『時間はどこから来て、なぜ流れるのか? 最新物理学が解く時空・宇宙・意識の「謎」』(吉田伸夫)
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空間が物理現象の担い手と同一視できる実体だとすると、時間はどうなるのだろう? 空間は実体だが時間は形式にすぎないのか? 時間の流れは現実に生起する物理的な出来事なのか? 実は、この問いに答えることが、本書の最大の目標である。
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新書版p.7
時間の「流れ」とは、現実に生起している物理的な出来事なのか、それとも私たちの心の中にだけある世界認識の方法なのか。決定論、量子脱干渉、タイムパラドックス。時間にまつわる難問が、現代物理学ではどのように考えられているのかを語る一冊。新書版(講談社)出版は2020年1月、Kindle版配信は2020年1月です。
[目次]
はじめに――時の流れとは
第1章 時間はどこにあるのか
第2章 過去・現在・未来の区分は確実か
第3章 ウラシマ効果とは何か
第4章 時間はなぜ向きを持つか
第5章 「未来」は決定されているのか
第6章 タイムパラドクスは起きるか
第7章 時間はなぜ流れる(ように感じられる)のか
第1章 時間はどこにあるのか
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場所によって時間の尺度が異なるのだから、宇宙全域に単一の時間が流れるのではなく、あらゆる場所に個別の時間が存在すると考えなければならない。
本章のタイトルとして掲げた問い――「時間はどこにあるのか?」――に答えるならば、時間は「その場所」にある。決して、どこからともなくすべての物体に作用するのではない。
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新書版p.44
まず相対性原理から導かれる時間の局所性、つまり宇宙全体に渡って均一に流れるニュートン時間などというものはなく、時間の経過は場所や観察者に依存していることを解説します。
第2章 過去・現在・未来の区分は確実か
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「未来」はまだ実現されず「過去」はすでに過ぎ去ったのだから、どちらもリアルでなく、ただ「現在」だけがリアルだ――そうした見方は、時間について多くの人が共有する考え方だろう。だが、この主張に、実験や観測で検証できる根拠があるのだろうか?
(中略)
相対性原理を認めるならば、「現在」だけがリアルなのではなく、「過去」も「未来」も同じようにリアルだと考えざるを得ない。「現在」という物理的に特別な瞬間など、もともと存在しないのである。どこからともなく作用して運動や変化を生み出す「時間の流れ」も、あえて想定する必要がない。
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新書版p.76、77
空間の広がりと同じく時間の広がりにも特別な点や方向はなく、「過去」「現在」「未来」は同じようにリアルである。空間が特定の方向に「流れ」てはいないように、時間の「流れ」も想定する必要はない。相対性原理に基づいた時間と空間のイメージを解説します。
第3章 ウラシマ効果とは何か
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物理学では、座標を変換しても物理法則が変化しないことを「対称性がある」と言う。平面世界は、空間内部での回転に対して対称性がある。ミンコフスキーの幾何学に従う時空は、どの方位を向いても世界が同じように見えるので、時空の構造に対称性があると見なされる。
時空の対称性を物理法則にまで拡張し、時空の内部でどの方位を見ても世界が同じ物理法則に従う場合、この世界には「ローレンツ対称性がある」と言う。アインシュタインが提唱した相対性原理とは、幾何学の観点からすると、「世界にローレンツ対称性がある」という主張になる。
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新書版p.98
時間と空間はあわせて「時空」を構成しており、ミンコフスキーの幾何学に従う。座標軸を回転させると時間と空間は混じり合うが、時間と空間の幾何学的構造は変化しない。つまり物理世界にはローレンツ対称性がある。基礎知識の総仕上げとして、ミンコフスキー幾何学で表現される時空の構造について解説します。
第4章 時間はなぜ向きを持つか
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物理的な不可逆変化の向きが逆転しない理由は、時間が一方向的に流れるからではなく、「時間の端っこ」となるビッグバンが、きわめて特殊な状態だったせいである。
ビッグバンがほとんど揺らぎのない状態だったため、そこから重力によって引き起こされる変動は、必然的に、揺らぎを増す方向に制限される。
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新書版p.140
時間の広がりに本質的な方向性はないとすると、なぜ「過去」から「未来」に向かって流れているように感じられるのだろうか。それは「時間の端っこ」にビッグバンという特殊な境界条件があるためだ。この宇宙における時間の「向き」がどのようにして決定されているかを論じます。
第5章 「未来」は決定されているのか
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詳細を決定するのが、ビッグバン直後から無数に繰り返される脱干渉である。脱干渉が見られる局面では、特定の世界線だけが「実現された歴史」として、言わば“選ばれる”ことになる。(中略)
観測の有無を問題としない客観的な量子論は、1950年代から多くの物理学者によって研究され、80年代のグリフィス-オムネスによる整合的歴史の理論など、興味深い成果を生んできた。脱干渉を重視する議論も、その流れの中にある。
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新書版p.169
時間の広がりにおいて「過去」も「未来」も同等だとすると、未来は過去と同じく完全に決定されているのだろうか。量子状態の脱干渉(デコヒーレンス)に基づいた、世界線の量子揺らぎについて論じます。
第6章 タイムパラドクスは起きるか
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パラドクスを解決するためには、ニュートン力学のような「物理現象は時間に関する微分方程式によって決定される」という考え方を止める必要がある。ワームホールを通って自分自身とすれ違う無数の軌道があり、各軌道ごとの作用に応じて互いに干渉し合うとすれば、そのすべての効果が併さって、整合的・全体的な過程になると予想される。
パラドクスは、「まずワームホール通過前の軌道だけがあり、これが通過後の軌道とすれ違うと……」と順番に扱うことによって生じた。はじめから二種類の軌道を併せて考えれば、パラドクスが起きる余地はない。
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新書版p.190
ワームホール型タイムマシンの「入口」に飛び込んだ粒子が、過去の「出口」から飛び出してこれから「入口」に向かう過去の自分自身と衝突し、その結果として粒子の軌道が変わって「入口」に入れなくなったとすれば、これはタイムパラドクスを引き起こすのではないか。それとも、それはニュートン力学的(微分方程式的)な世界観から生ずる錯覚なのだろうか。タイムパラドクスとその解釈について論じます。
第7章 時間はなぜ流れる(ように感じられる)のか
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時間は物理的に流れるのではない。では、なぜ流れるように感じられるかというと、人間が時間経過を意識する際に、しばしば順序を入れ替えたり因果関係を捏造したりしながら、流れがあるかのように内容をするからである。
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新書版p.198
物理的には時間は空間と同じく広がりであって「流れ」てはいない。では人間の意識はどのようにして「時間が流れている」という錯覚を生み出すのか。時間の流れを作り出す意識のはたらきについて論じます。
空間が物理現象の担い手と同一視できる実体だとすると、時間はどうなるのだろう? 空間は実体だが時間は形式にすぎないのか? 時間の流れは現実に生起する物理的な出来事なのか? 実は、この問いに答えることが、本書の最大の目標である。
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新書版p.7
時間の「流れ」とは、現実に生起している物理的な出来事なのか、それとも私たちの心の中にだけある世界認識の方法なのか。決定論、量子脱干渉、タイムパラドックス。時間にまつわる難問が、現代物理学ではどのように考えられているのかを語る一冊。新書版(講談社)出版は2020年1月、Kindle版配信は2020年1月です。
[目次]
はじめに――時の流れとは
第1章 時間はどこにあるのか
第2章 過去・現在・未来の区分は確実か
第3章 ウラシマ効果とは何か
第4章 時間はなぜ向きを持つか
第5章 「未来」は決定されているのか
第6章 タイムパラドクスは起きるか
第7章 時間はなぜ流れる(ように感じられる)のか
第1章 時間はどこにあるのか
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場所によって時間の尺度が異なるのだから、宇宙全域に単一の時間が流れるのではなく、あらゆる場所に個別の時間が存在すると考えなければならない。
本章のタイトルとして掲げた問い――「時間はどこにあるのか?」――に答えるならば、時間は「その場所」にある。決して、どこからともなくすべての物体に作用するのではない。
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新書版p.44
まず相対性原理から導かれる時間の局所性、つまり宇宙全体に渡って均一に流れるニュートン時間などというものはなく、時間の経過は場所や観察者に依存していることを解説します。
第2章 過去・現在・未来の区分は確実か
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「未来」はまだ実現されず「過去」はすでに過ぎ去ったのだから、どちらもリアルでなく、ただ「現在」だけがリアルだ――そうした見方は、時間について多くの人が共有する考え方だろう。だが、この主張に、実験や観測で検証できる根拠があるのだろうか?
(中略)
相対性原理を認めるならば、「現在」だけがリアルなのではなく、「過去」も「未来」も同じようにリアルだと考えざるを得ない。「現在」という物理的に特別な瞬間など、もともと存在しないのである。どこからともなく作用して運動や変化を生み出す「時間の流れ」も、あえて想定する必要がない。
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新書版p.76、77
空間の広がりと同じく時間の広がりにも特別な点や方向はなく、「過去」「現在」「未来」は同じようにリアルである。空間が特定の方向に「流れ」てはいないように、時間の「流れ」も想定する必要はない。相対性原理に基づいた時間と空間のイメージを解説します。
第3章 ウラシマ効果とは何か
――――
物理学では、座標を変換しても物理法則が変化しないことを「対称性がある」と言う。平面世界は、空間内部での回転に対して対称性がある。ミンコフスキーの幾何学に従う時空は、どの方位を向いても世界が同じように見えるので、時空の構造に対称性があると見なされる。
時空の対称性を物理法則にまで拡張し、時空の内部でどの方位を見ても世界が同じ物理法則に従う場合、この世界には「ローレンツ対称性がある」と言う。アインシュタインが提唱した相対性原理とは、幾何学の観点からすると、「世界にローレンツ対称性がある」という主張になる。
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新書版p.98
時間と空間はあわせて「時空」を構成しており、ミンコフスキーの幾何学に従う。座標軸を回転させると時間と空間は混じり合うが、時間と空間の幾何学的構造は変化しない。つまり物理世界にはローレンツ対称性がある。基礎知識の総仕上げとして、ミンコフスキー幾何学で表現される時空の構造について解説します。
第4章 時間はなぜ向きを持つか
――――
物理的な不可逆変化の向きが逆転しない理由は、時間が一方向的に流れるからではなく、「時間の端っこ」となるビッグバンが、きわめて特殊な状態だったせいである。
ビッグバンがほとんど揺らぎのない状態だったため、そこから重力によって引き起こされる変動は、必然的に、揺らぎを増す方向に制限される。
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新書版p.140
時間の広がりに本質的な方向性はないとすると、なぜ「過去」から「未来」に向かって流れているように感じられるのだろうか。それは「時間の端っこ」にビッグバンという特殊な境界条件があるためだ。この宇宙における時間の「向き」がどのようにして決定されているかを論じます。
第5章 「未来」は決定されているのか
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詳細を決定するのが、ビッグバン直後から無数に繰り返される脱干渉である。脱干渉が見られる局面では、特定の世界線だけが「実現された歴史」として、言わば“選ばれる”ことになる。(中略)
観測の有無を問題としない客観的な量子論は、1950年代から多くの物理学者によって研究され、80年代のグリフィス-オムネスによる整合的歴史の理論など、興味深い成果を生んできた。脱干渉を重視する議論も、その流れの中にある。
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新書版p.169
時間の広がりにおいて「過去」も「未来」も同等だとすると、未来は過去と同じく完全に決定されているのだろうか。量子状態の脱干渉(デコヒーレンス)に基づいた、世界線の量子揺らぎについて論じます。
第6章 タイムパラドクスは起きるか
――――
パラドクスを解決するためには、ニュートン力学のような「物理現象は時間に関する微分方程式によって決定される」という考え方を止める必要がある。ワームホールを通って自分自身とすれ違う無数の軌道があり、各軌道ごとの作用に応じて互いに干渉し合うとすれば、そのすべての効果が併さって、整合的・全体的な過程になると予想される。
パラドクスは、「まずワームホール通過前の軌道だけがあり、これが通過後の軌道とすれ違うと……」と順番に扱うことによって生じた。はじめから二種類の軌道を併せて考えれば、パラドクスが起きる余地はない。
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新書版p.190
ワームホール型タイムマシンの「入口」に飛び込んだ粒子が、過去の「出口」から飛び出してこれから「入口」に向かう過去の自分自身と衝突し、その結果として粒子の軌道が変わって「入口」に入れなくなったとすれば、これはタイムパラドクスを引き起こすのではないか。それとも、それはニュートン力学的(微分方程式的)な世界観から生ずる錯覚なのだろうか。タイムパラドクスとその解釈について論じます。
第7章 時間はなぜ流れる(ように感じられる)のか
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時間は物理的に流れるのではない。では、なぜ流れるように感じられるかというと、人間が時間経過を意識する際に、しばしば順序を入れ替えたり因果関係を捏造したりしながら、流れがあるかのように内容をするからである。
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新書版p.198
物理的には時間は空間と同じく広がりであって「流れ」てはいない。では人間の意識はどのようにして「時間が流れている」という錯覚を生み出すのか。時間の流れを作り出す意識のはたらきについて論じます。
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