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『この宇宙以外の場所』(TOLTA 河野聡子、佐次田哲、関口文子、山田亮太) [読書(小説・詩)]

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 日本の現代詩業界は悪しき個人主義に呪われていると私はずっと考えていますが、特に、完結した詩作品にはひとりの人間が作り手として一対一対応している「はず」という思い込みはたいへん根深く、たちがわるいものです。したがって私はくりかえし宣言します。ここに収録されている詩はTOLTAによって作られました。
(中略)
 我々はインターネット上で一枚のスプレッドシートを共有し、それぞれが書きたい言葉でマス目の好きな位置を埋めることにしました。並び替えが好きなメンバーがこれらの言葉を並べ替え、その結果出来上がったのがこの本に収録した詩篇です。
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 メンバーがてんでに書き込んだ言葉を共有し並べ替え作り上げたTOLTAの詩集、その紙版です。紙版出版は2018年11月。連絡先はこちら。

  メール
   tolta2106@yahoo.co.jp
  Web
   https://toltaweb.jp/


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人の家の冷蔵庫で保冷剤を探すミッション。うしろに歩いていくことで正確な意味での「後進国」となれる。保冷剤好き!大好き!扉を開けたとたん「階段に鳥がいる」と叫ぶ男。扁桃腺が痛い。貨物列車が通った。
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『貨物列車』より


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ついに夏風邪を引いた。慎重な体温コントロールが必要だ。身体を壊さないことではなくどのように壊していくかがここからは重要になる。カレーが白くなるのは、カビが生えたからである。
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『体温』より全文引用


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それでもなぜか郵便は届く。地の果てからも。洗濯機の排水トラップの接続の仕組みはもうちょっと洗練されても良いんじゃないか。日曜日は雨乞いをしに行こう。一秒が合わせられなくて二〇分使った。伝わりかたの方が内容よりも重要な局面がある。
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『活動』より


 こういった言葉が問答無用でぐんぐん並んでいる素敵な詩集。それぞれの作品がどのようにして作られたのかは、河野聡子さんによる解説を読めば分かります。このプロセスの痕跡はあちこちに残されていて、それに気づく、あるいは積極的に探す、という楽しみもあります。


 例えば「痛みの程度を楽器にたとえるのは悪くないソリューションのような気がする」という一文があり、そしてあちこちに、

「右肩の内側で和太鼓を乱れ打ちされているような強い痛み」

「バイオリンの弦をかきむしるような痛み」

「シンバルを叩きつけるような痛み」

「吹いても吹いても音が出ないフルートのような痛み」

「一日中バイエルを練習するような痛み」

「リコーダーでスタッカートを永遠に打ち続けるような痛み」

といった文が散りばめられている、という具合です。


 さらに、こういう作品が紙としても存在することになった経緯も書かれています。この「紙の詩集」の存在意義に関する河野聡子さんの文章はめちゃめちゃかっこいい。


 文章の異業種交流出会い系お見合いパーティにぐっとくる詩集ですが、構成要素となっている文章ブロックを単独で取り出してみても、これが味わい深くて、好き。


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人間の味覚が視覚に多大な影響を受けていることは周知の事実である。透明なコーラに黒い色をつけることによる味の変化の実験が発表されこれに関する裏付けがまたひとつ増えた。
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最近、行きつけの美容室に「先生」と呼ばれるスタッフが加わった。化学に詳しいらしくシャンプーの説明ひとつにも物質名が加わっている。そのくせ「オーガニック植物を使用」などとも書いているので多少不信感も漂う。オーガニックすなわち有機物でない植物など存在するのだろうか。するのかもしれない。
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『シール』より


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あれほどたくさんの鹿がどうやって生きているのか、見当もつかない。鹿の方も、あれほどたくさんの人間がどうやって生きているのか、わけがわからないと思っているに違いない。
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『シール』より


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痛みが自分の存在を証明してくれると思っていた。それは自傷によって確かめられるだけではなく、喘息やインフルエンザのような疾患に罹っているときに顕著だった。そのようなときには自分が存在することに正当性を感じ取ることができた。痛みが喜びを伴わないただの苦しみとして感じられるようになったのはつい最近のことだ。
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『植物』より


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生まれ変わったら地球以外というかこの宇宙以外の場所に生まれたかった。物理法則がこの宇宙とはちがう場所に生まれて鳥にならずに空を飛びたかった。
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『この宇宙以外の場所』より



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