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『体内飛行』(石川美南) [読書(小説・詩)]

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(4)前回の締切からの三カ月間で自分の身に起こったことを、時系列に沿って盛り込む
というルールも追加した。
 実際には予定通り行ったところもあれば、行かなかった部分もあるが、このルールがなければ書き得なかった歌も少なくない。第七回で「体内飛行」というタイトルに思いがけず実人生が追いついたときには、奇妙な問いさえ頭に浮かんだ。もしこの連載の仕事をいただかなかったら、私の人生はこれほど大きく変化していただろうか、と。
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 直近の自身の体験を時系列に沿って盛り込む。そのしばりで連載された、人生の激動期をそのままおさめた歌集。単行本(短歌研究社)出版は2020年3月です。


 時系列のならびが大切な歌集なのですが、そこはごめんなさい気にしないで個人的印象だけで紹介してゆくと、日常生活の細かいところをユーモラスにえがいた作品が素敵。


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子どもの頃覚え、いつしか忘れにき帆船用語・ヒエログリフ・点字
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カンブリアと名付けて住める深い谷 変なら変なほどモテる谷
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大型テレビも遠くで見れば小型にて大食ひ選手権真つ盛り
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木曜は壜・缶・ペットボトルの日 愛着のない缶から捨てる
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「ブロッコリーについては俺も十字架を負つてる」二十二時の晩餐
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 お菓子が出てくる作品には懐かしさを感じますが、食事については怒りや悲しみを感じさせることが多いような気がします。


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励ましかた雑でごめんと詫びたあと音なく吸つてゐる〈朝バナナ〉
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パンケーキ焼ける匂ひに破られつ胃袋姫の浅き眠りは
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食ひ意地に支へられたる日の終はりどら焼きの皮買ひに神田へ
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ジャンケンで決まる勝負を勝ちきつて今宵金平糖の総取り
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観たいのはかなしい映画 世界中の夕餉のシーンばかり繋げて
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心より先に体が太りだし鯖味噌にぎり両手にて食む
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恨むなら名指しで恨んだら良いと七味ペペロンチーノ山盛り
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 そして生活の激変。


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結婚線危ふきことを人に言はず手相の本を捨てて引越す
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本棚に『狂気について』読みかけのまま二冊ある この人と住む
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全開で笑ふ田口綾子(たぐち)よ「予言の書」と呼べば「医学書です!」と正して
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産んだ後も痩せないといふ確信が朝の体にきらきらと来る
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霧晴れたやうにわたしの声が言ふ「夢が陸地に戻つて来た」と
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 最後に、人生をふり返って一年一作うたった連作が収録されています。


1990 小学四年一学期の保護者面談で
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「美南ちやんだけは女の武器を使はずに戦つてゐて偉いと思ふ」
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1993 中学校入学
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「気取らなくなるまでは詩を書かない」とエンピツ書きの拙い文字で
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2002 『pool』創刊、WEBサイト「山羊の木」開設/就職決まらず、短歌以外は全て停滞の年
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文化祭に展示してゐた作品は最終日ごつそり盗まれたり
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2006 書店バイトの傍らDTPの学校に通ふ
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秋のきのこフェア任されて仕入れたるきのこ雑誌がどんどん売れる
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2010 三十歳になる二、三日前
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「二十代で成し得たことは何ですか」光森さんに聞かれてキレる
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2018 出産
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うちの子の名前が決まるより早く周子さんがうちの子を歌に詠む
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タグ:石川美南
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