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『J・G・バラード短編全集5 近未来の神話』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳) [読書(SF)]

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 バラードの小説は自分が放り込まれた世界を解読するための重要なツールとなり、いつまでも使える道具でありつづけた。レイ・ブラッドベリの中西部的ノスタルジアも、ロバート・A・ハインラインの原リバタリアニズムも卒業したあとも、ぼくはバラードとバロウズだけは手放さず、その二人のあいだからダダイズム、シュルレアリスム、カウンターカルチャー思考へと導かれていった。(中略)ヴェトナム戦争の徴兵を逃れるためにトロントにいるあいだ、SFに類するものとしてはバラードとトマス・ピンチョンとバロウズしか読まなかった。それ以外は無意味にしか思えなかった。
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『破壊的影響』(ウィリアム・ギブスン)より


 ニュー・ウェーブ運動を牽引し、SF界に革命を起こした鬼才、J.G.バラードの全短編を執筆順に収録する全5巻の全集、その最終巻。単行本(東京創元社)出版は2018年1月です。

 第1巻から第4巻の紹介はこちら。


  2018年05月17日の日記
  『J・G・バラード短編全集4 下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-05-17

  2018年01月11日の日記
  『J・G・バラード短編全集3 終着の浜辺』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-11

  2017年10月12日の日記
  『J・G・バラード短編全集2 歌う彫刻』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-10-12

  2017年05月16日の日記
  『J・G・バラード短編全集1 時の声』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-05-16


 第5巻には、70年代後半から90年代中頃(1977年から1996年まで)に発表された24編が収録されています。


[収録作品]

『交戦圏』
『楽しい時間を』
『ユタ・ビーチの午後』
『ZODIAC 2000』
『モーテルの建築術』
『暴走する妄想の物語』
『太陽からの知らせ』
『宇宙時代の記憶』
『近未来の神話』
『未確認宇宙ステーションに関する報告書』
『攻撃目標』
『百の質問への回答』
『月の上を歩いた男』
『第三次世界大戦秘史』
『寒冷気候の愛』
『巨大な空間』
『世界最大のテーマパーク』
『戦争熱』
『夢の積荷』
『ヴァーチャルな死へのガイド』
『火星からのメッセージ』
『ある惑星からの報告』
『J.G.バ***の秘められた自叙伝』
『死の墜落』


『未確認宇宙ステーションに関する報告書』
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 われわれの計器が示すところでは、こうしたデッキが何千も存在し、それぞれが画一的な旅客用コンコースと、ラウンジと、レストラン・テラスをちりばめながら、何マイルともしれないむこうまでつづいている。依然として、駅員や管理スタッフのいる気配はまったくない。
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単行本p.215

 船体にダメージを受けた宇宙船が緊急着陸した無人の宇宙ステーション。ところが内部を探索してみると、コンコースやラウンジやレストランが配置された無個性なデッキがどこまでもどこまでも続いていることが判明する。無限に広がる内宇宙に囚われた探検隊は、やがてステーションを崇拝するようになってゆく。ホテル内の無限に続く廊下と客室に囚われる『時間のないホテル』(ウィル・ワイルズ)の元ネタのような作品。


『攻撃目標』
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 今この瞬間、パリのパルク・デ・プランスから中継されている巨大な信仰復興運動集会、その中心でスポットライトを浴びる元宇宙飛行士の姿と、大聖堂の薄暗い身廊で自分の血をなすりつけた盗品の宇宙服に向かって祈る脱走精神病患者とのあいだには奇怪なコントラストがあった。外宇宙のイメージは、スタンフォード大佐にとっては大いなる宗教的霊感の源泉だったが、マシュー・ヤングには何やら不明瞭な悪、偽救世主崇拝と結びついているのである。ダヴェントリーのチャペルでの祈り、幻影の祭壇の前にぬかずく行為はひとつながりの姿態信号、スタンフォード大佐の邪な抱擁から逃れようとする曲芸師の抵抗なのだった。
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単行本p.232

 米国大統領と英国女王の会見式に爆弾を投じようとして逮捕された少年。診察した精神科医は、彼が殺そうとしたのは式に参列していた元宇宙飛行士だということに気づく。やがて少年は精神病院を脱走し、関係者は大混乱に陥る。しかし少年の攻撃目標が大統領でも女王でもないということを知っているのは、精神科医だけだった。元宇宙飛行士によるカルト的な信仰復興運動をテーマにしたサスペンス作品。


『月の上を歩いた男』
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 生まれてはじめて、わたしは無一物の人間を前にしていた――リオの物乞いのほうがまだましだ。すくなくとも、ものをほしがることで、彼らは物質世界とつながっている。スクラントンは空間と時間における人類の絶対的な孤独――多くの点でわたしが分かちあっていた状況――を体現していた。元は宇宙飛行士だったと自分を納得させる行為さえ、彼の孤立を深めるだけだった。
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単行本p.256

 観光地のカフェに現れる自称「元宇宙飛行士」の男。哀れな詐欺師だとバレているのに変人として有名になり、観光客から施されるわずかなチップで生活している。興味をもった記者が取材するうちに、社会から隔絶された孤独を生きているという点で、確かに男は「宇宙飛行士」なのだと納得してゆく。その意味では自分も同じだと。宇宙飛行士の体験を特別なものとしてもてはやす風潮に対する皮肉がきいた作品。


『第三次世界大戦秘史』
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 交戦状態の全継続時間は245秒にすぎなかった。第三次世界大戦は、それが始まったことを、ほとんどの人が気づかないうちに終わってしまったのだ。
 第三次世界大戦のもうひとつの驚くべき特徴は、戦争が起こったことを知っている人間が、事実上、私ひとりであるという点だ。
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単行本p.267

 死にかけている大統領。マスコミはひたすら容体を報道する。新聞には医師による解説、テレビには血圧や心拍数などのデータがリアルタイムに表示される。世界情勢の悪化など、他のあらゆる情報は報道されなくなり、全国民の興味はひたすら大統領の容体に集中。やがて第三次世界大戦が勃発するが、国民は誰も気がつかない。マスコミに対する風刺ですが、昭和の終わりを生きた日本人にとっては他人事ではありません。


『巨大な空間』
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 わたしの行為が本当の疑念を招くまでには数ヶ月がかかるだろう。そのころには、わたしはとうのむかしに異なる領域へ移っているにちがいない。
 途方もなくうきうきした気分で、頭がふらふらするほどだ。もうなにも気にならない。本質的なものだけを考える――ジャイロスコープの物理学、光子の流動、超巨大構造物の建築術を。
(中略)
 遠近法の線がわたしから流れだし、コンパートメントの内部を広げている。まもなくわたしは周囲で結晶化する氷の宮殿のなかで彼女と並んで横たわり、わたしを求めてやってきた世界の静止した中心をついに見つけだすだろう。
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単行本p.295

 他人に嫌気がさした語り手は、自宅に引きこもることに決めた。社会との関わりを徹底的に排除するうちに、狭いはずの自宅はどんどん無限の広さに拡大してゆく。内宇宙に埋没してゆく体験を生々しく描いた作品。


『夢の積荷』
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 プロスペロー号の到着から四ヶ月、かつてのゴミ捨て島はユニークな植物園となり、木やツタ、花卉の新種が毎日のようにあらわれた。力強い生命のエンジンがこの島を駆動していた。ゴムボートで干潟を渡りながら、クリスティーンは先週から新たに伸びたツタと花の露台を見つめた。
 廃船となったプロスペロー号、酸に腐食された鋼板から陽光が漏れる船殻から、最後の化学廃棄物が干潟にこぼれおちている。
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単行本p.354

 違法廃棄物を搭載した船が無人島に座礁、大量の化学薬品が島を汚染する。島の植物は発狂したような成長スピードで繁茂し、次々と現れる新種が毒々しいネオンサインのように光り輝き島を覆ってゆく。長編『楽園への疾走』と同じく熱帯の密林における狂気を鮮やかに描写した作品。



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『SFマガジン2018年10月号 特集・配信コンテンツの現在』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2018年10月号の特集は、配信コンテンツの現在ということで、海外ドラマをはじめとするSF映像コンテンツのガイドでした。


『冬の時代』(柞刈湯葉)
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 ここからずっと南に行けばどこかに春の国があるらしい、ということを、ヤチダモの母からぼんやりと聞いていたからだ。
 しかし、半年ほど南下を続けても人の気配は少なくなるばかりで、見かけるのはゲノムデザインによって生まれた人工動物たちと、人間の都市の遺物と、そして永久に続いているような雪原だけだった。
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SFマガジン2018年10月号p.83

 国境の長いトンネルを抜けると……。気候変動による寒冷化により凍りついた日本。旅に出た二人の若者が、科学文明の遺物を頼りに雪原をひたすら歩いてゆく。どこかに春の国があると信じて。意外にもストレートなポスト・アポカリプスもの。


『火星のオベリスク』(リンダ・ナガタ、中原尚哉:訳)
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 スザンナは火星のオベリスクのビジョンを語った。光り輝く白い尖塔。建設に使用するファイバータイルがそのまばゆい白のもとだ。砂漠の丘から希薄な大気中に立ち上がり、ファイバータイルの強度と火星の重力と苛烈な砂嵐から定まる技術的限界点が最頂部となる。火星の風の浸食力からすると、オベリスクは十万年後はもちろん、そのはるかあとまでそびえていると期待できる。(中略)深宇宙に放たれて回収不能なひとにぎりの小さな無人探査機をのぞけば、人類の存在をしめす最後の記念碑になる。
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SFマガジン2018年10月号p.100

 疫病の蔓延により絶滅しつつある人類。ある建築家が最後のプロジェクトとして火星のオベリスク建造を開始する。放棄された植民地に置き去りにされた建設機械を地球から遠隔操作して、人類の記念碑を火星に遺そうというのだ。だが、想定外の事態が起きて、厳しい決断が迫られることに……。絶望的な状況のなかでも未来を向こうとする人間の姿を描いた、感傷的で力強い物語。


『サヨナキが飛んだ日』(澤村伊智)
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 瑠奈が言ったとおり、技術的に同等だからこそ機械の方が信頼できる、という考え方もあります。むしろそれが世の中の一般的な感覚でしょう。(中略)それでも私はサヨナキを信用できませんでした。それどころか嫌悪し、憎悪していました。あの機械は娘を、瑠奈をおかしくしてしまったからです。
 多くの人々と同じように。
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SFマガジン2018年10月号p.212

 鳥の形をした小型ドローン、家庭用医療ロボット「サヨサキ」。診断から軽度の手当て、病院への連絡まで日常的な医療ケアを任せられるサヨサキに懐いてゆく娘の姿を見て、母親は不快感を覚える。やがてそれは激しい憎悪となって……。ロボットに対する人間の愛憎を描くサイコホラー短篇。


『博物館惑星2・ルーキー 第五話 白鳥広場にて』(菅浩江)
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「ワヒドさん。私には理解できません。壊れるかどうかの今の状況は、確かにスリリングで観客受けしています。けれど、オブジェが本当に壊れたら、あなたの活動は造型ではなくパフォーマンスとしてしか評価されなくなってしまいます」
 アーティストは、軽く頭を上げた。
「上等ですね。創作活動がジャンルを超えて多角的に捉えてもらえるだなんて、現代アートの極みですよ」
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SFマガジン2018年10月号p.242

 既知宇宙のあらゆる芸術と美を募集し研究するために作られた小惑星、地球-月の重力均衡点に置かれた博物館惑星〈アフロディーテ〉。その広場に設置されたのは、自律粘土を使った立体造型だった。観客との相互作用により自律的に形を変えてゆく芸術作品だが、若き警備担当者である主人公にとっては事故が起きかねない危険なオブジェ。安全確保のための介入を断固として拒否する芸術家との「現代アートとは何か」をめぐる論争が始まる。『永遠の森』の次世代をえがく新シリーズ第五話。


『検疫官』(柴田勝家)
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 ジョン・ヌスレは自分の職業に誇りを持っていた。
 空港で働く検疫官だった。感染症を国内に持ち込ませないという、崇高な使命を持った仕事である。ただし動植物や食べ物に対する検疫ではない。それは人から人へ伝染し、流行すれば甚大な被害を及ぼすもの。比喩的には病原体とも言えるだろうが、感染した時には体よりも思想に害をなすだろう。
 つまり物語である。
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SFマガジン2018年10月号p.345

 人々を煽動する有害な感染症、すなわち「物語」を国内に持ち込ませない。それが検疫官の使命である。あるとき、帰国した女性が空港で検疫に引っ掛かり、隔離される。彼女が連れていた幼い子供は、物語に感染していないか観察するため、空港内に留め置かれることに。物語感染者の疑いはなかなか晴れず、やがて隔離処置そのものが「母親から引き離され、空港内で暮らす子供」という強力な物語を発生させてしまう……。

 人類の思考から物語を排除できるかというテーマを扱った寓話的な作品ですが、「物語」を「フェイクニュース」に入れ換えると……。



タグ:SFマガジン
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『オカルト・クロニクル』(松閣オルタ) [読書(オカルト)]

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 デタラメや誇張、デッチ上げや捏造、それらを排した――懐疑的視点を乗り越えた先にある「本物」の探求にこそ、信奉者はタフなロマンを持ってほしい。信奉者の敵は懐疑論ではなく安易な否定論なのだから。
 そのために超能力者はシノゴノ言わず検証に協力してほしいし、予言者は地震が起こる前に予言してほしいし、地球人とコンタクトしたい宇宙人はホワイトハウスの庭にこそ着陸すべきであるし、UMAはいかにも贋物くさい足跡以外の証拠を残す努力をしてほしいし、幽霊は税金を払ってほしい。
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単行本p.5


 「関心はあるものの懐疑派になるには知性・知識が足りず、信奉派になるには純粋さや信仰心が足りない、でもカヤの外は嫌だから仲間に入れて欲しい――」(単行本p.5)
 オカルト現象や謎めいた事件の数々をひたすら調査する。そこから何かが見えてくることを期待して……。膨大な情報とクセになる文章で人気のオカルト・怪事件サイト「オカルト・クロニクル」、待望の書籍化。単行本(洋泉社)出版は2018年7月です。


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 こう、自説に不利な証拠であっても、調査結果をキチンと開示する姿勢は調査者として敬意を表したい。大事なのは真相であって、調査者のプライドではない。オカルト界隈では事実を伏せたり隠匿することによってミステリーを永続ないし増加――ひどいモノでは捏造までして、少しでも多く本を売ろうとする手合いが少なくないが、どのみち時代的にも界隈的にも本は売れないご時世なのだから、つまらない悪あがきは止めるべきなのである。
 また敵を作りそうな冗談はともかく、
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単行本p.32


 というわけで、懐疑派を乗り越え、信奉派の先をゆく、ぼくらのオカクロが単行本になりました。めでたいことです。ちなみにサイトへのリンクと単行本目次はこちらです。

  「オカルト・クロニクル」
  https://okakuro.org/

単行本[目次]

はじめに――信奉者はタフなロマンを!信奉者の敵は懐疑論ではなく安易な否定論だ!
ディアトロフ峠事件――ロシア史上最も不可解な謎の事件
熊取町七名連続怪死事件――日本版『ツイン・ピークス』の謎
青年は「虹」に何を見たのか――地震予知に捧げた椋平廣吉の人生
セイラム魔女裁判――はたして、村に魔女は本当にいたのか……
坪野鉱泉肝試し失踪事件――ふたりの少女はどこへ消えたのか……
「迷宮」――平成の怪事件・井の頭バラバラ殺人事件
「人間の足首」が次々と漂着する“怪”――セイリッシュ海の未解決ミステリー事件
謎多き未解決事件――京都長岡ワラビ採り殺人事件
ミイラ漂流船――良栄丸の怪奇
科学が襲ってくる――フィラデルフィア実験の狂気
岐阜県富加町「幽霊団地」――住民を襲った「ポルターガイスト」の正体
八丈島火葬場七体人骨事件――未解決に終わった“密室のミステリー”
獣人ヒバゴン――昭和の闇に消えた幻の怪物
ファティマに降りた聖母――7万人の見た奇蹟
赤城神社「主婦失踪」事件――「神隠し」のごとく、ひとりの女性が、消えた


 目次を見て「すでに読んだことのある記事ばかり」とお嘆きの方も、ぜひ購入してあらためて読んでみて下さい。その迫力たるや圧巻です。ぞわぞわします。たとえ気に入らなくても、著者がひたすら恐れているらしい「低評価レビュー」を投下するのは止めておきましょうね。


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 記事のほとんどがすでにサイトで公開されたもの、あるいはムック本に掲載されたものであるから、一部の読者諸兄は新しい記事がないとして不満に感じるかもしれない。感じるだけに飽き足らず、ネットで低評価のレビューを書いて溜飲を下げようと画策するかもしれない。残念ながら著者にソレを止めることはできない。できるならやるかもしれないけれど、やり方もわからない。こうなると低評価をつけた方には呪詛によってしかるべき報いを受けてもらうしかないが、仮に呪詛が成功しても、このような行為は懐疑派からしこたま懐疑され、下った「報い」が偶然の産物だと看破されてしまう。
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単行本p.411



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『火傷の季節』(勅使川原三郎) [ダンス]

 2018年8月24日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんの公演を鑑賞しました。様々な音楽とノイズが流れるなか、勅使川原三郎さんが一人で踊り続ける驚愕の60分。

 火傷の治療のため病室でひとり紫外線照射を受けていた子供の頃の記憶、それを元にしたとのこと。ラジオの空電あるいはアナログレコードの針の擦過音を思わせるノイズや様々に再構成された音楽を背景に、ひたすら踊ります。

 佐東利穂子さんは海外公演中ですが、冒頭部に声だけ特別出演がありました。それが、例のかわいい声で「にゃあにゃあにゃあにゃあ」という……。どう反応していいのか戸惑っている隙をついて、勅使川原さんがいきなり激しく踊り始めたのでびっくり。途中休憩なしのソロダンス公演なのに、60分間、最後までほぼノンストップで踊り続けます。体力が……。

 指先まで精微にコントロールされた様々な動きを、丁寧に組み合わせて作り上げられたような強靱なダンスですが、流れている曲ごとに雰囲気もがらりと変えるのがまた凄い。ときおり過去の作品の断片めいた動きが出てきたりして、アップデイトダンスこれまでの集大成といった感触もあります。

 ちょっと怖かったり、荘厳だったり、幻想的だったり、情熱的だったり、色々な印象を受けますが、何といっても基調は、かっこいい。身体を楽器にジミヘンと共演してのけるシーンなど震えるくらいかっこよかった。


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『ギケイキ2 奈落への飛翔』(町田康) [読書(小説・詩)]

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 このことを私はここで語らない。なぜなら語ると結果的に自慢になってしまうから。自分がいかに輝かしい勝利者であるか。自分がいかに楽しい人生を送っているか。そんなことを写真や短文で頻りにアッピールする奴。それは悲しい奴である。確かに私は悲しい奴で、これは悲しい物語だが、私はそこまで悲しい奴ではない。というか私自身はけっこう楽しかったし、こうして語っているいまもマア楽しい。だから語らない。知りたい人は平家物語とか読めばよい。虚実取り混ぜておもしろおかしく書いてある。大河ドラマとかにもなっているし。
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単行本p.16


 シリーズ“町田康を読む!”第64回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、室町時代初期に成立したという軍記物『義経記』を、義経ご本人が、活き活きとした現代の言葉を駆使して、ぶっちぎり現代文学として語り直してくれるギケイキパンク長篇第二弾。単行本(河出書房新社)出版は2018年7月、Kindle版配信は2018年8月。

 いわゆる義経伝説を確立させたことで名高い『義経記』。それを主人公である義経ご本人が今の言葉で語り直す『ギケイキ』。タイトルからして原典に忠実。もちろん話の筋も原典に忠実。でも、現代を生きる私たちのために、分かりやすい言葉、生きた口語というか、声が聞こえてくるような文体で、語りまくってくれます。


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「うわうわうわうわっ、ウソウソウソウソ、大将が逃げてるー。えええええええ? 鎌倉殿の御名代として戦に臨んでるはずの土佐坊正尊ともあろうものが、一般の兵隊とおんなじようにびびって逃げてる。うわっ、これこわこわっ。逆の意味で怖っ。そんなことで鎌倉殿御名代って言えんの? マジい?」
(中略)
「いやいやいや、なかなかなか。ちょっと一瞬、馬が向こう向いてしまっただけですよ。戦場ではそんなこと普通でしょ」
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単行本p.132


 原典と同じく、たった1ページで平家を滅ぼしちゃった義経。その活躍っぷりと人気に危機感を抱いた頼朝は、このままでは自分の地位が危ういというか、「判官贔屓」みたいな言葉が出来たら面倒というか、下手すりゃ「後のチンギス・カンである」なんて言いふらす奴が出てこないとも限らないということで、ついに義経討伐を決意。さあさあ、義経の運命やいかに。


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 あー、ほんで、もうこの際なのでぶっちゃけた話をしておく。まあ、なんていうか、このとき私が追い詰まって京都を逃げ出した、誰も味方してくれないなか、寂しく落ち延びていった、みたいな、そんな感じをみんな抱いているかもしれないけれども、実はそんな感じはぜんぜんまったくなかった。
(中略)
 それどころか逆に追い詰まっていたのは頼朝さんの方だった、というのは右にも説明したところ。私ははっきり言ってこの時点ではイケイケだったし、打つ手はいくらでもあり、私は最善手はどれだろうか、と考えていたのだ。だから。
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単行本p.236、237


 英雄豪傑たちも、ああ、いるいる、いるよこういうのよくいる、という感じの面倒くさい連中として書かれており、現代を生きる私たちに親しみやすい人物造形となっています。


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 世の中の評判というものはあまり当てになりません。ときに真逆の場合があります。というのはかくいう僕なんかがそうですよ。僕は世間的には豪快なパンクの人みたいに言われているが、実際は理屈っぽい、ネチネチした陰気な男です。或いは、いま、ホント、その通りだ、と呟いた武蔵坊弁慶なんかもそうです。鬼をもひしぐ荒法師的なイメージがあるけど、実際はメンタルを病んだ不細工なダメ人間です。いやいやいやいや、そうじゃないですか。まあまあまあまあまあ、どうどうどうどうどうどう。よーし、よしよしよし。という訳で、なにが言いたいかというと世間のイメージなんて当てにならないってことです。
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単行本p.240


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 歓迎の宴を開いてくれとまでは言わないが挨拶くらいしたってよいのではないか。そんなに、そんなに忌み嫌わなくてもよいのではないのか。醇乎・醇朴な漁村の方々、みたいな、ひるどき日本列島、みたいなそんなイメージを僕は持っていたのだが。夢がこわれました。
 と片岡は傷つき、また、そっちがそういう態度を取るのであればこっちだって無視するだけだ。こっちから挨拶なんか絶対しない。なめんなよ、土民が。土民連れが。文句あったら打ちかかってこい。二秒で皆殺しにしたるわ、アホンダラ、と思いながら情けない小屋群の前を通り過ぎて行った。
 しかし、その足取りは内心の強がりとは裏腹、まるでメンタルを病んだ本郷猛のようだった。さほどに片岡は傷ついていた。
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単行本p.293


 この巻では、堀川夜討から西国落ち、そして静御前との別離までが書かれます。

 何しろ語り手は現代を生きる義経本人で、しかも自分がいない場で起きた出来事や会話も平然と描写できる神通力のような技を持っており、歴史の俯瞰、当時の社会制度の解説、現代世相の風刺、登場人物の内面描写、原典をはじめとする古典や落語などの語り口、一人称での滔々たる語り、などなど様々な語りをこれすべて一人でこなしてしまうというスーパー語り手。歴史小説の枠を大きく広げる『ギケイキ』、次の巻も楽しみです。



タグ:町田康
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