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『怖い家』(ジョン・ランディス:編集、宮﨑真紀:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 このアンソロジーに登場する屋敷は、たいていが(すべてではない)十九世紀以前の伝統的な幽霊屋敷だ――今にも崩れそうな大邸宅、暗い廊下、鍵のかかった扉、四柱式ベッド、溶けた蠟燭、そう、エドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」の屋敷そのものだ。そこには決まって何か怪しげな過去がある。人が死に、何か恐ろしい事件が起き、邪悪に支配された場所。そうした過去の悪魔たちが当然の権利とばかりに今そこに姿を現し、われわれを追い詰める。(中略)ここに集めた物語を読めば、開けてはならない扉があるのだと、みなさんにもおわかりいただけるだろう。
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「序章 開けてはいけない扉がある」より


 ポー『アッシャー家の崩壊』、ギルマン『黄色い壁紙』、サキ『開けっぱなしの窓』。さらにブラックウッド、ウェルズ、ラヴクラフト、ビアス、ブラム・ストーカー、オスカー・ワイルドまで。古典的な名作を中心に、いわゆる幽霊屋敷を舞台とした定番短篇を収録した怪奇小説アンソロジー。単行本(エクスナレッジ)出版は2021年11月です。




収録作品
『アッシャー家の崩壊』(エドガー・アラン・ポー)
『幽霊屋敷と幽霊屋敷ハンター』(エドワード・ブルワー=リットン)
『空き家』(アルジャーノン・ブラックウッド)
『赤の間』(H・G・ウェルズ)
『忌み嫌われた家』(H・P・ラヴクラフト)
『幽霊屋敷』(アンブローズ・ビアス)
『カンタヴィルの幽霊』(オスカー・ワイルド)
『サーンリー・アビー』(パーシヴァル・ランドン)
『判事の家』(ブラム・ストーカー)
『黄色い壁紙』(シャーロット・パーキンス・ギルマン)
『呪われた人形の家』(M・R・ジェイムズ)
『オルラ』(ギ・ド・モーパッサン)
『和解』(小泉八雲)
『開けっぱなしの窓』(サキ)




『アッシャー家の崩壊』(エドガー・アラン・ポー)
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 アッシャー家の屋敷を目にしただけでこれほど不安に責め苛まれるのはなぜだ、と私は立ち止まって考えてみる。解けない謎だったし、頭の中で押し合いへし合いする暗い想像を組み伏せることもできなかった。結局、今ひとつ納得のいかない結論で我慢するしかなかった。きっと、一つひとつはごく単純だが、まとまると人にこうして強い影響を与える自然物の組み合わせというものがあるのだろう。だが、この力を分析しようにも、われわれの理解力の範疇を超えているのだ。
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 幽霊屋敷ものの代名詞となっているポーの名作。ラストどうなるのかをタイトルで明示するというはなれわざの効果には何度読んでも感心させられます。




『幽霊屋敷』(アンブローズ・ビアス)
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 さっきまで大音響のもとにいたのに、しんとした静けさの中にいきなり放り込まれて、なにやら頭がぼうっとしていたが、ようやく多少はわれに返ったとき、私はとっさに今閉じたドアをまた開けようと思った。ドアノブから手を離した覚えはなかったのだ。指にはっきりと握っている感覚があった。はたして本当に視覚と聴覚を失ってしまったのかどうか、再び嵐の中に戻って確かめよう、そういうつもりだった。私はドアノブを回し、扉を引いた。するとそこに別の部屋があったのだ!
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 他の作品が雰囲気を盛り上げるために数十ページを費やしているのに対して、開幕後3ページで強烈なショックを与え、さっと終わる見事な短篇。一度読んでしまうと、なじみのない建物から「外へ出る扉」を開けるとき、いつもこの謎めいた物語を思い出すことになるでしょう。




『カンタヴィルの幽霊』(オスカー・ワイルド)
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 連中が低級な物質主義的世界観の中で生きていることは明らかで、感覚に訴える現象の象徴的な価値がわからないのだ。幻の体を作り出し、幽霊として出現することは、もちろんそれとは事情が別で、じつは彼自身がどうこうできることではない。週に一度廊下に出ること、毎月第一と第三の水曜日に大きな出窓越しによしなしごとをぼそぼそと話すことは彼の厳粛な義務で、その仕事を怠るのはけっして許されないと思っていた。自分の人生がとても邪悪なものだということは確かだが、その一方で、超常現象にかかわることには何でも誠実に取り組んだ。
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 威厳と格式を持って真面目に超常現象に取り組んでやまない英国の幽霊。だが屋敷にやってきたのは、下品で騒がしい米国人一家だった。たちまち幽霊は笑いものにされ、夜中におどかされ、子供部屋に侵入しようと扉を開けたとたんに上から降ってきた金たらいに直撃される始末。びくびくしながら暮らすはめになった幽霊は、ただひとり同情的だった若い娘に自らの苦境を愚痴るが……。皮肉とユーモアに満ちた好短篇。これを中央に置くという本書の配置の巧みさ。




『黄色い壁紙』(シャーロット・パーキンス・ギルマン)
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 ときどき、無性にジョンに腹が立つことがある。わたしだって以前はこんなにぴりぴりしていなかったのに。今は神経が参っているからなんだと思う。
 でもジョンは、君がこの家のことをそんなふうに感じるなら、そのうち自分をきちんとコントロールできなくなるかもしれんな、と言う。だから必死に自分を保とうとしているのだ――すくなくとも彼の前では。でもそうして無理をすると、ひどく疲れる。
 今いる部屋がどうも気に入らない。本当は、一階下にある、ポーチに面した部屋がよかった。窓辺に薔薇があふれ、ずいぶんと古風なチンツ織のカーテンがまたいい感じなのだ。でもジョンは聞く耳をもたなかった。
 窓が一つしかないし、ベッドを二つ置いたら狭すぎるし、自分が別の部屋に移るとしても近くに適当な部屋がない、と彼は言った。
 夫はやさしくて、とても注意深くすべてに目を配り、特別な監督のもと、わたしをできるだけ動揺させまいとしている。
 私の一日は一時間単位でスケジュールが決まっていて、彼があらゆる負担を肩代わりしてくれている。だから、それをもっとありがたいと思わなかったら、恩知らずな人間だと感じてしまう。
 ここに来たのは、ほかでもない君のためなんだ、とジョンは言う。
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 語り手の夫人は、新しく引っ越してきた屋敷の自分の部屋が気に入らない。特に黄色い壁紙が嫌だ。夫に部屋を変えてくれと訴えてもやさしくなだめられ、まったく聞いてもらえない。何をすべきか、何をしてはいけないか、すべて夫が決める生活。作家としての才能と情熱を持ちながら書きものは許されない。抑圧と支配を優しさだと思い込もうとしながら、夫人は黄色い壁紙を眺め続けていたが……。今も多くの女性が置かれているであろう地獄を、一人称の語りを巧みに使って表現した名作。正直、これを幽霊屋敷ものに分類するのはどうかと思う。




『開けっぱなしの窓』(サキ)
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「叔母が世にも恐ろしい悲劇に襲われたのは、ほんの三年前のことなんです」少女は言った。「お姉様はその頃、もうここにいらっしゃらなかったみたいですね」
「悲劇?」フラントンは訊き返した。こんなのんびりした田舎に悲劇などという言葉はそぐわないと思えた。
「十月の午後にあの窓を開け放っておくなんて、どういうことだろうとお思いではありませんか?」姪は、芝地に面した大きなフランス窓のほうを示していった。
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 訪問先の相手を待つ少しの間、15歳の少女と会話することになった男。少女は数年前にこの家に降りかかった悲劇について語り始める。切れ味するどいショートショートのお手本のようなサキの短篇。本作を最後に配置するという、何という人の悪さ。





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『ぶたぶたのお引っ越し』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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 ぶたぶたが少し笑って、そんなことを言った。笑う……ぬいぐるみなのに。
 いやいや、もう彼のことは深く考えないようにしよう。彼は怖くも変でも、不思議でもない。……いや、不思議は不思議だけど。それはどうしても否定できない。
 けど、親切で優しいお隣さんだ。
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文庫版p.122


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。

 最新作は、引っ越しをテーマにした3篇を収録した短編集。転居によって新たな縁ができたり、縁が切れたり、それが引っ越しのドラマ。ぶたぶたが引っ越す話もあれば、ぶたぶたのお隣に引っ越す話もあります。文庫版(光文社)出版は2022年5月です。


収録作品
『あこがれの人』
『告知事項あり』
『友だちになりたい』




『あこがれの人』
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 もっと冷静に話したかったのに。でも、うちら夫婦になんの関係もない、ボランティアで来てくれたぶたぶたをダシにする言い方が気に食わなかったのだ。明らかに成美を責めるための口実を探していた彼の都合にぴったりハマっただけ。村瀬だったらそんな扱いはしなかったはずだ。小さくて弱そうで、ぬいぐるみだから利用してもかまわないと思ったのだ。
 それってとっても失礼なことだよね。
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文庫版p.38

 田舎に移住しようと前のめりになっている夫。気がすすまない妻。相談しようと考えて役所に向かった妻の前に現れたアドバイザーは、ピンクのぬいぐるみだった……。話し合うポーズだけとって実際には妻のいうことをまったく聞いてない夫というよくある状況が、ぶたぶたの存在によって揺さぶられる様子をえがいた作品。




『告知事項あり』
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 スマホであちこちに連絡している時、ふと玄関の方を見ると、白っぽい何かがすーっと動いていくのが見えた。
「えっ?」
 思わず声が出てしまう。この部屋は一階の奥から二番目の部屋で、通りすぎるとしたら奥の部屋の住人なのだが、人ではなかった。とても小さい。小さすぎる。
 こういうことか! これが「告知事項」か!
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文庫版p.71

 都会で就職するために引っ越し先を探していた若者が、「告知事項あり」の格安物件を見つける。つまり事故物件というやつらしい。気にしないたちなのでその部屋で一人暮らしを始めた若者だが、やがて隣の部屋に人ならざる何かが棲んでいることに気付く……。付き合いがないと確かに不気味な存在なので、登場人物が怖がるのも無理はないけど、読者としては笑ってしまう。




『友だちになりたい』
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 次の日、憲治とまた本屋で会う。すると、なんだか思いつめたような顔で、こんなことを言った。
「今日は、ぶたぶたさんに声をかける」
 雫は驚いた。
「うちも同じこと、君に言おうとしてた」
 ぶたぶたに訊きたいことがあったから。もう変なプライドもなくなっていた。
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文庫版p.199

 山崎ぶたぶたさんが引っ越してしまう、一度もちゃんと話したことがないのに。そんな思いを抱えた幼い少年と若い女性が出会った。それぞれに事情をかかえながら、やがて二人は思い切ってぶたぶたに声をかけることにするが……。ぶたぶたと知り合って小さな勇気をもらう、という定番パターンではなく、ぶたぶたと知り合いになりたい人々が知り合って勇気を出し合う、という意表をついた展開がさわやかな感動を呼ぶ。





タグ:矢崎存美
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『笙野頼子発禁小説集』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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 あなたは今、憲法二十一条の実現に基づき、この私の文を読んでくれている。見ての通り、刊行出来たから。
 主要掲載誌の版元から、作者の思想信条が理由で出なくなった本が、で?
 さあ、今から目次を見てみよう。そこにはこの本が刊行出来た、私がそうする気になった理由が光っているのだから。目を皿にして見て欲しいこの本の目次を!
 既に一冊分の分量がある群像の連作に加えて計二十五枚、それはこの鳥影社が発行を引き受けている純文学専門誌季刊文科掲載の短編二つである。内容は?
 時間軸も社会軸も群像と同じ、中にはかぶっているエピソードもある。
「難病貧乏裁判糾弾/プラチナを売る」(季刊文科84号)/「古酒老猫古時計老婆」(季刊文科86号)
 と書くと、何か群像の三百枚分の添え物にしたかのように思うかもしれない。でも実は違う、話は真逆である。この二作が本書の目玉なのだ。(中略)もし、この二作がなかったらこの本は作家の動機というか書きたい事が隠されたまま、芸術作品として一定の評価を得るだけだった。しかし、世に訴えようとして書いた事を私は残したい!
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単行本p.15、17


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第138回。

「私小説は報道だ捕まるまで書くだけだ。この、自由を守ってくれた鳥影社に感謝する」(単行本p.349)

 長編二作のボツ、大手出版社の単行本化拒否、コロナ質屋貧乏暮らし、圧力中傷手のひら返し。様々な困難を乗り越えついに刊行された渾身の「報道」私小説集。差別だヘイトだと糾弾された作家は、実際には何を書き何を主張したのか。「最近、笙野頼子がトランス排除の陰謀論だか何だか主張したせいでネットや文芸誌で叩かれてるらしいよ? 知らんけど」くらいの認識の方必読の最新作品集。単行本(鳥影社)出版は2022年5月です。


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 私は干され、怒鳴られ、ヘイターと言われてもう三年を越えている。私はヘイターじゃない! 今もまだ本来の左翼の気持ちでいる。その証拠として、ここにまずこれを収録する。むしろヘイターは女消の方である。ウーマンヘイター・メケシと覚えてね。
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『九月の白い薔薇 ―ヘイトカウンター』まえがきより(単行本p.41)


 『笙野頼子三冠小説集』 『笙野頼子窯変小説集』に続くシリーズ第三弾……と思った方いるかも知れませんが、内容的にはそうではありません。「群像」に掲載された連作私小説、「季刊文科」に掲載されたいわゆる性自認法の危険性を訴える作品、さらにこまめに解説や補足説明などを加えてまとめた一冊です。




目次
『前書き 発禁作家になった理由?』
『女性文学は発禁文学なのか?』
『九月の白い薔薇 ―ヘイトカウンター』
『返信を、待っていた』
『引きこもりてコロナ書く #StayHomeButNotSilent』
『難病貧乏裁判糾弾/プラチナを売る』
『質屋七回ワクチン二回』
『古酒老猫古時計老婆』
『ハイパーカレンダー1984』




『前書き 発禁作家になった理由?』
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 そも、私小説とは? 目の前の事を書いた時に世界全体を書こうとするもの。しかも目の前にあるものの「総てを」書く。それが現実ならば睨んで書く、具体を肉体を暗黒を詳細を、いかさまな禁忌が隠せないものを、……。
 そして「予言」は当たるけど私は潰される。
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単行本p.13

 全体の前書き。「群像」に掲載された連作が単行本化を拒否された件、何が問題でどうして糾弾されることになったのかの解説、この単行本の刊行に至るまでの経緯をまとめてくれます。




『女性文学は発禁文学なのか?』
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 不味い事に、というか前書きで述べたように、現在この新訳「性自認」、絶対に公式に批判出来ない。理由? ――この新訳語が「性的少数者の苦しみを救う根本にある」と主張する「善意の」人々がけして真実を報道させないからだ。そして、この性自認の尊重と人権扱いが性的少数者にとって必要欠くべからざるものという、誤解、誤認、誤報道を熱心に押し通すからだ。
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単行本p.36

 文藝家協会ニュースに掲載された、性自認法/セルフID法に反対しその危険性を訴えた文章。ネットに無断転載されたことから炎上状態を招いた作品。本編の三倍以上の補足『性自認とは何か?』『女を消す運動、女消運動、メケシとは』を追加した上でこの単行本の劈頭を飾ることになりました。




『九月の白い薔薇 ―ヘイトカウンター』
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 今、私がいるこの時代とは何か、それは上が規則を破り公約法律議会全部、本質を失わせ捕獲する世界。そして外国からフェミ認定で褒められた初の女性(極右)都知事は、慰霊祭への追悼文を出さないようにした。ばかりかそのお供養に対抗する嫌がらせ的法事が、このみんなの広場横網町公園において許可されている。それはお供養の紛らわしい偽物、主催するのは極右女性団体。だけど今や、もう右も左もない。ここはTPPの平気な人達が、保守を自称する国なのである。
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単行本p.43

「今もまだ本来の左翼の気持ちでいる。その証拠として、ここにまずこれを収録する」(単行本p.41)

 ヘイトデモ的な嫌がらせが予告されていた慰霊祭、カウンター側に参加したときの体験を書いた作品。




『返信を、待っていた』
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 そこに言葉はないし正体もない。ただ大地の底で小さい火が燃えている。崖が向こうにある。かつて私を生かしていたものが全部滅亡している。それでも、怒りを維持する事で生命を維持している。どんな時も、今をやり過ごしても未来を憂えていたら、他人の人生を生きて蘇ってこれる。難病の若い人のブログを読んでいて、食べているおやつの写真を見る。この知らない人が死ぬことが嫌だと思う。
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単行本p.72

 若くして亡くなった詩人、川上亜紀さんの追悼のために書かれた作品。川上亜紀さんとの交流をえがきながら、彼女が受けた理不尽な仕打ちや受難を自身のそれと重ねてゆく。
 今回単行本化にあたって自作解説が追加され、本作(における一部描写)が気に入らない連中による糾弾や嫌がらせ、さらにはファンサイト管理人が彼らに絡まれた挙げ句にサイト更新停止に追い込まれた件が報告されています。この件については、川上亜紀さんの知り合いである私の配偶者(詩人)も怒り悲しんでおり(死んでからまでこんな仕打ちを受けるなんて……)、また私自身についていうなら、長年に渡って拙い(ほとんど引用しかない)私のブログ記事にこまめにリンクをはってくれたファンサイト管理人に対する(一方的ながら感じていた)恩義や連帯感が踏みにじられたようで個人的にも腹が立ちます。
 なお遺族がまとめた全詩集『あなたとわたしと無数の人々  川上亜紀刊行全詩集』(七月堂叢書)が、偶然ながら本単行本と同時期に出版されていることをここに記しておきます。




『引きこもりてコロナ書く #StayHomeButNotSilent』
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 要するに我が国ではことが起こるとただパニックになり理由もなく下位のものを叩く。さらには不幸な人間を追放して目の前から消そうとする。
 要するに文脈のある行いをみると切れる、の一択。しかし実はそれが結局今の我が国の土俗、習俗、国民性なのではないかと私はついに、思うようになった。
 なおその成分とは? 先述したような、仏教伝来の頃のセーフが作り込んだ、ケガレ、ハライ、ミソギの「信仰」。或いは他人さえ不幸にすれば富貴になれるという「おとぎ話」。どんな最底辺にいるものであってもさらに下をたたいて権力に同化すれば、この魔術で栄達の日々が来るという「期待」、で出来ている。同時に、……。
 この国の精神衛生は女性に当たり散らすことによって支えられているとも思う。女子児童や難病の老婆に加害すればすべてオッケー、の世界である。今は上から下まで、国中でやっている。(中略)徹底して何にも対処しない。不幸も犯罪もなかった事にする、その被害者までも沈黙させる。もしそれでも被害者が負けなければ、いないことにする。ついに被害者が死ねば死者に自分達の罪を被せ、黒歴史の責任をすべて押しつける。
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単行本p.157、161

 新型コロナ禍のなかであらわになったこの国の棄民精神、その背後にある黒土俗「信仰」を、疫病を軸にえがき、権力に呪い返しを仕掛ける作品。




『難病貧乏裁判糾弾/プラチナを売る』
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 で? 女は女の女による女のフェミニズムをやりますというとそんなフェミニズムは殺す殴る犯すお前等は排除的差別者だと言われ、干され脅かされ糾弾される。無論、女だけでやる原則的フェミニズムというのは世界中にあるに決まっている。しかし日本には現在そういうラディカルフェミニズムの目ぼしい学者というのがいない。私などは文学でありながらそれの代用、代表に仮に(勝手に)されている。なので……。
 最近の私は、――殺せ殴れ犯せ顔に入れ墨しろ糾弾会に来い石打ち拷問しろ道で大便していろ私の本を焼きたいが煙が迷惑なのでゴミの日に捨てろ文藝家協会も出ていけと言われている。基本、人間ではないという事をくりかえされている。私の他親子二代の共産党支持者や女性の若い党員が言われている。ナチスがユダヤ人に言ったのと同じようなセリフを自分達が被害者だと言いながら、男とその奴隷のインテリ女学者達が、普通のレズビアンや市井の性転換当事者にまで言い続ける。その上、一部共産党支持者から出ていけと言われている末端党員の女達などは、離党した上で日本第一党に投票しろなどと強要されている。党本部は助けない。黙っている。そんな中「糾弾は良くない」という返事を私は共産党の総意として某委員会からやっとメールで貰い、有志が作ったサイトに投稿した。
 すると、共産党ではなく私だけが責められた。党に批判が来た時も中央委員会の窓口係は何も中央に問い合わせをせず、一方的な話をする批判者に対しうち関係ありませんと言っただけだ。弱虫! 卑怯者!
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単行本p.222

 イカフェミニズム、共産党の掌返し、著作・書店・出版元に対する糾弾など、作家の受難と状況をまとめた作品。この単行本出版の背景と経緯が書かれます。




『質屋七回ワクチン二回』
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 私は名出しの上で声を上げていた。しかし発禁と言ったって十七年前に出した本の復刻版を、ただ私の作品だからと言って怒ってくるのである。相手は唯心論者で私はアカの魔女だ。
 しかも今年は七月に長編の書き直しまで返ってきた。これで貧乏が一段と深まった。私は書けないのではない。リスクのある作家になってしまったのだ。だけど何も差別とか私はしていない。唯物論者なので偽りが書けない。その結果が今の困難である。
(中略)
 私は貧乏して貴金属を売った。でも徹夜で仕事した。何も変な事も書いていない。テーマ、女という言葉、概念、主語、その大切さ、女の歴史を消すな、だけであって……。
 つまりは自分が女である事を、医学、科学、唯物論、現実を守るために書いた。子供の頃、男の子になりたくて、驚くと出てしまう自分の女らしい声が辛くて死にたかった。でもそれは思春期によくある事だそうだ。今は閉経もして、今までセックスも何もしなかったし、爽快になっている。そこには「予言」と言われる程ずっと書いてきたテーマもあった(なのに今さら書店に置くなだのと)。
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単行本p.248、283

 生活困窮や質屋通い。その事情を書いた、『増殖商店街』や『居場所もなかった』を思い出させる作品。掲載誌「群像」の出版元から「「このようなご主張のある」作品を含んだ刊行」(単行本p.2)を拒否されたとのことで、ある意味で本単行本の出発点。




『古酒老猫古時計老婆』
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 で? 私は昨年から書く方こればっかりだが、成果はというと?
 この季刊文科とネットに感謝するのみ! 他所では結局本二冊分の没を私は書いた(でも今から中編ひとつ発表出来るかも)。しかしもともと作品化は難しいテーマだしこれで金がない。でもだったら私小説家の貧乏話をやるのに良い? 病は悪化したが、なんだろう秋風に同化出来る私。そして仲間がいる、世界中に。でも返済の事を考えると辛くなってくる。
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単行本p.323

 性自認法/セルフID法にまつわる世界情勢と作家の身辺をならべて書く作品。




『ハイパーカレンダー1984』
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 今現在、マスコミやネットで糾弾されている「トランス差別」と称せられているもの大半は実は本当の差別などではない。
 もし、トランス差別と言われたら相手のクレームの大半は実はトランス原理主義、女性差別や性犯罪的侵入、児童に対する医療虐待の正当化なのだ。つまりそれは本来の実在の性的少数者の権利をむしろ侵害、誤解させる可能性がある、虚構でしかない。というわけで、……。
 たったそれだけの事をこうして書くのにここまで大変な事になってしまった。
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単行本p.342

 古いワープロがぶっ壊れて必死の思いで手にいれた代替品に「愛があふれてきて、ついつい手久野バブ子、てくのばぶこ、という名前をつけてしまった」(単行本p.329)という思わず吹き出すエピソードからはじまる後書き。今さらワープロ専用機なんて、と思う人は親指シフトキーボード搭載オアシスを使ったことがないのでしょうか。私も政府から頂いた給付金をすべて(製造中止が決定した)親指シフトキーボード数枚につぎ込んで、それを積み重ねて祭壇にしています。





タグ:笙野頼子
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『残月記』(小田雅久仁) [読書(小説・詩)]

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 そこではっとした。月が動いているように見えた。夜が胸をひらくことであらわれた白い心臓のように、ふわりふわりと拍動している。いや、錯覚だ。ほかのものが目に入らなくなるほど一途に何かを凝視しつづければ、それがなんであれ仮そめの命を得て拍動するように見えてくるものだ。月は動いてなどいない。じゃあなんだ? 絶対に何かが変わりつつある。絶対に何かが……。
 そうか。月が回転しているのか。地球にけっして裏側を見せないはずの月が、いまふりかえろうとしている。見ろ。クモヒトデのような純白の光条を放つティコ・クレーターが右へずずずと動き、裏へ回って見えなくなった。そして雲の海が、コペルニクス・クレーターが、雨の海が、アナクサゴラス・クレーターが、次々と姿を消した。
 やがて回転が止まった。かつて見せたことのない裏側の月世界をさらして、ぴたりと静止した。こちらこそが本当の顔だと言わんばかりに。
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単行本p.22


 月の狂気にとらわれ二つの世界を行き来する三つの物語。長編『残月記』と他二篇を収録した、『増大派に告ぐ』『本にだって雄と雌があります』の著者による待望の第三単行本。単行本(双葉社)出版は2021年11月です。




収録作品
『そして月がふりかえる』
『月景石』
『残月記』




『そして月がふりかえる』
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 きっと俺はどこかで高をくくっているのだ。こんなことがいつまでも続くはずがないと。あしたはあしたの月が昇るだろうと。さっきのようにそのうちまた世界がまるごと蝋人形の館にでもなったかのように動きを止め、そのあとに何もかもがけろりと元にもどっているだろうと。そしてその思い出は、目を覚ますと岩のように重い老婆が腹の上に乗っていただの、宇宙人に攫われて鼻の奥に何か埋めこまれただのと同じように、消化しきれないまま頭の片隅で色褪せ、埃に埋もれてゆくのだろうと。
 本当にそうだろうか。あしたもまた同じ月が昇ってきたとしたら? あさってもしあさってもそうだとしたら? この狂気に出口なんかどこにもないとしたら? 考えたくもないことだ。考えてはいけないことだ。そして考えずにはいられないことだ。
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単行本p.39

 月が裏返り、それにあわせて裏側の世界に入ってしまった男。家族は誰も彼のことを知らない。自分は誰なのか。狂ったのは自分なのかそれとも世界なのか。




『月景石』
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 雲一つない西の夜空に、見たことのない異様な満月が際やかに浮かんでいた。しばし意識が沈黙する。本当に月なのか? しかし地球は月のほかに衛星を持っていない。まるで地球の幼年期でも眺めるように、森の緑が見え、海の青が見え、大地の茶色が見え、雲の白が見える。そこから導き出される結論は一つしかない。あれはわたしが夢の中で生きた月だ。大月桂樹が根づいた月世界だ。それを地球から眺めると、こう見えるのだ。しかしなぜ? まだ夢を見ているのか? だとしたら、なぜわたしは地球にいる? そしてこの地球はいったいどうしたんだ?
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単行本p.160


 平凡な日常生活と月世界での冒険。月景石が見せる夢のなかで別の人生を送る女性は、夢が次第に現実を浸食していることに気付く。




『残月記』
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 月昂だ! やっぱりこれは月昂だ! 俺は月昂者となったのだ! 世界が静まりかえり、夜の彼方にまで血の気が引いてゆくようだった。しばしのあいだ、心が宙に放り出され、もがくよすがもなく、森の奥の縊死体のように虚ろに揺れていた。どれぐらいそうしていたろう。(中略)
 喘ぎながらカーテンを少し開けると、月明かりに照らされた夜の世界が、異様な明るさをみなぎらせて際やかに迫ってきた。西の空に燦々たる月がかかっており、眩しさに思わず目を細めた。あと二、三日もすれば満月になるであろう太った月だ。われらの月は生きている息づいている脈動している……また詩の文句が思い出された。それまでの人生で見てきた月は、暗幕を切り抜いたように平板で生気がなかったが、今夜見あげる月はどうしたわけかむっちりと肉厚で、たしかに息づいているようだった。
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単行本p.217、218

 罹患すると月齢に体調を支配され、激烈な衝動に支配される時期と生死の境をさまよう時期を繰り返し、発症後数年で死に至る恐るべき感染症、月昂。強権体制ディストピアと化した日本を舞台に、月昂感染者である一人の男が辿った数奇な運命を、様々な物語を交差させながら力強く描いた感動作。





タグ:小田雅久仁
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『ハルハトラム 4号』(現代詩の会:編、北爪満喜、白鳥信也、小川三郎、他) [読書(小説・詩)]

 「現代詩の会」メンバー有志により制作された詩誌『ハルハトラム 4号』(発行:2022年4月)をご紹介いたします。ちなみに既刊の紹介はこちら。


2021年08月02日の日記
『ハルハトラム 3号』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2021-08-02

2020年05月03日の日記
『ハルハトラム 2号』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-05-03

2019年07月02日の日記
『ハルハトラム 1号』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-07-02




[ハルハトラム 4号 目次]
――――――――――――――――――――――――――――
『光』『句点の列』(長尾 早苗)
『冬日』(水嶋 きょうこ)
『ちょっとした話』『仮面』(来暁)
『歯形』(小川 三郎)
『スモーキーツリーの下を通る』『柔らかい』(北爪 満喜)
『嘘みたい』(恵矢)
『パンドラモン、雨が降り始める』(サトミ セキ)
『命名』(佐峰 存)
『オカリナ』(沢木 遥香)
『天路』(島野 律子)
『炎』(白鳥 信也)
『秋のたそがれどき』(橘花 美香子)
――――――――――――――――――――――――――――

 詩誌『ハルハトラム』に関するお問い合わせは、北爪満喜さんまで。

北爪満喜
kz-maki2@dream.jp




――――
こどうが体を揺らし
magmaの熱をおこす
うすい笑いをとかし去り大地は動く
炎のまたたきは星と重なる
太古の踊りがひびく
腰紐から胎盤にふれる
足の裏のコネクト
ぬけだそうというジャンプの試み
――――
『仮面』(来暁)より全文引用




――――
今朝はあなたの
首の後ろの
歯形になって
あなたの情事に
寄り添っている。

呪いのような黄色い髪が
歯形をやさしくなでている。
赤ん坊のように目をつぶり
私はあなたに抱かれている。
――――
『歯形』(小川 三郎)より




――――
スモーキーツリー
煙の木 ならば
息の泊 瞬きの揺れに
煙の川 煙の橋
煙のベンチ 煙の坂道
煙の丘

(過去はないのです)
(悲しみもない)

それは 呼び寄せるときだけ
指先にツンっと宿って
何かを引き千切る鋭い音
そして引っ掻く音 書く音

スモーキーツリーの下を通り
丘にきて この丘がほんとうは何処か
私は知らないのでしょうか
――――
『スモーキーツリーの下を通る』(北爪 満喜)より




――――
今日 季節が変わった
もう言葉で伝えられないけれど
今あなたが感じるにおいはどんなものなの
教えてよ
この世ではないその場所のにおいを
パンドラモン、季節が変わる雨のにおい
新幹線が見えるこのビルにも 雨が降り始めた
草のにおいが濃くなって来る
わたしもこの街で一本の草になるんだろう
おかあさん
あなたの顔を忘れてしまった
――――
『パンドラモン、雨が降り始める』(サトミ セキ)より




――――
私はそっと小さな手に
私の手を重ねる

小さな女の子は
握りこぶしを緩めて
私の顔を見あげた

きらきら
イチョウが
舞い降りる

ほどいてゆく
ほどけてゆく

小さな女の子は
消えていた

私の膝には
イチョウの葉が
ちょこんと座っていた
――――
『秋のたそがれどき』(橘花 美香子)より





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