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『忘れられるためのメソッド』(小川三郎) [読書(小説・詩)]

――――
そうは言っても
やっぱり私は
馬がいい。

パイプをくわえて青空の下を
走ることなく
ゆっくり歩く
まじめな顔した馬がいい

片目はつぶれていても構わない。
歯も抜けていて構わない。
だけど耳は
ピンと立っていて
私という馬がいるだけで
ただそれだけで
天気が変わってしまうくらいの
馬がいい。

明日はもう春か。
――――
『もの思う葦』より




 小川三郎さんの最新詩集。
 単行本(七月堂)出版は2023年11月です。




――――
みんな私が
もう死んでいると言った。
みんな私のことを
ちゃんと理解していると言った。

私は服を脱いでしまいたい。
服をぜんぶ脱いでしまいたい。

今年の夏
私はたくさん
笑いすらしたのだ。
――――
『ベンチ』より




――――
線路は机の端まで伸びたあと
机の裏へと消えていた。
教師が私の机を見おろし
なにか
ひどいことを言った。

それからもう四十年も
生きてきたのだけれど
私は誰かにあれと同じ苦しみを
与えることができただろうか。
――――
『机』より




――――
ある日
傘がなくなっていた。
真っ青に晴れた日だった。
みんな気がついていたが
口にする者は誰もいなかった。

その日の夜
余所の国で争いがあり
大勢人が殺されたと
ニュースが短く伝えていた。

次の日
傘は傘立てに戻っていた。
――――
『傘』より




――――
狂うべきものが狂わないときにだけ
意味を失う言葉があり
だからいくら狂おしくても
きらめくものはきらめいていたし
静かに過ぎ去っていくものは
私たちの胸を満たしていった。
樹上のひとは目を細めて
私たちを見下ろしている。

そして死が
理由なく訪れることを
それをほんとうにできることを
私たちは木の上に向かって
何度も何度も願ったのだ。
――――
『樹上』より





タグ:小川三郎
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