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『タルホ 稲垣足穂の破片』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

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お月様でいっぱいで
お月様の光でいっぱいで
それはそれはいっぱいで……
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一千一秒物語(稲垣足穂)より「A CHILDREN'S SONG」


 2020年8月7日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんの公演を鑑賞しました。勅使川原さんと佐東さんが踊る上演時間一時間ほどの作品です。

 紗幕をフルに活用した演出がクールです。最初から最後まで(終演後の挨拶のときも)観客席と舞台の間には紗幕がかかっており、これが幻想的な空間をつくりあげます。シンプルな舞台装置と基本技法だけでここまでの効果が出せるのか、という驚異を感じる演出です。

 特に佐東利穂子さんが斜め上からの(月光を強く連想させる)照明にてらされながら紗幕に近づき、姿が見えなくなり、その影だけがいきもののように動くさま。その影も消えたと思うと、背後に照明が当てられ、いきなり勅使川原三郎さんが出現したり。映像投影も含めて、稲垣足穂の世界を巧みに再現してみせます。

 勅使川原三郎さんの子供のような玩具のような奇妙な動きが印象的で、歩く姿勢だけで小さく見えるのはすごい。佐東利穂子さんの動きもこの世のものとは思えない。ダンスと演出が一体となって異世界をつくりあげた驚くべき作品だと思います。





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『台湾“駅弁&駅麺”食べつくし紀行』(鈴木弘毅) [読書(随筆)]

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 駅弁・駅麺の最大の利点は、安心感だった。台湾語を話せない外国人観光客にも親身に接し、受け入れようとする包容力。注文の仕方を間違えても、どうにか汲み取って対応してくれる寛容性。これらが、外国人旅行者にとっては最大の利点になるのではないかと思う。
 そして、駅弁・駅麺は、どれも美味しかった。辛口のコメントを残した場面もあったけれど、なんだかんだ言いながらも全部食べた。食べきれずに残したものは、ひとつもなかった。スープ麺は、スープを一滴たりとも残さずに飲んだ。弁当は米粒ひとつ残さずに食べ、排骨は骨までしゃぶった。舌だけでなく、体が受け付けたのだ。五香粉も、噂されていたほどには抵抗を感じなかった。日本に帰ってからも、時々台湾料理が恋しくなりそうだ。
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単行本p.191


 駅なかグルメのエキスパートが、台湾島を一周しながらひたすら駅弁と駅麺を食べる。駅なかグルメに特化した一風変わった台湾ガイドブックというか台湾旅行記。単行本(イカロス出版)出版は2020年6月です。


 台北を出発して台湾島を反時計まわりに電車を乗り継ぎ、出来るだけ多くの駅で下車しては、駅弁と、駅なかの店で麺を食べる。臺鐵便當(台湾鉄道駅弁当)制覇とか、台湾グルメ本でも意外になかったような気がする駅弁駅麺特化の台湾本です。


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 昨今、日本を訪れるインバウンドの観光客が増え、彼らの間では駅そばも人気の的となっている。海外の大衆グルメを研究することは、必ずや駅そばの研究にも活かされる。いや、それどころではない。国内の駅そばを研究するうえで、諸外国の大衆グルメ事情を知っておくことは、急務だと言ってもいい。この期に及んで、ようやくそこに気づいたのだ。(中略)本書は「プロが台湾の魅力を教えます」というスタンスで綴るものではない。私が真に伝えたいのは、「台湾は、初心者がふらりと訪れても、こんなにも楽しめるのだ!」ということだ。台湾に行ったことがない方、それどころか海外に出たこともない方、「行ってみたいけど言葉が分からないから」と尻込みしている方にこそ、ぜひ本書を読んでほしいと思う。
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単行本p.6、8


 あとがきで「よりにもよって乾坤一擲の想いで取り組んだ海外題材の単行本を出そうというタイミングでこうなってしまうのかと、頭を抱える日々である」(単行本p.206)とありますが、むしろ台湾に行けない悲しみを抱えて生活している台湾旅行リピーターの皆さんにお勧めの一冊。


〔目次〕

序章 2年ぶり2回目の台湾へ!
第1章 グルメ天国の台北駅
第2章 西部幹線を南へ!
第3章 台湾中西部と阿里山森林鉄路
第4章 南部の二大都市をゆく
第5章 東海岸駅弁街道縦走録
第6章 台北近郊散歩、そして凱旋
終章 国内で食べる台揺駅弁&駅麺




第1章 グルメ天国の台北駅
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 慌てて先に食べた臺鐵便當の容器を見ると、底の裏に「臺北」との記載があった。つまり、七堵製供の店舗では、1号店とは異なる惣菜の組み合わせで、異なる味付けの弁当を販売していることになる。そして、台北と七堵のほかにも、さらに4つの異なるバージョンが存在するというのだ。
 これはとんでもないことになった。台北製をひととおり食べただけでは、臺鐵便當を制覇したことにはならない。台北駅で食べた3個の臺鐵便當は、ほんのプロローグにすぎなかったのだ。6か所の調製所の弁当を全種類食べるのは難しいが、ベースとなる60元弁当は全調製所ののものを食べくらべておきたい。台湾一周旅行の課題が一気に増えて、「果たして胃袋が耐えられるだろうか?」という不安がこみ上げてきたのだった。
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単行本p.28


 旅は台北駅からスタート。臺鐵便當たべくらべ、バスターミナル弁当、駅二階フードコート、地下街で牛肉麺。初手から全力疾走で胃袋は大丈夫なのか。


第2章 西部幹線を南へ!
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 駅構内の店舗数は、必ずしも周辺の街の賑わい具合とは正比例しない。中歴駅のように賑やかな街で乗降者も多い駅の構内が意外なほど殺風景、ということもしばしば。反対に、鶯歌駅のように駅周辺の街は閑散としているのに駅構内が妙に発達していることもある。だから、自強号が停車する主要駅だけ降りて調査したのでは、なかなか台湾の駅なか事情をすることはできない。もちろんすべての駅を探訪することなど到底できないが、可能な限り多くの駅で降りてみる必要がある。
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単行本p.71


 いざ西へ、台中に向かって。板橋駅、鶯歌駅、桃園駅、埔心駅、苗栗駅、という具合に各駅で下車しては駅なか探索、ひたすら食べまくる。


第3章 台湾中西部と阿里山森林鉄路
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 日本ではお馴染みの“立ち食い”だが、海外ではなかなかお目にかかれない。韓国(釜山、大邱)では、一度も見かけなかった。香港では、街なかでは場末の車仔麺店などで何回か見かけたが、駅なかで巡り合ったのは一軒だけ。そしてここ台湾で、遂に初めて立ち食い席を擁する飲食店を発見したのだった。ちなみに、本書ではこの後に立ち食い席を備えた飲食店は登場しない。今回の旅で私が唯一邂逅した立ち食い店が、ここ高鉄台中駅の翰林茶棧だ。(中略)
 また彰化駅には、駅弁でも駅麺でもないが、たいへん珍しいスタイルの駅なか店舗があった。それは、島式ホーム上の島式店舗だ。3A・3Bホーム上に、売店“OKストア”と一体化した実演販売形式の紅豆餅(大判焼き)店がある。日本ではさして珍しくない光景だが、台湾にはこの立地の店舗がほとんどない。私が探訪した限りでは、高鉄やMRTも含めて、島式ホームの島式店舗はこの一軒だけだった。
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単行本p.91


 台中から台南へ。新烏日駅、員林駅、嘉義駅、そして阿里山森林鉄路を通って奮起湖駅へ。


第4章 南部の二大都市をゆく
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 高鉄台南駅の「深緑及水」で食べられなかったことが、悔やまれて仕方ない。帰国の飛行機に乗る前から、すでにモヤモヤとした再訪願望が渦巻いていた。帰国して、原稿を書き進めるうちにその願望はどんどん強まり、終いにはペンがまったく進まなくなってしまった。これは早々にもう一度台湾に行かないとダメだ。「深緑及水」のオープンは11月で、日付までは分からない。行くとしたら、12月。気づくと、私は12月12日出発の桃園行き航空券を手配していた。ここで再度取材に出るとなると、出版スケジュールが大幅に狂うことになる。それでも、行かずにはいられなかった。
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単行本p.112


 台南から高雄へ。台南駅、新左営駅、屏東駅、高雄駅。高雄の環状軽軌(ライトレール)駅もすべて探訪して食べまくる。帰国後も「これは早々にもう一度台湾に行かないとダメだ」と言い出すのも、みんなの“あるある”。


第5章 東海岸駅弁街道縦走録
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 10月に花蓮で購入した臺鐵便當と12月に台東で購入した臺鐵便當は、パッケージは同じだが内容が異なる。味付けはどちらも濃いめなのだが、排骨の質感は全然違う。同じ調製所で作られたものとは、ちょっと思えない。台東の臺鐵便當は紙箱だけ花蓮バージョンを使っていたと考えるのが自然なのではないだろうか。今さらながら本音を言うと、同日に花蓮と台東で60元弁当を購入すれば、明確な答えを導き出せたはずだ。2ヶ月のズレによって「時期による違い」の可能性が生じてしまったのだ。(中略)不完全燃焼のまま旅を終えることになってしまったのは、残念だ。本書内で明確な結論を示せないことを、お詫び申し上げたい。
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単行本p.153、154


 いよいよ折り返して東海岸を北上。金崙駅、台東駅、関山駅、池上駅、花蓮駅、福隆駅、猴硐駅。



第6章 台北近郊散歩、そして凱旋
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 決して強く印象に残る一杯ではなかった。「それだけに」と繋げてよいだろうか、食べている間じゅう、台湾を巡った日々が頭のなかを早送りで駆けてゆき、「旅はもう終わってしまうんだ」という実感がこみ上げてきた。旅先では、時間の経過がとても速く感じられる。その一方で、二週間前に桃園国際空港に降り立ったときの記憶が半年前のことのように感じる。(中略)旅はあっという間に終わってしまう。とてつもなく長いのに、あっという間なのだ。
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単行本p.185、186


 七堵駅、南港駅、松山駅、そしてついに台北への帰還。だが駅なかグルメの旅はさらに続く。地下鉄MRTの圓山駅、新北投駅、忠孝敦化駅、林口駅。空港でも食いまくる。帰国しても、大宮駅、錦糸町駅、熊谷駅、大阪阿部野橋駅、という具合に、国内で台湾駅弁&駅麺が食べられる店を探訪する日々が始まる。わかる。





タグ:台湾
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『Down Beat 16号』(柴田千晶、小川三郎、他) [読書(小説・詩)]

 詩誌『Down Beat』の16号を紹介いたします。


[Down Beat 16号 目次]
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『かぐや姫は今年も咲かない』(徳広康代)
『魂』(中島悦子)
『絵描き』(今鹿仙)
『洗濯屋』(小川三郎)
『明日になっている』(金井雄二)
『DOOR』(柴田千晶)
『音』(谷口鳥子)
『船岡山』『東京大明神』(廿楽順治)
――――――――――――――――――――――――――――


お問い合わせは、次のフェイスブックページまで。

  詩誌Down Beat
  https://www.facebook.com/DBPoets




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目には見えないけど
うすい膜のようで
竹槍で刺されたりすると
痛い

時には
偶然知らない土地で
生まれかわって
だから
いつも泣いている
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『魂』(中島悦子)より


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まっすぐ置いておいた花瓶が
不意に揺れて落ちるような
不安が胸に満ちてくる。

見渡すと
どの窓からも
ひとが外を眺めている。
どの窓にも花が飾ってある。
考えることは
みんなだいたい同じことだ。
だいたいみんな
同じ涙を流しているのだ。

私も
その涙でいいから
流してみたかった。
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『洗濯屋』(小川三郎)より


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汚れたドアのある画像をダウンロードして開いてみると、開いたドアの内側がふいに拡大され、壁に設置されたトイレットペーパーホルダーが見えた。ロールペーパーは逆向きにセットされていて、雑に千切ったペーパーの端がだらりと床まで垂れていた。さっきまで誰かがそこに居たかのように。
5月25日、緊急事態宣言全面解除 全国の陽性患者数の累計16581名。

針の束でチクチク刺されたような痛みが背中に広がってゆく。午前3時33分、「新型コロナウイルスの感染が増えています。外出は控えてください。」という防災無線が流れてきて、私の部屋の汚れたドアがゆっくりと閉じられてゆく。
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『DOOR』(柴田千晶)より





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『プラスマイナス 172号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

[プラスマイナス172号 目次]
――――――――――――――――――――――――――――
巻頭詩 『否いつもの夏の道』(深雪)、イラスト(D.Zon)
川柳  『永久凍土流出』(島野律子)
エッセイ『台湾トマトは果物です その二』(島野律子)
詩   『ペルセウス流星群』(深雪)
詩   『供物』(多亜若)
詩   『中央線』(琴似景)
詩   『完結しないと言う完成作品(墨流し)』(深雪、みか:編集)
詩   『犬の名前』(島野律子)
小説  『一坪菜園生活 55』(山崎純)
エッセイ『香港映画は面白いぞ 172』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 111』(D.Zon)
編集後記
 「行きたいところ」 その4 多亜若
――――――――――――――――――――――――――――

 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
http://shimanoritsuko.blog.so-net.ne.jp/





タグ:同人誌
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『荒潮』(陳楸帆、中原尚哉:翻訳) [読書(SF)]

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 速度制限を破るのは重罪だ。社会から跡形もなく消される。
 しかしいま、米米は大勢の仲間を連れてそのファイアウォールを突破しようとしている。まるでパラシュート一個を頼りに集団で摩天楼の屋上から飛び下りるような行為だ。
 青紫のLEDが米米の顔を照らす。宇宙を漂うように神秘的で美しい。
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単行本p.260


 世界中から集まる電子ゴミのリサイクル業で経済発展した中国シリコン島。最下層労働者はゴミ人と呼ばれ、最悪の環境汚染と劣悪な労働条件のもとで苦しんでいた。そんなゴミ人の少女が驚くべき覚醒を遂げたことから、島を牛耳る御三家と海外企業を巻き込んだ嵐が巻き起こる。サイバーテクノロジーの奇跡は身分制度に基づく社会体制やグレートファイヤーウォールを打ち破ることが出来るのか。そしてすべての発端である「荒潮計画」とは何か。『鼠年』『麗江の魚』『沙嘴の花』で注目された陳楸帆(チェン・チウファン)が放つ中華サイバーパンク長編。単行本(早川書房)出版は2020年1月、Kindle版配信は2020年1月です。


 ケン・リュウが編集英訳した現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』の冒頭に置かれ、読者の度肝を抜いた『鼠年』『麗江の魚』『沙嘴の花』。魅力的なSFアイデアと社会問題意識を見事に一体化させて撃ち込んでくる作風には感心させられました。ちなみに紹介はこちら。


2018年06月21日の日記
『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』
(ケン・リュウ:編集・英訳、中原尚哉・他:翻訳)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-06-21


 その陳楸帆のデビュー長編が本書『荒潮』です。

 舞台はシリコン島と呼ばれる中国沿岸の離島で、世界中から集まってくる電子ゴミのリサイクルが主要産業となっています。

 島は御三家とされる三つの名家に支配され、島民の生活を支えているリサイクル業に従事する最下級労働者は「ゴミ人」という蔑称で呼ばれています。中国全土から売られるようにして出稼ぎにやってきて、貧しい掘っ建て小屋に住み、安全基準の2400倍の鉛を含有する水を飲み、EPA基準の1338倍ものクロム濃度の土壌で眠り、ダイオキシン、フラン、酸性霧のなかで保護ギアもなしに重労働するしかない人々。


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 掘っ建て小屋と大差ない粗末な作業小屋が麻雀牌のようにすきまなく並んで道の両側を埋めている。道は細く、未処理のゴミを積んだ車両がやっと通れる幅しかない。
 金属製のケース、割れたディスプレイ、電子基盤、プラスチック部品、配線剤……。分解ずみの山と未処理の山があらゆるところに堆肥のように積まれている。そこに蠅のように群がり、動きまわっているのは、中国各地からやってきた出稼ぎ労働者だ。廃材の山から価値のある部品を集め、炉や酸浴槽に放りこんで溶かし、銅や錫、さらには金やプラチナなどの貴金属を取り出している。残りは燃やすか地面に捨てるかして新たなゴミの山になる。保護具などだれもつけていない。
 あたり一面が鉛色の煙霧におおわれている。煮えたぎる王水や酸浴槽から出る白い蒸気と、野や川岸でたえず燃やされるポリ塩化ビニル材や絶縁材や基盤から立ち昇る黒い煤煙があわさったものだ。対照的な二色は海風で渾然一体となり、あらゆる生き物の毛穴に染みこんでいく。
 そんなゴミの山で生活する人々の姿がある。地元ではゴミ人と呼ばれる。
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単行本p.28


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 シリコン島居住者には呼吸器疾患、腎臓結石、血液疾患が周辺地域の五倍から八倍も多発するとされている。癌の発生率も高く、ある村では一戸に一人は末期癌患者だった。汚染された釣り池の多くからは悪性腫瘍だらけの奇怪な魚がみつかる。死産件数も多い。出稼ぎの女が死産し、その死児の体が暗緑色で金属臭がしたという噂もある。シリコン島は呪われた島になったと老人たちは言う。(中略)
 この数週間、ゴミ作業員の生活と労働実態を体験してきた。若い女性たちの艶を失った病的な肌や、荒れてしみだらけの手を見た。いずれも強い腐食性の薬剤のせいだ。吐き気をもよおす悪臭を嗅ぎ、雇用主から配給される喉を通らないほど粗末な食事を口にした。信じがたい低賃金も知った。米米のことを思い出す。その笑顔は無邪気だが、肌の下の血管壁には重金属化合物がびっしり張りついているはずだ。嗅細胞は麻痺し、免疫系は損なわれている。彼女たちは自律的でメンテナンスフリーの機械だと思われている。この国の何億人という質の高い労働者とおなじく、死ぬまでこき使われるのだ。
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単行本p.47、110


 そんなシリコン島に、アメリカの企業が手を出してきます。近代的なリサイクル技術により島の汚染を減らし、環境保護と経済発見を両立させるという提案。しかし外資による島の乗っ取りが狙いと見て警戒する御三家。しかしそれでも彼らと組んでうまく立ち回れば、他家を蹴落とせるのではないか。それぞれの思惑がからんだ緊張関係が続くなか、米米(ミーミー)というゴミ人の少女が、違法な医療廃棄物から人工ウイルスに感染。米米の脳は再構成され、彼女は驚くべきサイバーアビリティを発達させてゆきます。


 パオロ・バチガルピを思わせる環境テーマSFと思わせておいて、第二部に入るや、いきなり巨大戦闘メカにジャックインしての大立ち回り、サイバースペース飛翔シーン、という具合にサイバーパンクの本領を発揮。そうだこの人、『沙嘴の花』の著者だった。

 いままで読んだことのない新しい要素といったものはありませんが、古き良きサイバーパンクを巧みにリブートしたような作品で、何しろ敵は「メガコーポ」とかいったぬるいアイコンではなく、現代中国の社会体制、そしてそれと共犯関係にあるといってよい、全世界を牛耳る新自由主義経済。カウガールと仲間たちが挑むのは、現代中国の階層化社会というか身分制度、そして国家により抑圧され管理されたネットワーク。もちろん彼らにわずかでもチャンスがあるとは読者も思わないわけですが、でもこれパンクだから。

 受難、迫害、犠牲、死、復活、奇跡、という神話の手順を踏んで誕生した米米の、そのコピーがダークウェブ(みたいな軌道上クラウド)に潜伏する、という展開からしておそらく続編を想定しているものと思われ、ぜひギブスン初期三部作の中華リブートというべきものに発展していってほしいものだと個人的に期待しています。サイバーパンクってよく知らないけどイキり文体と内輪受けガジェットを手癖で書いたノスタルSFでしょ、とか思っている若い読者にも読んでほしい。あのころは、熱くて、かっこ良くて、パンクだったんですよ。そう思ってたんですよ。





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