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『2010年代海外SF傑作選』(テッド・チャン、ケン・リュウ、橋本輝幸:編) [読書(SF)]

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 現代においては、消費や読書といった個人の行動も日々ささやかに善行を積むチャンス、あるいは未来へ捧げる祈りなのかもしれない。つまり私の結論は、変わったのはSFではなく、個人の姿勢ではないかというものだ。それもまた時代と共に変わっていくのだろう。
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文庫版p.461


 中国をはじめとする非英語圏SFが注目されるなか、世界SFはどのように可視化され、何を目指したのか。2010年代を代表する海外SF作家たちの翻訳作品11編を収録したアンソロジー。文庫版(早川書房)出版は2020年12月です。


【収録作品】

『火炎病』(ピーター・トライアス)
『乾坤と亜力』(郝景芳)
『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
『プログラム可能物質の時代における飢餓の未来』(サム・J・ミラー)
『OPEN』(チャールズ・ユウ)
『良い狩りを』(ケン・リュウ)
『果てしない別れ』(陳楸帆)
『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)




『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
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 翌朝、3カッがやってきた。ロボットは限られた語彙を駆使して、わかってもらえるよう努力をしなければならなかった。「集合、必要。死ニカケ、敵、見ツケル」
「敵?」3カッは頭をかいた。
「人間ノ敵」ロボットは白状した。それから、いいことを思いついた。「敵、人間死ナセル。人間死ヌト、餌、減ル」
 カラス語の文法はめちゃめちゃだったが、3カッにはわかってもらえたとロボットは考えた。加えて、カラスたちはしばしば、大集合をする口実を歓迎していた。
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文庫版p.76

 疫病のパンデミックにより崩壊しつつある未来。野良の医療検査ロボットが新たな変異株を発見する。蔓延する前に対処しなければならない。人の助けを得られないロボットは、一羽のカラスに協力を依頼するが……。寓話のような楽しい物語だが、今読むとちよっとキツいものが。


『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
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「ディープラーニング・ネットワークに関するあれこれは――不透明なの。レイヤーの数が多すぎる。膨大なデータ・セットを使って訓練して、いつも正しい答えを出してくるように見えるけど、どうやってその答えにたどり着いたのか、正確なところは誰にもわからない」
「で、アルゴリズムはおれに、誰かの食品保存容器の中にうんこをしろって言うわけか。そうすればグーグルのロゴがどうしていきなりおれを暴力的にするのか説明が……」
 ハンコックは両手を広げた。「正直、わたしにもわからない。アルゴリズムは理由を教えてくれないから」
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文庫版p.101

 相次ぐ衝動的な暴力事件。なぜ普通の市民がいきなり狂暴化するのか。現場には共通するものがあった。グーグルのロゴマークだ。ビッグデータ解析と機械学習によって人間の行動パターンを正確に予想するのみならず、予想外の方法で人間の心や感情をコントロールするようになったグーグルのアルゴリズム。意識も主観も持たないアルゴリズムによって支配される現代の不安を描く短編。


『OPEN』(チャールズ・ユウ:著、円城塔:翻訳)
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 二人きりのときに、さも親密なように振る舞うのはなんていうか、つくりごとみたいな感じがした。そういう設定のように思えた。まるで、誰も観客のいない劇場に立つ役者みたいで、僕はまだ、与えられたキャラクターを演じようと言ってるのに、彼女の方ではもうつきあえないって感じ。向こう側の誰か僕らが、こっちまで僕らについてきていた。僕らは僕らでいるために僕らのための観客が必要だった。「僕ら」でいるために。
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文庫版p.158

 さしたる理由もなく突然開いた並行世界への扉。開いたその向こうには、やっぱり僕たちがいた。他者との関係から現実感あるいは当事者意識のようなものが失われてしまう、誰もが感じたことのあるあの感覚を「並行世界の自分たちとの交流」として描く、いかにもチャールズ・ユウらしい作品。


『良い狩りを』(ケン・リュウ)
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 ぼくは身震いした。彼女がなにを言わんとしたのかわかったのだ。古い魔法が戻ってきたが、変化していた――毛皮と肉ではなく、金属と炎の魔法だった。(中略)
 鋼索鉄道の線路伝いに艶が駆けていくところをぼくは思い描いた。疲れを知らぬエンジンが回転数を上げ、ヴィクトリア・ピークの頂上めがけて駆け上がっていく。過去のように魔法で満ちあふれた未来に向かって駆けていくのだ。
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文庫版p.202

 かつて見習いの妖怪退治師だった主人公は、美しい妖狐の娘、艶と出会う。奇妙な友情で結ばれた二人だったが、やがて時代は変わり、古い呪術や魔法は衰退してしまう。今や腕利きのエンジニアとなり、蒸気機関、機械工学、サイバネティクスといった新しい「魔法」を習得した主人公は、再会した艶の望みを、その力でかなえてやろうとするのだった。世界の変容と魂の再生を感動的に描いた短篇で、ごく短い枚数で聊斎志異の世界からスチームパンクへとスムーズに移行させる手際が素晴らしい。


『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
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 彼らの中には、完全な〈虚無〉がわれわれの認識する方法とまったく異なる進化をしてきたのではないかと考える者もいる(「エキゾチック主義者」と呼ばれる)。あるいは、実体のない鏡としてわれわれの親しんでいる世界を映しているのであり、〈無〉から成る植物やバクテリアや菌類や、あらゆる動物が存在し、互いに捕食しては再生して、〈虚空〉の生態系の中であふれかえっているのだという(これは「反映論」と呼ばれる)。
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文庫版p.250

 “ "は〈不在〉生態系のなかで進化してきた〈無〉から構成される生物である。ドーナツの中心部に見つかることもある。架空の生物学をもっともらしく解説するボルヘス調の短編。


『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
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「わしらの世界が駄目になったとき、マザーがわしらを受け入れてくれた。マザーはわしらの守り手、わしらのふるさとだ。わしらはマザーの協力者であり、最愛の子供たちなのだよ」
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文庫版p.256

 「マザー」と呼ばれている巨大なムカデ型バイオメカノイドの体内に共棲している人類の末裔。そこで生まれた一人の少女は、粘液のなかで消化器官の一部として働いていた。しかし、マザーに異変が起きたとき、彼女は外界を目指す旅に出ることに。生物都市というか、内臓版『地球の長い午後』、ジュブナイル版『皆勤の徒』というか。私たちからは悲惨に思える世界と状況のなかで、精一杯サバイブする子供たちの姿を描いた短篇。


『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)
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 経験は最上の教師であるばかりか、唯一の教師でもある。もしアナがジャックスを育てることでなにか学んだとすれば、それは、近道などないということだ。この世界で20年生きてきたことから生まれる常識を植えつけようとすれば、その仕事には20年かかる。それより短い時間で、それと同等の発見的教授方法をまとめることはできない。経験をアルゴリズム的に圧縮することはできない。
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文庫版p.439


 経験によって学び、成長してゆくAI。仮想ペットとして売り出されたAIの知能は、何年もかけて人間と交流することで、子供に匹敵するまでに育ってゆく。しかし売れ行きは頭打ちとなり、開発元によるサポートは打ち切られ、AIが走るインフラ仮想空間も時代遅れになって見捨てられる。長年かけて大切に育ててきた「子供」を簡単に廃棄することなど出来ないユーザたちは、彼らを最新インフラ上に「移植」するプロジェクトに期待するが、それには多額の資金が必要だった。

「真に自己学習するAIが登場すれば、それはコンピュータ時間で超高速学習を継続するため、ごく短期間に人類を越えるまで知能を高め続けるだろう」という、いわゆるシンギュラリティ論の前提に異議をとなえ、経験から学ぶこと、AIに対する人間の愛情、そしてAIとの交流が人間を変えてゆくことについて、様々なエピソードを通じて思弁する作品。





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『SFマガジン2021年6月号 異常論文特集』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2021年6月号は、学術論文の体裁をよそおった怪文書=異常論文の特集という、どうかしてる号でした。


『SF作家の倒し方』(小川哲)
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 池澤春菜率いるSF作家界に加わり、世界を素晴らしいものにしていく手伝いをするか、それとも、大森望率いる裏SF作家界に加わり、闇の力で日本を支配するか。(中略)裏SF作家界の力は強大です。有力な作家を次々と陣営に引きこみ、陰から社会を支配しています。(中略)
 そんな絶望的な状況でも、明るい未来を作るため、みんなの笑顔を守るため、SFを信じる力で世界に光が満ちるその瞬間まで、私たちSF作家は戦い抜かなければなりません。本稿では、二大勢力による戦争の最前線にいる私が、裏SF作家を倒す方法をみなさんに教えたいと思います。
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SFマガジン2021年6月号p.62

 大森望率いる裏SF作家界と戦うために、裏SF作家の倒し方を大公開。具体的に、柴田勝家、樋口恭介、高山羽根子、宮内悠介、飛浩隆、の五名を取り上げ、各人の弱点および有効な攻撃方法をまとめる。論文の体裁で書かれた怪文書。


『殲滅の代償』(デイヴィッド・ドレイク、酒井昭伸:翻訳)
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「戦車科、全車突入! 殲滅せよ、戦車隊(パンツァー)!
 ダニーは非常バーに手の平をあて、車長席を砲塔内に固定した。頭上のハッチをロックする。爆音をあげて大地を打ちすえる浮揚ファンの烈風も、部厚い装甲にはばまれて車内に影響をおよぼすことはない。だが、その高回転にともなって、車内にかんだかい回転音と熱が満ちていく。
〈双つ星〉は猛然と尾根を踊り越えた。
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SFマガジン2021年6月号p.359

 ある惑星の紛争に投入された傭兵部隊。ライバルの傭兵を雇っている敵勢力は、古代種族が遺した超テクノロジー遺跡を拠点としている。攻撃を仕掛けたら、宇宙の至宝を傷つけてしまうかも知れない。だが、戦争は戦争。主力戦力である浮揚大型戦車隊は、進軍を開始する。
 未来の戦車戦を非常にリアルに描いた短編。





タグ:SFマガジン
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『2000年代海外SF傑作選』(橋本輝幸:編) [読書(SF)]

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 90年代以降、特定のサブジャンルが界隈の話題を独占するようなことはなかったが、トレンドをひとことで言えば複雑な世界観、不安の投影、ジャンルやサブジャンルの相互越境が特徴的だった。(中略)
 新たなミレニアムは平和な日常の劇的な崩壊に見舞われた。個人の日常を揺るがしたのはテロだけではない。2008年、米国の経済危機(リーマン・ショック)は世界各国に連鎖的にダメージを与えた。
 車は空を飛ばず、市井の人々にとっては宇宙は遠く、我々は不安に満ちた世界の渦中にいた。
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文庫版p.467


 生々しい冷戦の記憶とテロの恐怖。経済成長神話の終わり。インターネットの急激な普及と世代間の断絶。混迷と不安の時代にSFは何を書いたのか。2000年代を代表する翻訳SF九編を収録したアンソロジー。文庫版(早川書房)出版は2020年11月です。


【収録作品】

『ミセス・ゼノンのパラドックス』(エレン・クレイジャズ)
『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)
『第二人称現在形』(ダリル・グレゴリイ)
『地火』(劉慈欣)
『シスアドが世界を支配するとき』(コリイ・ドクトロウ)
『コールダー・ウォー』(チャールズ・ストロス)
『可能性はゼロじゃない』(N・K・ジェミシン)
『暗黒整数』(グレッグ・イーガン)
『ジーマ・ブルー』(アレステア・レナルズ)




『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)
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 ぼくのヘルメット・レーザーが藍色の夜空をめがけ、1ナノ秒間、祈りの光を放った。天空の〈荒野〉に1量子ビットを送るなら、1ナノ秒もあればいい。そして、待った。ぼくのしっぽが、ひとりでに左右に振れはじめる。腹の中には低い緊張の唸りが高まっていく。
 スケジュールどおり、赤いフラクタル・コードの豪雨が降りはじめた。ぼくのARビジョンが負荷にあえぎだす。雨季の大雨のようにネクロポリスに降りそそぐ高密度な情報の奔流を処理しきれなくなったのだ。鎖でつづった北極光がちらつき、消滅した。
「いけ!」猫に叫んだ。ぼくの中で奔放な歓びがはじける。夢の中で〈小動物〉を追うのと同じあの歓びだ。「いまだ、いけ!」
 猫が虚空にジャンプした。アーマーの翼がぱっと開き、氷のように冷たい風をつかむ。
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文庫版p.18

 主人を連れ去られ、取り残されてしまった犬と猫。彼らは飼い主を取り戻すべく世界に戦いを挑んでゆく。犬猫コンビが活躍するサイバーアクション小説。テンポよく繰り出される文章とガジェットの魅力で一気に読ませます。


『地火』(劉慈欣)
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「わからん。ただ、不安なだけだ。きみたちは国のエンジニアだから、わたしに口をはさむ権限はない。しかし、新しい技術には、たとえ成功したように見えても、つねに潜在的危険がある。この数十年、そういう危険を少なからず見てきた。(中略)それでもやはり、きみには感謝している。石炭産業の未来に対する希望を、この老人に見せてくれた」火柱をしばらく見つめてから、局長は言った。「お父さんも喜んでいるだろう」
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文庫版p.126

 地下炭層燃焼により炭鉱をガス田に変える。最新テクノロジーにより制御される石炭地下ガス化プロジェクトに挑む若き技術者。だが、人類は新しい技術を、地中の炎を、コントロールすることが出来るだろうか。『三体』で世界のSF界をゆるがした著者による自伝的要素を含む作品。どうしても原発事故を重ねて読んでしまう。


『シスアドが世界を支配するとき』(コリイ・ドクトロウ)
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 ぼくたちはみんなネットワークに対する想いや願いを共有し、そこでの自由を愛しているはずだ。その一方で、世界でもっとも重要な組織や政府にかかわるツールをあつかってきた経験もある。今や、まがりなりにも世界を管理できそうな立場にあるのは、ぼくたちだけだろう。ジュネーブはクレーターと化した。イースト・リヴァーは火の海だ。国連本部には誰も残っちゃいない。
 サイバースペース分散共和国はこの嵐をほとんど無傷でやりすごした。ぼくたちの手許にあるのは、滅びることのない、ものすごい、最高のマシンだ。これなら、もっといい世界を築きあげることも可能だろう。
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文庫版p.202

 同時多発大規模テロにより壊滅した世界。だが、それでも滅びないものがある。それがインターネットだ。生きのびたシスアド(システム管理者)たちが世界各地の拠点に集まり、ネットを、世界を、救おうと奮闘する。ギークたちの地獄と楽園をえがく作品。今となってはネットに対する素朴な信頼と希望がまぶしすぎる。


『コールダー・ウォー』(チャールズ・ストロス)
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「連中は化け物を目覚めさせた。そしてコントロールできなくなっている。信じられるか?」
「ええ、信じられますよ」
「明日の朝、またデスクについてくれ、ロジャー。あのトゥルーという怪物になにができるかを突きとめる必要がある。どうすれば止められるかを突きとめる必要があるんだ。イラクなんかどうだっていい。イラクはもう地図上の煙を上げている穴だ。だがK-トゥルーは大西洋岸に向かってるんだ。もしも止められなかったら、いったいどうなる?」
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文庫版p.310

 冷戦(コールド・ウォー)のさなか、ソ連がショゴスを実戦配備したとの報告が世界をゆるがす。米国の諜報員である主人公は東西軍事均衡を保つために奔走するが、恐れていた事態がついに現実となってしまう。最終兵器、コードネーム「K-トゥルー」が目覚めてしまったのだ……。例のネタを使って東西冷戦を皮肉るパロディスパイ小説。


『暗黒整数』(グレッグ・イーガン)
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 ぼくは、ふたりの友人とともに、ぼくたち自身の世界と同じ場所に存在しているが目には見えない幻の世界と結んだ協定の、円滑な運用をゆだねられている。幻の世界は決して敵ではないが、これは人類史上もっとも重要な協定だ。どちらの側も、核兵器によるホロコーストが針で刺された痛み程度に思えるような完璧さで、相手側を灰燼に帰す力を持っているのだから。
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文庫版p.352

 物理現象はすべて数学的演算だ。ゆえに異なる公理系に基づく複数の数論体系ごとにそれに対応する物理現実が存在する。そして、両現実に共通する真偽未定命題の真偽を演算により確定させることで相手側の数論体系を攻撃できるとしたら……。名作『ルミナス』の続編で、数論攻撃による純粋数学的冷戦を描きます。すごくイーガン。





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『フレドリック・ブラウンSF短編全集4 最初のタイムマシン』(フレドリック・ブラウン:著、安原和見:翻訳) [読書(SF)]

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 ブラウンの小説世界は、すでに見たように文脈から切り離された〈意味〉が浮遊し偶然によって接続される極端な観念論的世界である。そこでは事実と妄想が区別されず、もちろん自己と他者も区別されない。ゆえに、滅びゆく愚かな人類の悲惨を味わいつつ、それを観念的な高みから笑うことができるのだ。(中略)想像の世界において、人は誰でも(というわけにはいかないかもしれないが)死ぬ自分自身の愚かさを親しみのこもった笑いをもってみつめることができる。その慰めにこそユーモアの最大の力があり、エンターテインメント作家としてのブラウンの真骨頂があるのだ。
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単行本p.357


 奇想天外なアイデア、巧妙なプロット、意外なオチ。
 短編の名手、フレドリック・ブラウンのSF短編を発表年代順に収録した全集、その最終巻。1951年以降に発表された、本邦初訳2編を含む全68編が収録されています。単行本(東京創元社)出版は2021年2月、Kindle版配信は2021年2月です。


 子どもの頃、繰り返し繰り返し飽きずに読み返したフレドリック・ブラウンのSF短編。今でもアイデアからオチまですべて憶えているというのも凄いことだけど、それでも今読んでやっぱり面白い、というのが素晴らしい。既刊の紹介はこちら。


2020年12月10日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集3 最後の火星人』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-12-10

2020年03月16日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-16

2019年07月31日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-07-31


 最終巻には多数のショートショートが含まれています。見開き2ページでオチまで駆け抜ける掌編の数々。例えば、次の一文を見ただけでアイデアとオチを反射的に思い出すのは私だけではないはず。


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パラドックスはまったく起こらなかった。金属はそのままだった。
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『実験』より

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彼は人工頭脳に顔を向けた。「神は存在するか」
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『回答』より

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ある日、ウォルター・B・イェホヴァは実践的唯我論者になった。
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『唯我論者』より

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そう言いながらボタンを押した。「これで時間が逆方向に流れるはずだ
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『ジ・エンド』より


 もちろん傑作短編も多く収録されており、最後まで楽しめます。


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 むしろ、すばらしい惑星なのだ。いまでは、ここで唯一の知的生物であることにすら慣れてしまった。その点ではドロシーに助けられた。たとえ返事はなくとも、話しかける相手がいるのはいいことだ。
 ただ――どうしても――また緑の惑星をこの目で見たい。
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『緑あふれる』より

 未知の惑星に墜落した男は、地球の緑を再び見たいという一心で生き延びようとする。何年も、たった一人で。
 ブラウンには「狂気と妄執」をテーマにした作品が数多くありますが、なかでも最も印象的な一遍でしょう。


――――
 ドアの把手に手をかけ、彼は長いこと立ち尽くしていた。やがてとうとうなかに入ってドアを閉じた。かちりと音がしてラッチがかかる。二度と開くことはないとわかったが、恐ろしいとは感じなかった。
――――
『家』より

 ひたすら謎の家のなかをさ迷い歩く男。背景説明を省き、悪夢めいた不条理感を凝縮したような傑作。


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 “現実ファイル”に実在する人の名前がリストアップしてあって、それのおかげでその人は現実の存在になってるんです。それで――これが夢の語呂合わせなんですけどね、現実っていうのは現実に、あるチェーン組織によって運営されてるんです。
――――
『事件はなかった』より

 他人には実在人物と非実在人物がいることに気づいた男。非実在人物を殺すと過去に遡ってその人物は存在しなかったことになる。こうしたことはそれを管理する組織によって運用されているのだ。パラノイア的妄想を巧みに活かした作品。


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 なぜただの一度も頭に浮かばなかったのだろう――すべての十パーセントとは、たんに金銭や結婚のことだけではなかったのだ。
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『エージェント』より

 成功と引き換えにあらゆる収入の十パーセントを渡す、という契約を悪魔とかわした男。約束通りどんどん成功するが、契約の適用範囲は金銭だけではなかった……。うまくひねったプロットにより、読後もずっと気にかかる一遍。





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『裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT』(宮澤伊織) [読書(SF)]

―――
「……私、いま発狂してた?」
「ちょっとね」
「ごめん」
「いいよ」
「予備動作なしで発狂しないでくれないか、ビビるから……」
 小桜が震え声で言って、胸を撫で下ろした。
「すみません……。でも、いま私なんで狂ったんだろ」
「そんな疑問文生まれて初めて聞いたわ」
――――


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知をこえる超常現象や危険な存在、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第6巻。文庫版(早川書房)出版は2021年3月、Kindle版配信は2021年3月です。

 タイトルからも分かる通りストルガツキーの名作『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。

 もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、「百合」となって、ついには故郷たるSFマガジンが「百合特集」を組むことになり、それがまた予約殺到で在庫全滅、発売前なのに版元が緊急重版に踏み切るという事態に陥り、さらにはTVアニメ化され、ジュニア版が出版され、あまりのことに調子に乗ったSFマガジンが再び百合特集を組んだら発売前にまたもや緊急重版。もうストルガツキーやタルコフスキーのことは誰も気にしない。

 ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズンは各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻、ファイル9から11は文庫版第3巻に収録されています。その後もファイル12から15を書き下ろしで収録した文庫版第4巻が2019年末に出版され、2020年末にも無事に第5巻が出版されました。年末には裏世界が出るという新たなにっぽんの風物詩。既刊の紹介はこちら。


2017年03月23日の日記
『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-03-23

2017年11月30日の日記
『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-11-30

2018年12月17日の日記
『裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-12-17

2019年12月26日の日記
『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-12-26

2020年12月22日の日記
『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-12-22


 そして「年末新刊」というスケジュールを外してきた(おそらくTVアニメ放映中に新刊を出す必要があったと思われ)のがファイル20を収録した第6巻です。レギュラー総出演で最強の敵と戦うという、著者いわく「劇場版」、シリーズ初の長編です。


[収録作品]

『ファイル20 Tは寺生まれのT』


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 私の名前は、紙越空魚。埼玉に住む、ごく普通の大学生だ。
 そのはず、だったんだけど。
 いったい私、どうなっちゃうの……?
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「問診したところ、ここにいる全員の記憶もないし、DS研の存在自体も忘れ、UBLに関連することは何も憶えていないようだった。しかし、大学や日々の生活については特に問題なく記憶している。部分的な健忘──というより、恣意的と言ってもいいくらいだ」
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「真面目に考えろよ。明らかに、ただ頭打って記憶が飛んだとかじゃないからな。右目が……不活性化したとでもいうか。そんなの今まで見たこともない。何か裏世界に関係する、深刻な出来事が起こったんだ」
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「聞いて。空魚はいま、正常な状態じゃない。記憶喪失になってるんだと思う」
「きおく、そうしつ……」
「私、空魚の敵じゃないから。信じて」
「じゃあ、あなたは……何?」
「え?」
「敵じゃないなら、あなたは私の、何なの?」
――――


――――
 今も現在進行形で、〈寺生まれのTさん〉という怪談の姿を借りた裏世界の“現象”に遭遇し続けているんだと思う。 今起こっている、この一連の出来事そのものが、人間の怪談の形式に沿った 裏世界との接近遭遇事例であり、それを認識している私への、裏世界からのアプローチなんだ。
――――


――――
 あいつの正体がなんであったにしても、一つ確実なこと。〈寺生まれのTさん〉は、私の敵だ。
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 やっぱり寺生まれはすごい。空魚たちの前に現れた、あらゆる怪談実話を一喝で粉砕してしまう最強の男、Tさん。

 他人を発狂させる邪眼、パートナーとの後ろ暗い共犯関係、裏世界やDS研とのヤバいつながり。そういった自らの大切なアイデンティティ(それでいいのか?)を守るために戦う決意を固める空魚。

 だが先手を打ってきたTの御祓いにより壊滅的打撃を受けるDS研。<目>、<手>、そして<声>。もちろん最後は拳。パーティを組んでそれぞれのスキルを駆使して反撃に出る、それと巻き込まれて泣きべそかいたりする、レギュラーキャラクターたち。死闘の果てに、えっ、もしかして本来のコンタクトテーマSFに回帰しちゃったりするの?





タグ:宮澤伊織
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