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『AIと人類は共存できるか?』(早瀬耕、藤井太洋、長谷敏司、吉上亮、倉田タカシ、人工知能学会:編集 ) [読書(SF)]


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 生産性が悪いから仕事が終わらないのではない。人工知能のボトルネックにならないよう、同じ速度で仕事をすることが求められるから帰れないのだ。(中略)今回の教訓のひとつは、『人間は機械との競争より、無茶振りするボスの下での、機械との共同作業こそ恐れるべきである』ということかもしれないね
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単行本p.217、223


 AIを人間と区別できるのか、シンギュラリティはどのように生ずるのか、AIの普及は仕事を減らすのか増やすのか、AIは信仰の対象となり得るか、そしてAIは芸術を鑑賞するか。人工知能学会創立30周年記念として出版された、5名のSF作家による書き下ろし短篇と、それに対するAI研究者からの応答を収録した、人工知能テーマSFアンソロジー。単行本(早川書房)出版は、2016年11月です。


[収録作品]

『眠れぬ夜のスクリーニング』(早瀬耕)
  『人工知能研究をめぐる欲望の対話』(江間有沙)

『第二内戦』(藤井太洋)
  『人を超える人工知能は如何にして生まれるのか?
   -ライブラの集合体は何を思う?』(栗原聡)

『仕事がいつまで経っても終わらない件』(長谷敏司)
  『AIのできないこと、人がやりたいこと』(相澤彰子)

『塋域の偽聖者』(吉上亮)
  『AIは人を救済できるか:
   ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から』(大澤博隆)

『再突入』(倉田タカシ)
  『芸術と人間と人工知能』(松原仁)


『眠れぬ夜のスクリーニング』(早瀬耕)
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-私が、精巧なアンドロイドだったら、どうする?
-私、身体だけ男なんだ
 二年前の玲衣の科白が、遠くから聞こえる。ある日、隣のチームの主任がぼくのところに来て言う。
「私、身体だけ人間なんだ。奥戸主任は?」
 そう訊かれたら、ぼくは、何と答えるのだろう。
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単行本p.37

 巨大システム開発のプロジェクトリーダーをつとめている語り手は、周囲の人間がアンドロイドではないかと疑い始める。スカイプ経由で担当医から受けるカウンセリングは、まるでチューリングテスト。仕事のチームメンバーもどこか人間らしさが足りないような気がする。だが、人間と人工知能の違いはどこにあるのだろう。そもそも自分は人間なのだろうか。P.K.ディックのテーマに今日的な問題意識とアプローチで再挑戦する作品。


『第二内戦』(藤井太洋)
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「〈ライブラ〉は2.1GHzのFPGAで復号、判断、出力をそれぞれ1クロックずつで処理できる。応答時間は7億分の1秒よ。そしてネットワークに自らの複製をばらまいて、他の〈ライブラ〉を再プログラムしていく。その時に〈N次平衡〉が現れる」
 プレゼンテーションには水色の雲が浮かんでいた。ノードとネットワークが密すぎて、雲にしか見えなくなっているのだ。雲の中には光の輪がいくつも浮かんでいた。一つの〈ライブラ〉ノードで行った処理が、周囲のノードに波のように伝わっていくところなのだろう。ハルが今までに見たものの中では、脳のニューロンの模式図が最も近かった。
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単行本p.125

 米国のいわゆるレッド・ステートが独立してアメリカ自由領邦FSAとなってから数年。探偵である語り手は、奇妙な仕事を依頼される。金融取引プログラムが違法に使われている証拠をつかむためFSA領内に潜入捜査したいというのだ。問題のプログラム〈ライブラ〉は、極めて高性能だが単純な条件反射レベルの処理しか出来ない。しかし、自己複製を繰り返し拡散してゆく膨大なノード数の〈ライブラ〉ネットワークは、誰も気づかないうちに予想を超えた能力を獲得していた。

 米国の分断というキャッチーな舞台設定で読者を引き込みながら、それをシンギュラリティのゆりかごとして活用する巧みさ。グレッグ・イーガンの初期作品を思わせるハイテクスリラー作品。


『仕事がいつまで経っても終わらない件』(長谷敏司)
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「やってみてはっきりした。政治の自動化は、人間の知能に迫る、いわゆる《強いAI》の実現までは無理だ。特定の問題だけを解決する《弱いAI》を組み合わせて、それでも隙間に落ちる仕事は人力で拾わせれば、イケると思ったんだがね。人間の負担が大きくなりすぎると、職場社会のほうが崩壊するんだな……。気づかなかったよ」
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単行本p.223

 何としても改憲を成し遂げたい政府は、ついに人工知能による世論操作に手を出した。各種の社会統計データや世論調査を常時監視し、改憲に賛成する空気が強まる方へと社会を動かすための方策を計算させる。だが、そこには大きな問題があった。AIに合わせて仕事しなければならない「人力」部分である。たちまち始まる見慣れた光景。疲れ果てることなきAIと24時間並走を強いられるデスマーチ。
「仕事は終わらんぞ! いつまでも、いつまでもだ!」(単行本p.234)

 AIの普及は雇用を減らすか増やすか、という議論をこえて、雇用はともかくとしてどうせ仕事は増えるでしょ、という身も蓋もなき説得力でぶちかましてくるブラックユーモア作品。


『塋域の偽聖者』(吉上亮)
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 彼は、人工知能を神と崇めた最初の人間――とされている。
 はるか昔、西暦2040年の秋。イオアン・セックが死の間際において招いたとされる大破局。その結果、当時は〈ゾーン〉と呼ばれていた土地は、長きにわたる閉鎖・隔離状態へ移行することになった。
 いわば、彼は、今日の〈塋域〉を生み出した創造主とも言えるのだ。
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単行本p.281

 はるか太古の時代、チェルノブイリ原発事故立ち入り禁止区域〈ゾーン〉に「大破局」をもたらしたという一人の〈ストーカー〉。彼は何を守ろうとし、誰に委ねたのか。真相を調査する列聖判断特化型AIは、人工知能と信仰の起源を探ってゆくことに……。ヒトは自分より優れたものを生み出したとき、それを神として信仰するだろうか。AIと宗教の関係を扱った作品。


『再突入』(倉田タカシ)
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 人間の表現が死ぬより早く、それを鑑賞できる人間が死に絶えたのだ。
 通俗的なエンターテインメントの世界を中心に、人間による創作は、法人による創作、すなわちAIを用いて機械生成・機械選別された作品群になすすべもなく駆逐されてきた。そのなかで、“ハイ・アート”の領域だけは、容易には模倣のきかない文脈の深さと多様性によって侵食をまぬがれ、表現における人間性の最後の砦として踏みとどまってきた。少なくとも、巨匠の認識によれば。
 だが、その砦を守る新しい世代はほとんど生まれてこなかった。それ以上に、“人間の”芸術に財を投じようという人間が減っていった。
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単行本p.378

 AIが芸術を創造し、AIが芸術を鑑賞するようになったとき、人間の芸術はどうなるだろうか。それは芸術というものの行き詰まりなのか、それとも人間の認知の果てを超える新しい芸術を生み出すのだろうか。それに意味はあるのかないのか。遠未来を舞台にAIと芸術と人間の関係を見通そうとする作品。



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