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『おばちゃんたちのいるところ』(松田青子) [読書(小説・詩)]


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「えっ、これ技なん!?」
「そうやで、うちの努力の成果や」
「おばちゃん、もうこれで十分すごいで」
「いやや、こんなん普通やん。なんもおもんない。あんたも、うちが来たとき、思ったやろ? なんもおもんないって。何普通に来とんねんって。うちはな、もっとおどろおどろしくて、あの人の心に一生の傷を残すような、そういう技がいいねん」
「えー」
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単行本p.21


「わたしたち、もののけになりましょう」
 ちゃんと仕事できるのに、してるのに、有能なのに、なぜか世の中仕切っている仕事できないおやじから、なめられ、軽んじられ、貶められ、踏みにじられている人々。彼らを助けるのは、有名どころから無名新人まで、様々な亡霊もののけ妖怪変化狐狸おばちゃん。理不尽と抑圧とミソジニーあふれる現代社会をいちぬけ、自分の技と能力を活かして元気いっぱい働くおばちゃんたちの痛快お仕事小説連作短篇集。単行本(中央公論新社)出版は2016年12月です。


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 クズハにはいつも近道が見える。だから、先が見えた。自分がいくらがんばったところで、どこかで必ず道を阻まれる。歴史が、社会の状況が、様々な数字が、それを証明している。教科書とにらめっこしている間は、近道は近道のままだが、そこに外的な要因が加わったら、クズハにはどうしようもない。太刀打ちしようがない。太刀打ちしようがないということも、歴史が、社会の状況が、様々な数字が、証明済みだった。
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単行本p.110


 社会からドロップアウトした(ときには死んでしまった)有能な人材を集めては、虐げられている人々を密かに助けてくれる謎会社。そこで好き勝手に楽しく働いている社員たちの活躍を描く連作短篇集です。

 お菊、お岩、お七などの有名人から、シングルマザーを助ける子育て幽霊、おばちゃんになった座敷童、愛人への当てつけで首くくったおばちゃん、競争社会になじめないどこかぼんやりした若者、律儀にちゃんと仕事するおじさん(いるよ、もちろん)まで、様々な登場人物が、疲れた人々を支えてくれる、明るく痛快なお仕事小説集。日本死ね、から、日本もういい勝手にそこで死んでろこっちは好きに生きる仕事する、へ。言祝ぎパワーあふれる17篇。


[収録作品]

『みがきをかける』
『牡丹柄の灯籠』
『ひなちゃん』
『悋気しい』
『おばちゃんたちのいるところ』
『愛してた』
『クズハの一生』
『彼女ができること』
『燃えているのは心』
『私のスーパーパワー』
『最後のお迎え』
『「チーム・更科」』
『休戦日』
『楽しそう』
『エノキの一生』
『菊枝の青春』
『下りない』


『みがきをかける』
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 おばちゃんの言う通りだった。つるつるだったらなんだっていうんだ。なにも、なんにも変わらない、そんなんじゃ。ばかだ。ばかだ。ばかだ。なに勝手なこと言って。なにが、もう一人の子への気持ちが大きくなった、だ。どうやって測ってん。そんで私もなに、あっそうなんだ、仕方ないね、とか言ってんの。ちゃんと怒れよ。よく考えたらおかしいことばっかだったのに、我慢ばっかして、なんか、私、洗脳されてたんやろか。そいつにじゃなくて、もっとなんか大きなものに。
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単行本p.26、

 男にふられた「反省」で、女子力みがきに専念している女。そこに、愛人に捨てられ当てつけに首をくくったおばちゃんが、ごく普通にやってくる。あほかあんた、残された唯一の野生を捨ててどないすんねん、そこは清姫やろ。女に対する抑圧も、この世とあの世の境も、おばちゃんパワーでぶち破る短篇。


『牡丹柄の灯籠』
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目の前では露子と米子が引き続きわいわいやっている。灯籠を買っても地獄、買わなくても地獄だ。
 はは、と新三郎は気づけば笑っていた。心から笑ったのはずいぶん久しぶりな気がした。いざとなったら、ここまでやっていいんだな。いや駄目だけど、ここまでやっても良かったんだ。そう思ったら、思わぬことに目の奥が熱くなってきたので、新三郎は歯を食いしばった。
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単行本p.47

 理不尽なリストラにあっても、聞き分けよく、常識的に、大人の態度で、受け入れて泣き寝入りしている男。そこにやってきた営業の二人組が、目茶苦茶強引に牡丹灯籠を売りつけてくる。そのなりふりかまわさ、社会常識などてんで無視するやり方に、ついつい妙な感動を覚えて、気がつけば朝。とりあえず戸口にお札を貼ったけど、結界の効果があるかは疑問。何しろ常識が通用しない女たちだから。とても楽しそうに仕事してるから。


『おばちゃんたちのいるところ』
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 今の茂には、そのいろんなことがちゃんと心に迫ってこなかった。外に出れば、大通りに一列に植えられている桜の花が満開で、余計に世界の輪郭をぼやかしていた。あいまいなのが、はっきりしないのが、茂の心にとってはやさしい時期だった。新しい生活をはじめた友人たちと、茂はほとんど連絡を取り合っていなかった。彼らの言動から何かしたフレッシュさを、前向きさを感じるたびに、それが自分に突き刺さるような気がした。これからの自分へのダメージを最小限にしたかった。職場と家の往復で、日々はただただ過ぎていった。
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単行本p.93

 競争社会から脱落し、さらに母親が愛人に捨てられ当てつけに首をくくったこともあって、うつ状態に陥った青年。でも何の仕事をしているのかよく分からない謎会社で働くようになってから、少しずつ少しずつ、回復してゆく。絵本『かいじゅうたちのいるところ』を読んでいた少年が、『おばちゃんたちのいるところ』にたどり着くまでの物語。


『クズハの一生』
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 かわいそうに。
 横を歩いている暗い顔から脱皮しつつある青年に対して、クズハは同情の念を禁じ得ない。
 こんな世の中に放り出されて。
 クズハがOLをしていたときと、社会はだいぶ変化した。今では、男でさえ正社員になるのが難しいらしい。悪い意味で、平等になった。女が上がらず、男が下がってきた。かつては女にしか見えなかったはずの天井が、この青年にも見えていることがクズハにはわかった。
 ねえ、驚いている? 話と違うって思った? でもねえ、女たちは小さな頃からずっと、その天井が見えてたの。見えなかったことなんて一度もないの。でも、皆それでも生きてきたし、なんとかなるわよ。
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単行本p.120

 あまりに有能で頭が良いため、幼い頃から女の人生どの程度しか許されないのかはっきり見えてしまったクズハ。適当に就職して、男が安心して侮れる程度に無能に働いて、無難な男と結婚して、あるとき突然気づく。自分の正体はキツネだった、葛葉稲荷だった、これまでずっと人間に化けて暮らしていたのだ、と。謎会社でばりばり働いている茂の上司の過去をえがく短篇。


『楽しそう』
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 会社には生きている人間と死んでいる人間が同じくらいの割合で働いている。その中間の特殊な人たちも少しいる。(中略)
 会社にいて思うのは、俺のはじめの妻とかまさにそうだけど、死んだやつの方が元気だよな、ってことだ。生きている人間には、何かあると死ぬっていう大きな制限がある。死ぬ肉体を持っているって、ものすごく窮屈だ。そのうえ、社会なんてものもあるから、さらに窮屈で、俺、人間ってかわいそうだと心底思う。
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単行本p.191、192

 男だから男だからと甘やかされ、ろくに何もしないまま死んだ男、その最初の妻、後妻。何の因果か、三人は同じ謎会社に採用され謎仕事。でも生きてたときより、社会的常識とやらにとらわれてがんがん抑圧されていたときより、ずっと楽しい。俺だって、本当はちゃんと仕事したかったんだよ。



タグ:松田青子
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