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『羽虫群』(虫武一俊) [読書(小説・詩)]


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へろへろと焼きそばを食う地下二階男五人の二十三時に
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職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと
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三十歳職歴なしと告げたとき面接官のはるかな吐息
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もうおれはこのひざを手に入れたから猫よあそこの日だまりはやる
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行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり
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 誰からも必要とされてない自分、誰ともうまく付き合えない自分。若いころの鬱屈とひねくれと寂しさ。社会に出て働くうちに、次第にそれらをやわらかく受け止められるようになってゆく様が共感を呼ぶ社会性歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年6月、Kindle版配信は2016年7月です。


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へろへろと焼きそばを食う地下二階男五人の二十三時に
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異性はおろか人に不慣れなおれのため開かれる指相撲大会
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いま高くはじいたコインのことをもう忘れてとびっきりのサムアップ
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 あ、こいつ駄目なやつ、いきなり判明。若い男は、自分が「他人からちやほやされない、それどころか関心すら持たれない」という事実に、うじうじ悩んで、そして悩んでいることを恥じている、そうに違いない(偏見)。


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なんとしてもこの世にとどまろうとしてつぱつぱ喘いでいる蛍光灯
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職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと
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胸を張って出来ると言えることもなくシャツに缶コーヒーまたこぼす
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のど飴をのどがきれいなのに舐めて二十代最後の二月を終える
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 恋人はおらず、たぶん童貞。そのことでまたくよくよしたり。


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思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる
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ラブホテルの名前が雑で内装はこのまま知らず死ぬことだろう
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唯一の男らしさが浴室の排水口を詰まらせている
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相聞歌からほど遠い人里のわけのわからん踊りを見ろよ
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 気持ちは分かる。けど、わざわざ歌に詠むというのは、ちょっと、キモいような気も。とはいえ、そろそろ仕事を見つけなければと焦りつつ、どうやったら就職できるのか分からない。焦燥感、期待と落胆。


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三十歳職歴なしと告げたとき面接官のはるかな吐息
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たぶんこの数分だけの関係で終わるのにおれの長所とか訊くな
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関西にドクターペッパーがないということを話して終わる面接
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なで肩がこっちを責めていかり肩が空ろに笑う面接だった
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 やがて職を見つけて社会人に。


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この先はお金の話しかないと気づいて口を急いでなめる
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さくらでんぶのでんぶは尻じゃないということを覚えて初日が終わる
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敵国の王子のようにほほ笑んで歓迎会をやり過ごす
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 仕事は決して楽じゃない、つらい。でもそれなりにがんばる。


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終業はだれにでも来てあかぎれはおれだけにあるインク工場
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吐きそうが口癖になる 吐きそうが同僚たちに広がっていく
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呼べば応えてくれる仕組みを当然と思うなよ頬に照る街明かり
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もう堪えきれなくなって駆け込んだ電車のつり革の赤いこと
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 仕事にも慣れてきて、つらさや、寂しさも、受け入れられるようになってゆく。ああ、成長したなあ、と。


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水を飲むことが憩いになっていて仕事は旅のひとつと思う
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二十一の小娘に頭を下げて謝りかたを教えてもらう
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あかぎれにアロンアルファを塗っている 国道だけが明るい町だ
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 やがて、色々あって、色々と大人になってゆくわけです。


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目の前に黒揚羽舞う朝がありあなたのなにを知ってるだろう
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もうおれはこのひざを手に入れたから猫よあそこの日だまりはやる
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生命を宿すあなたの手を引いて左京区百万遍交差点
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行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり
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 というような若人の成長を歌集から勝手に読み取るのは邪道で失礼かも知れませんが、どうにも他人事とは思えなくて、ついつい共感を込めて想像してしまいます。



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