『環境DNA入門 ただよう遺伝子は何を語るか』(源利文) [読書(サイエンス)]
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環境DNA分析でさまざまな生物の生息情報が得られるということが明らかになると、誰もが一度はこんなことを考えるのではないだろうか。ネス湖でネッシーの環境DNAを拾えないだろうか、と。そしておそらく多くの関係者はみんな、そう考えた後で「面白そうだけど、ネッシーがいるわけないよな」と思ったに違いない。筆者自身もそうであった。しかし、こんなプロジェクトを実現してしまった研究チームがある。ニュージーランドのオタゴ大学の研究者を中心に、イギリス、フランス、デンマークの大学などが参加して、ネス湖の環境DNAプロジェクトが行われたのである。
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特定の湖に棲息している生物種のリストを作ったり、葉っぱの噛み跡から犯人を特定したりする。川や海の水をすくって分析するだけで、そこにどんな生物がどれくらいいるのかを明らかにすることが出来る。希少種の存在、水産資源の分布、さらには大気中を漂うウイルスの有無まで調べられる驚くべき環境DNA分析。その黎明期から今日の多彩な発展まで専門家が平易に紹介してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2022年11月です。
目次
1.DNAはただよう
2.「環境DNA」の発見
3.いるかいないか、どれだけいるか
4.川ごと、国ごと、時空も超えて
5.ただようDNA、未来へ
1.DNAはただよう
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感染対策として換気が重要であるとされるが、それはつまり、空気中にコナロウイルスの遺伝子(この場合はRNA)が存在しているということである。もちろん、ウイルス以外にも、花粉症の原因になるスギ花粉にはスギのDNAが含まれているし、黄砂に乗ってさまざまな微生物が運ばれていることも近年よく知られている。つまり、水の中、土の中、空気の中などあらゆる環境に、DNAが大量にただよっているということであり、世界はDNAで満ちているといってよい。
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世界はDNAで満ちている。このように環境に漂っているDNAをキャッチし、分析することで、周辺に生息する生物の情報を得る環境DNA分析について解説します。
2.「環境DNA」の発見
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懸念していた海外勢との競合は現実のものであった。我々の論文の出版のわずか1ヶ月後、12月13日にヨーロッパのチームから、次世代シーケンス技術を利用した環境DNAメタバーコーディングの成功を報告する論文が出版されたのである。この論文の記録を確認すると、投稿されたのが8月19日、受理されたのが11月17日と、我々の論文と比べるとほぼ1ヶ月遅れで投稿プロセスが進行していた。内容的には我々の論文の内容を上回っており、これに先を越されていたら、我々の論文のインパクトはほぼ失われていたことだろう。それまでの研究者人生の中では、これほどに熾烈な競争を経験したことはなかったが、環境DNA分析という新しい分野の中では、このあと何度も海外勢と競争することになった。
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環境DNA分析の黎明期における研究者間の熾烈な競争を、生き生きと紹介します。
3.いるかいないか、どれだけいるか
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環境DNAの分析によって、舞鶴湾程度のスケールであれば、魚の個体数を推定できることが示されたのである。これは、本書執筆時点では、環境DNA分析によって世界で最も大きな規模の個体数推定に成功したケースだ。ただ、この成果を挙げるためにかけた努力量を考えると、必ずしも「簡単に個体数推定ができる」という段階には達していない。つまり、この舞鶴湾の結果が示していることは、相当の努力をすれば「どれだけいるか」を知ることはできるが、これを簡略化するための工夫が必要だということである。
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特定の種がその環境にいるのかいないのか判定するだけでなく、さらにいる場合には「どれだけいるのか」を明らかにする研究の経緯について詳しく解説します。
4.川ごと、国ごと、時空も超えて
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次世代シーケンスとは、数百万から数千万本の遺伝子配列をまとめて読み取る技術であり、近年もっとも普及しているイルミナ社のMiSeqという機器の場合、一晩で1500万本の遺伝子配列を読み取ることができる。これにより、「河川の水から、魚の環境DNAをPCRによってまとめて増幅し、その遺伝子配列を片っ端から読み取る」などということができるようになったのである。この技術を使うことで、環境DNA分析の幅が大きく広がることとなり、「そこにいるもの全部」をまとめて調べることが可能になった。
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技術の飛躍的進歩により驚くべき発展をとげた環境DNA分析。外来種や希少種を含め琵琶湖にいるすべての魚とその分布を調べた研究をはじめとして、現在の環境DNA分析が成し遂げた成果を解説します。
5.ただようDNA、未来へ
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これまで、分子生物学などのミクロ生物学分野と、生態学などのマクロ生物学分野はあまり交わることがなかったが、ここまで述べてきたような技術はいずれも、ミクロ生物学の分野で開発されたものである。このような両分野の手法的な融合は、これらの間のギャップを埋め、本当の意味での総合的な生物学への発展につながることが期待される。
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驚異的な発展を続ける環境DNA分析、その将来の展望について語ります。
環境DNA分析でさまざまな生物の生息情報が得られるということが明らかになると、誰もが一度はこんなことを考えるのではないだろうか。ネス湖でネッシーの環境DNAを拾えないだろうか、と。そしておそらく多くの関係者はみんな、そう考えた後で「面白そうだけど、ネッシーがいるわけないよな」と思ったに違いない。筆者自身もそうであった。しかし、こんなプロジェクトを実現してしまった研究チームがある。ニュージーランドのオタゴ大学の研究者を中心に、イギリス、フランス、デンマークの大学などが参加して、ネス湖の環境DNAプロジェクトが行われたのである。
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特定の湖に棲息している生物種のリストを作ったり、葉っぱの噛み跡から犯人を特定したりする。川や海の水をすくって分析するだけで、そこにどんな生物がどれくらいいるのかを明らかにすることが出来る。希少種の存在、水産資源の分布、さらには大気中を漂うウイルスの有無まで調べられる驚くべき環境DNA分析。その黎明期から今日の多彩な発展まで専門家が平易に紹介してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2022年11月です。
目次
1.DNAはただよう
2.「環境DNA」の発見
3.いるかいないか、どれだけいるか
4.川ごと、国ごと、時空も超えて
5.ただようDNA、未来へ
1.DNAはただよう
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感染対策として換気が重要であるとされるが、それはつまり、空気中にコナロウイルスの遺伝子(この場合はRNA)が存在しているということである。もちろん、ウイルス以外にも、花粉症の原因になるスギ花粉にはスギのDNAが含まれているし、黄砂に乗ってさまざまな微生物が運ばれていることも近年よく知られている。つまり、水の中、土の中、空気の中などあらゆる環境に、DNAが大量にただよっているということであり、世界はDNAで満ちているといってよい。
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世界はDNAで満ちている。このように環境に漂っているDNAをキャッチし、分析することで、周辺に生息する生物の情報を得る環境DNA分析について解説します。
2.「環境DNA」の発見
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懸念していた海外勢との競合は現実のものであった。我々の論文の出版のわずか1ヶ月後、12月13日にヨーロッパのチームから、次世代シーケンス技術を利用した環境DNAメタバーコーディングの成功を報告する論文が出版されたのである。この論文の記録を確認すると、投稿されたのが8月19日、受理されたのが11月17日と、我々の論文と比べるとほぼ1ヶ月遅れで投稿プロセスが進行していた。内容的には我々の論文の内容を上回っており、これに先を越されていたら、我々の論文のインパクトはほぼ失われていたことだろう。それまでの研究者人生の中では、これほどに熾烈な競争を経験したことはなかったが、環境DNA分析という新しい分野の中では、このあと何度も海外勢と競争することになった。
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環境DNA分析の黎明期における研究者間の熾烈な競争を、生き生きと紹介します。
3.いるかいないか、どれだけいるか
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環境DNAの分析によって、舞鶴湾程度のスケールであれば、魚の個体数を推定できることが示されたのである。これは、本書執筆時点では、環境DNA分析によって世界で最も大きな規模の個体数推定に成功したケースだ。ただ、この成果を挙げるためにかけた努力量を考えると、必ずしも「簡単に個体数推定ができる」という段階には達していない。つまり、この舞鶴湾の結果が示していることは、相当の努力をすれば「どれだけいるか」を知ることはできるが、これを簡略化するための工夫が必要だということである。
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特定の種がその環境にいるのかいないのか判定するだけでなく、さらにいる場合には「どれだけいるのか」を明らかにする研究の経緯について詳しく解説します。
4.川ごと、国ごと、時空も超えて
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次世代シーケンスとは、数百万から数千万本の遺伝子配列をまとめて読み取る技術であり、近年もっとも普及しているイルミナ社のMiSeqという機器の場合、一晩で1500万本の遺伝子配列を読み取ることができる。これにより、「河川の水から、魚の環境DNAをPCRによってまとめて増幅し、その遺伝子配列を片っ端から読み取る」などということができるようになったのである。この技術を使うことで、環境DNA分析の幅が大きく広がることとなり、「そこにいるもの全部」をまとめて調べることが可能になった。
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技術の飛躍的進歩により驚くべき発展をとげた環境DNA分析。外来種や希少種を含め琵琶湖にいるすべての魚とその分布を調べた研究をはじめとして、現在の環境DNA分析が成し遂げた成果を解説します。
5.ただようDNA、未来へ
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これまで、分子生物学などのミクロ生物学分野と、生態学などのマクロ生物学分野はあまり交わることがなかったが、ここまで述べてきたような技術はいずれも、ミクロ生物学の分野で開発されたものである。このような両分野の手法的な融合は、これらの間のギャップを埋め、本当の意味での総合的な生物学への発展につながることが期待される。
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驚異的な発展を続ける環境DNA分析、その将来の展望について語ります。
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