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『肺都 アイアマンガー三部作3』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 なんという夢のような、めくるめく物語であることか。
 全三巻を読み終えた方の多くが、アイアマンガーの物語に四巻目がないことにあらためて狼狽え、茫然としていらっしゃるのではないだろうか。訳者としても、これでクロッドとルーシーとお別れかと思うと残念至極であるけれども、こうして全巻が無事に刊行されたことに心から安堵している。
 全巻、これ、ごみと汚物と個性的な人々が織りなす交響曲のようであった。ヴィクトリア朝時代の大都市は想像以上に汚れていて、本書からは凄まじいまでの腐臭汚臭悪臭激臭が漂ってきた。
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単行本p.567


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている巨大ゴミ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」があった。そしてごみ捨て場の外側には「穢れの町」が位置していたが、今やどちらも滅びてしまった。警察に追われるアイアマンガーたちは肺都(ロンドン)に潜伏し、密かにクーデターを企てていた……。ゴミを支配する奇怪で魅力的な一族を描くアイアマンガー三部作、その第三部、完結編。単行本(東京創元社)出版は2017年12月、Kindle版配信は2017年12月です。


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台、そしてその外側に広がる緩衝地帯というべき「穢れの町」が第二部の舞台でした。紹介はこちら。


  2019年08月05日の日記
  『穢れの町 アイアマンガー三部作2』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-08-05

  2019年06月17日の日記
  『堆塵館 アイアマンガー三部作1』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-06-17


 完結編である本書では、舞台はロンドンに移ります。アイアマンガーたちが「肺都(ラングドン)」と呼ぶ英国の首都。堆塵館は滅び、穢れの町は焼け、アイアマンガー一族はお尋ね者の犯罪者集団としてロンドンに身を潜めています。


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 奴らがぼくたち一族を捜している、と何度も繰り返し聞かされた。奴らに見つかったら、全員が殺され、アイアマンガーは死に絶える、と。でも、見つからずにいれば、彼らは見当違いな部屋や罪のない家のなかを捜して無為な時間を過ごすので、そのあいだにぼくたちはどんどん強くなり、アイアマンガーの名にある怒り(アイア)はますます苛烈なものになる。ぼくたちはロンドン――この町を別の名なんかで呼べるわけがない――に入ることを許されていない。禁じられている。アイアマンガー一族は不法入国者なのだ。(中略)閉じ込められ、この悪臭に満ちた空気を吸ったり吐いたりしながら、周到に、残酷な計画を立てている。このロンドンで。ロンドンに対して。
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単行本p.78、79


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「おまえたちはアイアマンガーだ。アイアマンガーらしく振る舞え。強く勇敢であれ。肺都のなかに溶け込め、入り込め、肺都人のなかに身を隠せ、目立つな。頭を使え、智恵を出せ。肺都人を滅ぼせ、打ち倒せ、悲鳴をあげさせろ。あと二晩、二晩だけだ、うまくちりぢりになってやり過ごせば、すべてが為されたときにまた暗黒のなかでひとつにまとまれる。われわれ一族は繁栄し、われわれは、われわれアイアマンガーは、支払われるはずのものを、見返りを、一族の死に対する贖いを、ウェストミンスター橋で手に入れるのだ。そこでアイアマンガーは怒りを湛え、嚙みつき、爆発する。さあ、行こう。おまえたちにわが祝福を」
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単行本p.185


 ところで前巻でルーシーに説得され、正義のためにアイアマンガー一族に反旗を翻す決意をしたはずの主人公クロッド君。ルーシーは死んでしまい(と彼は信じている)、ロンドンでは犯罪者として追われる身になった途端、ぼくやっぱりアイアマンガーの一員だし、とか何とか、流れで一族の陰謀に協力する気になってゆく、しかも婚約者との仲も進展するという、このヘタレっぷりが素晴らしい。ご貴族様って楽ですね。

 ところでクロッドが貴族の悩みを抱えてうじうじしているとき、ルーシーはどうしていたのでしょうか。


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 みすぼらしい穢れの町は壊滅した。そしてわたしたちは、こんな狭いところでかろうじて生きている。出口のようなものはないかとあたりをつついて探してみても、なにもない。最初はなにも見つからなかった、長いあいだ。闇のなかで助けを呼んでいたけれど、だれも答えてくれなかった。
(中略)
 考えるのよ、考えるの。勘を働かせて。感じなくちゃ、ルーシー、さもないとわたしたちはここで終わってしまう。そうしたら、クロッドには二度と会えない。彼はまだ生きているのよね? はっきりしているのは、ここで閉じ込められておしまいには絶対にさせないってこと。わたしはみんなといっしょにここから出ていく。みんなを引き連れて。
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単行本p.208、209


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 銃声、そうよね? 拳銃を持っているのだ。それがわたしたちを狙っているのだ。わたしたちを殺すつもりなのだ。地下に戻ったらわたしたちは死ぬ。通りにいたら、そしてこの川の向こう側では、わたしたちは死ぬ。燃えさかる穢れの町ではもっとたくさんの死が、死者が、死体が、重なり合っていた。どこへ行っても死しかない。どうすれば生き延びられる? どうすればこっそり死を避けて生きていける? 息のできるほんの小さな場所をどうやったら見つけられるの? わたしたちが求めているのはそれだけ。生き延びること。それがそれほど大それた望みなのか。
 そう、そうだった。いつだってそうだ。大それた望みなのだ。
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単行本p.217


 これが貴族階級と労働者階級の差というものでございますよ。

 ただのゴミや汚物だけでなく、児童労働や階級差別や貧困や何かかや「凄まじいまでの腐臭汚臭悪臭激臭」(「訳者あとがき」より)を放つロンドンの姿がこれでもかとばかりに詰め込まれており、読み進めるにつれて次第にアイアマンガー一族が企てているらしい非道な計画が成功してロンドン壊滅すればいいのになあ、と読者の気持ちもそっちに流れて。

 そして、今やクロッドには、念じるだけでロンドンとその支配階級を破壊するだけの力があるのです。すべては一族の長、ウンビット・アイアマンガーの計画通り。クロッドこそ彼の最終兵器。アキラが、目覚める。


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 われらは風に漂う悪臭、だれも踏まないのにキイキイ鳴る床板、そなたらの夢に現れる影、振り払うことのできぬ気味の悪さ、われらこそが、もっとも暗いごみの支配者アイアマンガーである。
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単行本p.492


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 彼らはこの私を、悪党、暗殺者、殺人者と呼ぶだろう。
 そうとも、そう呼ぶがいい。
 すべてが今日で終わる。なにもかもを瓦礫に変えてやる。私、ごみの王ウンビットが、そして暗い朝にようやく私のかたわらにたどり着いたクロッド、人殺しクロッドが。すべてを根こそぎ動かすクロッド、すべてを消し去るクロッド。わが最後の武器。
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単行本p.463


 ウンビットの野望とは。アイアマンガー一族の命運は。そしてフォースのアイアマンガーサイドに堕ちたクロッドは何をしでかすのか。そしてルーシーは間に合うのか。


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 ぼくはクロッド。これはぼくの話。もうじき終わりになる話。
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単行本p.462


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 それがどうしたっていうの。
 わたしはルーシー・ペナント。
 これはわたしのお話。
 簡単には終わらせない。
 そうよね?
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単行本p.233


 ルーシー、頑張れ。読者のすべての希望を一身に背負って、汚物と穢れと悪臭のただ中、もうちょっと具体的にいうと、英国女王と英国議会とアイアマンガー一族とゴミの結集、そのただ中に飛び込んでゆくルーシー。殴れルーシー。第一巻でも第二巻でもやったように、ここで、最後の場面で、思いっきり張り飛ばせ、ルーシー。そして、えっ、あの、本当に終わってしまうの、この物語は……。



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