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『詩篇Aa』(高塚謙太郎) [読書(小説・詩)]

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新しいシーズンやリーグのルール、新しい世紀や新しい元号、新しい私たち、は新しかった
すべての言葉は五線譜に起こすことができた
新しい美しさに存分に満たされながら上位層のさらに上澄みだけが、私たちの身体だった
身体は言葉だったし、言葉は私だった
愛してます、は愛していることだった
私とは表現だった
苦心のあとがきちんとコード化され、メロディーを奏でていた
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 正式タイトルは『現代詩書下ろし一詩篇による詩集 懐紙シリーズ第二集 詩篇Aa』です。同人誌(阿吽塾)発行は2020年12月です。


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髪が伸びなくなった
私はものを食い、考え、話していた
私の記憶にしっかり紐づけされ、根がはり、Aaの姿が私の中で芽吹く春を待っておればよい、そんなかすかな期待までも、痕跡ですらなくなるとは考えていなかった
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霞が文字の集まりに見えはじめた
朝、雨が降っているな、とうつらうつらしていた。しばらくして窓を見ると、その形跡もなく、それは空調の音だった。
これを改行分かち書きにしたような日々が過ぎていった
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驚いたことに、霞のあとですら、私は飢えに襲われる恐れが残されていたのだ。私は、私の家や暮らし、親しかったものとの思い出を守るために、生存し続けなければならない。それと、言葉を忘れないため、というよりも私でない他者に会い続けるために、自宅や町に残された本を大量に読まねばならなかった。それらが存在しなければ、私は花のように毀たれてしまうだろう。これら一連の作業が私を私足らしめてくれた。かつては、これがAaを支えるシステムだった。
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 あるとき町が霞に満たされ、静かに終末がやってくる。語り手はAaを探し求めさまよう……。というような終末SF的情景をえがいた詩篇です。


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数多くの営為が成立しなくなっても、一度定められた人々のベクトルは変わることなく、虫のように明るいところを目指しつづけた
配されたアカウントの始源性の魅力に次々と飲みこまれていくようであった
いままでになかったような自由と柔軟が美しいシステムの網を急速に広げていった
そこからこぼれた、というより逃げたわずかな人々は始源へ向かい、質量の鋳型で自分たちを再生産し、新しいシステムの編み目に綴じられた人々は始源へ向かい、新しい記憶で自分たちを永遠に残し、かつ量産していった
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 新型コロナ禍を生きる読者にとって馴染み深い感覚が書かれます。いや、もしかしたら詩が書けないときの詩人の苦悩かも知れませんが。Aaがいない。Aaにとどかない。


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愛は枯れるものでしょうか
すべてただの繰り返しだ

崇高な朝はやってくる。いつも。あるいは、いつか
霞として意識されるようなフェーズも散り散りになり、単にコードはモザイク状になり、霞み、目を凝らすとぼんやりと朝を迎えていた
チュートリアル的にニュース映像が流れる
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タグ:同人誌
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