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『カイメン すてきなスカスカ』(椿玲未) [読書(サイエンス)]

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 最古の動物は、カイメンか? それともクシクラゲか?
 ――じつのところ、この問題に対する明確な回答は、今もまだ得られていない。解析に用いる遺伝子領域やデータの解析手法によって結果が異なるからだ。
 2017年6月にアイルランドで行われた国際海綿動物学会では、カイメン最古説を支持する研究者がクシクラゲ最古説を「アーチファクト(人為的な効果)に基づく誤った結果」と一蹴し、会場のクシクラゲ派たちがピシリと固まって空気がスッと冷える一幕があった。
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単行本p.27


 脳も神経も消化器も筋肉もない、スカスカの身体で巧みに生き延びているカイメン。はたして最古の動物なのか? その骨片の美しさは意味不明? 一万年以上生きている個体が発見された? 神経系がないのに神経伝達物質を活用? 謎と驚きに満ちた地味動物カイメンの魅力を研究者が紹介する一冊。単行本(岩波書店)出版は2021年8月です。


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 カイメンの生きざまをひもといていくと、人間のものさしでは測ることができない「頭でっかちではない戦略」が見えてくる。それもそのはず、頭でっかちになろうにも、カイメンには脳も神経も、果ては消化管や筋肉すらもないのだから。あるのは、穴だらけのスカスカの体だけ。
 この上なく単純な体で、生きるためには避けられない数々の問題に立ち向かうカイメンたち。シンプルでありながら機能的、鈍重に見えて意外と軽快、そして時には生態系全体に大きなインパクトをも与える、めくるめくカイメンの世界を、本書で一緒に探検してみよう。
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「はじめに」より


 地味ながら興味深い二種類の生物、すなわちカイメンおよびカイメン研究者の知られざる生態を一般向けに紹介してくれる魅力的なサイエンス本です。




〔目次〕

第1章 ヒトとカイメン
第2章 生き物としてのカイメン
第3章 カイメン行動学ことはじめ
第4章 カイメンをとりまく生き物たち
第5章 生態系のなかのカイメン




第1章 ヒトとカイメン
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 実際、地中海地域では古来からカイメンは重要な交易品で、イソップ童話にもカイメンを運ぶロバの話があるくらいだ。沿岸地域の人々が自然に打ち上がったカイメンだけでは飽き足らず、より多くのカイメンを求め、海にくり出すようになったのは自然な流れだったのだ。
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単行本p.5

 まずは人間の生活や歴史とカイメンとの関わり合いをまとめます。スポンジとして、避妊具として、画材として、医療用品として、わたしたちの身近にあったカイメン。その養殖にまつわる困難。医薬品の元となる化学物質の宝庫としてのカイメンなど。




第2章 生き物としてのカイメン
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 磯で目にするようなカイメンは一見すると地味で、貝や昆虫のように目を引く美しさはない。しかし地味なカイメンたちも、ひとたびその骨片に目を向けると、その外見に反して、息をのむほどに美しい造形を宿している(もちろん、すべてがそうではないけれど)。
 そんなカイメンを見つけると、世界でただひとり、私だけが周到に隠された重大な秘密にたどりついたような喜びがこみあげてくる。そして次にフィールドで出会ったときには、秘密を知る共犯者の心持ちで、そのカイメンにニヤリと微笑みかけるのだ。
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単行本p.38

 カイメンの体の構造を詳しく見ていきます。すり潰しても復元する驚異の再生力。その生殖方法と生活史。骨片の美しさ。最古の動物はカイメンかクシクラゲか論争、そして何と年齢1万年を超える長寿カイメンの発見まで。世界一長生きの動物はアイスランドガイ(500歳)、というクイズ番組の答えに憤激する著者。「言いようのない悔しさがこみあげてきた。さえない無脊椎動物枠として、アイスランドガイには勝手に仲間意識を抱いていた」(単行本p.49)のに!




第3章 カイメン行動学ことはじめ
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 また興味深いことに、カイメンがシグナル伝達に用いる物質はグルタミン酸やガンマアミノ酢酸など、他の多細胞生物の神経伝達物質と共通していることもわかった。(中略)カイメンは神経系をもたないため、これまではその他の多細胞動物は、カイメンと分岐した後に、神経伝達物質を獲得したと考えられてきた。しかしこの発見から、動物はカイメンと分岐する前に神経伝達物質を獲得した可能性が強く示唆された。
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単行本p.57

 筋肉も神経系もないため整合のとれた運動は不可能に思えるカイメン。だが、新陳代謝を担う体内水路をきちんと洗浄したり、付着している岩の上をじわりじわり移動したりと、意外に巧みに運動してのける。しかも細胞間でのシグナル伝達に使われている物質が他の多細胞動物と共通しており、神経系よりもずっと先に神経伝達物質が生じたこともわかる。カイメンの運動機能に関わる様々な知見を紹介します。




第4章 カイメンをとりまく生き物たち
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 このように繁殖に参加せず、攻撃など他の役割に特化した階級をもち、親子2世代以上が同時にコロニーに存在する動物を「真社会性動物」という。真社会性はハチやアリなどの昆虫でよく知られるが、海ではこのツノテッポウエビが唯一の真社会性動物だ。(中略)
 動物らしからぬ再生能力と迷宮のような水路網をもつカイメンの存在があったからこそ、ツノテッポウエビは生物が形づくる社会システムの一つの頂点というべき真社会性を獲得できたといえる。
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単行本p.76、79

 カイメンの内部で真社会性を進化させたツノテッポウエビ、カイメンに全身埋まって共生しているホウオウガイ、甲羅の上にカイメンをつけて共生するカイカムリ、カイメンを道具として使用するイルカ、カイメン奥部に棲息しながら光合成に必要な外部の光を吸収するためにカイメン骨片を光ファイバーとして利用するシアノバクテリアまで、カイメンと様々な生物との共生や捕食などの関係を見てゆきます。




第5章 生態系のなかのカイメン
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 白亜紀の終わりには、カイメン礁は地球上から姿を消した――と、考えられてきた。
 ところが、である。1987年、カナダ西岸沖水深約200mの深海から、絶滅したはずのカイメン礁が発見されたのだ。絶滅したと考えられていたカイメン礁の発見だけでも十分すぎるほどの驚きであったが、想像をはるかに上回るその大きさに、研究者たちは圧倒された。発見されたカイメン礁は、高さ20m、面積700平方km以上という、すっぽり東京23区が入ってしまうほどの巨大な構造物であった。カイメン礁を発見したカナダの研究者たちは、のちにそのときの驚きを「恐竜の群れに出会ったようだった」と表現している。
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単行本p.111

 カイメンを介した海の物質循環、カイメンループの発見。深海の栄養循環を駆動し、独自の生態系を構築するカイメン。そして直接的な食物連鎖に参加している肉食カイメン。海洋生態系のなかでカイメンが果たしている役割を解説します。





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