『永遠でないほうの火』(井上法子) [読書(小説・詩)]
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駅長が両手をふってうなずいて ああいとしいね、驟雨がくるね
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月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい
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紙風船しずかに欠けて舞い上がる 月のようだねいつか泣いたね
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紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて
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だんだん痩せてゆくフィジカルなぺんぎんが夢の中にも来る、ただし飛ぶ
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火と水と、雨と月と、かわせみ。花鳥風月、風景に心をよせ抒情を読み解く紺青歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年6月、Kindle版配信は2016年7月です。
風景を見たときに生ずる心のざわめきをとらえた作品が目につきます。特に、火と水。
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煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火
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日々は泡 記憶はなつかしい炉にくべる薪 愛はたくさんの火
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こころでひとを火のように抱き雪洞のようなあかりで居たかったんだ
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ああ水がこわいくらいに澄みわたる火のない夜もひかりはあふれ
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これは永遠でないほうの火。雨、雪など気象を詠んだ作品も、静かに心を動かしてきます。
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駅長が両手をふってうなずいて ああいとしいね、驟雨がくるね
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いつまでもやまない驟雨 拾ってはいけない語彙が散らばってゆく
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オルゴールから雑音が消えそれはめずらしいほど雪の降る日で
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あんまりきれいに降るものだから淡雪をほめたらなぜか北風もよろこぶ
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ああいとしいね、驟雨がくるね。月や夜の光景を詠んだと思しき作品は、何というか過剰なほどの叙情が感じられて、文学少女ここにあり、というような気持ちになります。
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月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい
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紙風船しずかに欠けて舞い上がる 月のようだねいつか泣いたね
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どんなにか疲れただろうたましいを支えつづけてその観覧車
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月のようだねいつか泣いたね。花鳥風月というくらいなので、もちろん鳥も何かを背負ってそこにいます。
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紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて
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かわせみよ 波は夜明けを照らすからほんとうのことだけを言おうか
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憧れは煮られないからうつくしい町のプールにかるがもが住む
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だんだん痩せてゆくフィジカルなぺんぎんが夢の中にも来る、ただし飛ぶ
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ただし飛ぶ。鳥だけでなく魚や虫など動物はちらちらと登場するのですが、いずれも野生です。人間との距離が近い動物は出てきませんが、ときどき猫の影。
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煙草屋の黒猫チェホフ風の吹く日はわたくしをばかにしている
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わたくしのしょっぱい指を舐め終えてチェホフにんげんはすごくさびしい
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堕ちてゆく河のようだね黒猫の目をうつくしい雨が濡らして
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青年に猫の轢死を告げられてことば足らずの風が
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タグ:その他(小説・詩)
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