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『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅) [読書(サイエンス)]


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 本書で紹介するのは、ハンマーをマイクロメーターに持ち替えることで、泥から世界の標準時計をつくることを目指した地質学者たちの物語である。プロジェクトを成功に導いたのは、20年も前にひとりの日本人研究者が描いた「夢」と、その実現のために国境を越えて連携した研究者たちのチームワークだった。道のりは平坦ではなく、何年もの努力がほとんど水泡に帰したり、プロジェクトそのものが中断を強いられたりしたこともあった。だが努力は最終的に実を結び、水月湖は過去5万年もの時間を測るための標準時計として、世界に認知されるに至った。
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単行本p.3


 厚さ45メートル、時間にして7万年分の年縞が連続的に保存されている「奇跡の湖」。水月湖が世界の地質学的標準時計として認められるまでの艱難辛苦の道のりを当事者が描いた、興奮と感動のサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2015年9月、Kindle版配信は2016年12月です。


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 いくつかの立場のちがいはあったものの、カリアコ海盆と水月湖のデータはいずれも、C14年代測定の歴史の中で、20世紀最後の数年を彩る金字塔だった。そのどちらもが、20代後半から30代前半の若手によって達成されたものであることは、ここで改めて強調する価値があると思う。ふたりの仕事はいずれも、その時代の常軌を逸した量のデータに支えられて緻密である一方で、主張していることはおそろしくシンプルで美しい。何が常識的で何が非現実的であるかの判断は、しばしば経験のみに立脚している。圧倒的な能力があり、しかも経験の浅い若者でなくては、取りかかることも完遂することも難しい仕事というものがあるのだろう。
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単行本p.58


 約1万年前の出来事は、正確には今から何年前に起きたのか。それを誤差わずか34年という精密さで特定する地質学的標準時計として名高い水月湖。その可能性が示されてから、決定的な論文が「サイエンス」に掲載されるまでの研究者たちの苦闘を描いた一冊です。

 地質学的な年代決定に使われるC14年代測定技術、その補正に使われる様々なデータ、そして水月湖の年縞がなぜ重要なのかを解説すると共に、若き研究者たちが取り組んだ途方もない忍耐とそして誠実さが求められる作業が詳しく紹介され、読者の心を熱くします。

 全体は4つの章から構成されています。


「1 奇跡の湖の発見」
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何より、決定的に人と予算が不足していた。大きすぎるリスクを避けて水月湖を掘削しない理由は、見つけようと思えばいくらでも見つかったはずである。
 だが安田先生は、水月湖を基盤まで掘削する決断をした。しかも、ボーリングを請け負った川崎地質株式会社から1000万円近い借金をしての掘削である。1993年に採取され、のちにSG93とよばれることになるこのときのコアが、その後の年縞研究にどれだけ寄与したかを考えれば、この決断には語り継がれるだけの価値がある。
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単行本p.12

 水月湖の湖底堆積物を掘削して得られた40メートルを越える連続した年縞。世界にも類を見ないこの美しく貴重な年縞はどのようにして形成され、どのようにして発見されたのか。その過程を追います。


「2 とても長い時間をはかる」
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 ここで恥をしのんで告白するが、その現場に学生として居合わせた当時の私は、あくまで数えきることを目指す北川をアマチュアだと思い、その仕事を抱え込むことを選択しなかったゾリチカ博士をプロだと感じた。投入される労力は、よく絞り込まれた特定のテーマに対して必要十分であるのがスマートだと思っており、何かを度外視して徹底的につくり込まれた仕事だけがもつ、あの特別なオーラについては理解していなかった。ゾリチカ博士と対等に渡り合ったこのときの北川は、まだ30歳にもなっていない。世界に知られる業績があったわけでもなく、留学経験すらなかった当時の北川に、なぜそれほど遠くの景色を見据えることができていたのか、私にはいまでもうまく理解できていない。
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単行本p.43

 5万年をこえる年縞を数えるという、おそろしくシンプルで、おそろしく困難な仕事。途方もない注意力と忍耐力を要するその仕事に「何かを度外視して徹底的に」立ち向かった若き研究者の姿を描きます。


「3 より精密な「標準時計」を求めて」
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たったこれだけのことがわかるまでに、1998年のヒューエンと北川のデッドヒートから数えて、12年もの時間が必要だった。科学の歩みとしては、信じられないほど遅い部類であろう。だが同じ結論にたどり着くために、もっと効率的な方法があっただろうかと考えてみても、とくに妙案は浮かばない。愚直な作業を、誰かが積み上げるしかなかったといまでも思っている。
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単行本p.92

 挫折、そして再挑戦。コアサンプル採取からリスタートしたプロジェクトと、利用できるようになった新しい技術、そして国境を越えた研究者たちの連携。最後の巨大な壁を乗り越えるための紆余曲折が一点に向けて急速に収斂してゆくときの興奮がつぶさに語られます。


「4 世界中の時計を合わせる」
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現代では水月湖の年代目盛りを使うことで、年代の誤差はプラスマイナス34年程度にまで縮小している。1万年にとってのプラスマイナス34年は、1日に直すとおよそ5分弱である。この精度はもちろん、現代のクォーツ時計や原子時計にはかなわないが、しかし一昔前の振り子時計程度にはなっている。地質学の時間が、時計の精度を視野に入れはじめた。これはごく控えめに言っても、地質学のパラダイムを切り替えるほどの進歩である。
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単行本p.106


 ついに完成した論文、世界会議での採択、そして「サイエンス」への掲載と異例の記者会見。水月湖データの意義と影響が語られます。


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「若者の理科離れ」などと言われることもあるが、真に挑戦的な科学には必ず当事者の血を沸き立たせる要素があり、その魅力には普遍性があると信じている。私たちが実際に味わった興奮の一部を、本書を通して少しでもお伝えすることができれば、水月湖に深く関わった者として非常に嬉しく思う。
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単行本p.4



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