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『機龍警察 白骨街道』(月村了衛) [読書(SF)]

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「けれど真っ当な国家が警察官にそんな命令を与えるなんて」
 悲痛とも言える鈴石主任の抵抗は、新鮮な感慨とも言うべきものを夏川にもたらした。組織と科学の論理に忠実と見えた鈴石主任が、論理を超えてここまで沖津に抗おうとは。
 三人の突入班員はやはり微動だにしない――が、一人ラードナー警部のみは、微かに視線を動かして鈴石主任を見たようだった。
 しばし黙り込んだ沖津が、シガリロを指で弄びながらゆっくりと告げる。
「この国はね、もう真っ当な国ではないんだよ」
 それまでと一変した、優しく、哀しい口調であった。
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単行本p.33


 国家機密漏洩を企てた日本人がミャンマーで逮捕された。犯人引き渡しのために、官邸は特捜部の龍機兵搭乗員の三名を直々に指名してくる。ミャンマー奥地、悪名高い紛争地帯に、武器の携帯を一切禁じたまま派遣せよというのだ。罠だと分かっていながら、部下を死地に送りこむ他はない立場に追いやられる沖津部長。三人を謀殺し特捜部を解体しようとする〈敵〉の悪逆な策略。日緬両政府を敵に回した絶望的状況のなか、現地の三名と特捜部は反撃の手段を探すが……。軍事アクションとミステリ要素に重点を置いたシリーズ第六弾。単行本(早川書房)出版は2021年8月です。


 凶悪化の一途をたどる機甲兵装(軍用パワードスーツ)犯罪に対抗するために特設された、刑事部・公安部などいずれの部局にも属さない、専従捜査員と突入要員を擁する警視庁特捜部SIPD(ポリス・ドラグーン)。通称「機龍警察」。龍機兵(ドラグーン)と呼ばれる三体の次世代機を駆使する特捜部は、元テロリストやプロの傭兵など警察組織と馴染まないメンバーをも積極的に雇用し、もはや軍事作戦と区別のなくなった凶悪犯罪やテロに立ち向かう。だがそれゆえに既存の警察組織とは極端に折り合いが悪く、むしろ目の敵とされていた。だが、特捜部にとって真の〈敵〉は、国家権力の中枢に潜んでいた……。


 機甲兵装によるバトルシーンがいっさい出て来ないストイックな警察小説だった前作から、シリーズ第六作目となる本書は一変して派手な軍事アクション小説。民族浄化と人身売買とゲリラ戦が横行する無法地帯、悪名高いインパール作戦における撤退ルート、通称「白骨街道」と呼ばれる地獄にほど近い紛争地域です。密林、山岳地帯、断崖、沼地、様々な地形を背景に、どんどん激しさを増してゆく戦闘シーン。支援なし、補給なし、味方は数名の現地警察官のみ。敵は巨大犯罪組織から正規軍特殊部隊まで、奇襲攻撃から待ち伏せまで何でもありで抹殺にかかってくるのですから、さすがに作者は何か救済処置を用意してるんだろうな、などと考える間もなく、ロケット弾が着弾!


姿
「まったく、二十一世紀になってインパール作戦に従軍するハメになろうとはね」

ライザ
「たとえどこであろうと――日本であろうと、地獄であろうと――警察官として恥じるところのない行いを為せばいい」

ユーリ
「全員で力を合わせて生還する。権力者に対して俺達ができる復讐はそれしかない」


 一方、局面の打開をはかるため必死の捜査に挑む特捜部。だがその先には想像を超える闇が広がっていた。押しつぶされそうになる白木理事官。そして今度こそ特捜部もお終いだと悟る宮近理事官……。


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 もう後戻りはできない――(中略)
 奇妙なことに、宮近は己の内側に湧き上がる熱い〈何か〉を意識し始めていた。
 それが一般に義憤とか正義感とか呼ばれるものであるとは認めたくない。ただ警察官としての義務を強く感じていた。
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単行本p.298


 潰される覚悟で国家権力の闇に立ち向かう覚悟を固める特捜部メンバー、そして数少ない協力者たち。彼らは現代のインパール作戦を阻止できるのか。そして死地をさまよう姿、ライザ、ユーリの三名の命運は。


 というわけでマンネリ化しないシリーズ第六弾。あい変わらず機甲兵装のような架空設定と現実の国際情勢を巧みに混ぜてリアリティを確保してみせる手際が冴えています。連載中に起きたクーデターをストーリーに折り込んでみせたのには感心しました。おそらくシリーズ展開も後半に入っており、ラストに向けて盛り上がってゆきます。





タグ:月村了衛
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『ゴールドシャワー』(フランソワ・シェニョー、麿赤兒) [ダンス]

 2021年10月17日は夫婦で世田谷パブリックシアターに行って、フランソワ・シェニョーと麿赤兒の共演という夢のような舞台を鑑賞しました。上演時間70分の公演です。

 昨年末、さいたま芸術劇場において一夜だけの奇跡の舞台を観ることが出来たフランソワ・シェニョー。そのときの紹介はこちらです。

2020年12月21日の日記
『不確かなロマンス ―もう一人のオーランドー』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-12-21


 そのシェニョーが大駱駝艦をひきいる舞踏の麿赤兒と共演するというのですから、世の中いったい何が起きるか分かりません。

 冒頭から舞台には女性器を象ったと思しき岩(途中で破壊される)が置いてあり、次から次へと“性的”な記号がばんばん登場。ほぼ全裸で登場したシェニョーも、コルセットをつけドレスを着て、麿赤兒さんといっしょに立ちションして、観客が持っている性的なものに対する先入観をぶち折ってゆきます。性別を超越したようなシェニョーの肉体や動きが強烈。赤いドレスを着るとマジ艶やかな麿赤兒さんもすごい。

 二人とも、ただ立っているだけで、ただ歩いているだけで、圧倒されるような存在感を放っています。その上、それぞれ独唱シーンがあり、歌のパワーも強い。これだけ個性の強い二人が調和している舞台というのはちょっと事前の想像を超えていました。

 あと、昨年末のさいたま芸術劇場の好演では何か使命感のような悲壮なものが感じられたシェニョーですが、今回の公演では終始楽しげで、嬉しそうに見えて、ちょっとほっとしました。





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『深層学習の原理に迫る 数学の挑戦』(今泉允聡) [読書(サイエンス)]

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 数学に基づく理論研究は長い歴史を持ち、深層学習以前のデータ分析手法の理解に貢献してきた。しかし、近年急速に発展した深層学習の挙動は、これらの既存理論と矛盾していることが明らかになった。深層学習の「たくさんの層を持つ」「膨大な数のパラメータがある」などの性質は、既存の理論では不必要・予測の精度を損なうものとして避けるべきとされてきた。しかし実際の深層学習は、理論的な主張と正反対の方法を用いて高い性能を実現している。この実際と理論のギャップが深層学習の理解を阻んでいる。本書はこれから、既存の理論で説明できていない深層学習の謎と、それを解決するための理論の試みをいくつか紹介する。
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単行本p.30


 第三次人工知能ブームの主役であるディープラーニング、深層学習。だが深層学習の動作は、既存理論とは矛盾していることがわかってきた。すなわち深層学習がどうしてうまく機能するのかを、私たちはきちんと理解できていないのである。深層学習を原理レベルで理解するための理論研究の現状を紹介する一冊。単行本(岩波書店)出版は2021年4月です。


〔目次〕

第1章 深層学習の登場
第2章 深層学習とは何か
第3章 なぜ多層が必要なのか
第4章 膨大なパラメータ数の謎
第5章 なぜパラメータの学習ができる?
第6章 原理を知ることに価値はあるか




第1章 深層学習の登場
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 深層学習の研究が行われている機械学習の研究領域においては、論文の大半を無料で公開・閲覧できる環境が、学会・学術雑誌によって整えられている。よって研究資金が潤沢ではない大学や研究機関であっても、低コストで論文を閲覧・公開して研究に貢献することができる。(中略)IT大企業は深層学習のための整った計算ライブラリを無料で公開しており、研究に参入する障壁は非常に低い。このように研究界隈がオープンなシステムを整えているため、他研究分野や産業界の研究者が深層学習の研究に参入することが容易で、深層学習の急速な発展を推進する一因となっている。
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単行本p.12

 深層学習の概要と急速な実用化の流れを示し、その背後にある背景や研究環境について解説します。




第2章 深層学習とは何か
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 深層学習の原理は未だに完全には理解されていない。すなわち、深層学習が既存のデータ分析手法より良い性能を発揮できる原因は、十分には解明されていない。驚くべきことに、我々はなぜ深層学習が優れた性能を持つのかを理解しないまま、その優れた性能の恩恵を受けている。理解がなくても深層学習を活用することはできるが、現状の深層学習の問題点を解決し、さらに優れた技術を開発するには、現状の深層学習の原理を理解することが必要である。
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単行本p.29

 深層学習の基盤であるニューラルネットワークとその数学的取り扱いについて解説します。




第3章 なぜ多層が必要なのか
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 この結果は1990年代の数学者・統計学者によって示されたもので、普遍近似定理と同様に層が2つあるニューラルネットワークが、十分に良い性質を持っていることを示している。特に2層のニューラルネットワークによる関数近似能力について、これよりも良い性能を達成することは数学的に不可能であることを意味している。(中略)
 しかしながら、前章紹介した近年の高性能なニューラルネットワークは、数十から100を超える層を持っている。すなわち実験的には、ニューラルネットワークの層を増やしてデータの変換を数十回繰り返すことが、高い性能に必要であることが分かっている。(中略)ここに数学的理論と実際の深層学習との間に矛盾が存在しており、これが深層学習の理解を阻む障害となっている。
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単行本p.35、36

 深層学習を構成するニューラルネットワークは多層であることが重要、多層であればあるほど良い結果が得られる、ということが実験的に判明している。しかし、この結果は既存の数学理論と矛盾してしまう。深層学習が示す挙動を説明しようとする理論研究について紹介します。




第4章 膨大なパラメータ数の謎
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 前項では、膨大なパラメータの数が自由度を通して過適合を起こす、という理論的な主張を紹介した。しかしながら、この数学的な主張は近年の深層学習の実性能とは大きく矛盾している。すなわち、膨大なパラメータを持つニューラルネットワークは、計算機上ではほとんど過適合せず、それゆえにデータ分析において高い正答率や精度を実現している。(中略)これは理論が不十分で現実を説明できていないためであり、この矛盾を解決するための新しい理論が求められている。
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単行本p.65

 深層学習を構成するニューラルネットワークの特徴は、多層であることに加えて、膨大な量のパラメータを配置していることにある。だが、パラメータが多すぎると学習の偏りが起きて性能が低下してしまうと既存の理論は予想している。なぜそうならないのか。深層学習が過適合問題を回避する現象を説明しようとする理論研究について紹介します。




第5章 なぜパラメータの学習ができる?
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 最後の大きな謎は、パラメータの学習の課程そのものである。数学的には、多層ニューラルネットワークのパラメータの学習は、非常に困難であると思われていた。しかし実際に使われている多くの学習アルゴリズムは、この数学的な予想を裏切る形で開発されている。ただ、未だそのメカニズムは十分には理解されていない。
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単行本p.91

 機械学習においては、十分に複雑なパラメータ空間におけるアルゴリズム探査は局所的適地に到達して安定してしまうため、最適解を得ることは非常に困難だと、既存の理論は予想している。しかし実際の深層学習は容易に最適化をなし遂げてしまう。その理由はなにか。パラメータ学習がどのように機能しているのかを理論的に理解するための試みを紹介します。




第6章 原理を知ることに価値はあるか
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 現状の深層学習は、探索的に発見された層の多いニューラルネットワークを用いているが、具体的にどういう理由でそれが有用なのか、理解は未だ発展途上である。今後、数学的解析によりこれが理解できれば、深層学習の利点のみを引き継ぎ、その問題点を解決した全く別の技術を提案することが可能になる。そういった将来的な発展の可能性に向けて、今後もさらなる理論的な解析が望まれている。
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単行本p.116

 深層学習がニューラルネットワーク構造を採用しているのは「たまたまうまくいった」からだ。もしかしたら、全く異なる構成により深層学習を超えるAI技術が可能になるかも知れない。そのためには、現状の構成でなぜうまくゆくのか、その本質を理解する必要がある。どう活用するか、だけでなく、理論的な「理解」を目指す研究の意義について解説します。





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『カイメン すてきなスカスカ』(椿玲未) [読書(サイエンス)]

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 最古の動物は、カイメンか? それともクシクラゲか?
 ――じつのところ、この問題に対する明確な回答は、今もまだ得られていない。解析に用いる遺伝子領域やデータの解析手法によって結果が異なるからだ。
 2017年6月にアイルランドで行われた国際海綿動物学会では、カイメン最古説を支持する研究者がクシクラゲ最古説を「アーチファクト(人為的な効果)に基づく誤った結果」と一蹴し、会場のクシクラゲ派たちがピシリと固まって空気がスッと冷える一幕があった。
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単行本p.27


 脳も神経も消化器も筋肉もない、スカスカの身体で巧みに生き延びているカイメン。はたして最古の動物なのか? その骨片の美しさは意味不明? 一万年以上生きている個体が発見された? 神経系がないのに神経伝達物質を活用? 謎と驚きに満ちた地味動物カイメンの魅力を研究者が紹介する一冊。単行本(岩波書店)出版は2021年8月です。


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 カイメンの生きざまをひもといていくと、人間のものさしでは測ることができない「頭でっかちではない戦略」が見えてくる。それもそのはず、頭でっかちになろうにも、カイメンには脳も神経も、果ては消化管や筋肉すらもないのだから。あるのは、穴だらけのスカスカの体だけ。
 この上なく単純な体で、生きるためには避けられない数々の問題に立ち向かうカイメンたち。シンプルでありながら機能的、鈍重に見えて意外と軽快、そして時には生態系全体に大きなインパクトをも与える、めくるめくカイメンの世界を、本書で一緒に探検してみよう。
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「はじめに」より


 地味ながら興味深い二種類の生物、すなわちカイメンおよびカイメン研究者の知られざる生態を一般向けに紹介してくれる魅力的なサイエンス本です。




〔目次〕

第1章 ヒトとカイメン
第2章 生き物としてのカイメン
第3章 カイメン行動学ことはじめ
第4章 カイメンをとりまく生き物たち
第5章 生態系のなかのカイメン




第1章 ヒトとカイメン
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 実際、地中海地域では古来からカイメンは重要な交易品で、イソップ童話にもカイメンを運ぶロバの話があるくらいだ。沿岸地域の人々が自然に打ち上がったカイメンだけでは飽き足らず、より多くのカイメンを求め、海にくり出すようになったのは自然な流れだったのだ。
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単行本p.5

 まずは人間の生活や歴史とカイメンとの関わり合いをまとめます。スポンジとして、避妊具として、画材として、医療用品として、わたしたちの身近にあったカイメン。その養殖にまつわる困難。医薬品の元となる化学物質の宝庫としてのカイメンなど。




第2章 生き物としてのカイメン
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 磯で目にするようなカイメンは一見すると地味で、貝や昆虫のように目を引く美しさはない。しかし地味なカイメンたちも、ひとたびその骨片に目を向けると、その外見に反して、息をのむほどに美しい造形を宿している(もちろん、すべてがそうではないけれど)。
 そんなカイメンを見つけると、世界でただひとり、私だけが周到に隠された重大な秘密にたどりついたような喜びがこみあげてくる。そして次にフィールドで出会ったときには、秘密を知る共犯者の心持ちで、そのカイメンにニヤリと微笑みかけるのだ。
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単行本p.38

 カイメンの体の構造を詳しく見ていきます。すり潰しても復元する驚異の再生力。その生殖方法と生活史。骨片の美しさ。最古の動物はカイメンかクシクラゲか論争、そして何と年齢1万年を超える長寿カイメンの発見まで。世界一長生きの動物はアイスランドガイ(500歳)、というクイズ番組の答えに憤激する著者。「言いようのない悔しさがこみあげてきた。さえない無脊椎動物枠として、アイスランドガイには勝手に仲間意識を抱いていた」(単行本p.49)のに!




第3章 カイメン行動学ことはじめ
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 また興味深いことに、カイメンがシグナル伝達に用いる物質はグルタミン酸やガンマアミノ酢酸など、他の多細胞生物の神経伝達物質と共通していることもわかった。(中略)カイメンは神経系をもたないため、これまではその他の多細胞動物は、カイメンと分岐した後に、神経伝達物質を獲得したと考えられてきた。しかしこの発見から、動物はカイメンと分岐する前に神経伝達物質を獲得した可能性が強く示唆された。
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単行本p.57

 筋肉も神経系もないため整合のとれた運動は不可能に思えるカイメン。だが、新陳代謝を担う体内水路をきちんと洗浄したり、付着している岩の上をじわりじわり移動したりと、意外に巧みに運動してのける。しかも細胞間でのシグナル伝達に使われている物質が他の多細胞動物と共通しており、神経系よりもずっと先に神経伝達物質が生じたこともわかる。カイメンの運動機能に関わる様々な知見を紹介します。




第4章 カイメンをとりまく生き物たち
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 このように繁殖に参加せず、攻撃など他の役割に特化した階級をもち、親子2世代以上が同時にコロニーに存在する動物を「真社会性動物」という。真社会性はハチやアリなどの昆虫でよく知られるが、海ではこのツノテッポウエビが唯一の真社会性動物だ。(中略)
 動物らしからぬ再生能力と迷宮のような水路網をもつカイメンの存在があったからこそ、ツノテッポウエビは生物が形づくる社会システムの一つの頂点というべき真社会性を獲得できたといえる。
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単行本p.76、79

 カイメンの内部で真社会性を進化させたツノテッポウエビ、カイメンに全身埋まって共生しているホウオウガイ、甲羅の上にカイメンをつけて共生するカイカムリ、カイメンを道具として使用するイルカ、カイメン奥部に棲息しながら光合成に必要な外部の光を吸収するためにカイメン骨片を光ファイバーとして利用するシアノバクテリアまで、カイメンと様々な生物との共生や捕食などの関係を見てゆきます。




第5章 生態系のなかのカイメン
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 白亜紀の終わりには、カイメン礁は地球上から姿を消した――と、考えられてきた。
 ところが、である。1987年、カナダ西岸沖水深約200mの深海から、絶滅したはずのカイメン礁が発見されたのだ。絶滅したと考えられていたカイメン礁の発見だけでも十分すぎるほどの驚きであったが、想像をはるかに上回るその大きさに、研究者たちは圧倒された。発見されたカイメン礁は、高さ20m、面積700平方km以上という、すっぽり東京23区が入ってしまうほどの巨大な構造物であった。カイメン礁を発見したカナダの研究者たちは、のちにそのときの驚きを「恐竜の群れに出会ったようだった」と表現している。
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単行本p.111

 カイメンを介した海の物質循環、カイメンループの発見。深海の栄養循環を駆動し、独自の生態系を構築するカイメン。そして直接的な食物連鎖に参加している肉食カイメン。海洋生態系のなかでカイメンが果たしている役割を解説します。





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『フィアース5』(カンパニールーブリエ、ラファエル・ボワテル) [ダンス]

 2021年10月10日は、夫婦で世田谷パブリックシアターに行ってラファエル・ボワテルの現代サーカス公演を鑑賞しました。代表作のひとつ『5es Hurlants』をベースにした作品で、日本のサーカスアーティストたちによって演じられます。上演時間は75分。


振付・演出: ラファエル・ボワテル
出演: 皆川まゆむ、長谷川愛実、杉本峻、目黒陽介、吉川健斗、山本浩伸、安本亜佐美


 ラファエル・ボワテルの作品は以前に『When Angels Fall/地上の天使たち』を観たことがあります。そのときの紹介はこちら。


2019年10月21日の日記
『When Angels Fall/地上の天使たち』(カンパニールーブリエ、ラファエル・ボワテル)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-10-21


 『地上の天使たち』もそうでしたが、何かを必死になってなし遂げようとする若者たちの苦闘や挫折、不屈の精神といったものを現代サーカスとして表現する作品です。今回はそのものずばり、若きサーカスアーティストたちが難しいパフォーマンスに挑戦する姿が、そのまま現代サーカスとして上演されます。綱渡りやエアリアル、ジャグリングといった演目をそれぞれ対応する出演者が必死に「練習」している様に、観客は感情移入して、頑張れ頑張れと応援してしまう。バックステージもの、というかスポ根のノリです。

 照明の工夫が印象的なのも『地上の天使たち』と同様で、今回は同じひとつの舞台上で同時に起きている様々な出来事を、スポットライトの当て方ひとつで、映画のカットバック手法のように複数のストーリーとして見せるというワザが冴え渡ります。パフォーマンスに挑戦している出演者だけでなく、他のすべての出演者にそれぞれの物語があり、それぞれの苦難があり、さらに人間関係の軋轢なども感じさせる。基本的にセリフはなく、状況は観客の解釈に任されているため、断片的に提示されるシーンから様々なストーリーを頭の中で勝手に作り上げてゆくことになります。

 語りの技法としての照明だけでなく、単純にスリットを入れたスポットライトをパフォーマンス中の出演者に当てて左右に動かすとストロボ効果が生じるとか、明暗境界で激しく動くと劇的な効果が生まれるとか、照明だけで驚きが次々と生まれてゆきます。

 個人的に興味深かったのは出演者たちが車座になって色々と高速インターラクションするシーン。舞台床近くに低く配置された照明により彼らの影が背景に大きく投影され、激しい心の動きや葛藤がそのまま視覚化されたように感じます。こういう小さな動きで多くを表現しようとする試みは感動的。むしろ最後の見せ場である空中曲芸は、大仰なだけに、ややくどく感じられました。





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