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『予言』(鈴木ちはね) [読書(小説・詩)]

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西友が二十四時間営業でほんとよかった 西友は神
――――
堤防を上りつめたらでかい川が予言のように広がっていた
――――
万物の起源のように明るかったオリジン弁当 無くなっていた
――――
スロープと階段があってスロープのほうを下ればよろこびがある
――――
子ども会神輿が通るのを待てば子ども会神輿のあとの道
――――


 ごく当たり前のことにふと気づいた瞬間の不思議な気もち。ツイッターで見かけるありふれた話がもたらす小さな感慨。日常を素直によむ歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2020年8月です。


 まずは比喩や対比による効果が見事な作品が印象的です。


――――
西友が二十四時間営業でほんとよかった 西友は神
――――
堤防を上りつめたらでかい川が予言のように広がっていた
――――
万物の起源のように明るかったオリジン弁当 無くなっていた
――――
のり弁がぶちまけられているような雨の県道あるいてゆけば
――――
道の駅めぐりの果てにたどり着く完全に純粋な道の駅
――――
手を股に挟めばあたたかい自分東京五輪は即刻中止
――――
靴べらで靴へと足を流しこむ こういう時間の先に死がある
――――


 近所を散歩したり新幹線に乗って移動したりするとき、誰もが経験し感じるようなことを、抜け目なく言葉にした作品にはちょっとした驚きがあります。


――――
ひとしきり鴨に餡パンあげたあとで餌付け禁止の看板を見る
――――
スロープと階段があってスロープのほうを下ればよろこびがある
――――
いい路地と思って写真撮ったあとで人ん家だよなと思って消した
――――
狛犬は昔たくさん作られていまはほとんど作られてない
――――
引っ越しのトラックの左右からつよい男が飛びだしてくる
――――
子ども会神輿が通るのを待てば子ども会神輿のあとの道
――――
そのときは現在だった風景が窓越しにとめどなく流れる
――――
新幹線の田んぼの中の看板は実際行けば大きいだろう
――――


 家のなかの生活を題材にした作品から感じられる微妙な気もち。


――――
図書館で借りた本は読まなくていい返しさえすればそれでいい
――――
六年前の東京駅のキオスクのレシートが出てくる文庫本
――――
年金を払ってないと来る電話が払ってからはもう来なくなる
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年金を納めてないとかかってくる電話のようになまぬるい風
――――
パンツを四つ並べて干せば四日分だったんだなとわかるシステム
――――
ユニットバスのずっと切れてた電球を当てずっぽうで買ったらついた
――――
サイゼリア前を二往復してからサイゼでもいいかって入るサイゼリア
――――


 そしてみんな知ってることやネットで見たことをちょっと得意げによんだ作品からも感じる素直さが魅力的だと思う。


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あらかじめ100円用意しておくと駐輪場でスムーズになる
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最近はファミリーマートでりんごとかバナナとか白菜とか売ってる
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旅行が苦手と言う人の苦手な理由はだいたいなぜかいつも面白い
――――
アラル海いまはほとんど無いらしいそういう写真をツイッターで見た
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さるすべり(実際には猿は滑ることなく簡単に上ってしまうらしい)
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平成の初めの頃に生きていた犬ということはもういない犬
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『松岡政則詩集』(松岡政則) [読書(小説・詩)]

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あり得たかもしれないもうひとつの生、のようなもの
それが旅の本位だろう
あるく、という宿病
詩を書く、という闇
還りの海には
ひとを孤絶させるちからがある
わたしはひきょう者の気もちがわかる
――――
「うみのたまもの、はたけのくさぐさ」より


からだが決めることはたいてい正しい
土から離れたものはみなさみしい

あるくという行為は
ことばをすてながら身軽になるということだ

たびさきではいやなことはしないですむ
めしは姿勢をただしてだまって喰う


 歩くこと、食べること、旅、土、艸。命そのもののような激しさをこめたことばを誠実に書き留める詩人、松岡政則さん。その作品から選ばれた傑作を収録した待望の現代詩文庫です。単行本(思潮社)出版は2021年4月。


 もとになった詩集は次の八冊。

『川に棄てられていた自転車』
『ぼくから離れていく言葉』
『金田君の宝物』
『草の人』
『ちかしい喉』
『口福台灣食堂紀行』
『艸の、息』
『あるくことば』


 そのうち最新の三冊については以前に紹介を書きました。


2012年09月19日の日記
『口福台灣食堂紀行』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2012-09-19

2015年10月21日の日記
『艸の、息』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2015-10-21

2018年09月03日の日記
『あるくことば』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-09-03


 松岡政則さんの詩はどれも好き。身体に根ざした、いのちのように激しく嘘のないことば。誠実で、土地とからだからやってくることば。あさましく取り繕う言葉や他人を扇動しコントロールする言葉にまみれて生きていると、肺が新鮮な空気を求めるように、松岡政則さんの詩集を読み返したくなるのです。

 いくつかを取り上げて、さらにその一部だけ切り出して引用することを思うと、まるで生き物をハサミで切り刻むような恐さと罪悪感があるのですが、かといって他に紹介するすべも知らず、ここは思い切ってやります。部分引用します。


 まずは、初めのころの、激しいいのちのことば。


――――
外はまた降りだしていた 舞う事もなくまっすぐに降る雪だ 降り積もうとして降る雪だ もしかしたら母はいま 雪を感じているのだろうか 絶え間なく続くザーという微かな音を じっと聞いているのだろうか 夕べの消灯の時だった 死ぬのも楽じゃなぁのぉ 母はそう言ったのだ そのあとすぐ はぶから先に笑って見せたのだ 手を握る 夕べの母の手を握る 一心に握る 握っても握ってもまだ足りない握る こんな時にだ 言葉の気配がする
――――
「ICU」より


――――
ぼくは激しく立っていた
断固として揺れなかった
花を散らした山桜
芽吹きはじめた楢の類
裏山が風を吹かせているのだと思った
誰の弔辞も聞かず
そう
ぼくはひっしで詩の言葉を探していた
そうしないと
立っていられなかった
――――
「空もゆれていた」より


 そして「歩く」という行為。嘘はなく偽もなく、まるで「祈る」のように歩こうとする姿に圧倒されます。


――――
この頃「歩く」が気になる
「歩く」ばかり考えている
ぼくの「歩く」は保護区域に収容された飼いならされた
「歩く」ではないのか
土からもどんどん遠くなって
もうどこにも帰れない「歩く」ではないのか
ときどき他者の熱がする
ペタペタと恥ずかしい音がする
それでも「歩く」でしかいっぱいになれない事があった
「歩く」でしか許せない事があった
――――
「それはもう熱のような「歩く」で」より


――――
歩くは小さな声であり
川瀬のまばゆい光であり
アオバエのたかるどでかい牛に会いに行くことであった
歩くという行為はそのように
正直な喉になることであり
口づてであり報復であり知であり
祖々を畏れながら棄て続けることであった
――――
「わたしではありません」より


――――
たとえ誰かを傷つけようと
よごしてはならないものがある
歩くでしかあらがえないことがある
ひらがなの哀しみと
ちぶさももくさみどりみどり
――――
「千艸百艸」より


――――
ひかる雨を歩いてきた
ひとはときどき無性に雨にぬれたくなるものだ
からだが決めることはたいてい正しい
雨は未来からふるのか
過去からもふっているのか
かんぶくろの艸の実、艸の実、
土から離れたものはみなさみしい
――――
「艸の実、艸の実、」より


 そして旅。個人的に、台灣にいるという体験を書いた作品が大好きなので、そればかり引用します。書き写しているだけで台灣にいる。


――――
歩くとめし。
それだけでひとのかたちにかえっていく
歩いておりさえすれば
なにかが助かっているような氣がする
荒物屋、焼き菓子屋、飾り札屋、
ちいさな商店がならんでいる
路につまれたキャベツや泥ネギ
魚屋をのぞけば漫波魚(マンボウ)の切り身
繁体字のにぎわいにもやられる
なにやらこそこそしたくなる
あおぞら床屋みたいなのがあった
ながい線香をつんだ荷車が停まっていた
ここでみるものはみなからだによい
――――
「口福台灣食堂紀行」より


――――
なにやらもう賑っている
ひとびとの聲が
地を這うように聞こえてくる
熱い豆乳に揚げパン
これでなければ台灣の朝ははじまらない
耳の奥の空ろへ
食器のぶつかる音がひびく
シャオハイ(こども)の笑い聲もひびく
血くだがいちいち嬉しがる
わたしは雑多がたりないのだ音が足りないのだ
――――
「タイペイ」より


――――
ひるめしは咸魚炒飯に海藻スープ
お玉で中華なべをたたく音が食堂を生きものにする
具材はこまかく切った鶏肉に咸魚
きざんだネギやカイランサイの茎がはいっている
ひとの舌というものを知り尽くした味で
うまいにもほどがあった
たいがいにしろだ台灣
――――
「ダマダマ!」より


――――
「我怎麼會這麼的開心(ぼくはなんでこんなに楽しいのだろう)」
クラウド・ルーの「歐拉拉呼呼」がかかっている
しらない川、しらない震え
もうからだのどこにも散文はない
――――
「民族街3巷」より


――――
嫌われないように傷つけないように誰もが器用に過剰に生きている、その不潔。名づけようのないものを哀しみといってみる、その不潔。見すぎた気がする。いいやまだなにほどのものも見ていない気がするその不潔。だまっている不潔。近くの建物に若いひとがつどっているようだ。「島嶼天光(この島の夜明け)」の大合唱が聞こえる。
――――
「南澳車站」より


 最後はこの一節を引用して終わりたい。


――――
みたことはからだのどこかにのこる
でもだいじょうぶ
こうやってあるいておりさえすれば
五月のまことがふれにくる
母のよろこびをかんじる
あとは艸の差配にまかせればよいのだ
きょうの日のあるくが
いつかおまえを救うあめになる
――――
「これからのみどり」より





タグ:松岡政則
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『モーアシビ 第40号』(白鳥信也:編集、小川三郎・北爪満喜・他) [読書(小説・詩)]

 詩、エッセイ、翻訳小説などを掲載する文芸同人誌、『モーアシビ』第40号をご紹介いたします。


[モーアシビ 第40号 目次]
――――――――――――――――――――――――――――


 『夢』『雨の日』『ベンチ』(小川三郎)
 『秋バラの近く』(北爪満喜)
 『歩く』(森ミキエ)
 『風の壁』(島野律子)
 『のに、から、流星群』(森岡美喜)
 『月光のカケラ』(月光浴/月と電線)(白鳥信也)

散文

 『長崎外海…ド・ロ神父を追って』(サトミ セキ)
 『伐採』(浅井拓也)
 『十一月の憂鬱』(平井金司)
 『一年前より幸せですか』(清水耕次)
 『風船乗りの汗汗歌日記 その39』(大橋弘)
 『昆虫食日常化元年によせて』(内山昭一)

翻訳

 『幻想への挑戦 14』(ヴラジーミル・テンドリャコーフ/内山昭一:翻訳)
――――――――――――――――――――――――――――

 お問い合わせは、編集発行人である白鳥信也さんまで。

白鳥信也
black.bird@nifty.com




――――
みんな私が
もう死んでいると言った。
みんな私のことを
ちゃんと理解していると言った。

私は服を脱いでしまいたい。
服をぜんぶ脱いでしまいたい。

ことしの夏
私はたくさん
笑いすらしたのだ。
――――
『ベンチ』(小川三郎)より




――――
リズムもなくあっけなく
枯れ葉が落ちつづける
ここへ
星の間から降り
いのちはみなそっと
透明な小さな足の指先から
地上の水にふれるのだ

霜月
わたしの足の指先が
地上の水にふれたのは何時と
聞きそびれ
もうしることはできないことを
あなたに話したいのかもしれない
――――
『秋バラの近く』(北爪満喜)より




――――
駅は憧れ 秘かに住んでみたい 間取りを描く 電車は遅延 改札口を黒い着衣で杖をつく群集がふさぐ 両手で杖をつき両足を何とか前へ出して歩く人もいる 黒衣と杖の老人たち 駆け付けた駅員が何事かと咎める 遅れて着く人を待っている 導かれて共に友人の弔いへ向かうのだ 線香の煙は昇天し一本の道になる 大空へ さまざまな杖がいっせいに舞い上がる
――――
『歩く』(森ミキエ)より


――――
いま、この電線は舞台かもしれない
長年の夢だった月の捕獲に成功して
あくまでも冷静に見えるけれど
電線は湧きたっているのだろうか
観客席の位置にいるのは私だけ
さっきの風は幕を開けるアクションだったのか
そうすると緞帳は払われた雲だ
月はじたばたせずに
静かに電線に引っかかっている
輝くような月光に二本の線
――――
『月と電線』(白鳥信也)より





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『猫沼』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

――――
「痛い」と言わずとも症状をいちいち、残している。なので読者には私の生命の人間の本質的部分だけ伝わっていた。勝手に言うがそれが私の文章の良いところなのだ。構造のない細部が真実を伝えるというのを実践して来て、自分のだるさや難儀さが他人と違うものだとは理解出来なくても人には通じた。同時に、同じ病気の読者が複数三十年来熱心に読んでくれていたという驚き。
 私には大きな幸福はない。ただ幸福な細部が世間の見過ごしてくれるような小さい猫幸があちこちにあった。ひとつ、読者に言葉が通じる事、ふたつ、猫が身体的仲間になっている事、みっつ、バスで行けるところに難病の専門病院が不思議とあった事、さいご? 最初は心細かったはずの沼際がこうして故郷になっている事。
 そう、沼は、故郷になっている。けして第二のではない。育った土地には最初から私のいる場所などなかったのだから。
――――
単行本p.61


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第136回。


「今からまた一緒に夜を越えてゆく ここは猫沼 約束の地」
(初版限定付録、カラー猫写真帖16P『猫沼二十年』より)


 ギドウとの別れ。そしてピジョンとの出会い。これまで共に暮らした猫たちとの生活を見つめる最新長編。単行本(ステュディオ・パラボリカ)出版は2021年1月です。

 キャト、ドーラ、モイラ、ルウルウ、ギドウ、ピジョン。これまでの作品にも書かれてきた猫たちとの関わりに加えて、今回はじめてギドウとの別れ、ピジョンとの出会いが詳しく書かれます。そしてピジョンとの「なぜこんなたわけた態度が私はとれるのか」(単行本p.46)という暮らしの細部……。あと目次のルビがすごい。

 これまでもいつも私小説のなかに猫はいたわけですが、本書を読んで興味を持った読者のために、特に関係が深いと思われる作品を挙げておきます。

『猫道 単身転々小説集』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-03-16

『愛別外猫雑記』
http://babahide.blog.ss-blog.jp/2014-08-22

 他に『S倉迷妄通信』『おはよう、水晶-おやすみ、水晶』そして荒神シリーズ『猫トイレット荒神』『猫ダンジョン荒神』『猫キャンパス荒神』『猫キッチン荒神』と追ってゆくという、まずは猫小説として読んでゆく猫ルートはお勧めのひとつ。猫道あゆんで猫沼にはまって、そこからだ。

 というわけで、ひさしぶりのかなりストレートな猫小説です。何らかのかたちで猫保護活動に関わっている方で『愛別外猫雑記』という本は話題になったので昔読んだし今も覚えている、という方にも、その後を書いた本書の一読をお勧めします。


〔目次〕

1. 猫住(ねこずまい)
2. 猫移(ねこうつり)
3. 猫幸(ねこざいわい)
4. 猫隠(ねこがくれ)
5. 猫活(ねこもとめ)
6. 猫再(ねこふたたび)
7. 猫生(うまれかわった)
8. 猫再(うちのこです)
9. 猫現(あたし、来てよ!)
10. 猫沼(ねこにおぼれて)
11. 猫続(あとがきではなく)




1. 猫住(ねこずまい)
――――
 家は内側が良い内側があれば良い。殊にそこに猫がいれば何の問題もない。しかし、そんな内側の何が良いというのか? 実際に日当たりが? いいのか、悪いのか? この家の実に微妙な光の射し具合の中毎日長年私はけして飽きもしない。少しでも暇があれば、ただぼんやりと何もない壁や古いカーテン、埃まみれの家具や水晶を眺めて、うっとりと変わらぬ時間の中に横たわっていたい。
――――
単行本p.15

 猫といっしょに暮らすために沼際の家を買ってから二十年。ローン、難病、加齢、やっかいごと。でも今ここに最後の猫がいる、ピジョンがいる。


2. 猫移(ねこうつり)
――――
 というかこの半生、そもそも猫は私の生命に根拠をくれている。私が死なないのは猫がいるからだ。朝起きて歯を磨けるのも猫様のお力だ。
 どの猫も多大な恩恵を与えてくれた。みんなで暮らそうと私は叫ばせて貰い、猫国民になった。思えば家を買ったあれが幸福の絶頂であった。私はただただしたかったことをした。出来なかった事が出来た。助けたかったから助けた。むろんそこまでが限界、でも限界までした。友達に囲まれ幸福は永遠と思っていた。歳月は流れた。
――――
単行本p.33

「私は猫に宿を借りている。寄生もしている。」
 これまでの引っ越し、特に猫と出会い、猫を助けようと必死になった引っ越しを振り返る。沼際の家に落ち着くまでの歴史。


3. 猫幸(ねこざいわい)
――――
 売り上げで文学や芸術をはかり、文芸誌や文学賞をなくせという声を自発的に批判する運命(使命)になり、やがて次第に、世の中の仕組みが書けるような隅っこの社会派になっていった。ネオリベラリズムという言葉が流行する前に、私はネオリベラリズムへの警鐘を鳴らしていた。ネットで純文学のカッサンドラーと呼ばれ、まあそれでこんな時代になれば一年一、二回でもデモにも行くわけで。
――――
単行本p.58

 子供時代から現在までの人生を振り返り、手に入れた「世間の見過ごしてくれるような小さい猫幸」について語る。作家と猫たちの扱われ方が重なって、読者は泣く。言葉は通じる。


4. 猫隠(ねこがくれ)
――――
――家に帰るとギドウさんは寝ていなくて、ただただ満足そうに、無事に帰ってきた私を見た。お勤めしていたとき私はギドウさんが無事かどうかと、心配するのは自分の方だけと思い込んでいたけれど、その時に彼もやはり、私が無事帰ってくるかどうか心配していたかもしれないという事に気づいた。
 自分が死ぬ時はあのチューリップ畑から帰ってきてそして家に帰ると、ふと、全部の猫がいる、そういう事だと、ギドウを撫でながらその日納得した。
――――
単行本p.72

 キドウの思い出、そして別れ。


5. 猫活(ねこもとめ)
――――
「この方は王様の猫のようです、王族みたいです」と猫を届けてくださったシェルターの代表がつくづく惜しむように、私に打ち明けた。人間には慣れているし、そんなに飼いにくい猫ではないはずだと。だけど、ただひとりの人を求めて、食を絶ち死のうとした、と。
「この方はご用命があまりにもしばしばで、ずっーと、私だけをお呼びになられまして」
――――
単行本p.86

 猫たちの思い出を背景に、いよいよピジョンが中心となる後半へ。


6. 猫再(ねこふたたび)
――――
 生まれ変わりなど、ない。それでもただ、猫は帰ってくる、帰ってくる、帰ってくる、だから出会うのだ、再び、と心が思う。なんとかなる、なんとか……。
 生命は体の欲望であって自分では止められない。そこに理性はないけれど生きる理由がある。信じればまたいつか私は、猫と幸福に生きられるのだと、万が一でも幸福が来ると信じるだけである。いつもそうなのだ。
――――
単行本p.92

 猫が死んでしまう。猫がいない生活。その苦しみ。猫の不在という過酷さ。自分の体験も思い出す。


7. 猫生(うまれかわった)
――――
 しばらくすると、猫神様が私の夢枕に立つようになった。大丈夫、生きられるから、と。私が絶望したとき彼は沈黙し夢にも出てこなくなる。要するに私は生き返りつつあった。
――――
単行本p.119

「家の中がたてもよこも空っぽで猫がいない。自分というものも「ない」。」
 猫不在地獄からの生還途中。ネットで見つけた里親サイトにその猫の写真が。ついにピジョンと出会ったのだ。


8. 猫再(うちのこです)
――――
 もし一生ご飯を送ってもピジョンは私が誰かまったく知らない。もし二三度会ったところで私とは判らない。私はけして、自分が目立ちたいわけでも感謝されたいわけでもない、ただピジョンが何も知らずに食べているという事が異様に辛いのである。という事は愛情も届けたいという心境になっていた。しかしその時点でたかがそんなもの自己都合の脳内愛情に過ぎないのだ。というか猫缶少々で恩着せがましい。
――――
単行本p.142

 猫シェルターに連絡をとってピジョンの養親となる。ピジョンのために寄付し、食べ物を贈る。やがて「私はピジョンに知られたいと思うようになっていた」。


9. 猫現(あたし、来てよ!)
――――
 だからこそ、私は言っている。信じてしまっている、この無垢の尾力を、そうだったのかい、君は、……。
 声が勝手に出ていた。「前に、昔、この子はここにいた子なんで、多分生まれ変わり」、「モイラ、モイ、ラ、モイ」、壊れた機械のよう、判っている初対面の人間に言うことではないましてや。
 むろん人前、私は泣かない。積年の凍結霜が一気にはがされ、内心は絶叫してしまっていた。でもその時はまだ、この猫が雌というのさえ知らなかった。さらにここで初めてブログの情報が呼応してきた。この子、推定とはいえ、モイラの死んだ年の生まれなんだ。しかも程なく……。
――――
単行本p.157

「思考の速度として生命のみなぎりとして揺らし、さざめかせるもの」
ついに沼際の家にやってきたピジョン。そのちっぽぷっくんぷっくんを見て悟る。この子はモイラの生まれ変わり。

ちなみに月刊ねこ新聞(猫新聞社)2018年1月12日号(No.215)に掲載されたエッセイにもこのことが書かれていました。紹介はこちら。

『モイラの「転生」』(笙野頼子)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-01-18


10. 猫沼(ねこにおぼれて)
――――
 だってここには罵声も命令も侮辱も監視もない、食卓で給仕をしなくてもいいし、言葉尻を捕らえられて泣くまで追求されなくてもいい、自分の領域があり、それが私の国家である。しかも孤独はなく言語があり、仲間が、猫がいる。要するに猫と私にはここが天下であり、生きている限りこの反グローバリズムの辺境の中ただひたすら自分勝手にしていくだけである。この嫌な世の中にそれこそが抵抗だ。
――――
単行本p.186

 猫と暮らす生活を取り戻し、猫沼にひたすら沈んでいく。ついに家に帰れた人間と猫の幸福。


11. 猫続(あとがきではなく)
――――
 どこに行きたかった? どこかに、それはどこ?
 ここに来たかった。自分の家を探してさ迷っていた。
 まだみぬ家族を求めてそれは、キャト、ドーラ、ギドウ、モイラ、ルウルウ、今は?
 ピジョンといる。この子はどういう子? 多分、「末っ子の赤ちゃん」この人を看取ったら後はいないけれど今を精一杯生きるしかない。
――――
単行本p.201

 十章で終える予定の原稿のゲラを待っているあいだに起きた「これを書き加えずにいられないという出来事」。「生きている間、人は日常を終えることなど出来ないのだ」。常に現在進行形の途中報告である笙野文学はむろん完結することなく続いてゆく。人生と同じく。





タグ:笙野頼子
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『色の濃い川』(松木秀) [読書(小説・詩)]

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政治家は全員偽善者ではあるがそれでいいちゃんと偽善をすれば
――――
たこ焼きにたこの死骸が混入とクレームがつきそれを認めた
――――
青空に深刻なエラーが発生し再起動したら灰色になった
――――
四十五歳以上のひとの半分は拾われてきた橋の下から
――――
徹底的に季語にはならぬものとしてスマートフォンは昼夜かがやく
――――


 政治風刺から季語まで日常のささいなただごとに鋭くつっこむ第四歌集。単行本(青磁社)出版は2019年5月です。

 『親切な郷愁』に続く最新歌集です。皮肉と辛辣さのキレは健在ですが、「あとがき」を読むとしんみりした気持ちに。ちみなに前作の紹介はこちら。

2017年03月22日の日記
『親切な郷愁』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-03-22


 まずは政治風刺が印象的です。


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バラマキをしてから増税くりかえす「信長の野望」の基本戦略
――――
政治家は全員偽善者ではあるがそれでいいちゃんと偽善をすれば
――――
政治家にはなりたくないな政治家になると記憶力が落ちるので
――――
政治家が「家族を大事にしろ」と説くマフィアの脅し文句のように
――――
「政治的中立性」とは「自民党のやることに異議を唱えない」こと
――――
「マスコミを懲らしめる」との発言あり懲らしめられる新聞を読む
――――
日付以外すべて誤報な新聞が或る新聞の誤報を叩く
――――
第三次産業というも幅広いワタミの社員から歌人まで
――――
戦争の種があるならその種はめぐりめぐってモンサント製
――――


 政治関連にとどまらず、ニュース全般につっこみを入れてゆきます。


――――
日テレで政策批判するものの唯一として「笑点」はあり
――――
日経はすごいぞどこのメディアでも日経平均株価をつかう
――――
ドラッグは儲かると思われるゆえ末端価格を言うのをやめよ
――――
飼い主の声が猫にはわかること東大がわざわざ証明す
――――
たこ焼きにたこの死骸が混入とクレームがつきそれを認めた
――――
ヘイトデモ行う者ら振り回す日の丸なべて中国製で
――――
室蘭のゲオの新書のコーナーにヘイト本しか置いてない件
――――
田舎なる書店ほとんど短歌誌の横にはヘイト雑誌がならぶ
――――


 ニュースどころか、テレビを見ながら次々とつっこみ。


――――
単に「テレビ」と短歌の中でよむときは未だブラウン管の気がする
――――
みずからの任命責任も考えず悪代官を将軍は斬る
――――
「目からウロコが落ちる」と時代劇が言う隠れキリシタンに違いない
――――
都合よく旅行が当たり都合よく台風が来て起こる殺人
――――
安っぽい崖と値打ちの高い崖ありて前者はドラマにも出る
――――
わたくしは特にファンにはあらざれど浜崎あゆみのおとろえに泣く
――――
歌詞を全部覚えてないと口パクはできないゆえに少しはえらい
――――
「レモン百個分」とかいわれレモンって意外にビタミンCが少ない
――――
スプライトでさえもトクホになるのかよ高カロリーが売りだっただろ
――――


 もちろんネットや迷惑メールなどのただごとも題材になります。


――――
一日の苦労は一日で足ると言ったイエスはネットを知らず
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ネットにはネットの世界特有の酸素がありてすぐ炎上す
――――
サーバーからサーバーへ旅したるのちようこそはるばる迷惑メール
――――
「実は私チンパンジーのメスなんです」ここまで来たか迷惑メール
――――
「ロト6で3等を当てる方法」とせせこましいぞ迷惑メール
――――
青空に深刻なエラーが発生し再起動したら灰色になった
――――


 懐かしさや郷愁をテーマにしても、皮肉は忘れません。


――――
とれほどの詩を生んだだろうビー玉でラムネに栓をしていることが
――――
四十五歳以上のひとの半分は拾われてきた橋の下から
――――
光年のかなたヒトには見えざりし怪獣墓場をしばしおもうも
――――
ふるさとは山や川や海ではなくて丸いかたちの郵便ポスト
――――
「平凡に就職をして家を買」う昔の筒井康隆の小説かなし
――――


 最後に、言葉、特に季語についてつっこみを入れる作品が個人的にはお気に入りです。


――――
『天国への階段』という曲のあり天国もバリアフリーではない
――――
猫に小判やればけっこう遊びそう豚に真珠は真珠食べそう
――――
えいえん、と平仮名にして書くときの永遠感のなさにおどろく
――――
永久の耐用年数のみじかさよ永久保存版、永久凍土
――――
永久は墾田永年私財法の時代からすでに当てにならない
――――
大辞林われへ意外を教えたり徴兵検査は夏の季語なり
――――
「あの夏」と言えばなんでも思い出になるから「あの」は夏の季語です
――――
小春日和は秋の季語だと思う人多しさだまさしが悪いのだ
――――
徹底的に季語にはならぬものとしてスマートフォンは昼夜かがやく
――――





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