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『2010年代海外SF傑作選』(テッド・チャン、ケン・リュウ、橋本輝幸:編) [読書(SF)]

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 現代においては、消費や読書といった個人の行動も日々ささやかに善行を積むチャンス、あるいは未来へ捧げる祈りなのかもしれない。つまり私の結論は、変わったのはSFではなく、個人の姿勢ではないかというものだ。それもまた時代と共に変わっていくのだろう。
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文庫版p.461


 中国をはじめとする非英語圏SFが注目されるなか、世界SFはどのように可視化され、何を目指したのか。2010年代を代表する海外SF作家たちの翻訳作品11編を収録したアンソロジー。文庫版(早川書房)出版は2020年12月です。


【収録作品】

『火炎病』(ピーター・トライアス)
『乾坤と亜力』(郝景芳)
『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
『プログラム可能物質の時代における飢餓の未来』(サム・J・ミラー)
『OPEN』(チャールズ・ユウ)
『良い狩りを』(ケン・リュウ)
『果てしない別れ』(陳楸帆)
『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)




『ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話』(アナリー・ニューイッツ)
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 翌朝、3カッがやってきた。ロボットは限られた語彙を駆使して、わかってもらえるよう努力をしなければならなかった。「集合、必要。死ニカケ、敵、見ツケル」
「敵?」3カッは頭をかいた。
「人間ノ敵」ロボットは白状した。それから、いいことを思いついた。「敵、人間死ナセル。人間死ヌト、餌、減ル」
 カラス語の文法はめちゃめちゃだったが、3カッにはわかってもらえたとロボットは考えた。加えて、カラスたちはしばしば、大集合をする口実を歓迎していた。
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文庫版p.76

 疫病のパンデミックにより崩壊しつつある未来。野良の医療検査ロボットが新たな変異株を発見する。蔓延する前に対処しなければならない。人の助けを得られないロボットは、一羽のカラスに協力を依頼するが……。寓話のような楽しい物語だが、今読むとちよっとキツいものが。


『内臓感覚』(ピーター・ワッツ)
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「ディープラーニング・ネットワークに関するあれこれは――不透明なの。レイヤーの数が多すぎる。膨大なデータ・セットを使って訓練して、いつも正しい答えを出してくるように見えるけど、どうやってその答えにたどり着いたのか、正確なところは誰にもわからない」
「で、アルゴリズムはおれに、誰かの食品保存容器の中にうんこをしろって言うわけか。そうすればグーグルのロゴがどうしていきなりおれを暴力的にするのか説明が……」
 ハンコックは両手を広げた。「正直、わたしにもわからない。アルゴリズムは理由を教えてくれないから」
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文庫版p.101

 相次ぐ衝動的な暴力事件。なぜ普通の市民がいきなり狂暴化するのか。現場には共通するものがあった。グーグルのロゴマークだ。ビッグデータ解析と機械学習によって人間の行動パターンを正確に予想するのみならず、予想外の方法で人間の心や感情をコントロールするようになったグーグルのアルゴリズム。意識も主観も持たないアルゴリズムによって支配される現代の不安を描く短編。


『OPEN』(チャールズ・ユウ:著、円城塔:翻訳)
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 二人きりのときに、さも親密なように振る舞うのはなんていうか、つくりごとみたいな感じがした。そういう設定のように思えた。まるで、誰も観客のいない劇場に立つ役者みたいで、僕はまだ、与えられたキャラクターを演じようと言ってるのに、彼女の方ではもうつきあえないって感じ。向こう側の誰か僕らが、こっちまで僕らについてきていた。僕らは僕らでいるために僕らのための観客が必要だった。「僕ら」でいるために。
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文庫版p.158

 さしたる理由もなく突然開いた並行世界への扉。開いたその向こうには、やっぱり僕たちがいた。他者との関係から現実感あるいは当事者意識のようなものが失われてしまう、誰もが感じたことのあるあの感覚を「並行世界の自分たちとの交流」として描く、いかにもチャールズ・ユウらしい作品。


『良い狩りを』(ケン・リュウ)
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 ぼくは身震いした。彼女がなにを言わんとしたのかわかったのだ。古い魔法が戻ってきたが、変化していた――毛皮と肉ではなく、金属と炎の魔法だった。(中略)
 鋼索鉄道の線路伝いに艶が駆けていくところをぼくは思い描いた。疲れを知らぬエンジンが回転数を上げ、ヴィクトリア・ピークの頂上めがけて駆け上がっていく。過去のように魔法で満ちあふれた未来に向かって駆けていくのだ。
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文庫版p.202

 かつて見習いの妖怪退治師だった主人公は、美しい妖狐の娘、艶と出会う。奇妙な友情で結ばれた二人だったが、やがて時代は変わり、古い呪術や魔法は衰退してしまう。今や腕利きのエンジニアとなり、蒸気機関、機械工学、サイバネティクスといった新しい「魔法」を習得した主人公は、再会した艶の望みを、その力でかなえてやろうとするのだった。世界の変容と魂の再生を感動的に描いた短篇で、ごく短い枚数で聊斎志異の世界からスチームパンクへとスムーズに移行させる手際が素晴らしい。


『“ "』(チャイナ・ミエヴィル)
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 彼らの中には、完全な〈虚無〉がわれわれの認識する方法とまったく異なる進化をしてきたのではないかと考える者もいる(「エキゾチック主義者」と呼ばれる)。あるいは、実体のない鏡としてわれわれの親しんでいる世界を映しているのであり、〈無〉から成る植物やバクテリアや菌類や、あらゆる動物が存在し、互いに捕食しては再生して、〈虚空〉の生態系の中であふれかえっているのだという(これは「反映論」と呼ばれる)。
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文庫版p.250

 “ "は〈不在〉生態系のなかで進化してきた〈無〉から構成される生物である。ドーナツの中心部に見つかることもある。架空の生物学をもっともらしく解説するボルヘス調の短編。


『ジャガンナート――世界の主』(カリン・ティドベック)
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「わしらの世界が駄目になったとき、マザーがわしらを受け入れてくれた。マザーはわしらの守り手、わしらのふるさとだ。わしらはマザーの協力者であり、最愛の子供たちなのだよ」
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文庫版p.256

 「マザー」と呼ばれている巨大なムカデ型バイオメカノイドの体内に共棲している人類の末裔。そこで生まれた一人の少女は、粘液のなかで消化器官の一部として働いていた。しかし、マザーに異変が起きたとき、彼女は外界を目指す旅に出ることに。生物都市というか、内臓版『地球の長い午後』、ジュブナイル版『皆勤の徒』というか。私たちからは悲惨に思える世界と状況のなかで、精一杯サバイブする子供たちの姿を描いた短篇。


『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』(テッド・チャン)
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 経験は最上の教師であるばかりか、唯一の教師でもある。もしアナがジャックスを育てることでなにか学んだとすれば、それは、近道などないということだ。この世界で20年生きてきたことから生まれる常識を植えつけようとすれば、その仕事には20年かかる。それより短い時間で、それと同等の発見的教授方法をまとめることはできない。経験をアルゴリズム的に圧縮することはできない。
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文庫版p.439


 経験によって学び、成長してゆくAI。仮想ペットとして売り出されたAIの知能は、何年もかけて人間と交流することで、子供に匹敵するまでに育ってゆく。しかし売れ行きは頭打ちとなり、開発元によるサポートは打ち切られ、AIが走るインフラ仮想空間も時代遅れになって見捨てられる。長年かけて大切に育ててきた「子供」を簡単に廃棄することなど出来ないユーザたちは、彼らを最新インフラ上に「移植」するプロジェクトに期待するが、それには多額の資金が必要だった。

「真に自己学習するAIが登場すれば、それはコンピュータ時間で超高速学習を継続するため、ごく短期間に人類を越えるまで知能を高め続けるだろう」という、いわゆるシンギュラリティ論の前提に異議をとなえ、経験から学ぶこと、AIに対する人間の愛情、そしてAIとの交流が人間を変えてゆくことについて、様々なエピソードを通じて思弁する作品。





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