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『居た場所』(高山羽根子) [読書(SF)]

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 小翠の体から出てきたこの液体の正体がどういうものなのか、安全なのか、小翠が大丈夫なことをこの場で確認するうまい方法がなにかないか、私はそれなりに長いこと考え続けていたと思う。その間、小翠のたえまない息づかいも外の定期的に続く破裂音も、私の耳には入ってこなかった。
 私は眺めていた指先をゆっくり口の中に含んだ。舌先に感触があった。なのに、水だってもっと味があるんじゃないかと思えるくらい完全な無味無臭だった。私は、前に小翠が言った、
「私たち自身とまったく同じ味だったから、私たちはその味を『無い』と思ってしまったのかも」
 という言葉を思い出した。
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単行本p.74


 日常的な不穏さ。家族や土地に対する思い入れ。周囲になにげなく潜んでいる超常的なものの気配。SF的な背景を感じさせつつも決してすべてを明らかにはせず、あくまでも生活感覚で語られる物語。『うどん キツネつきの』や『オブジェクタム』の著者による三篇を収録した作品集です。単行本(河出書房新社)出版は2019年1月、Kindle版配信は2019年1月です。


[収録作品]

『居た場所』
『蝦蟇雨』
『リアリティ・ショウ』


『居た場所』
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「初めてのひとりで暮らした場所に、もう一度、行きたい」
 水切りの済んだ湯呑をカゴから食器棚に戻しながら、小翠は言った。それは、まるで今日バスがいつもよりちょっとだけ混んでいたとでもいうふうな、なんでもない言いかただった。
 そう言われてみて私は、小翠が初めてひとり暮らしをした場所はもちろんのこと、彼女が人生のどのくらいの時期に家族と離れて生活を始めたのか、そのときの彼女の様子や日々の生活について、まったく知らなかったということに気がついた。
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単行本p.16


 昔、ひとり暮らしをしていた土地に行ってみたい。そう言った妻の小翠とともに大陸にある街を訪れた語り手。そこで小翠は大量の「液体」を吐き、それに接触した語り手は意識を失ってしまう。

 妻の故郷である島から発掘された「人類よりずっと小柄な先住民」の遺跡。子どもの頃そこに埋まっていた瓶から謎の液体を飲んだという妻。旅の目的地はなぜか地図から消され、ストリートビューにも表示されない。市場で起きる謎の爆発。妻が大量に吐いた奇妙な液体。何度も執拗に繰り返される「微生物との共棲」という話題。

 遠い昔に異星人が地球に持ち込んだのであろう共棲体(シンビオート)の「繁殖」に巻き込まれたことに気づいていない語り手、といった背景プロットを連想させつつも、決してそうだと明示せず、ほのめかして気を持たせてするりとかわしてしまうような、不穏さと郷愁のようなものが一体化した独特の作風を楽しめる傑作。


『蝦蟇雨』
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 男が緊張をほどいたのに安心して、女は思う。
 人が観測することができるのは、世の中のたくさんのことの、ほんの一部の事柄だけだ。観測したことで、あるいは観測したからこそ、この人が苦しんでいるのだとしたら。自分が普段、観察しているものたち、たとえば満足気に飛ぶ鳥、川の冷たく清潔な湧水、柔らかな蝦蟇のはらわた、板きれのような平たい雲。それらと、この人の観測していることの数値がほんのわずかでも調和したなら。
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単行本p.140


 山中にある気象観測所でファフロツキーズを研究している夫。毎日、蝦蟇を料理している妻。ここら辺では、いつも蝦蟇雨が降るのだった。大量のカエルなどが降ってくる有名なフォーティアン現象(超常現象)をテーマに、私たちの知識や観測の限界を静かに見せてくれる短編。


『リアリティ・ショウ』
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『地獄』という言葉は『探す/人』と名乗った男から教わった。男の故郷の言葉で、実際には存在しない場所の地名だという。その名前で呼ばれている場所の風景や、住んでいる人たちは、この島のそれととてもよく似ている、と男は言った(実際にはない場所なのに?)。自然にできたものじゃない、人間が作ったものだというこの山は、人が頭の中で作った『地獄』と似ている、と男は説明してくれた。
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単行本p.146


 世界中のゴミが集まって出来た島。そこに住んでいる幼い少年は、外部からやってきた『探す/人』という男に出会うが……。廃棄物の山とその周辺で暮らす貧しい人々の地獄。それをドキュメンタリーにしたり、さらには娯楽番組にしたりすることで、何重にも搾取するいわゆる先進国の人々。目をそむけたくなる陰惨な現実をどこかおとぎ話めいたのどかな筆致で描いてみせ、強烈な印象を残す短編。



タグ:高山羽根子
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