SSブログ

『SFマガジン2017年4月号 ベスト・オブ・ベスト2016』(上田早夕里、宮内悠介) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年4月号は、「ベスト・オブ・ベスト2016」として『SFが読みたい! 2017年版』で上位に選ばれた作品の作者による短篇が掲載されました。


『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
――――
私はあなたを導く者、そして、改変する者。あなたの名前は、ここへ連れてきたときに私がつけました。あなたの名前は『プリム』。
――――
SFマガジン2017年4月号p.18

 〈大異変〉と全球凍結による人類滅亡から数百年後。人為的に作られた種族ルーシィたちは深海で生き延びていた。やがてそのうちの一人が海面まで上昇し、アシスタント知性体と接触。旧人類とその歴史を教えられることになった。待望のオーシャンクロニクル・シリーズ最新作「ルーシィ篇」その第一話。


『ちょっといいね、小さな人間』(ハーラン・エリスン、宮脇孝雄:翻訳)
――――
彼は誰も傷つけなかった。花の盛りにあったときでも「ちょっといいね、小さな人間」という程度の、他愛ない感想を人から引き出しただけだった。
 だが、私は人間の本性を支配する法のことを何も知らなかった。二人ともわかっていたが、こんなことになったのはすべて私の責任だった。発端も、波瀾万丈の時期も、今、すぐそこまできている結末も。
――――
SFマガジン2017年4月号p.34

 無害な「小さな人間」をヒステリックに攻撃する人々。社会を覆う不寛容と排外主義の恐ろしさを描いた短篇。


『エターナル・レガシー』(宮内悠介)
――――
 いや、胸の奥ではわかっていた。
 誇らしげに過去を語る男が、本当は自分自身を“終わったもの”と見なしていること。そして、ぼくが男に自分を重ね合わせていることに。部屋に来てからも、男は自分のこれまでの業績をいやというほど並べ立てた。
 そして名を訊ねてみると、
「俺か。俺はZ80だ」
 どうだとばかりに、男は自分の胸を指さすのだった。
――――
SFマガジン2017年4月号p.41

 人間が囲碁ソフトに負ける時代、自分はレガシーに過ぎないのだろうか。悩める囲碁棋士が出会った不思議な男。彼は「俺はZ80だ」と名乗る。レガシー同士の奇妙な連帯感。だが語り手の恋人は、男に向かって「身の程をわきまえること。だいたい何、Z80って。乗算もできない分際で」などと辛辣なことを言うのだった。気の毒なZ80。MSXだって現役で頑張ってるのに……。


『最後のウサマ』(ラヴィ・ティドハー、小川隆:翻訳)
――――
「わからぬのかね? 人を殺すだけではだめなのだ。人とはただ肉と筋と骨と血だけではない。人を殺しても、それはただ人のイメージを残してしまうだけだ。そのイコンを。一人の男を殺せば、信仰と信念の何千という胞子が、思想の胞子が世に放たれる」
――――
SFマガジン2017年4月号p.97

 911テロの主犯、アルカーイダの指導者、ウサマ・ビン・ラーディンを殺せ。米軍の強襲により殺害されたウサマの身体からは、大量の胞子がばらまかれた。その胞子に触れた人間は、ウサマになるのだった。ならばすべてのウサマを殺せ。米国が総力をつくして殺しても殺しても、空爆しても空爆しても、そのたびに増えてゆくウサマ、ウサマ、ウサマ。世界はウサマであふれてゆく。テロリストと難民を増やすばかりの「テロとの戦い」を、ゾンビ・アポカリプスになぞらえた作品。


『ライカの亡霊』(カール・シュレイダー、鳴庭真人:翻訳)
――――
「筋の通る説明をしてくれよ」その晩遅く、ゲナディは電話していた。「あいつはロシア当局とNASA、その上グーグルに追われてるといっているんだぞ?」
――――
SFマガジン2017年4月号p.103

 カザフスタンの荒れ地を歩く二人の男。一人はIAEAの査察官にしてシリーズの主人公、ゲナディ。彼は「ガレージで作れるほど格安な水爆製造法」という途方もなく危険な情報を追っていた。もう一人は、遠隔操縦による火星探査のさいにピラミッドを発見して、ロシア当局とNASAとグーグルから追われている技術者。この二つがどこでどうつながるのか、よく分からないまま二人は謎の追手から逃げ回るはめに。都市伝説レベルのネタを駆使しつつ終始シリアスに展開する冒険SF。個人的にお気に入り。


『精神構造相関性物理剛性』(野崎まど)
――――
 私は、この折り紙を作った人間の丁寧さに負けたのだった。自分は丁寧なつもりで、なおかつ丁寧であることに愛想をつかしかけていた私は、自分などが及びもつかないような本物の丁寧に、正面から打ち負かされたのである。
――――
SFマガジン2017年4月号p.126

 三十年間、丁寧に実直に蕎麦を作ってきた男がリストラにあう。自分の人生が否定されたように感じて落ち込んだ男は、飲み屋でふとみかけた折り紙に目をとめる。その仕事の丁寧さに心を打たれる。その仕事をなした精神のありように感銘を受ける。

 いや、昭和の人情噺もいいですし、例えば徳間書店『短篇ベストコレクション 現代の小説』に掲載されているのを読んだのなら私だって気にも止めないでしょうが、なぜにこれがSFマガジンに、なぜに野崎まど氏が、そしてなぜにこれがTVアニメ「正解するカド」のスピンオフ作品だと。当惑しつつ紹介文を読むと「野崎氏の頭の中が気になる作風」とさり気なく書かれていて、やはり編集部も困惑したのだろうと思われ。


『白昼月』(六冬和生)
――――
 あたしの専門、それは探偵稼業だ。
 月面といえどもそこに人間が生活していれば、浮気やご近所トラブルや寸借詐欺が発生する。気になるあの人の素行を調べたくなったら、お気軽にお電話ください。
――――
SFマガジン2017年4月号p.321

 月面都市で探偵をやっている若い女性。舞い込む仕事といえば「ゴミ出しルールを守らない住民が誰かをつきとめる」といった日常的なものばかり。だがあるとき、ある人物が毎週シャトルに乗って月面と中継ステーションの間を往復していることに気づく。なぜそんなことをするのだろう? 新井素子さんの初期作品を思わせる軽快で楽しいミステリ作品。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: