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『便利屋サルコリ』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


――――
「彼女がおれたちと組むのをやめて、ホステス業に専念したいと言い出したらどうする。おれたち二人そろって、彼女のヒモになるか?」
「そんなことはできない」骨崎はきっぱりと首を振った。
「リサコのタンカじゃないが、僕たちは正義の味方なんだ。現代社会にはびこる魑魅魍魎どもと、くれぐれも全力をつくすことなくほどほどに戦い、そこそこ稼ぐのが僕たちの使命なんだ。そのために、僕たち三人の名前を取ってサルコリカンパニーを設立したんだ。そうだろ?」
「まあそうだが、おれは別にヒモでもいいんだけどな……」
――――
単行本p.35


 頭脳明晰で性格極悪な猿田、身体能力が高くまじめな骨崎、容姿端麗なのに男運の悪さハンパないリサコ。三人の名前をとって名付けられた便利屋「サルコリ」には、次から次へと無理難題が持ち込まれる。三人組のチームが様々な事件や奇妙な依頼に取り組む連作短篇集です。単行本(光文社)出版は2013年11月、文庫版出版は2015年12月、Kindle版配信は2016年2月。

 尾行、自殺阻止、替え玉受験、ブログ執筆代行、はては人体切断や自衛隊員との競走まで。依頼されれば割と何でも引き受けてしまうチームサルコリのメンバーたちの活躍を描く作品集。どの依頼にも裏があったり予想外の問題が生じたりして一筋縄では行かないのですが、苦労しながらも何とか解決してしまうという、基本的にユーモラスな作品集となっています。

 『ハンザキ』でもそうでしたが、短篇の合間に置かれているショートショートがお手本になるようなレベルの高さで感心させられます。


[収録作品]

『最小限の犠牲』
『斬る』
『ミマデラの餌食』
『学校じゃ教えてくれないこと』
『尾行練習』
『合格率120パーセント』
『死んだ子の年齢』

ショートショート
  『疲れる夢』
  『天罰』
  『猫探し』
  『人間鯉』
  『メンバー紹介』
  『いつどこでとは言えないが』


『最小限の犠牲』
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「で、今の君は何をしてるんだ?」早川がたずねた。
「教えてあげるわ」骨崎の横からリサコが口を出した。「悪と戦う正義の味方よ」
「ほう」
「冗談です」骨崎があわてて訂正した。
「男二人、女一人で細々と営業している便利屋です」
――――
単行本p.21

 自衛隊で極秘研究をしているという科学者から、厳重な監視の目をかいくぐって渡された資料。軍が秘密にしている恐るべき計画とは何か。機密漏洩を阻止すべく追跡してくる(文字通り)隊員、必死で逃走する(文字通り)骨崎。世にも奇妙な追いかけっこ(文字通り)が始まった。


『斬る』
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「たしかに僕は便利屋です。しかし」骨崎は二尺三寸の大刀を上段に振りかぶった姿勢のまま、ガタガタ震えながら叫んだ。
「こんなことまでさせられるとは聞いてませんよ!」
「いいから斬れ」依頼人の声が飛んだ。
「首を落とすんだ。そのために君を雇ったんだぞ」
――――
単行本p.40

 君の剣術の経験を活かして、生きている人間の首を斬り落としてもらいたい。あまりに非常識な依頼に仰天する骨崎だが、他のメンバーを人質に取られて絶体絶命の窮地に。迫るタイムリミット。どうしてこうなる。


『ミマデラの餌食』
――――
 この番組の当夜の視聴率は、予想外の高さを叩き出した。テレビ局は、二人目、三人目を三万寺と対談させた。かれらは次々に三万寺の話術にかかって失言をし、そして失脚していった。視聴率は階段をのぼるようにアップした。ここに至って、テレビ局は三万寺の資質に気づいた。
 彼女には、人から失言を引き出す才能がある!
――――
単行本p.79

 三万寺陵子は相手から失言を引き出す名人だった。TV討論で彼女と対話した者はとんでもない失言・暴言をうっかり口にしてしまい、次々と社会的生命を失ってゆく。世間は大喜び。次に対談することになった政治家が震え上がって便利屋サルコリに駆け込んでくる。自分はきっと失言する、いや絶対にする、どうか助けてほしい、と。あんたそれでも政治家か。でも仕事は仕事。サルコリのメンバーは無敵の三万寺陵子に挑戦することに。彼女はどうやって相手に失言させているのか。その秘密を解きあかさない限り、勝ち目はないのだ。


『学校じゃ教えてくれないこと』
――――
“だって、どうせあたしも死ぬんだから。まったく学校なんて、何も教えてくれないところよね。人を殺したあとでどうしたらいいかって、大事なことじゃない? どうしてそういうこと教えてくれないのかしら。あたしは自分でわかってるからいいけど”
「ちょっと待て。いま死ぬって言ったか?」
――――
単行本p.120

 学校で教師を殺してしまったので今から自殺する。女子高生からかかってきた一通の電話に焦りまくる骨崎。感情の起伏が激しい彼女をなだめすかして思いとどまらせようとするも、どっちかと言えば翻弄されてる感じに。彼女の秘密とは何か。そして骨崎は彼女の命を救うことが出来るだろうか。


『尾行練習』
――――
「で、きのう言った条件の話だが――どうだ。これを機会にもう探偵学校なんかやめちまって、おれたち三人で商売を始めないか? 探偵よりおもしろいぞ。君たちなら十分おれのビジネスパートナーになれる」
「ごめんだわ。もうあなたの顔も見たくない」リサコは言った。
「僕もだ」骨崎も言った。
――――
単行本p.175

 サルコリカンパニー設立の前日譚。探偵学校で出会った三人が、試験準備として尾行した相手は、偶然にも凶悪な外国人窃盗団の一員だった。あっさり捕まって消されそうになる三人。果たしてこの窮地をどうやって脱するのか。まあ、いわゆるオリジンものなので、何とかなることは分かっているのですが……。


『合格率120パーセント』
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「なんてやつだ」骨崎は、あきれかえって叫んだ。
「自分の子供を人質に取って、自分の妻を脅かすなんて」(中略)
「よくよく男運のない女だな、君も」猿田はにやにやしながら言った。
「よくまあ、よりにもよって、あんな最低の男とくっついたもんだ」
――――
単行本p.197

 リサコの夫が子供を人質にして「替え玉受験」を強要してきた。仕方なく18歳になりすませて受験会場に向かうリサコ26歳。何とか彼女の夫に一泡ふかせてやろうと反撃の糸口を探す骨崎と猿田。色々な意味で困難なミッションの行方は……。


『死んだ子の年齢』
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「息子がいつ帰ってきてもいいように、ブログをあたためておきたい。その仕事を、猿田さん、あなたにお願いしたいのです」
「僕にですか」猿田はとまどった顔になった。
「しかし息子さんは、小説を書いてたわけでしょう。僕には小説なんか書けませんよ」
「それは問題ありません。なぜなら」善夫は意味ありげな笑みを浮かべた。
「正道がブログにアップしていたのは小説そのものではなく、自分の小説に対する自画自賛ばかりだからです。おそらく正道自身、小説など実際には一行も書くことなく、ただ書いたつもりになって、作家気分に酔っていたのでしょう」
――――
単行本p.224

 行方不明になった息子のブログを代理で更新し続けてほしい。猿田が受けた依頼は訳の分からないものだった。が、仕事は仕事。早速とりかかったものの、何しろブログ主は文章修業する気もない作家志望者。「自意識がやたら過剰なだけで内容的にはゼロに等しい文章をだらだらと書き連ねるのは、それを仕事と割り切った上であっても、なかなか精神的につらい作業だった」(単行本p.229)という今回のミッション。しかし、コメントも含めて自作自演の自己満足ブログに、謎のコメントが投稿される。失踪事件の裏に隠された真実とは。



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『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』(高野秀行) [読書(随筆)]


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 外国人に納豆について諄々と諭されてしまったのである。最大級の衝撃だった。納豆は日本独自の食品ではないとは思っていたものの、日本人に面と向かって訊かれるとそう答える自信がない。かたや、シャン族の人の話を聞いていると、あたかも日本が納豆文化圏における後進国のような気がしてくる。
 一体全体、シャンやカチンの納豆とは何なのだろう。
 今から考えれば、これが“アジア納豆”という未知なる大陸への入口だった。
――――
単行本p.9


 ミャンマー、ブータン、インド、ネパール、中国。アジアの様々な場所で食されている「納豆」。それはときに民族のアイデンティティになっているほどである。そして納豆を食べる「納豆民族」には、意外な共通点があった……。誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをする辺境作家、高野秀行氏がアジア各地の納豆作りの現場に取材した、旨みが糸を引く一冊。単行本(新潮社)出版は2016年4月です。


――――
 私も妻も彼の話に圧倒された。日本人の納豆など、全く太刀打ちできない世界だからだ。日本人は納豆が好きだといっても大半の人は朝、副食としてご飯にかけるだけである。中には納豆を使った創作料理もあるが、あくまでそういう食べ方をする人もいるという程度だ。でも、シャン族はさまざまな形で食べる。おやつとして食べ、調味料として料理に入れ、結婚のときにお寺に寄進する。シャン族にとって納豆は単なる食べ物ではない。文化だ。
 感嘆する私たちにとどめを刺すように彼は言った。
「トナオは僕たちのソウルフードなんだ」
 グルは二十年前、シャン独立の夢を語ったときより自信に満ちていた。そしてなんだか得意気だった。
――――
単行本p.23


 日本人の多くは「納豆は日本特有の食品。ガイジンにはその旨さは分からない」「我らは納豆に選ばれし民」などと漠然と思っていますが、いやいや納豆はアジア各地で作られ、食べられていますよ、むしろ日本より豊かな納豆文化がありますよ、日本もその納豆文化圏の一員なんですよ、ということを明らかにしてくれる本です。


――――
 アジア納豆とは一言でいえば「辺境食」である。
 東は中国湖南省から西はネパール東部に広がる、標高五百から千五百メートルくらいの森林性の山岳地帯やその盆地に住む多くの民族によって食されている。(中略)
 納豆民族はアジア大陸部でも日本でも、納豆に対して抱く感情が驚くほど似通っている。(中略)彼らは納豆に対して「身内」のような思いを抱いている。心の中では「うちの納豆がいちばんおいしい」とか「うちの納豆こそ本物」という手前納豆意識に満ちている。シャン族やナガ族のように、「民族のアイデンティティ」としている人たちもいる。最近の日本人も同列である。
――――
単行本p.304、309


 とはいえ学術研究書ではなく、何しろ著者が高野秀行氏なので、とにかく現地に行って、そこの納豆を食べ、実際に作る現場と過程を見せてもらい、自分でも納豆作りや納豆料理に挑戦し、という具合に体当たりで取材してゆく、いつものめっぽう面白い探検本・体験記になっています。


――――
 ふつう、料理の体験取材など一、二回やれば十分だろうが、どうにもやめられないのはシャンの納豆料理には無限とも思われるバリエーションがあり興味が尽きないからだ。というより単純に「もっと食べたい」と思ってしまうのだ。(後で先輩は「いくらなんでももういいだろうと途中から思った」と語っていた)。(中略)
 十日もすると、恐ろしいことに私たちにも各地のトナオのちがいがわかるようになってしまった。豆の匂い、発酵の深さ、香りと微妙な臭み……。なぜこの明らかな違いを認識できなかったのか、今はそちらのほうがわからない。以前、ムンナイの納豆は「風味が薄すぎる」と思ったが、それも全くの無知だった。薄いのではない。品がいいのだ。
――――
単行本p.99、100


 どんどんアジア納豆にハマってゆく高野氏と先輩。納豆菌が脳にまわったのではないかという「発酵」具合が香ばしい。


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 私の内面に構築された納豆観は広く展開し、外側にもあふれ出した。他の人にものべつまくなしに納豆について語るようになったのもこの頃からである。妻が迷惑顔をするのは序の口で、飲み会の席上で納豆の話が止まらなくなり、ふと気づいたら他の人々全員が無言でこちらを見つめていたという状況も一度や二度ではない。(中略)
 とはいえ、私などは他人に若干の迷惑をかけるだけだから、まだマシだ。中には納豆観どころか人生観まで変わってしまった人がいた。
 竹村先輩だ。
 先輩はシャン州滞在中から、妙な思いつきにとらえられていた。それは「テレビのディレクターを辞めて、シャンのせいべい納豆売りになる」という不可解なものだった。(中略)真剣な顔で嘆く先輩を、しかし私は笑うことはできなかった。気持ちはわからないでもないのだ。いや、今やとてもよくわかるようになっていた。
 納豆はどこか人を「童心」に戻らせるところがある。それは納豆が持つ“単純なのにすごく奥深い”という性質と関係があるのかもしれない。納豆にはまだ日本人の知らないすごい可能性がある。そしてそのすごい可能性を自分で開拓できるんじゃないか、という気がするのだ。
――――
単行本p.128、129、130


 こうしてほぼマタンゴ状態となった著者は、ミャンマーのシャン州・カチン州、インドとミャンマーの国境地域、ネパール、中国湖南省、さらには日本各地を飛び回ることに。

 食品技術センターにミャンマーとブータンの納豆を持ち込んでその納豆菌が日本の納豆と同じであるか否かを確認してもらったり、様々な植物の葉を使った納豆作りを試してみたり、ついには日本納豆の起源を求め「日本人は縄文時代から納豆を食べていた」という大胆な仮説を検証すべく「縄文納豆」作りに挑戦したり。

 好奇心だけでどこまでも突き進む様はいつものように痛快です。その姿勢を著者はなかば無理やり納豆の起源にからめてこう記します。


――――
 人間は昔から未知のものに対する好奇心をもっていたと思うのだ。知らない場所に行ってみる。知らないものを探索してみる。そして、知らない植物や腐ったように見える種をなんやかんや工夫して食べられるようにしてみる。その好奇心やチャレンジ精神こそが縄文時代からの最強のサバイバル術であり、現代にまで至る人間の文化や文明をはぐくむ原動力だったのではないか。
――――
単行本p.135


 というわけで、全篇これ納豆づくしの本です。当初、知られざるアジア山岳部の民族を「納豆」をダシにして日本の読者に紹介するつもりだった(のに納豆そのものにハマってさあ大変)というだけあって、アジア辺境各地の旅行記としても素晴らしく、納豆を通じて世界の多様性と共通性が見えてくるところは感動的。納豆そのものが好きではない方にもお勧めします。



タグ:高野秀行
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『SFマガジン2016年10月号 海外SFドラマ特集・「スター・トレック」50周年記念特集』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2016年10月号は、海外SFドラマ特集・「スター・トレック」50周年記念特集号でした。また、「ケリー・リンク以降――不思議を描く作家たち」と題するストレンジ・フィクション特集として海外短編4篇が掲載され、さらに草上仁さんの読み切り短編も掲載されました。


『OPEN』(チャールズ・ユウ:著、円城塔:訳)
――――
二人きりのときに、さも親密なように振る舞うのはなんていうか、つくりごとみたいな感じがした。そういう設定のように思えた。まるで、誰も観客のいない劇場に立つ役者みたいで、僕はただ、与えられたキャラクターを演じようと言っているのに、彼女の方ではもうつきあえないって感じ。向こう側の誰か僕らが、こっちまで僕らについてきていた。僕らは僕らでいるために僕らのための観客が必要だった。「僕ら」でいるために。
――――
SFマガジン2016年10月号p.192

 さしたる理由もなく突然開いた並行世界への扉。開いたその向こうには、やっぱり僕たちがいた。他者との関係から現実感あるいは当事者意識のようなものが失われてしまう、誰もが感じたことのあるあの感覚を「並行世界の自分たちとの交流」として描く、いかにもチャールズ・ユウらしい作品。ちなみに長編『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』読了時の紹介はこちら。

  2014年06月13日の日記
  『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』(チャールズ・ユウ:著、円城塔:翻訳)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-06-13


『弓弦をひらいて』(ユーン・ハ・リー:著、小川隆:訳)
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世界が聞く、語られた言葉にはどれも一つずつ、一つだけ真逆があり、それは反対語であることはめったになく、同一言語である必要もない。正逆の言葉の組み合わせは完全無欠な静謐のときをもたらし、それは宇宙を誕生せしめた虚空への回帰となる。われらの聖域の外で一つの言葉が語られると、迷路はその逆を吐き、それは書き留められるまで谺しつづけるのだ。
――――
SFマガジン2016年10月号p.202

 「世界には秘密の場所がある。われらが迷宮もその一つだ」
 あらゆる言葉には真逆となる言葉が存在し、それらは互いに対消滅する。われらが迷宮にあらわれた女が探し求めたもの。それは、自分自身がその真逆となる言葉。あらゆる言葉から構成される言語空間における不動点だった。みんな大好き「数学ネタ+言語SF、異世界ファンタジー風味」。


『魔法使いの家』(メガン・マキャロン:著、鈴木潤:訳)
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「わかるでしょ。わたしたちは大地の女。どんなに凍えようとも、体に熱い血をめぐらせているのよ」
――――
SFマガジン2016年10月号p.222

 親からお稽古事にゆけとうるさく言われて、魔法使いの弟子となった少女。ウィッチクラフトの世界に足を踏み入れた若い女性が体験する幻想と官能を活き活きと描いた中篇。


『ワイルド家の人たち』(ジュリア・エリオット:著、小川隆:訳)
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ぴりぴりと痛む首の傷口からベンの唾液がわたしの血流に少しずつ入りこんだ。わたしは待った。毒が心臓に達すると、かすかに焼けるような感じがした。喉の奥に胃酸がこみあげてきた。死んだ動物の味が口のなかに広がった。荒々しい希望と気持ちを萎えさせる絶望が肉を黒く染め、動物の狂気は沈黙した。いまでは毒が体にまわって、わたしを変え、強く悪賢いものにしていった。
――――
SFマガジン2016年10月号p.239

 お隣に引っ越してきたワイルド家の兄弟たちは、まるで獣の群れのようだった。興味津々の少女は、動物みたいに群れの一員になることを夢想するうち、次第に「思春期」という毒が体にまわってもうヤバいことに。青春小説の傑作。


『宝はこの地図』(草上仁)
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 いつもの時間にジェットヘリが来て、砂漠にビラを撒いて行った。何千枚ものビラだ。本日の宝探し。本日のクイズ。知恵と体力のある者だけが獲得できる、生存権の報酬。
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SFマガジン2016年10月号p.339

 元流刑地の惑星ディーツでは、毎日毎日が過酷な生存競争だった。支配者がまいたビラを頼りにクイズを解き、目的地を見つけ、他人より早く到着して、トラップを解除できれば、食料が手に入るかも知れない。知恵と体力のいずれかが不足している者には、ただ死あるのみ。シェクリイ風の奇妙で残酷な宝探しレース小説。



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『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(上阪徹) [読書(教養)]


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 取材では、あらゆる質問について、ほぼ明確な理由を答えてもらうことができた。尋ねると、そこには必ず答えがあった。このスーパーは、すべてに理由がある、と感じた。(中略)誰かに語れるほどの思いやこだわりがあるかどうか。人が驚くほどのものになっているかどうか。成功するためには、それこそが問われるのだ。うまくいくには、きちんとしたそれなりの理由が必要なのである。
 これは、あらゆる事業について、いえることだと思う。
――――
単行本p.7、229


 デフレ経済下で縮小を続ける消費者向け小売市場。そこにあって店舗数や売り上げを伸ばしている希有なスーパーマーケットがある。成城石井である。商品は他のスーパーに比べて安くないのに、なぜ売れているのだろうか。徹底した取材により成城石井のビジネスを明らかにする一冊。単行本(あさ出版)出版は2014年6月、Kindle版配信は2016年8月です。


――――
「ここまでやっている会社はないと思っています。逆にいえば、ここまでやらないと、本当においしいものを届けることはできません。(中略)成城石井の商品は値段が高い、といわれることがあります。たしかに単純に比較すれば、他のスーパーより高いものもあります。ただ、ストーリーをきちんとお伝えして、そこまでこだわっている生産者がいて、その気持ちを理解してこだわって売ろうとする私たちがいて、それでも本当に高いでしょうか、ということは問うてみたいんです」
――――
単行本p.31、43


 経営陣から店員まで、成城石井で働く人々に対する徹底したインタビューでその人気の秘密を明らかにしてゆきます。商品の品揃えや顧客サービスはもちろんのこと、顧客からは見えない仕事についても、そのこだわりを具体的に紹介してくれるところが印象的。

 例えば、物流部門の担当者はこう語ります。


――――
「まだまだ足りないところはあると思います。でも、牛乳を切らしているお店はまずありません。豆腐も、卵も。基本的なものがなくなったら、お客様はどうするのか、と常に危機感を持っているから。これは、儲けの話ではないんです」
――――
単行本p.76


 生産者との取引をまとめるバイヤーの仕事。


――――
近年でこそ、成城石井の名前は海外でも知られるようになってきているが、かつてはまったくそんなことはなかった。一部のカテゴリーでは今なお知名度はない。
「だから、バイヤーは、お店で売らせてほしいと懸命に頭を下げることになるわけですね」
 海外の場合、成城石井の店舗内の写真を見せることが最も有効なのだという。成城石井がどんな商品を扱っているか。世界からどんな商品を輸入しているか。それが、一目瞭然だからだ。
(中略)
 世界の一流メーカーは、誰にでも売りたいわけではない。商品の価値を知り、理解し、自分たちも認める顧客に売ってほしいと思っているメーカーも多いのだ。
 そして購買の実力は、置かれている商品で判断される。“日本の小売店が、あのメーカーと取引をしているのか”という驚きが広がるという。だが、それでも簡単には取引をしてもらえるとは限らない。
――――
単行本p.87


 そして食品開発。


――――
 それにしても、どうして本格的な惣菜を作ることができるのか。セントラルキッチンのトップでもある、常務執行役員製造本部長の小川学氏に話を聞いた。
「それは、プロの料理人が作っているからです」
 一流ホテルや一流レストラン、和食店などで働いていたプロの料理人が作っているのが、成城石井の惣菜なのだ。
 それこそ、自分で店を出せるレベルの人たちもいるという。
(中略)
 レシピの開発者は、おおよそ20人。月に30ほどのアイテムが世に送り出されるという。実際、年間350ほどが新しいアイテムになっている。端的に1日にひとつ。これは相当なペースだ。
――――
単行本p.102、110


 こんな具合に、オリジナル商品開発、出店戦略、企業風土、人材育成と業績評価、そして買収騒動の顛末まで、明確に説明されてゆきます。成城石井の成功には特別な秘訣があるわけではなく、ただ小売りスーパーは顧客に何を提供すべきかをきちんと考え、ちゃんと実行している、それだけだ、ということがよく分かります。


――――
「商売って、そんなに難しいものではないと思っているんです。やらなければいけないことを、徹底するだけ。特に基本を徹底するだけ。難しいとすれば、それを継続することだと思っています。本当に当たり前すぎて、みんなやらないんです。当たり前のことをやり続けることが、一番大事なんです」
 だから成城石井は、やり続けられるための仕組みを作っているのである。
――――
単行本p.149


 というわけで、成城石井、あるいは小売り業全般に興味がある方にはもちろんのこと、個人的には、昨今の荒んだ世相やニュースのおかげで、「仕事」というものに対するネガティブ、というかブラックな先入観を抱きがちな若い人にお勧めしたい。様々な現場にきちんと考えて仕事をしている人々がいて、それが私たちの社会を作り動かしているのだという、当たり前のことを理解してほしい。社会に対するそんな活き活きとしたイメージを持ってほしい。そう思うからです。



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『ハンザキ』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「半崎さん。どうしたの」クイーンが言った。
「えっ?」
「どうして大勝負に勝てたか、そのわけを聞いてるのよ」
「わけなんかない。鉄則を思い出しただけさ」半崎はつぶやくように言った。
「鉄則?」
「すべてを疑うこと。疑いたくないものをこそ疑うこと。たとえば――友情とか」
――――
単行本p.249


 「半崎考一。ギャンブラーです。と言っても、なかなかギャンブルに専念できないのが実情でしてね」。頼まれれば断れない性格が災いしてか、次々と奇妙な事件に巻き込まれるギャンブラー、半崎考一。彼の活躍をえがく連作短篇集です。単行本(双葉社)出版は2014年2月。

 ポーカー、コイントス、競馬、ルーレット、賭け試合、そしてロシアンルーレット。半崎考一を主人公とする六つの短編と五つのショートショートを収録した作品集です。いずれも賭博を題材にしていますが、勝負の行方がプロットの中心になるギャンブル小説だけではなく、むしろそう思わせておいて別方向に着地を決めるミステリ作品も多いので、油断は禁物。

 メインとなる短編はスリルとサスペンスたっぷりで面白いのですが、ショートショートもさりげなくレベルが高いのに感心しました。プロットの完全性、アイデアの鮮やかさ、オチの意外性、いずれもショートショートのお手本のようによくできています。


[収録作品]

『この手500万』
『乗るな!』
『自己責任』
『ハイドランジャーに訣れを』
『地下闘技場』
『不可触』

ショートショート
  『一階まで』
  『断食する容疑者』
  『持論』
  『待ったの神様』
  『まだ遅くない』


『この手500万』
――――
 半崎自身の経験からしても、三対一のイカサマの場合、仕掛けられた側が勝つことはまず不可能だ。千野が断固として見せようとしない手が何であれ、他の三人すべての手を上回るものである可能性はかぎりなくゼロに近い。
 ただ――と半崎は思う。ただ、ゼロではない。
――――
単行本p.19

 ヤクザとのポーカー勝負でぼろ負け、これで負ければ臓器売買という最後の勝負で半崎に泣きついてきた知人。助ける義理などないのに、お人好しにも現場に向かう半崎。伏せられている手をちらりと見た半崎は、テーブルに無造作に札束を積み上げてゆく。コール、レイズ、コール、レイズ。ついに札束は500万円に達する。ハッタリか、それとも……。緊迫したポーカー勝負の行方、読者の意表をつく結末。半崎考一の初登場作品だけあって、気合の入った傑作です。


『乗るな!』
――――
「裏――あなたの勝ち」半崎は、信じられないものを見る目つきで桂子を見た。桂子は当然だというように微笑している。
「田坂さん四連勝よ。すごいじゃない!」ナミが興奮してこちらに駆けよろうとした。
「来るんじゃない!」半崎は背中を向けたままナミを制し、五回目のトスをした。
「表」桂子が言った。
「裏――」半崎はちょっと右手を浮かせると「どうなってるんだ」とつぶやき、舌打ちしてコインをポケットにしまった。
――――
単行本p.68

 空港で広まった流言のために大幅な遅延を余儀なくされた航空便。足止めされた半崎とその姪は、流言を撒き散らした犯人を見つけ出すためにある女性に協力を依頼するが、なかなか了承してもらえない。それでは、とコイントスで勝負を挑む半崎だが、五回勝負でまさかのストレート負け。しかも彼女は自分が勝つことを明らかに知っていた……。半崎が自分でトスし、自分で裏表を確認する。その条件でどうやってそんなことが可能なのか。そして犯人の真の動機は何か。


『自己責任』
――――
「やつらは、あんたに予想をあてることなどできっこないと、タカをくくってる。
 あんたが予想をはずす。娘が殺される。これがやつらの描いた絵だ。であればこそ、あんたは予想を当てなければならない。
 たとえそれがどれほど低い可能性であっても、針の穴にクジラをくぐらせるよりむずかしいことであっても、あんたはそれを成功させなければならない。犯人に娘さんを殺すのを思いとどまらせる、少なくともためらわせるためには、それしかないからだ」
――――
単行本p.100

 予想を外しまくることで有名な競馬評論家の娘が誘拐された。犯人の要求は、最終レースの予想を公開し、的中させること。それが出来なければ娘を殺すという。泣きつかれた半崎は、彼の予想を「的中」させるためのトリックを考えなければならなくなる。ラジオで実況中継されているレースの結果を操作することなど、はたして可能なのだろうか。


『ハイドランジャーに訣れを』
――――
「三度目はなしか……」半崎はつぶやいた。
「三度目?」
「彼女とは二度会った。二度ともルーレットのテーブルだ」半崎は、ばさりと新聞を投げだした。
「あんな女にはもう会えないだろう……」
――――
単行本p.139

 カジノで出会い、気まぐれにルーレットで勝負することになった男と女。二人は息のあったプレイでディーラーを翻弄し、大勝ちをせしめる。互いの腕前を認め合い、意気投合した二人。だが、女には秘密があった……。クズに振り回されて散々苦労してばかりの半崎、さすがに気の毒に思った作者が、美女とのロマンスで花を持たせてくれたのかと思う読者もいるでしょうが、残念ながら……。いや、そんな素直な読者はいないか。


『地下闘技場』
――――
「おれをハメた女を助けるために、試合とやらに出ろというのか? 馬鹿馬鹿しい。そんなことするわけが――」
「あるさ。いきさつはどうあれ、困っているやつがいれば助けずにはいられない。おまえはそういうやつなんだ。だろ半崎?」
――――
単行本p.179

 困っている奴がいると手を差し伸べずにはいられない。割とお人好しの性格を利用され、格闘技の違法な賭け試合に出ることを強制される半崎。相手は元ボクサー。一介のギャンブラー風情に勝ち目はない。誰だってそう思う。だからこそ、オッズが跳ね上がる。そして半崎は、この圧倒的不利な状況下で、勝たなければならないのだ。ギャンブルではなく、格闘で。


『不可触』
――――
「ギャンブラーの指先の感覚というのはそういうものです。指先で麻雀の牌文字を読み取る。カードのわずかな傷、ほつれを指先で記憶する。些細なことが勝敗を分けるとみんな知っているからこそ、五感を極限まで研ぎすますのです。
 神の使いとか、霊力とか、そんなものは関係ない。ギャンブルとは現実を踏まえた上で、すべてを運にまかせて有り金を放り出すことです。それを知っている者だけに、ギャンブルの女神は微笑んでくれる」
 半崎は手探りで弾丸を一発手に取ると拳銃に装填し、シリンダーを回転させた。銃口を自分のこめかみに当てると、無造作に引き金を引いた。
――――
単行本p.246

 「半崎。あとを頼む」。そう言い残して自分のこみかめに向けた拳銃の引き金をひいた男。彼は半崎の親友だった。事件の真相を追う半崎は、これまで全戦全勝、神の使いと呼ばれている少年とのロシアンルーレット勝負に挑む。何かトリックがあるはずだ。しかし、それを見破れなければ死ぬことになる。文字通り命を賭けた勝負のなかで、半崎の覚悟が試される。最終話、半崎はギャンブラーとしての意地を見せることが出来るだろうか。



タグ:両角長彦
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