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『プラスマイナス 174号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

[プラスマイナス174号 目次]
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巻頭詩 『春の空 より』(琴似景)、イラスト(D.Zon)
俳句  『微熱帯 41』(内田水果)
エッセイ『我們的歌』(島野律子)
川柳  『春までの糸』(島野律子)
詩   『春の空』(琴似景)
詩   『花(墨流し)』(深雪、みか:編集)
詩   『春へ渡る』(島野律子)
詩   『誕生日 32』(多亜若)
小説  『一坪菜園生活 57』(山崎純)
エッセイ『香港映画は面白いぞ 174』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 113』(D.Zon)
編集後記
 「気になることば」 その1 mika
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 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
https://shimanoritsuko.blog.ss-blog.jp/





タグ:同人誌
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『2000年代海外SF傑作選』(橋本輝幸:編) [読書(SF)]

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 90年代以降、特定のサブジャンルが界隈の話題を独占するようなことはなかったが、トレンドをひとことで言えば複雑な世界観、不安の投影、ジャンルやサブジャンルの相互越境が特徴的だった。(中略)
 新たなミレニアムは平和な日常の劇的な崩壊に見舞われた。個人の日常を揺るがしたのはテロだけではない。2008年、米国の経済危機(リーマン・ショック)は世界各国に連鎖的にダメージを与えた。
 車は空を飛ばず、市井の人々にとっては宇宙は遠く、我々は不安に満ちた世界の渦中にいた。
――――
文庫版p.467


 生々しい冷戦の記憶とテロの恐怖。経済成長神話の終わり。インターネットの急激な普及と世代間の断絶。混迷と不安の時代にSFは何を書いたのか。2000年代を代表する翻訳SF九編を収録したアンソロジー。文庫版(早川書房)出版は2020年11月です。


【収録作品】

『ミセス・ゼノンのパラドックス』(エレン・クレイジャズ)
『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)
『第二人称現在形』(ダリル・グレゴリイ)
『地火』(劉慈欣)
『シスアドが世界を支配するとき』(コリイ・ドクトロウ)
『コールダー・ウォー』(チャールズ・ストロス)
『可能性はゼロじゃない』(N・K・ジェミシン)
『暗黒整数』(グレッグ・イーガン)
『ジーマ・ブルー』(アレステア・レナルズ)




『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)
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 ぼくのヘルメット・レーザーが藍色の夜空をめがけ、1ナノ秒間、祈りの光を放った。天空の〈荒野〉に1量子ビットを送るなら、1ナノ秒もあればいい。そして、待った。ぼくのしっぽが、ひとりでに左右に振れはじめる。腹の中には低い緊張の唸りが高まっていく。
 スケジュールどおり、赤いフラクタル・コードの豪雨が降りはじめた。ぼくのARビジョンが負荷にあえぎだす。雨季の大雨のようにネクロポリスに降りそそぐ高密度な情報の奔流を処理しきれなくなったのだ。鎖でつづった北極光がちらつき、消滅した。
「いけ!」猫に叫んだ。ぼくの中で奔放な歓びがはじける。夢の中で〈小動物〉を追うのと同じあの歓びだ。「いまだ、いけ!」
 猫が虚空にジャンプした。アーマーの翼がぱっと開き、氷のように冷たい風をつかむ。
――――
文庫版p.18

 主人を連れ去られ、取り残されてしまった犬と猫。彼らは飼い主を取り戻すべく世界に戦いを挑んでゆく。犬猫コンビが活躍するサイバーアクション小説。テンポよく繰り出される文章とガジェットの魅力で一気に読ませます。


『地火』(劉慈欣)
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「わからん。ただ、不安なだけだ。きみたちは国のエンジニアだから、わたしに口をはさむ権限はない。しかし、新しい技術には、たとえ成功したように見えても、つねに潜在的危険がある。この数十年、そういう危険を少なからず見てきた。(中略)それでもやはり、きみには感謝している。石炭産業の未来に対する希望を、この老人に見せてくれた」火柱をしばらく見つめてから、局長は言った。「お父さんも喜んでいるだろう」
――――
文庫版p.126

 地下炭層燃焼により炭鉱をガス田に変える。最新テクノロジーにより制御される石炭地下ガス化プロジェクトに挑む若き技術者。だが、人類は新しい技術を、地中の炎を、コントロールすることが出来るだろうか。『三体』で世界のSF界をゆるがした著者による自伝的要素を含む作品。どうしても原発事故を重ねて読んでしまう。


『シスアドが世界を支配するとき』(コリイ・ドクトロウ)
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 ぼくたちはみんなネットワークに対する想いや願いを共有し、そこでの自由を愛しているはずだ。その一方で、世界でもっとも重要な組織や政府にかかわるツールをあつかってきた経験もある。今や、まがりなりにも世界を管理できそうな立場にあるのは、ぼくたちだけだろう。ジュネーブはクレーターと化した。イースト・リヴァーは火の海だ。国連本部には誰も残っちゃいない。
 サイバースペース分散共和国はこの嵐をほとんど無傷でやりすごした。ぼくたちの手許にあるのは、滅びることのない、ものすごい、最高のマシンだ。これなら、もっといい世界を築きあげることも可能だろう。
――――
文庫版p.202

 同時多発大規模テロにより壊滅した世界。だが、それでも滅びないものがある。それがインターネットだ。生きのびたシスアド(システム管理者)たちが世界各地の拠点に集まり、ネットを、世界を、救おうと奮闘する。ギークたちの地獄と楽園をえがく作品。今となってはネットに対する素朴な信頼と希望がまぶしすぎる。


『コールダー・ウォー』(チャールズ・ストロス)
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「連中は化け物を目覚めさせた。そしてコントロールできなくなっている。信じられるか?」
「ええ、信じられますよ」
「明日の朝、またデスクについてくれ、ロジャー。あのトゥルーという怪物になにができるかを突きとめる必要がある。どうすれば止められるかを突きとめる必要があるんだ。イラクなんかどうだっていい。イラクはもう地図上の煙を上げている穴だ。だがK-トゥルーは大西洋岸に向かってるんだ。もしも止められなかったら、いったいどうなる?」
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文庫版p.310

 冷戦(コールド・ウォー)のさなか、ソ連がショゴスを実戦配備したとの報告が世界をゆるがす。米国の諜報員である主人公は東西軍事均衡を保つために奔走するが、恐れていた事態がついに現実となってしまう。最終兵器、コードネーム「K-トゥルー」が目覚めてしまったのだ……。例のネタを使って東西冷戦を皮肉るパロディスパイ小説。


『暗黒整数』(グレッグ・イーガン)
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 ぼくは、ふたりの友人とともに、ぼくたち自身の世界と同じ場所に存在しているが目には見えない幻の世界と結んだ協定の、円滑な運用をゆだねられている。幻の世界は決して敵ではないが、これは人類史上もっとも重要な協定だ。どちらの側も、核兵器によるホロコーストが針で刺された痛み程度に思えるような完璧さで、相手側を灰燼に帰す力を持っているのだから。
――――
文庫版p.352

 物理現象はすべて数学的演算だ。ゆえに異なる公理系に基づく複数の数論体系ごとにそれに対応する物理現実が存在する。そして、両現実に共通する真偽未定命題の真偽を演算により確定させることで相手側の数論体系を攻撃できるとしたら……。名作『ルミナス』の続編で、数論攻撃による純粋数学的冷戦を描きます。すごくイーガン。





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『予言』(鈴木ちはね) [読書(小説・詩)]

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西友が二十四時間営業でほんとよかった 西友は神
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堤防を上りつめたらでかい川が予言のように広がっていた
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万物の起源のように明るかったオリジン弁当 無くなっていた
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スロープと階段があってスロープのほうを下ればよろこびがある
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子ども会神輿が通るのを待てば子ども会神輿のあとの道
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 ごく当たり前のことにふと気づいた瞬間の不思議な気もち。ツイッターで見かけるありふれた話がもたらす小さな感慨。日常を素直によむ歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2020年8月です。


 まずは比喩や対比による効果が見事な作品が印象的です。


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西友が二十四時間営業でほんとよかった 西友は神
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堤防を上りつめたらでかい川が予言のように広がっていた
――――
万物の起源のように明るかったオリジン弁当 無くなっていた
――――
のり弁がぶちまけられているような雨の県道あるいてゆけば
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道の駅めぐりの果てにたどり着く完全に純粋な道の駅
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手を股に挟めばあたたかい自分東京五輪は即刻中止
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靴べらで靴へと足を流しこむ こういう時間の先に死がある
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 近所を散歩したり新幹線に乗って移動したりするとき、誰もが経験し感じるようなことを、抜け目なく言葉にした作品にはちょっとした驚きがあります。


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ひとしきり鴨に餡パンあげたあとで餌付け禁止の看板を見る
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スロープと階段があってスロープのほうを下ればよろこびがある
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いい路地と思って写真撮ったあとで人ん家だよなと思って消した
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狛犬は昔たくさん作られていまはほとんど作られてない
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引っ越しのトラックの左右からつよい男が飛びだしてくる
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子ども会神輿が通るのを待てば子ども会神輿のあとの道
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そのときは現在だった風景が窓越しにとめどなく流れる
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新幹線の田んぼの中の看板は実際行けば大きいだろう
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 家のなかの生活を題材にした作品から感じられる微妙な気もち。


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図書館で借りた本は読まなくていい返しさえすればそれでいい
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六年前の東京駅のキオスクのレシートが出てくる文庫本
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年金を払ってないと来る電話が払ってからはもう来なくなる
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年金を納めてないとかかってくる電話のようになまぬるい風
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パンツを四つ並べて干せば四日分だったんだなとわかるシステム
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ユニットバスのずっと切れてた電球を当てずっぽうで買ったらついた
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サイゼリア前を二往復してからサイゼでもいいかって入るサイゼリア
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 そしてみんな知ってることやネットで見たことをちょっと得意げによんだ作品からも感じる素直さが魅力的だと思う。


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あらかじめ100円用意しておくと駐輪場でスムーズになる
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最近はファミリーマートでりんごとかバナナとか白菜とか売ってる
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旅行が苦手と言う人の苦手な理由はだいたいなぜかいつも面白い
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アラル海いまはほとんど無いらしいそういう写真をツイッターで見た
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さるすべり(実際には猿は滑ることなく簡単に上ってしまうらしい)
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平成の初めの頃に生きていた犬ということはもういない犬
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『松岡政則詩集』(松岡政則) [読書(小説・詩)]

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あり得たかもしれないもうひとつの生、のようなもの
それが旅の本位だろう
あるく、という宿病
詩を書く、という闇
還りの海には
ひとを孤絶させるちからがある
わたしはひきょう者の気もちがわかる
――――
「うみのたまもの、はたけのくさぐさ」より


からだが決めることはたいてい正しい
土から離れたものはみなさみしい

あるくという行為は
ことばをすてながら身軽になるということだ

たびさきではいやなことはしないですむ
めしは姿勢をただしてだまって喰う


 歩くこと、食べること、旅、土、艸。命そのもののような激しさをこめたことばを誠実に書き留める詩人、松岡政則さん。その作品から選ばれた傑作を収録した待望の現代詩文庫です。単行本(思潮社)出版は2021年4月。


 もとになった詩集は次の八冊。

『川に棄てられていた自転車』
『ぼくから離れていく言葉』
『金田君の宝物』
『草の人』
『ちかしい喉』
『口福台灣食堂紀行』
『艸の、息』
『あるくことば』


 そのうち最新の三冊については以前に紹介を書きました。


2012年09月19日の日記
『口福台灣食堂紀行』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2012-09-19

2015年10月21日の日記
『艸の、息』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2015-10-21

2018年09月03日の日記
『あるくことば』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-09-03


 松岡政則さんの詩はどれも好き。身体に根ざした、いのちのように激しく嘘のないことば。誠実で、土地とからだからやってくることば。あさましく取り繕う言葉や他人を扇動しコントロールする言葉にまみれて生きていると、肺が新鮮な空気を求めるように、松岡政則さんの詩集を読み返したくなるのです。

 いくつかを取り上げて、さらにその一部だけ切り出して引用することを思うと、まるで生き物をハサミで切り刻むような恐さと罪悪感があるのですが、かといって他に紹介するすべも知らず、ここは思い切ってやります。部分引用します。


 まずは、初めのころの、激しいいのちのことば。


――――
外はまた降りだしていた 舞う事もなくまっすぐに降る雪だ 降り積もうとして降る雪だ もしかしたら母はいま 雪を感じているのだろうか 絶え間なく続くザーという微かな音を じっと聞いているのだろうか 夕べの消灯の時だった 死ぬのも楽じゃなぁのぉ 母はそう言ったのだ そのあとすぐ はぶから先に笑って見せたのだ 手を握る 夕べの母の手を握る 一心に握る 握っても握ってもまだ足りない握る こんな時にだ 言葉の気配がする
――――
「ICU」より


――――
ぼくは激しく立っていた
断固として揺れなかった
花を散らした山桜
芽吹きはじめた楢の類
裏山が風を吹かせているのだと思った
誰の弔辞も聞かず
そう
ぼくはひっしで詩の言葉を探していた
そうしないと
立っていられなかった
――――
「空もゆれていた」より


 そして「歩く」という行為。嘘はなく偽もなく、まるで「祈る」のように歩こうとする姿に圧倒されます。


――――
この頃「歩く」が気になる
「歩く」ばかり考えている
ぼくの「歩く」は保護区域に収容された飼いならされた
「歩く」ではないのか
土からもどんどん遠くなって
もうどこにも帰れない「歩く」ではないのか
ときどき他者の熱がする
ペタペタと恥ずかしい音がする
それでも「歩く」でしかいっぱいになれない事があった
「歩く」でしか許せない事があった
――――
「それはもう熱のような「歩く」で」より


――――
歩くは小さな声であり
川瀬のまばゆい光であり
アオバエのたかるどでかい牛に会いに行くことであった
歩くという行為はそのように
正直な喉になることであり
口づてであり報復であり知であり
祖々を畏れながら棄て続けることであった
――――
「わたしではありません」より


――――
たとえ誰かを傷つけようと
よごしてはならないものがある
歩くでしかあらがえないことがある
ひらがなの哀しみと
ちぶさももくさみどりみどり
――――
「千艸百艸」より


――――
ひかる雨を歩いてきた
ひとはときどき無性に雨にぬれたくなるものだ
からだが決めることはたいてい正しい
雨は未来からふるのか
過去からもふっているのか
かんぶくろの艸の実、艸の実、
土から離れたものはみなさみしい
――――
「艸の実、艸の実、」より


 そして旅。個人的に、台灣にいるという体験を書いた作品が大好きなので、そればかり引用します。書き写しているだけで台灣にいる。


――――
歩くとめし。
それだけでひとのかたちにかえっていく
歩いておりさえすれば
なにかが助かっているような氣がする
荒物屋、焼き菓子屋、飾り札屋、
ちいさな商店がならんでいる
路につまれたキャベツや泥ネギ
魚屋をのぞけば漫波魚(マンボウ)の切り身
繁体字のにぎわいにもやられる
なにやらこそこそしたくなる
あおぞら床屋みたいなのがあった
ながい線香をつんだ荷車が停まっていた
ここでみるものはみなからだによい
――――
「口福台灣食堂紀行」より


――――
なにやらもう賑っている
ひとびとの聲が
地を這うように聞こえてくる
熱い豆乳に揚げパン
これでなければ台灣の朝ははじまらない
耳の奥の空ろへ
食器のぶつかる音がひびく
シャオハイ(こども)の笑い聲もひびく
血くだがいちいち嬉しがる
わたしは雑多がたりないのだ音が足りないのだ
――――
「タイペイ」より


――――
ひるめしは咸魚炒飯に海藻スープ
お玉で中華なべをたたく音が食堂を生きものにする
具材はこまかく切った鶏肉に咸魚
きざんだネギやカイランサイの茎がはいっている
ひとの舌というものを知り尽くした味で
うまいにもほどがあった
たいがいにしろだ台灣
――――
「ダマダマ!」より


――――
「我怎麼會這麼的開心(ぼくはなんでこんなに楽しいのだろう)」
クラウド・ルーの「歐拉拉呼呼」がかかっている
しらない川、しらない震え
もうからだのどこにも散文はない
――――
「民族街3巷」より


――――
嫌われないように傷つけないように誰もが器用に過剰に生きている、その不潔。名づけようのないものを哀しみといってみる、その不潔。見すぎた気がする。いいやまだなにほどのものも見ていない気がするその不潔。だまっている不潔。近くの建物に若いひとがつどっているようだ。「島嶼天光(この島の夜明け)」の大合唱が聞こえる。
――――
「南澳車站」より


 最後はこの一節を引用して終わりたい。


――――
みたことはからだのどこかにのこる
でもだいじょうぶ
こうやってあるいておりさえすれば
五月のまことがふれにくる
母のよろこびをかんじる
あとは艸の差配にまかせればよいのだ
きょうの日のあるくが
いつかおまえを救うあめになる
――――
「これからのみどり」より





タグ:松岡政則
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『フレドリック・ブラウンSF短編全集4 最初のタイムマシン』(フレドリック・ブラウン:著、安原和見:翻訳) [読書(SF)]

――――
 ブラウンの小説世界は、すでに見たように文脈から切り離された〈意味〉が浮遊し偶然によって接続される極端な観念論的世界である。そこでは事実と妄想が区別されず、もちろん自己と他者も区別されない。ゆえに、滅びゆく愚かな人類の悲惨を味わいつつ、それを観念的な高みから笑うことができるのだ。(中略)想像の世界において、人は誰でも(というわけにはいかないかもしれないが)死ぬ自分自身の愚かさを親しみのこもった笑いをもってみつめることができる。その慰めにこそユーモアの最大の力があり、エンターテインメント作家としてのブラウンの真骨頂があるのだ。
――――
単行本p.357


 奇想天外なアイデア、巧妙なプロット、意外なオチ。
 短編の名手、フレドリック・ブラウンのSF短編を発表年代順に収録した全集、その最終巻。1951年以降に発表された、本邦初訳2編を含む全68編が収録されています。単行本(東京創元社)出版は2021年2月、Kindle版配信は2021年2月です。


 子どもの頃、繰り返し繰り返し飽きずに読み返したフレドリック・ブラウンのSF短編。今でもアイデアからオチまですべて憶えているというのも凄いことだけど、それでも今読んでやっぱり面白い、というのが素晴らしい。既刊の紹介はこちら。


2020年12月10日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集3 最後の火星人』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-12-10

2020年03月16日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-16

2019年07月31日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-07-31


 最終巻には多数のショートショートが含まれています。見開き2ページでオチまで駆け抜ける掌編の数々。例えば、次の一文を見ただけでアイデアとオチを反射的に思い出すのは私だけではないはず。


――――
パラドックスはまったく起こらなかった。金属はそのままだった。
――――
『実験』より

――――
彼は人工頭脳に顔を向けた。「神は存在するか」
――――
『回答』より

――――
ある日、ウォルター・B・イェホヴァは実践的唯我論者になった。
――――
『唯我論者』より

――――
そう言いながらボタンを押した。「これで時間が逆方向に流れるはずだ
――――
『ジ・エンド』より


 もちろん傑作短編も多く収録されており、最後まで楽しめます。


――――
 むしろ、すばらしい惑星なのだ。いまでは、ここで唯一の知的生物であることにすら慣れてしまった。その点ではドロシーに助けられた。たとえ返事はなくとも、話しかける相手がいるのはいいことだ。
 ただ――どうしても――また緑の惑星をこの目で見たい。
――――
『緑あふれる』より

 未知の惑星に墜落した男は、地球の緑を再び見たいという一心で生き延びようとする。何年も、たった一人で。
 ブラウンには「狂気と妄執」をテーマにした作品が数多くありますが、なかでも最も印象的な一遍でしょう。


――――
 ドアの把手に手をかけ、彼は長いこと立ち尽くしていた。やがてとうとうなかに入ってドアを閉じた。かちりと音がしてラッチがかかる。二度と開くことはないとわかったが、恐ろしいとは感じなかった。
――――
『家』より

 ひたすら謎の家のなかをさ迷い歩く男。背景説明を省き、悪夢めいた不条理感を凝縮したような傑作。


――――
 “現実ファイル”に実在する人の名前がリストアップしてあって、それのおかげでその人は現実の存在になってるんです。それで――これが夢の語呂合わせなんですけどね、現実っていうのは現実に、あるチェーン組織によって運営されてるんです。
――――
『事件はなかった』より

 他人には実在人物と非実在人物がいることに気づいた男。非実在人物を殺すと過去に遡ってその人物は存在しなかったことになる。こうしたことはそれを管理する組織によって運用されているのだ。パラノイア的妄想を巧みに活かした作品。


――――
 なぜただの一度も頭に浮かばなかったのだろう――すべての十パーセントとは、たんに金銭や結婚のことだけではなかったのだ。
――――
『エージェント』より

 成功と引き換えにあらゆる収入の十パーセントを渡す、という契約を悪魔とかわした男。約束通りどんどん成功するが、契約の適用範囲は金銭だけではなかった……。うまくひねったプロットにより、読後もずっと気にかかる一遍。





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