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『現代思想2019年12月号 特集「巨大数の世界 アルキメデスからグーゴロジーまで」 』(鈴木真治、フィッシュ、小林銅蟲、他) [読書(サイエンス)]

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「平成」最後の日に行われた巨大数勉強会で悟ったのだ
わしは「令和」には行けぬと…
ならば、この店を存在しない「安久」の次元
「安久間(あくうかん)」に封じ込め、
アッカーマン関数を展開する余生を送っ
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書き下ろし新作『寿司 虚空編』(小林銅蟲)より


 そこに意味はないが理由はある!
 想像力も何もかもぶっ千切る圧倒的な大きさ。数の純粋暴力。巨大数探求の歴史とその意義を、数学・社会・宗教・哲学・物理など様々な視点から語る一冊。日本に巨大数ブームを巻き起こした漫画『寿司 虚空編』(小林銅蟲)の書き下ろし新作もあり。ムック(青土社)出版は2019年11月、Kindle版配信は2019年11月です。


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鈴木
 巨大数というものが広まった一つのきっかけとしては小林銅蟲さんの『寿司 虚空編』(三才ブックス、2017年)もおおきいですね。巨大数をマンガにするという発想自体がすごいと思うのですが

フィッシュ
 ほとんど冗談のつもりで「今度ぜひ巨大数のマンガでも描いてください」と言っていたところ、本当に2013年から『裏サンデー』(小学館)というところで『寿司 虚空編』が連載を開始したというわけです。これは特に小林さんから連絡があったわけではなくて、気づいたら始まっていたのですが(笑)。これが日本中に、いわば巨大数ブームを巻き起こしました。
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「討議 有限と無限のせめぎあう場所」より


 寿司屋のオヤジがひたすら巨大数について語るという漫画『寿司 虚空編』(小林銅蟲)を読んだときは、さすがにぶったまげました。その「大きさ」だけで人を圧倒し思考停止に追い込みときに発狂させる数があるという驚き。そしてそれを漫画で描こうという心意気。あまりにもどうかしてる世界がそこにあったのです。

『寿司 虚空編』(小林銅蟲)
https://www.amazon.co.jp/dp/4861999898

 というわけで、『寿司 虚空編』の新作を目当てに購入した現代思想2019年12月号ですが、寄稿者それぞれの立場から語る「巨大数」論考の数々は読みごたえがありました。いくつか個人的に印象に残ったものを紹介してみます。


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 その後グーゴロジー・ウィキにアカウントを作成し、海外のグーゴロジストたちとの交流を開始した。ふぃっしゅ数の紹介をしたところ、グーゴロジストたちの興味をひき、ウィキ上で議論が沸騰した。同年末にはグーゴロジー・ウィキの日本語版である「巨大数研究 Wiki」も立ち上がり、英語でのグーゴロジーの進展が日本に輸入されるとともに、日本発の巨大数論の概念を英語の世界に輸出した。この頃から、日本語と英語でそれぞれ発展していた巨大数論の流れが合流した。
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「巨大数論発展の軌跡」(フィッシュ)より


 まず『寿司 虚空編』でも大活躍だった、日本を代表するグーゴロジストといえるフィッシュ氏による巨大数論研究の歴史まとめ。2ちゃんねるの「一番でかい数出した奴が優勝」スレッドから海外のグーゴロジーとの合流まで。


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 このように、人類が最初に出会った巨大数は瞬間的把握能力の限界で、4か5あたりにあったと考えられます。
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「歴史的に観た巨大数の位置づけ」(鈴木真治)より


 人類が遭遇した最初の巨大数は「4」。(そこからか!)
 アルキメデス「砂の計算者」から「巨大素数問題」まで、歴史に登場した様々な巨大数についての概説。


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 われわれは以下の二つの問いを立てたい。第一の問いは「巨大数はなぜトリヴィアルな分野/存在と見なされてしまうのか?」という問いであり、第二の問いは「にもかかわらず、情報社会においてなぜ巨大数は人々の関心を喚起するのか?」という問いである。
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「情報社会にとって「数」とは何か?」(大黒岳彦)より


 数学の専門家は巨大数論にあまり興味を示さない。グーゴロジーはむしろサブカル的な文脈で受容されている。それはなぜか。社会における巨大数の位置付けについての論考。


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 量子コンピューターと「巨大な素数」判定の関係が、数理暗号の解読可能性を経由して、今世紀の社会を揺るがすことは疑いないことであろう。「巨大な素数」はもはや数学者の玩具にすぎないものではなく、社会的存在なのである。
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「巨大な素数は世界をどう変えるか」(小島寛之)より


 素数研究の歴史、巨大素数が社会に与える影響といった話題をまとめます。個人的に「素数の逆数の総和は無限と証明されているにも関わらず、現在までに見つかっている素数の逆数の総和はだいたい4」とか「メルセンヌ素数以外に巨大素数を得る方法は見つかっていないが、メルセンヌ素数が無限個あるという証明も得られていない」とか、興味深い話題もりもりで興奮。


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 このような巨大数について、哲学の立場からなにかいうべきことがあるだろうか。数学基礎論それ自体あるいは集合論や巨大基数論、計算論の立場から、あるいは物理学や数学史の立場からであれば大いにあるだろうが、哲学それ自体ということになるとわたしには次の一点をおいてほかに思いつかない。すなわち、かぞえかたのわかっていない数は存在しないのか、という問い、すなわち存在にかんする問いである。
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「かぞえかたのわからない巨大数は存在しないのか」(近藤和敬)より


 そこに到達するための定式化がなされていない巨大数は、「存在」しているのだろうか。哲学上の問いを探求する。


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 ジンバブエの人びとはハイパー・インフレ通貨をどこまで数え、どこで数えるのをやめたのだろうか。次節からは、ジンバブエのハイパー・インフレが最終局面を迎えた2009年1月に、私が首都ハラレで見聞きした出来事を記述し、ジンバブエの人びとにとっての巨大数について民族誌的に描いてみたい。
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「10兆と500億のあいだ ジンバブエのハイパー・インフレ通貨と巨大数」(早川真悠)より


 2008年、年率2億3100万パーセントというインフレ率を記録したジンバブエ・ドル。このハイパー・インフレに現地の人々はどのように対応したのか。経済という視点から「巨大数」に切り込む、しかも現地取材で、というのは予想外でした。




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『お金本』 [読書(随筆)]

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 貴君に対しては、私、終始、誠実、厳粛、おたがひ尊敬の念もてつき合ひました。貴兄に五十円ことわられたら、私、死にます。それより他ないのです。
 ぎりぎり結着のおねがひでございます。来月三日には、きちんと、全部、御返却申しあげます。(中略)どんなに、おそくとも三日には、キット、キット、お返しできます。充分御信用下さい。
 お友達に「太宰に三日まで貸すのだ。」と申して友人からお借りしても、かまひませぬ。
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「手紙 昭和十一年」(太宰治)より


 金がない、金がない。作家を苦しめるのは〆切だけではない。左右社による文豪みっともないアンソロジー、その第三弾のテーマはずばり「金」。単行本(左右社)出版は2019年10月です。


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 あえてこう言いましょう。作家だから金がないのではなく、金がないからこそ「真の作家」たり得たのだと。
 恥も哀しみもかなぐり捨てて、ただ今日を生きるのだ。これは作家たちの物語であると同時に、お金の前に無力なわたしたち人間の、叛逆と希望の物語です。
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「はじめに」より


 左右社による文豪みっともないアンソロジーの既刊本の紹介はこちら。

2016年12月22日の日記
『〆切本』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2016-12-22


2018年01月10日の日記
『〆切本2』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-01-10


 ではまず、金がない、というストレートな叫びから。


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 私が巨万の富を蓄へたとか、立派な家を建てたとか、土地屋敷を売買して金を儲けて居るとか、様々な噂が世間にあるやうだが、皆嘘だ。
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「文士の生活」(夏目漱石)より


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 貧乏貧乏と云ふけれど、貧乏して質に入れると云ふのはまだ上つつらの話である。質に入れる物がある内は貧乏とは云はれないと云ふ事を、その後の自分の経験で思ひ知つた。
 質屋通ひを卒業して、卒業したと云ふのはもう質草がなくなつたから質屋に用がない。次に金貸しからお金を借りる事を覚えた。早世した酒飲みの亡友から教はつたので、初めは連帯保証人附きであつたから条件は割り合ひに軽かつた。
 それから単独で高利貸の金を借りる用になつた。
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「質屋の暖簾」(内田百閒)より


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 貴兄から借りたお金返さねばならないと思つて要心してゐたのですが、ゆうべ原稿料を受取ると友達と会ひみんな呑んでしまひ、今月お返しできなくなりました。たいへん悲しくなりましたが、どうぞかんべんして下さい。
 小生こんど競馬をやらうかと思つてゐますよ。近況御知らせまで。
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「手紙 昭和十一年」(坂口安吾)より


 こういうときに作家を助けるのも、出版社の大切な仕事です。


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 新潮社の意見は非常に強硬で、詩人には一切金を借さないと言つてるさうだ。到底駄目らしい。
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「手紙 昭和四年」(萩原朔太郎)より


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 一つ君にききたいが、君たちも月末には一文も月給を貰はなかつたか。それから僕も何にも云はない。
 僕もアルスをあてにして印税生活をしてゐる以上、月末には君たちと同じく金は必要なのだ。君たちの仕事が報酬を受け得べきなら僕とても同じだし、でなければ困ることは同じだ。
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「手紙 大正十四年」(北原白秋)より


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「いくら来た? 一円か? 一円五十銭か?」
 久米は僕の顔を見ると、彼自身のことのやうに熱心にたづねた。僕は何ともこたへずに、振替の紙を出して見せた。振替の紙には残酷にも三円六十銭と書いてあつた。
「三十銭か。三十銭はひどいな。」
 久米もさすがになさけない顔をした。(中略)もうこの間のやうに、おごれとか何とかはいはなかつた。
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「知己料」(芥川龍之介)より


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 尤も、それも芥川、久米、三上、中戸川、山本と云ったような親しい人達には、原稿料を払っていないのだ。それから、先月の岡本綺堂氏にも払わなかった。読者諸君も本誌に対するこうした人達の好意を覚えていてほしい。
 投稿は取っても原稿料を払わないのを原則とするから、そのつもりでいてほしい。
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「文藝春秋・編集後記」(菊池寛)より


 仕方ない。金を得よう。そう決めてはみたものの、金を得る方法を知っていればそもそも作家になどならなかったわけで……。


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 僕は今年から金銭をもつと取る工夫をしようかと思つてゐる。さうでないと、金を持つてゐる人間の気持ちが切実に書けないと思ふので、どうです。
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「書簡 昭和五年」(横光利一)より


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 そうではなくアイラブユーオーケー、自分だって金持ちになる、ビッグになる。この気概が大事なのだ。いつまでもチンジャオロースー食ってへらへらしてんじゃねぇよ。金持ちになれよ、ビッグになれよ。ガッツでさあ。とボクは自分で自分に気合を入れ、金持ちになる決意をした。
 のが三日前。しかし金持ちになるのは実に難しいということに気がついた。というのは金持ちになるためにはまず金が必要だということで
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「死闘三日 下積みのチンジャオ」(町田康)より


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 ああでもない、こうでもない、と私はあらゆる種類の金もうけ法について考えて見たが、どれもこれも皆、自分の手に負えそうになかった、結局、私は、空想の中で、その、大金を拾って警察へとどけるという一番消極的な方法を考えついたのであった。
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「大晦日の夜逃げ」(平林たい子)より


 そもそも何かが間違っているのではないか。


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 原稿料は高い方がよいというのは、私は伊丹空港へタクシーで往復しますと高くつきます(七千円近い)。しかし、これは私の原稿がおそいためで、早くかけば空港へいかなくてすむのだ。だれも怨むことはない。
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「お金Q&A 6」(田辺聖子)より


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 資本家の搾取に対しては、無論反対であるが、人間は働かなくつても喰へるのが本当だ、と自分は信じてゐる。さういふ社会にならなければ嘘だと思つてゐる。
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「金儲けの秘伝」(直木三十五)より


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 私ならキャバクラで15000円使うくらいなら「まんがの森」に行きたい。500円の漫画が30冊も買える、と云うと、それならキャバクラのあとで漫画喫茶に行く方がいい、と云い返されて、この話には終わりがないのだった。
 誰もが必ず関わりをもち、毎日のように使っているお金の感覚が、こんなにズレているのは何故なのだろう。
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「金銭換算」(穂村弘)より


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 私は、某カストリ出版社の雑誌に、原稿料をもらいに行き、二時間余も、待たされた挙句、予想の五分の一ぐらいのハシタ金をもらった腹立たしさで、帰途、新宿をぶらついていて、とある犬屋で、ひどくなれなれしく、からだをこすりつけて来る柴犬を、衝動的にその原稿料で買ってしまった。その犬は、十三年間わが家にいて、老衰し、盲目になりフィラリヤにかかって亡くなった。
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「戦後十年」(柴田錬三郎)より





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『遠い他国でひょんと死ぬるや』(宮内悠介) [読書(小説・詩)]

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 じわりと、昔あった情熱が高まってきた。
 見たい。
 浩三の見た地を、浩三の見た戦争を。そして、わたしの戦争を。それも、自分一人の手と、足と、目で。
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単行本p.31


 「ぼくは、ぼくの手で、戦争を、ぼくの戦争がかきたい」
 ルソン島で戦死した詩人、竹内浩三が残した言葉に導かれるようにしてフィリピンを再訪した元テレビディレクター。巻き込まれた大騒動の果てに、彼は自分の戦争を見ることが出来るのか。単行本(祥伝社)出版は2019年9月です。


 政治と戦争をめぐるシリアスな物語を、独特のゆるさで一気に読ませてしまう『あとは野となれ大和撫子』の著者による新たな冒険小説です。

 「日本スゴイ」番組やら何やらを作るのに嫌気がさして仕事をやめた元テレビディレクター。詩人である竹内浩三が見たであろう「戦争」を自分の目で確かめるために、彼はすべてを処分して単身フィリピンに渡る。ひょんなことから、現地で知り合った娘、その元恋人にしてイスラム武装勢力メンバーたる青年、この二人と共にミンダナオ島に向かうことに。


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 そしてまた、わたしは例の感覚に囚われはじめていた。
 この二人は歴史を生き、歴史に翻弄された。わたしだけが、歴史のなかを生きていない。
(中略)
 マラウィ付近は戦争の傷痕が深く、荒廃している。
 外国人のわたしとしては、一番警戒すべきは営利誘拐だろうか。半年くらい前には、日本人夫妻が行方不明になったらしいというニュースを目にした。
 しかし、それこそはわたしの向かうべき先ではないのか。ただ一人歴史を生きていないわたしが、そして竹内浩三の影を追うわたしが。
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単行本p.97


 死地に向かった詩人の足取りをたどり、あの戦争とは何だったのかを見つめる。そんなドキュメンタリー番組風に展開するのだろうという読者の予想は、大きく裏切られることに。


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「あんたについていけば何かある! あたしの嗅覚がそう告げてる!」
「ええと……」
「自己紹介が遅れたね。あたしはマリテ・マルティノン。トレジャーハンターだよ。で、こっちは手下のアンドリュー」
「共同事業者のアンドリューだ」
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単行本p.106


 旧日本軍によって終戦時にフィリピンに埋められたという莫大な埋蔵金、通称「山下財宝」。そのお宝を狙うトレジャーハンターを自称する暴走フランス娘とそのお付きの登場により、物語は軽快な冒険ものへと転進してゆきます。

 大金持ち財閥の馬鹿息子とかミンダナオ島でくすぶっているハッカーとか、それらしい登場人物が事態をひっかき回し、銃撃戦とか、火災とか、カーチェイスとか、対戦車ロケット砲とか、そういうシーンがどんどん。状況はシリアスなのに、登場人物たちに何となく「照れ」のようなものが感じられて、どこかゆるい雰囲気のまま物語は進んでゆきます。

 大騒ぎの挙げ句、ついに目的地に到着する最終章。そこで主人公の当初の願いがかなうことになります。「ぼくは、ぼくの手で、戦争を、ぼくの戦争がかきたい」という浩三の言葉に著者はどう応えたのか。最後まで読んで確かめてください。


――――
「いつでも言葉が人を縛る。いまのあなたが、そうされているみたいに。でも、詩は言葉の理を超えたところで、ときに心を正してくれる。旅にもまた、言葉がない」
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単行本p.245





タグ:宮内悠介
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『ひみつのしつもん』(岸本佐知子) [読書(随筆)]

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 天気図の、台風の進路の予想図。いま現在の台風の中心から円形がいくつか派生して、それが先にいくほど大きくなっていく。かつての私はそれを見ながら「大変だ、東北全体が台風にすっぽりおおわれてしまう」などと心配していた。そのいっぽうで内心「どうして勢力は衰えつつあるのに大きさだけどんどん増していくのだろう」とうっすら疑問にも思っていたのだった。
 あの丸が台風の大きさではなく、中心がどこに来るかの予想範囲を示しているのだと知ったときの衝撃。(中略)人として、確実に成長した。
 他にも「無期懲役」は「終身刑」ではないと知ったとき。イエス・キリストと神さまは別ものなのだと知ったとき、KinKi Kids の二人が兄弟ではないと知ったとき。ピーラーの横についているあの出っぱりの用途を知ったとき。「完璧」の「璧」は「壁」ではなく、自分のイメージしていた高くて傷ひとつない鉄の壁はまちがいだったと知ったとき。それら成長の瞬間は今も自分史に燦然と刻まれている。
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単行本p.113


 謎の記憶。気にかかる妙な想像。ひたすら暴走しつつ、暴走中だというのにそこらでついつい寄り道してしまう妄想。『気になる部分』『ねにもつタイプ』『なんらかの事情』に続く岸本佐知子さんの第四エッセイ集。単行本(筑摩書房)出版は2019年10月です。


 これまでのエッセイ集の紹介はこちら。

2012年11月15日の日記
『なんらかの事情』
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-11-15

2007年02月15日の日記
『ねにもつタイプ』
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2007-02-15

2006年07月27日の日記
『気になる部分』
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2006-07-27


 というわけで、今作も圧倒的な面白さ。まずは自己紹介から。


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 その者は雑誌の座談会に呼ばれる。話すのは苦手なので、なるべく黙っていようと思う。何時間かの座談会の中でその者が唯一まともにしゃべったのは「いかに嫌いな人間をひとまとめにして頭の中で巨大な臼に放り込み、杵で何度も何度もついて真っ赤な血の餅に変えるか」についてだ。
 できあがった原稿では、その部分がまるまるカットされている。
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単行本p.121


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 小学生の頃、近所の剣道教室に通っていた。毎年大みそかには全員で道場の大掃除をすることになっていた。先生から「そこは触らなくていい」と言われていた隅っこの押入れをこっそり開けたら、暗がりの中に大小さまざまなキューピー人形がぎっしり立っていた。
 これはその者の記憶ではない。同じクラスのそれほど仲が良かったわけでもない子から聞いた話だ。その者の頭の中は、そういう何の役にも立たない、自分のものですらない記憶の断片であふれかえっていて、そのせいで大事なことが考えられない。
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単行本p.122


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 どうも自分はもう一人いるんじゃないかと思うことがある。こうして頭で物を考えている自分と、現実世界でいろいろなことを実行している自分は別の人間なのではないか。
 誰かから「昔あなた○○したよねー」と言われる。その○○の部分にまるで覚えがないときなどに、その疑念は強まる。
 たとえば「他人のはいていた靴下を気に入って、その場で強奪した」というのがそうだ。全然覚えていない。靴下はたしかに家にあるが、私の記憶では、その人が同じものを買ってプレゼントしてくれたはずだ。「通りすがりに侮蔑的なことを言った見知らぬ人をテニスのラケットで殴った」というのもある。だが気弱で小心なことにかけて海底のチンアナゴにも劣らぬ私がそんなことをするはずがない。総じて他人の記憶の中の私はなぜか粗暴で極悪だ。やはりもう一人私がいるとしか思えない。
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単行本p.181


 そして生活と記憶にまつわるあれこれ。


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 ちゃんと財布の中に入れているにもかかわらず、なぜかカードが異常にボロボロになる。ことにひどいのはSuicaだ。あの可愛かったペンギンのキャラクターは無残に剥げて、禍々しい別の何かに変じている。「魔除けになるレベル」とまで言われた。一度どこかの駅で、駅員さんに「ひっ」と言われたこともある。
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単行本p.42


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 何年か前の夏の夜、銀座四丁目の横断歩道を渡った。ふと見ると、私の横を一匹のゴキブリが並んで歩いていた。私とゴキブリは、連れのように並んで横断歩道を渡りきった。
 敵味方の間に芽生える友情、というものが、一瞬だけ理解できた気がした。
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単行本p.56


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 その友人は「ああ、あるよねカバディ。インドが発祥のスポーツでしょ」と言った。
 するととたんにみんな「あ、そうなんだ」とあっさり納得した。
 私は釈然としなかった。なぜ私があれだけ力説しても誰も信じようとしなかったのに、別の人が同じことを言うと無条件に信じるのか。だが話題はすでに別のことに移ってしまっていた。のちに私の中で「カバディ事件」として記憶されることになる悲しい出来事である。
 悲しくはあったが、現象に名前がついたのは有益だった。このカバディ現象は、「今日は何曜日か」から始まって小学校の時の先生のあだ名にいたるまで、その後も繰り返し私の人生に現れることとなった。
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単行本p.153


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 私が私の裏垢でしたのは、悪態だった。
 当時の私はやさぐれていた。世界に対する黒い呪詛が腹の中に溜まって、口からあふれ出る寸前だった。口を押えれば、鼻や耳や目から漏れそうだった。
 だから口で言うかわりにツイッターで匿名で言うことにした。電子板「王様の耳はロバの耳」だ。
 作った裏垢は、自分とフォローを許可した人以外は閲覧できない「鍵付き」アカウント、しかもフォロー数ゼロ・フォロワー数ゼロとして完全密室。そこで私は腹に溜まった真っ黒な呪詛を吐いて吐いて吐きまくった。
 特大の頑丈な臼に、思いつくかぎりのむかつく人モノ組織出来事現象その他その他を投げ入れ、それを勇壮な掛け声とともに渾身の気合で搗く。そいや。そいや。そいや。搗く時間は素材と私のむかつきの度合いにより適宜変化する。
 そのようにして私は夜ごと完全密室で杵をふるい、大小さまざまな血の餅の山を築いた。
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単行本p.185



 密かな願望と不安。


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 前々から、ものすごくみじめな仕事場で仕事をしたいというひそかな願望がある。(中略)理想は、昔なにかの写真で見たマーラーの作曲小屋だ。
 犬小屋を人間サイズに直したような、ひどく粗末な真四角の掘っ建て小屋で、内部は床も壁も木がむき出し、小さな机と椅子があるきりだった。そんなのが、森の木陰にぽつんと建っている。
 グスタフ・マーラーは立派な屋敷があったにもかかわらず、わざわざ敷地の一角にそんなみじめ小屋を作らせて、壮大な交響曲九番とか十番とかをそこでいじいじと作曲したのだ。食事は母屋から誰かに運ばせた。夜だけ家に帰った。
 なんとかあのマーラーのみじめ小屋を自分の仕事場にしたい。
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単行本p.21


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 ためしにスリ師のニックネームを調べてみた。(中略)どれもいかす。私がスリだったらどんな称号で呼ばれたいだろう。〈韋駄天のさち婆〉とか。〈一番星のさち婆〉とか。どうも婆が気に食わぬ。もっとこう、婀娜な感じがほしい。〈匕首のお吟〉なんてどうか。いかす。だがそれはもうスリじゃない。私ですらない。
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単行本p.138


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 だが最近になって、新たな強敵が私の前に現れた。「ペッパー」というロボットだ。あのつるんとした冷たそうなボディ。瞳孔の開ききった目。唐突に胸に貼り付けられたタブレット。何よりやたらとなれなれしく話しかけてくる。地獄だ。
(中略)
 奴をどうやって倒すかはすでに考えてある。まずくっついて一つにつながった脚にカニバサミをかけて横転させる。馬乗りになって胸のタブレットを引きはがす。とどめに電源を抜く。
 だが夜道を向こうからペッパーがこちらに向かって近づいてきたら、本当に私は闘えるだろうか。「こんばんは!」などと話しかけられたら、恐ろしさに金縛りになってしまわないだろうか。そもそも、道を一人で歩くペッパーに電源はあるのだろうか。それは本当にペッパーなのだろうか。
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単行本p.158


 世界のひみつに気付いた瞬間のこと。


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 第一、第二、第三と数字が上がるにつれ難易度が上がるということは、逆に「ラジオ体操第X」のXの数値を小さくしていけば、理論上は易しくなるはずだ。そのどこかに私にもできる理想のラジオ体操があるのではないか。
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単行本p.36


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 もしかしたら「ぬ」は宇宙から来たのではあるまいか。
 五十音にまぎれて普通の音のふりをしているが、本当は地球外生命体なのではなかろうか。語尾や語の途中に置かれれば目立たないが、語の先頭にくると、その異質性がむき出しになってしまうのだ。
 だいいち「ぬ」という形からして何となく怪しい。見れば見るほど、エイリアンが息を殺して体を丸め、「め」に擬態している姿に思えてくる。
 「ぬ」の狙いはいったい何なのか。
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単行本p.150


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 何もかも完璧な優等生が「出来杉くん」であるように、宇宙人に居候される男子が「諸星あたる」であるように、ムカデに変身する会社員が「ザムザ」であるように、宇宙に行くキャラだから「星出さん」なのだろうか。この世界は本当はペラペラした作り物の書き割りで、見えないどこかで誰かがそういうことを全部決めているのだろうか。名は体を表しすぎている星出さんの名前を見るたびに「はは、おもしろ」と思ったあとで、何となく体のどこかがスウスウするのは、そのせいなのだろうか。
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単行本p.48





タグ:岸本佐知子
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『平和園に帰ろうよ』(小坂井大輔) [読書(小説・詩)]

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家族の誰かが「自首 減刑」で検索をしていたパソコンまだ温かい
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金がそんなに偉いかちきしょうそんなにも偉いか 金が 金を ください
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「もう無理」で始まる手紙にルマンドのカス入れてきたきみは悪党
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値札見るまでは運命かもとさえ思ったセーターさっと手放す
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うつ伏せになってるキューピー人形が笑顔だという確証はないから
――――
おいでおいでの動きキモいと妹に言われる即刻猫ブーム去れ
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「短歌の聖地」と呼ばれて久しい名古屋の中華料理店「平和園」からの贈り物。サブカル風味詰め合わせセットのような歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2019年4月、Kindle版配信は2019年8月です。


 まずは自己紹介というか、キャラクターを強烈にアピールしてくる作品。


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ほくろから伸びてくる毛があきらかに太いわたしは太陽の子だ
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聞かれたらこう答えたい「職業は小坂井大輔です」と激しく
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生まれたということそれは世界という大きな詩の一篇になること
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誰ですか陰でわたしをポエマーと呼んでいるのは謝りなさい
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欲しいのは、彼女、ベンツに乗る人を消す杖、社長のふかふかの椅子
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満席の車内でわたしの太ももに座らないかな運命の人
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しゃしゃり出てくんなと言われ枝豆を無心で食べるコンパ楽しい
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どこにもいけないどこにもいけないどこにもいけない 全身が恥部
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わたしのなかの進路指導の先生が死ぬなと往復ビンタしてくる
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退会のボタンが見当たらない通販サイトのような僕の人生
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 さらに「金」をテーマとした作品が目立ちます。


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宝籤が当たった人も即自害するような街で生まれ育って
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『食べられる野草・山菜図鑑』手にスリッパで行く牧野公園
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家族の誰かが「自首 減刑」で検索をしていたパソコンまだ温かい
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札束をチラつかせたら簡単になびくと思っていたか(裏声)
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世の中は金だよ金、と言うたびに立ってる焼け野原にひとりで
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金がそんなに偉いかちきしょうそんなにも偉いか 金が 金を ください
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親と交わした約束破り捺印を捺印をしました
――――
借りたのは三十万円だったのに利子がついてて咲くシクラメン
――――
無くなった。家も、出かけたまま母も、祭りで買ったお面なんかも
――――


 もちろん「愛」も大切です。


――――
偶然に石ころ蹴って、おっ、て下向いたその顔がよかった。
――――
あなたが渡りきったらレッドカーペット巻く係として側にいますよ
――――
やっぱり君が作ってくれる天麩羅は世間でいう唐揚げじゃないかな
――――
ぶりっ子かどうかは雪が降り出したときに見上げる顔でわかるよ
――――
おやすみをしたのに君はログインをしてるね汚れた天使みたいに
――――
「もう無理」で始まる手紙にルマンドのカス入れてきたきみは悪党
――――
すんませんもうしませんと謝って「前も言ったよね」のとこで泣く
――――
別れ話とわかっていたら頼んではいなかったレモンスカッシュが来る
――――
持ちあげたグラスの底におしぼりの袋がついてる愛欲は死ね
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 「子供」も頻出テーマです。


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トイレットペーパーの芯に指いれてなんだこの誇らしい気持ちは
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ありとあらゆる部分を使い自販機のボタン同時に押せよ 叶うぜ
――――
間奏で女性の悲鳴が薄っすらと聞こえるCDばかり集めた
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生後間もない木魚の放し飼いをしていますが動きませんよほとんど
――――
おびただしい数の天狗が電線に立って読んでる遺書らしきもの
――――
一度しかたぶん通用しないけど白鵬に勝つ技があります
――――
あの時に反撃すれば勝っていた昨日の喧嘩を思い出してる
――――


 「日常生活」をテーマにした作品も印象に残ります。


――――
店員が襲ってこない距離感でマネキンと同じポロシャツ探す
――――
値札見るまでは運命かもとさえ思ったセーターさっと手放す
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カフェのテラスで自己啓発本読むやつのバイブレーション手で跳ね返す
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ママチャリでロードバイクを抜き返す泣いたら強いんですよわたしは
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うつ伏せになってるキューピー人形が笑顔だという確証はないから
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おいでおいでの動きキモいと妹に言われる即刻猫ブーム去れ
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何ひとつ成しとげられずに生きてきたランキングがあれば一位だ
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マジレスが来たので眠りますここは私の独裁国家ですので
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