SSブログ

『ハンザキ』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


――――
「半崎さん。どうしたの」クイーンが言った。
「えっ?」
「どうして大勝負に勝てたか、そのわけを聞いてるのよ」
「わけなんかない。鉄則を思い出しただけさ」半崎はつぶやくように言った。
「鉄則?」
「すべてを疑うこと。疑いたくないものをこそ疑うこと。たとえば――友情とか」
――――
単行本p.249


 「半崎考一。ギャンブラーです。と言っても、なかなかギャンブルに専念できないのが実情でしてね」。頼まれれば断れない性格が災いしてか、次々と奇妙な事件に巻き込まれるギャンブラー、半崎考一。彼の活躍をえがく連作短篇集です。単行本(双葉社)出版は2014年2月。

 ポーカー、コイントス、競馬、ルーレット、賭け試合、そしてロシアンルーレット。半崎考一を主人公とする六つの短編と五つのショートショートを収録した作品集です。いずれも賭博を題材にしていますが、勝負の行方がプロットの中心になるギャンブル小説だけではなく、むしろそう思わせておいて別方向に着地を決めるミステリ作品も多いので、油断は禁物。

 メインとなる短編はスリルとサスペンスたっぷりで面白いのですが、ショートショートもさりげなくレベルが高いのに感心しました。プロットの完全性、アイデアの鮮やかさ、オチの意外性、いずれもショートショートのお手本のようによくできています。


[収録作品]

『この手500万』
『乗るな!』
『自己責任』
『ハイドランジャーに訣れを』
『地下闘技場』
『不可触』

ショートショート
  『一階まで』
  『断食する容疑者』
  『持論』
  『待ったの神様』
  『まだ遅くない』


『この手500万』
――――
 半崎自身の経験からしても、三対一のイカサマの場合、仕掛けられた側が勝つことはまず不可能だ。千野が断固として見せようとしない手が何であれ、他の三人すべての手を上回るものである可能性はかぎりなくゼロに近い。
 ただ――と半崎は思う。ただ、ゼロではない。
――――
単行本p.19

 ヤクザとのポーカー勝負でぼろ負け、これで負ければ臓器売買という最後の勝負で半崎に泣きついてきた知人。助ける義理などないのに、お人好しにも現場に向かう半崎。伏せられている手をちらりと見た半崎は、テーブルに無造作に札束を積み上げてゆく。コール、レイズ、コール、レイズ。ついに札束は500万円に達する。ハッタリか、それとも……。緊迫したポーカー勝負の行方、読者の意表をつく結末。半崎考一の初登場作品だけあって、気合の入った傑作です。


『乗るな!』
――――
「裏――あなたの勝ち」半崎は、信じられないものを見る目つきで桂子を見た。桂子は当然だというように微笑している。
「田坂さん四連勝よ。すごいじゃない!」ナミが興奮してこちらに駆けよろうとした。
「来るんじゃない!」半崎は背中を向けたままナミを制し、五回目のトスをした。
「表」桂子が言った。
「裏――」半崎はちょっと右手を浮かせると「どうなってるんだ」とつぶやき、舌打ちしてコインをポケットにしまった。
――――
単行本p.68

 空港で広まった流言のために大幅な遅延を余儀なくされた航空便。足止めされた半崎とその姪は、流言を撒き散らした犯人を見つけ出すためにある女性に協力を依頼するが、なかなか了承してもらえない。それでは、とコイントスで勝負を挑む半崎だが、五回勝負でまさかのストレート負け。しかも彼女は自分が勝つことを明らかに知っていた……。半崎が自分でトスし、自分で裏表を確認する。その条件でどうやってそんなことが可能なのか。そして犯人の真の動機は何か。


『自己責任』
――――
「やつらは、あんたに予想をあてることなどできっこないと、タカをくくってる。
 あんたが予想をはずす。娘が殺される。これがやつらの描いた絵だ。であればこそ、あんたは予想を当てなければならない。
 たとえそれがどれほど低い可能性であっても、針の穴にクジラをくぐらせるよりむずかしいことであっても、あんたはそれを成功させなければならない。犯人に娘さんを殺すのを思いとどまらせる、少なくともためらわせるためには、それしかないからだ」
――――
単行本p.100

 予想を外しまくることで有名な競馬評論家の娘が誘拐された。犯人の要求は、最終レースの予想を公開し、的中させること。それが出来なければ娘を殺すという。泣きつかれた半崎は、彼の予想を「的中」させるためのトリックを考えなければならなくなる。ラジオで実況中継されているレースの結果を操作することなど、はたして可能なのだろうか。


『ハイドランジャーに訣れを』
――――
「三度目はなしか……」半崎はつぶやいた。
「三度目?」
「彼女とは二度会った。二度ともルーレットのテーブルだ」半崎は、ばさりと新聞を投げだした。
「あんな女にはもう会えないだろう……」
――――
単行本p.139

 カジノで出会い、気まぐれにルーレットで勝負することになった男と女。二人は息のあったプレイでディーラーを翻弄し、大勝ちをせしめる。互いの腕前を認め合い、意気投合した二人。だが、女には秘密があった……。クズに振り回されて散々苦労してばかりの半崎、さすがに気の毒に思った作者が、美女とのロマンスで花を持たせてくれたのかと思う読者もいるでしょうが、残念ながら……。いや、そんな素直な読者はいないか。


『地下闘技場』
――――
「おれをハメた女を助けるために、試合とやらに出ろというのか? 馬鹿馬鹿しい。そんなことするわけが――」
「あるさ。いきさつはどうあれ、困っているやつがいれば助けずにはいられない。おまえはそういうやつなんだ。だろ半崎?」
――――
単行本p.179

 困っている奴がいると手を差し伸べずにはいられない。割とお人好しの性格を利用され、格闘技の違法な賭け試合に出ることを強制される半崎。相手は元ボクサー。一介のギャンブラー風情に勝ち目はない。誰だってそう思う。だからこそ、オッズが跳ね上がる。そして半崎は、この圧倒的不利な状況下で、勝たなければならないのだ。ギャンブルではなく、格闘で。


『不可触』
――――
「ギャンブラーの指先の感覚というのはそういうものです。指先で麻雀の牌文字を読み取る。カードのわずかな傷、ほつれを指先で記憶する。些細なことが勝敗を分けるとみんな知っているからこそ、五感を極限まで研ぎすますのです。
 神の使いとか、霊力とか、そんなものは関係ない。ギャンブルとは現実を踏まえた上で、すべてを運にまかせて有り金を放り出すことです。それを知っている者だけに、ギャンブルの女神は微笑んでくれる」
 半崎は手探りで弾丸を一発手に取ると拳銃に装填し、シリンダーを回転させた。銃口を自分のこめかみに当てると、無造作に引き金を引いた。
――――
単行本p.246

 「半崎。あとを頼む」。そう言い残して自分のこみかめに向けた拳銃の引き金をひいた男。彼は半崎の親友だった。事件の真相を追う半崎は、これまで全戦全勝、神の使いと呼ばれている少年とのロシアンルーレット勝負に挑む。何かトリックがあるはずだ。しかし、それを見破れなければ死ぬことになる。文字通り命を賭けた勝負のなかで、半崎の覚悟が試される。最終話、半崎はギャンブラーとしての意地を見せることが出来るだろうか。



タグ:両角長彦
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0