目的はひとつ。科学研究を壊滅させることだ」
――――
単行本p.151


 人知を超える超常現象を前にしても動揺せず、誰が黒幕なのか突き止めて倒すことだけを考える、その無神経というかタフな態度に救われる科学者。最初は反目しあっていた二人は、やがてコンビを組んで謎を追うことになります。だが、その先に待っていた真相は、二人の想像をはるかに超えるものでした。


 というわけで、全体としては非常に暗く悪夢めいたサスペンス、あるいはノワール風バディものなのですが、あちこちに逸脱が仕掛けられているところが人気の理由かも知れません。

 シリアスなシーンに「核爆弾を抱えた凄腕の殺し屋美少女」とか平気で登場させるし。恒星直列(!)による重力で地面から何もかもが浮き上がって宇宙へ吸い込まれてゆくシーンとか。宇宙背景輻射のゆらぎを増幅して通信に使うとか。あれとか、これとか。読者がネタを知っていて当然、という前提でアシモフの短篇の話題が出てくるとか。

 ああ国は違えど私と同じ歳のSFファンが書いた話だなあ、と分かってしまう。

 特に印象的なのが、始皇帝の指示により整列した数万人の兵士がそれぞれ論理ゲートとして動作することで人列コンピュータを構成するというシーンで、あまりにウケたのか、ここだけ切り出して独立した短篇『円』としてリライトされたほどです。ちなみに『円』はケン・リュウが編集した『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』に収録されています。


  2018年06月21日の日記
  『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』
  https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-06-21


 というわけで、ようやく読むことが出来た長編『三体』ですが、三部作の背景が明らかにされたところで終わってしまいます。第二部の翻訳が待たれます。



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『伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触』(高橋良平:編集、伊藤典夫:翻訳) [読書(SF)]

――――
 本書は、時間・次元テーマの『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』につづく第二弾、伊藤さんが〈S-Fマガジン〉のために選りすぐり、翻訳した傑作中短篇のうち、宇宙テーマに絞ったアンソロジーです。
――――
文庫版p.410


 異星人とのファーストコンタクト、遭難宇宙船におけるサバイバル、寄生生命体の脅威、異星文明が残したスターゲートなど、主に50年代に書かれた古典的SFから伊藤典夫さんが翻訳したものを集めたSF短篇傑作選、その第二弾。文庫版(早川書房)出版は2019年5月です。

 『ボロゴーヴはミムジイ』に続く伊藤典夫翻訳SF傑作選です。『ボロゴーヴはミムジイ』は時間・次元テーマが中心になっていましたが、今回は宇宙・エイリアンテーマが中心。ちなみに前作の紹介はこちら。

  2017年01月17日の日記
  『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』
  https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-01-17


 50年代SFなのでさすがに古めかしい描写が目立ちますが、そういうものだと思って読むとさほど気になりません。オールドSFにはオールドSFの良さがあります。ただし、登場する地球人は白人男性アメリカ人ばかり、女性はトロフィーかモンスター、という意味での「古めかしさ」は今読むとかなりキツいものがあります。


〔収録作品〕

『最初の接触』(マレイ・ラインスター)
『生存者』(ジョン・ウインダム)
『コモン・タイム』(ジェイムズ・ブリッシュ)
『キャプテンの娘』(フィリップ・ホセ・ファーマー)
『宇宙病院』(ジェイムズ・ホワイト)
『楽園への切符』(デーモン・ナイト)
『救いの手』(ポール・アンダースン)




『最初の接触』(マレイ・ラインスター)
――――
 もはやコンタクトする以外に道はなかった。裏切りの危険を冒してまで、相手を信頼しなければならないのだった。完全な不信のうえに築かれた信頼。母星へ帰還することはできない。相手がたに攻撃の意志がないとわかるまで。だが、双方ともあえて信頼の態度を示そうとはしなかった。唯一の円満な解決策は、破壊するか、破壊されるかのどちらかだった。
――――
文庫版p.30


 異星の宇宙船との予期せぬ接触。異星文明とのファートコンタクトを前に、双方とも「囚人のジレンマ」状況に陥ってしまう。相手を信頼して情報交換すれば互いに莫大な利益が得られるかも知れないが、相手が裏切れば致命的なダメージを受ける。コンタクトを避けて帰還しようとしても、追跡され、母星の位置をつきとめられてしまうかも知れない。唯一の論理的結論は、先に相手を破壊すること。もちろん相手もそう考えているに違いないのだ。ファートコンタクトテーマの古典。


『生存者』(ジョン・ウインダム)
――――
 残りの者と同様のチャンスを与えてやるのが、彼女にはいちばんいいのだ――夫の手を握りしめ、青ざめた顔をこちらに向けて、大きな瞳で見つめている彼女から、彼は顔をそむけた。しかし必ずしも、最善の方法でもないのだった。
 最初に死なないでくれればいいが、と彼は思った。士気を沮喪させないためには、最初でないほうがいい……。
――――
文庫版p.86


 事故で漂流している宇宙船。このままでは救助が来るまでに船内の食料が尽きてしまう。厳しいサバイバルの試練を前に、船長は乗客に含まれている唯一の女性のことを気にかけていた。飢餓が広がれば、体力的に劣っている彼女が最初に死ぬことになるのではないか。しかし彼女の食料割当だけ増やすわけにもいかない……。


『コモン・タイム』(ジェイムズ・ブリッシュ)
――――
 船時間の一秒は、ギャラード時間の二時間にあたっていた。
 彼は本当に二時間も数えていたのだろか? 疑いをはさむ余地はないようだった。長い旅になりそうだ。
 だが、じっさい換算してみた彼は、目もくらむショックを受けた。時間は彼にとって、七千二百分の一になっている。だからアルファ・ケンタウリへ行くには、七万二千ヶ月かかるわけだ。
 それは――
《六千年!》
――――
文庫版p.126


 超光速エンジンの試運転に参加した主人公は、とてつもない危機に遭遇する。彼の意識だけが猛烈に加速され、一秒が経過するあいだに主観的には二時間もの時間を体験することになったのだ。物理時間にしたがっている身体を動かすことすらろくに出来ない。そして目的地に到達するのは、主観時間にして、何と六千年後だった……。


『キャプテンの娘』(フィリップ・ホセ・ファーマー)
――――
 彼は体を起こし、ドアをしめた。考えたとおりだったのだ。ばらばらの断片の少なくとも半分は、これで一瞬に組みあわさったことになる。問題は、ほかの半分がさっぱり結びつかないことと、全体像からどんな事実がうかびあがるか、いっこうに見当がつかないことだった。ハンカチで手をふきながら、彼は思った。なんであるにしろ、それは……。
 彼の体がこわばり、動きをとめた。かたい物が背中につきつけられ、聞き慣れた声が、低い、冷酷な調子でいった。「きみは頭がまわりすぎたな、ゴーラーズ」
――――
文庫版p.231


 宇宙船内で起きた謎の自殺(それとも他殺なのか?)。船長とその娘の不自然な振る舞い。静かに広がっている脅威に気づいた船医は、何とか手を打とうとするが……。


『宇宙病院』(ジェイムズ・ホワイト)
――――
 “こんなことは、ここでしか起こらない”――部屋を出ながら、コンウェイは考えた。プルプル揺れる透明なプリンのように、彼の肩にとまった異星の医師。患者は、健康で、巨大な恐竜。そして、仕事の目的は、同僚にさえなかなか明かそうとしない。
――――
文庫版p.266


 既知宇宙のあらゆる種族を治療する巨大病院。そこにやってきた異星の医師と協力するように命じられた地球人の医師は、何のために「治療」が必要なのかまったく知らされないまま、患者である恐竜と悪戦苦闘するはめになる。傲慢で秘密主義でおまけに強力な超能力を持っているやっかいな相棒、動くだけで船室を破壊しかねない巨大恐竜。なぜこうなった。


『楽園への切符』(デーモン・ナイト)
――――
「そういうわけさ。こいつには、選択性はない――完全にでたらめなんだ。ここを通りぬけて、べつの星系に行くことはできる。だが、試行錯誤をくりかえしながら出発点にもどるには、百万年もかかるだろう」
ウルファートは手のひらのつけねにパイプをぶつけ、燃えかすをフロアに落とした。「ここにあるんだ、星への門が。ところが、それが使えないときてる」
――――
文庫版p.327


 火星で発見されたスターゲート。異星文明が残した遺物であるそれは、通り抜けるだけで他の星系に設置されたスターゲートへと一瞬でワープすることが出来る。ただし、どのゲートにつながるかはランダムらしい。いったんゲートをくぐったら、おそらく宇宙を永遠に彷徨うはめになる。帰還は不能。それでも行くべきだろうか。宇宙へ、銀河へ、未知の領域へと。


『救いの手』(ポール・アンダースン)
――――
「わたしはソルの歴史を調べてみました。人類が同じ星系内の惑星にも到達していないころ、地球ではたくさんの文化が、それぞれ極端に異質な文化が共存していました。しかし、最後にはそのひとつ、西欧社会というものが、技術的に圧倒的な進歩を示して……つまり、ほかの文化が共存できなくなってしまったのです。競走するためには、西側のアプローチを採用するしか方法はありませんでした。そして西側が後進国家指導するときには、必ず西側のパターンを押しつけたわけです。たとえ善意からしたことであったとしても、結果的にはほかのすべての生活の道を滅ぼしてしまいました」
――――
文庫版p.404


 星間戦争により荒廃した二つの惑星。地球人はその一方だけを援助し、気に入らない他方を無視していた。やがて長い歳月が流れ、二つの惑星はそれぞれに復興を遂げるが、その運命は大きく異なっていた。西欧社会による「後進国」に対する文化破壊を寓話的に扱った作品。



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『おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、藤井太洋、宮内悠介、西崎憲、水見稜、円城塔、高野史緒) [読書(SF)]

――――
 どんなシリーズにも終わりは来る。人それを最終巻という――。という訳で、十二年もの長きにわたってご愛読いただきました《年刊日本SF傑作選》も、本書をもって終了ということに相成りました。
――――
文庫版p.7


 2018年に発表された日本SF短篇から選ばれた傑作、および第十回創元SF短編賞受賞作を収録した恒例の年刊日本SF傑作選、最終巻。文庫版(東京創元社)出版は2019年8月です。


[収録作品]

『わたしとワタシ』(宮部みゆき)
『リヴァイアさん』(斉藤直子)
『レオノーラの卵』(日高トモキチ)
『永世中立棋星』(肋骨凹介)
『検疫官』(柴田勝家)
『おうむの夢と操り人形』(藤井太洋)
『東京の鈴木』(西崎憲)
『アルモニカ』(水見稜)
『四つのリング』(古橋秀之)
『三蔵法師殺人事件』(田中啓文)
『スノーホワイトホワイトアウト』(三方行成)
『応為』(道満清明)
『クローム再襲撃』(宮内悠介)
『大熊座』(坂永雄一)
『「方霊船」始末』(飛浩隆)
『幻字』(円城塔)
『1カップの世界』(長谷敏司)
『グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行』(高野史緒)
『サンギータ』(アマサワトキオ)




『レオノーラの卵』(日高トモキチ)
――――
「二十五年前のその日、叔父が呼び出した男は三人。ピアノ弾きと時計屋、そしてやまね、あんたもその場にいたんだよな。長生きな鼠だ」
「いたっけなあ」眠そうな答えが返ってくる。
「よく眠るのが長生きのヒケツだって、赤木しげる先生も仰せだからなあ。あれ、水木だっけ、斉木だっけ」
「あんたの記憶は当てにはならんね」
 工場長の甥は、白い歯を見せて笑った。
「ここはひとつ、時計屋の首に教えてもらおうと思う。この場所で、四半世紀前に何があった」
 煙に霞む時計屋の首は、そのときたしかに笑っていたように思う。
――――
文庫版p.86


 工場長の甥、チェロ弾き、やまね、首だけの時計屋。『不思議の国のアリス』風の登場人物たちが集ったのは、お茶会のためではなく、ギャンブルのため。レオノーラが産んだ卵から孵るのは男か女か賭けようというのだ。同じ賭けがその昔、レオノーラの母エレンディアのときにも行われた。そして一人の男が撃ち殺された。何があったのか。ルイス・キャロルとガルシア・マルケスを混ぜて独特の風味を生み出して見せた傑作。


『おうむの夢と操り人形』(藤井太洋)
――――
「どうだろう。パドルと話すことの意味を製品の名前にしない?」
「いいね。例えば?」
「パロットーク(おうむ返し)だ。パドルに心はない。それを忘れないようにしよう」
 決まり、と言った飛美は席を立ってオフィスを出ていった。
 私の願いはすぐに裏切られることになった。
――――
文庫版p.186


 ロボットに対して人間が抱く不信感をどうすれば払拭できるか。「家庭用ロボット」という夢を実現するためにどうしても乗り越えなければならない、その解決に取り組む技術者の姿を描くロボットSF。人間の錯覚を利用してロボットに共感させることが倫理的に正しいことなのか。知能は個体の中にあるのか、それとも個体を取り巻く環境に内在しているのか。社会や組織を動かす意思決定はどのレベルで実行されているのか。様々な問い掛けが浮上してくるのが読み所。


『東京の鈴木』(西崎憲)
――――
 東京の鈴木をめぐる一切は曖昧模糊としている。しかしそれは夢ではない。何かはたしかに起こった。何かがここにやってきて、人間の歴史に少し触れた。おそらく人間の意思に関係のない何かが。
――――
文庫版p.223


「トウキヨウ ノ スズキ」を名乗る相手から警視庁にメールが届く。どこかテロ予告めいた、しかし意味不明の文面。最初はいたずらと思われたものの、とうてい不可能と思われる状況で、予告通りに事件が起きてゆく。巧みな視点配置を使って“人智を超える出来事”に直面した感触を見事に描いてみせる作品。


『アルモニカ』(水見稜)
――――
 フランツは考える。音楽とは、地球全体、いや宇宙の大きな運動に源があるのだと。光、風、水、熱。こうしたものの大きく複雑な流れが人と接点を持つのが音楽だ。つまり今は宇宙と人間の関係がうまくいっていないということだ。人間は傲慢になりすぎたのか。
――――
文庫版p.259


 18世紀パリ。ドイツ人医師であるフランツ・アントン・メスメルは、パリ王室アカデミーからの召喚状を受け取った。彼が提唱し治療に用いている動物磁気と楽器アルモニカについての審問にかけられるのだ。モーツァルトをはじめとする著名人物が登場し、宇宙と人間と音楽をつなぐ「大きく複雑な流れ」を幻視する作品。老年SFファンはまず著者名に涙する。


『クローム再襲撃』(宮内悠介)
――――
 ボビイと最初に会ったのは、空がまだわずかに春の輝かしさをとどめている五月のはじめだった。それから一夏かけて、僕たちは何かに取りつかれたようにプール一杯ぶんのビールを飲み干した。
 ボビイはカウボーイだ。
〈ジェイズ・バー〉はそんなカウボーイや鉱山堀り、ガジェット好きがたむろするバーで、だいたいにおいて、煙草やウィスキーの香りが層をなしてカウンターに淀んでいた。ボビイはそこでいつも目にする若年寄りの一人だった。
 堅気のエンジニアは、データの塔が無限につらなる広場のなか、雇い主に自らをつなぎとめ、職場をとりまく炎の壁で自らをも取り囲む。僕たちはというと、その伸び広がった人類の神経系を外側から物色し、データやコインをかすめ取っていく。馬はボビイのハードウェアで、ロープは僕のソフトウェア。二人で一つ。
 それが僕たちの2022年のライフ・スタイルだった。
――――
文庫版p.355


 ある種の物語はタイトルを見ただけでネタが分かってしまうものだ。僕に理由を聞かれても困る。おそらくすべての物語にはどこかそういうところがあるし、そうでない物語にはまた別のタイトルをつけるべきなのだ。いずれにせよ、著者がこういうの書くとべらぼうにうまいという事実はまた別の物語で、便宜的にそれは2010年のある春の日にはじまったといえる。そもそも何かにはじめがあるとしてだけれども。



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『NOVA 2019年秋号』(大森望:編集) [読書(SF)]

――――
中身がめちゃくちゃ? 辻褄が合わない? いいんだよ、これはSFなんだから。SFってのはめちゃくちゃで辻褄が合わないもんだろ。
――――
収録作『宇宙サメ戦争』(田中啓文)より 文庫版p.158


 小さなSF専門誌になって帰ってきた新生《NOVA》。科学考証とか気にもしない現代SFのトップランナーたちが書き下ろす日本SFアンソロジーNOVA、その第3シーズン2冊目です。文庫版(河出書房新社)出版は2019年8月です。


[収録作品]

『夢見』(谷山浩子)
『浜辺の歌』(高野史緒)
『あざらしが丘』(高山羽根子)
『宇宙サメ戦争』(田中啓文)
『無積の船』(麦原遼)
『赤羽二十四時』(アマサワトキオ)
『破れたリンカーンの肖像』(藤井太洋)
『いつでも、どこでも、永遠に。』(草野原々)
『戯曲 中空のぶどう』(津原泰水)




『あざらしが丘』(高山羽根子)
――――
 捕鯨のイメージアップアイドルグループに捕鯨をさせる/日本初の捕鯨アイドルユニット、というフックは話題性においてこの上なく強力だったというのが大きい。彼女たちはその後しばらく楽曲発表を続けながら、一年に二回の捕鯨活動を行った。大きな野外ステージを湾岸に作って『ライブ』と呼称し、捕鯨の様子をエンターテインメントにして配信する。そこに照準を合わせた活動にシフトチェンジをした。
――――
文庫版p.92


 日本の商業捕鯨をアピールするために結成された女子アイドルグループ。今では捕鯨そのもの、すなわち捕鯨「ライブ」による集客と配信が主要な活動となっていた。捕鯨アイドルグループ「あざらしが丘」の捕鯨ライブのバックステージを描いた擬似イベントテーマSF。




『宇宙サメ戦争』(田中啓文)
――――
 これはサメ類最初の試みとして五年間の調査飛行に飛び立った宇宙船U.S.Sマンタープライズ号の驚異に満ちた物語である。

「シャーク船長」(中略)
「どうした、ミスター・シュモック」
――――
文庫版p.112


 サメ類最初の試みとして五年間の調査飛行に飛び立った宇宙船U.S.Sマンタープライズ号のキャプテン、ジェイムズ・シャークと副官ミスター・シュモックは、宇宙海賊キャプテン・シャークロックと対決する。言語道断問答無用のサメSF。




『赤羽二十四時』(アマサワトキオ)
――――
「何が起こってる!」とりゅうちぇるが叫んだ。
「当店はただいまセブン-イレブンを捕食中です!」とスリムは答えた。
 セブン店内から掻き出された大量の商品群が、ファミマ店内になだれ込む。スリムとぺこは骨格棚をバリケードにして身を守ったが、りゅうちぇるは散弾銃のようなセブン商品群の直撃を被った。缶飲料や缶詰などの商品が、りゅうちぇるの巨体をしたたかに打った。
 ようやっと傾斜が収まり、地面が水平に戻ると、その後コンビニはついに、のしのしと、セコイヤの大樹のような二本の足を交互に動かして歩き始めた。無数の触手が獰猛に踊り狂い、店の行く手を塞ぐビルを蹂躙する。団地が闇に飲まれ、首都高が細切れになる。破壊の振動が街と店内を震撼させる。行く手には光が密集している。赤羽駅周辺エリア――繁華街だ。
――――
文庫版p.238


 ファミリーマート赤羽西六丁目店が、野生に目覚める。もともと離島で捕獲された野生店舗を調教して運用していたコンビニがついに立ち上がり、咆哮をあげ、触手でセブン-イレブンを捕食しながら移動を開始したのだ。破壊される赤羽。たまたま店内にいたバイトとコンビニ強盗コンビの三人は、暴走するファミマを抑えられるか。疾風怒濤のコンビニSF。




『破れたリンカーンの肖像』(藤井太洋)
――――
 ヨーロッパの加速器で、時間旅行効果が認められたというニュースは、わずかに記憶していた。確か、加速器のアインシュタイン効果で延命したワームホールにエックス線を当てたら、一週間後ほど遡った時間に照射することができた――そんな話だっただろうか。
「つまり、ハインツさんたちはあの研究の成果を発展させて、五ドル札を未来から送り込んできた、と言いたいわけなんだな。いやたいしたもんだ」
 言いながらフォークの口調はぞんざいなものになっていった。
――――
文庫版p.284


 どんなに精密検査しても見分けのつかない二枚の「本物」の五ドル札。その謎を追う若き日のフォーク・ドミトリは、未来から過去に五ドル札を送った、と主張する男に出会う。ワームホール型タイムマシンを駆使した『ノー・パラドクス』(『書き下ろし日本SFコレクション NOVA+ バベル』収録)の前日譚で、ミステリ的な落ち着いた導入部からの多段式ロケット的な飛躍がものすごい時間テーマSF。



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