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『熾火をむなうちにしずめ』(斎藤恵子) [読書(小説・詩)]

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遮断機の前で衝動を抑える
鉄道草が群生する
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『鉄道草』より


 なまえのない強い感情が、動植物のすがたをとってあらわれる詩集。単行本(思潮社)出版は2020年4月です。


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きのう見知らぬ町を歩いた
ビルの北壁に馬の大腿骨
放熱している
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『見知らぬ町』より


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生れてはちぎれていく
ことばのように
気配はきれぎれの横じまになり
校庭を
尾を垂れた黒犬がのろのろ歩いていく
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『尋常小学校の上を』より


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朝顔のつるが屋根に駆けあがり
ベランダに百足が這う
サーカスで芸が覚えられなかったライオンが
動物園の檻で絶食中の眼をほそめ
駅の掲示の手配写真が濃くなる
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『六月に壊れていく島があるから』より


 他人と共有できなさそうな感情、なまえのない強い感情が、動植物のすがたをとってあらわれるような作品が並びます。


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水底にいるものたち
海を畏れながら
ぬれてわたしのなかに棲むひとたち
息をぬるませ
わたしのゆびを長くする
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『鞆』より


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こどもを連れて通ったことがあった
 ぬれた色をしてねているよ
奥からおばあさんのような手が
おいでおいでをした

蛇やは朝から店を開けていたが
客らしいひとを見たことはない
ガラスケースのなかの生きものは
薄墨を曳いてたまにのろりと動く
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『蛇や』より


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なんども同じ道をいくから
踏切のそばで月見草になる

鉄橋の下
鈍色の水面がゆらいでいる
ぬるんだ月が生れている
――――
『月見草』より


 動植物ではなく道具に託される作品もありますが、どれも穏やかな水面の下で黒い強い渦がまいているような激情を感じさせて、思わず息をのみます。かなり怖い詩集。


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母は鯨の骨のヘラに力をこめ
布に線をひくように押していく
細いへこみが印になりひたいが汗ばむ
温い日だった
はげしくにくむものがあった
――――
『弦月』より


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砂時計の微かな音
悔やんでいるひとの声が
ばらばらの黒鍵になってちぎれていく
いち枚の青空

暗い冷蔵庫の水をのむ
骨のあいだを抜けていく
わたしはつめたさだけになっている
――――
『ばらばらの黒鍵になって』より





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