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『たどり着けない地平線』(池田行謙) [読書(小説・詩)]

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虹に触れし風は私に触れながら椰子に触れ南洋に去りゆく
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午後十時桟橋をゆくシロワニよ 失くしてはならない傘であったよ
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海亀の卵一玉百円で冷凍ケースに積まれていたり
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求人用掲示板にはザトウ派かマッコウ派かを問う掲示あり
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射殺され灼かれた崖を次々と滑落しゆく野山羊の親子
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 離島に移り住んだ研究者の日常を鮮やかに描く小笠原歌集。単行本(青磁社)出版は2016年4月です。


 前半は感傷的な作品が並びますが、後半に入って小笠原諸島が舞台になった途端、活き活きと鮮やかな印象を残す作品が並びます。まずは、本土を離れ、島へ。


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船室の窓を横切るカツオドリ 諸島は近い後二時間だ
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雲低く流れ去りゆく海原の千キロ先に本州がある
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トビウオを空中で捕食する鳥の背の灰色が朝日を弾く
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 島をぐるりと散策。


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午後十時桟橋をゆくシロワニよ 失くしてはならない傘であったよ
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白骨化した海亀を避けゆけばやがて形骸化という言葉
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海亀の卵一玉百円で冷凍ケースに積まれていたり
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熱しても固まらなくて海亀の卵白の食べ方が分からず
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見学客一人もおらず水槽の鮫は一尾も泳がずにいる
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小判鮫は鮫に食べられちゃいました飼育係の人つぶやけり
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 島での生活。


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虹に触れし風は私に触れながら椰子に触れ南洋に去りゆく
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看板を掲げていない店舗には美容師がいて理容師がいる
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一週間単位で売られている新聞今週は読売を選べり
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椰子の実の落果を待っている浜に夕日が速度を速めて沈む
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 職場にて。

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求人用掲示板にはザトウ派かマッコウ派かを問う掲示あり
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ベタ凪だねベッタベタですね異動した所属長との最後の会話
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放線菌密度を嗅いで知る人になりたくて土に鼻押しあてる
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固有種の植物の種子百粒の採取申請して日が終わる
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 島の貴重な固有種を守るために、外来種を駆除しなければなりません。


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野山羊駆除のことを伝えているのだろうこだましてくる防災放送
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射殺され灼かれた崖を次々と滑落しゆく野山羊の親子
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尾の白い猫が私をやり過ごす雨後の車道は鈍く光れり
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出社する時一瞥す捕獲猫頭数表示今日は七匹
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 捕獲した猫を(おそらく猫保護活動の人に渡すために)本土まで届ける。この一連の作品がドラマチックで素晴らしいのです。


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捕獲した猫を内地に連れてゆく船を幾度も乗り換えながら
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水平線に向けて出航してやがて背後に現れる水平線
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八時間おきに野猫に給餌する私はたった一人の船客
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波の高さ六メートルに酔う猫を短く励まして退室す
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同じ国の海水の色竹芝の海を見下ろしている人々
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七パーセント湿度が低い世界にはゆっくりなじんでゆかねばならぬ
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速やかに猫のケージを受け取って去りゆく人の名前は知らず
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