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『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(上阪徹) [読書(教養)]


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 取材では、あらゆる質問について、ほぼ明確な理由を答えてもらうことができた。尋ねると、そこには必ず答えがあった。このスーパーは、すべてに理由がある、と感じた。(中略)誰かに語れるほどの思いやこだわりがあるかどうか。人が驚くほどのものになっているかどうか。成功するためには、それこそが問われるのだ。うまくいくには、きちんとしたそれなりの理由が必要なのである。
 これは、あらゆる事業について、いえることだと思う。
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単行本p.7、229


 デフレ経済下で縮小を続ける消費者向け小売市場。そこにあって店舗数や売り上げを伸ばしている希有なスーパーマーケットがある。成城石井である。商品は他のスーパーに比べて安くないのに、なぜ売れているのだろうか。徹底した取材により成城石井のビジネスを明らかにする一冊。単行本(あさ出版)出版は2014年6月、Kindle版配信は2016年8月です。


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「ここまでやっている会社はないと思っています。逆にいえば、ここまでやらないと、本当においしいものを届けることはできません。(中略)成城石井の商品は値段が高い、といわれることがあります。たしかに単純に比較すれば、他のスーパーより高いものもあります。ただ、ストーリーをきちんとお伝えして、そこまでこだわっている生産者がいて、その気持ちを理解してこだわって売ろうとする私たちがいて、それでも本当に高いでしょうか、ということは問うてみたいんです」
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単行本p.31、43


 経営陣から店員まで、成城石井で働く人々に対する徹底したインタビューでその人気の秘密を明らかにしてゆきます。商品の品揃えや顧客サービスはもちろんのこと、顧客からは見えない仕事についても、そのこだわりを具体的に紹介してくれるところが印象的。

 例えば、物流部門の担当者はこう語ります。


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「まだまだ足りないところはあると思います。でも、牛乳を切らしているお店はまずありません。豆腐も、卵も。基本的なものがなくなったら、お客様はどうするのか、と常に危機感を持っているから。これは、儲けの話ではないんです」
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単行本p.76


 生産者との取引をまとめるバイヤーの仕事。


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近年でこそ、成城石井の名前は海外でも知られるようになってきているが、かつてはまったくそんなことはなかった。一部のカテゴリーでは今なお知名度はない。
「だから、バイヤーは、お店で売らせてほしいと懸命に頭を下げることになるわけですね」
 海外の場合、成城石井の店舗内の写真を見せることが最も有効なのだという。成城石井がどんな商品を扱っているか。世界からどんな商品を輸入しているか。それが、一目瞭然だからだ。
(中略)
 世界の一流メーカーは、誰にでも売りたいわけではない。商品の価値を知り、理解し、自分たちも認める顧客に売ってほしいと思っているメーカーも多いのだ。
 そして購買の実力は、置かれている商品で判断される。“日本の小売店が、あのメーカーと取引をしているのか”という驚きが広がるという。だが、それでも簡単には取引をしてもらえるとは限らない。
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単行本p.87


 そして食品開発。


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 それにしても、どうして本格的な惣菜を作ることができるのか。セントラルキッチンのトップでもある、常務執行役員製造本部長の小川学氏に話を聞いた。
「それは、プロの料理人が作っているからです」
 一流ホテルや一流レストラン、和食店などで働いていたプロの料理人が作っているのが、成城石井の惣菜なのだ。
 それこそ、自分で店を出せるレベルの人たちもいるという。
(中略)
 レシピの開発者は、おおよそ20人。月に30ほどのアイテムが世に送り出されるという。実際、年間350ほどが新しいアイテムになっている。端的に1日にひとつ。これは相当なペースだ。
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単行本p.102、110


 こんな具合に、オリジナル商品開発、出店戦略、企業風土、人材育成と業績評価、そして買収騒動の顛末まで、明確に説明されてゆきます。成城石井の成功には特別な秘訣があるわけではなく、ただ小売りスーパーは顧客に何を提供すべきかをきちんと考え、ちゃんと実行している、それだけだ、ということがよく分かります。


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「商売って、そんなに難しいものではないと思っているんです。やらなければいけないことを、徹底するだけ。特に基本を徹底するだけ。難しいとすれば、それを継続することだと思っています。本当に当たり前すぎて、みんなやらないんです。当たり前のことをやり続けることが、一番大事なんです」
 だから成城石井は、やり続けられるための仕組みを作っているのである。
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単行本p.149


 というわけで、成城石井、あるいは小売り業全般に興味がある方にはもちろんのこと、個人的には、昨今の荒んだ世相やニュースのおかげで、「仕事」というものに対するネガティブ、というかブラックな先入観を抱きがちな若い人にお勧めしたい。様々な現場にきちんと考えて仕事をしている人々がいて、それが私たちの社会を作り動かしているのだという、当たり前のことを理解してほしい。社会に対するそんな活き活きとしたイメージを持ってほしい。そう思うからです。



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