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『名探偵ぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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 おおう、なんと恐れ知らずのタイトル……! 私、言っときますけど、ミステリー作家じゃないんですよ!
 でもずっと長い間、このタイトルでぶたぶたを書きたいな、と思っておりました。しかし、何度も言いますが、私はミステリー作家じゃないのです(言い訳)。
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文庫版p.223


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。

 最新作は、様々な悩みを抱える人々がぶたぶたに相談することで解決の糸口をつかむ5篇を収録した短編集。文庫版(光文社)出版は2021年1月です。

 今回の山崎ぶたぶた氏の職業は高名な私立探偵、……ではありません。いやちょっと期待したけど。あるいはなぜかいつもぬいぐるみを抱えている「眠りの小五郎」と呼ばれる名探偵が、眠っている間にしぶい中年男の声で名推理を披露するとか。

 そういうわけではなくて、「あとがき」でも説明されていますが、基本的にいつものぶたぶた作品集です。凄惨な殺人事件とか起きませんので、また読者が細部まで注意深く読み込んで推理しなければならないということもありませんので、ミステリーが苦手な方もご安心ください。

 今回は連作ではなく、過去の作品に登場した様々な職業のぶたぶたが再登場するという趣向の、独立した短篇から構成されています。

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 ちなみに、今回はすべて以前書いたもののスピンオフになっておりますが、元の作品を読んでいなくてもまったく問題ありません。興味を持ったら、元の作品も読んでみてくださいね。
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文庫版p.226

 元の作品を読んでない人は、どれが元の作品か分からないんじゃないの、と心配になりますが、いやいやこれは「読者への挑戦状」ではないでしょうか。さあ古参読者は、作品リストを参照せず、記憶だけでそれぞれの短篇の元になった作品の書名を言い当ててみましょう!


[収録作品]

『悪魔の叫び声』
『置き去りの子供』
『レモンパイの夏』
『ぬいぐるみのお医者さん』
『女の子の世界』




『悪魔の叫び声』
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 しかし、〆切は容赦なく近づいてくる。どうする? うまくいかないからきっぱりやめて、新しい話を考える? それとも、アイデアがまとまるまでこのネタでもう少しがんばる?
 どちらにすればいい結果が出るかはわからない。どっちを選んでもどうにかなった経験がある身としては、判断のつけようがない。
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文庫版p.26

 ある「謎」を抱えた作家がそれをネタに作品を書こうとするが、作中でどう「解決」したらいいか困り、文壇カフェのマスターであるぶたぶたに相談する。ぶたぶたの小学校時代の思い出とか、地味に衝撃。昔は子供だったのか。元になった作品は『編集者ぶたぶた』。


『置き去りの子供』
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 次の日から家に戻るまで、麻絵はぬいぐるみをホテルの中で探し続けた。いつもの目線から下を見るようにしてみたら、さりげなく隠れる桜色の影のようなものをたまに見かけるようになった。そのたびに追いかけたが、影はとても素早い。ある時は角を曲がった時に見失い、ある時は振り向くともう姿はなく、いたと思った場所に着いた時にはもう遅くて――そんな感じで一度も追いつくことはなかった。
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文庫版p.72

 子供の頃にグランドホテルで出会った謎のぬいぐるみ。ある理由から彼に再会するために30年以上たって同じホテルを訪れた女性。果たして再会はなるのか。元になった作品は、異形コレクション『グランドホテル』……ではなくて『ぶたぶたのいる場所』。


『レモンパイの夏』
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 ミステリーだと探偵役の登場人物がいろんなところへ行ったり、話を聞いたりして、次々手がかりをつかんでいく。でも実際は何もできないし何も起こらない。今年は外出自体ができなかった。いや、三月頃まではまだできていたのだが、いつの間にか電車に乗るのもはばかられる状況になってしまった。
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文庫版p.101

 消息を絶った友達を見つけるために、海の家を探しに海水浴場にやってきた高校生。ところが疫病のせいで浜辺にほとんど人はおらず、海の家も出ていない。途方に暮れていたところ、近くでカフェをやっているというぬいぐるみに声をかけられるが……。

 新型コロナ禍が扱われているのに驚きました。マスクしなくて大丈夫かぶたぶた。いやぬいぐるみだからウイルスに感染することはないか。いやいや、以前、風邪をひいて寝込んだことがあるぞ。というか、ぶたぶたの多くが飲食店を経営しているので、コロナ禍はきついでしょ。元になった作品は『海の家のぶたぶた』。


『ぬいぐるみのお医者さん』
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 利信としては、あのぶたぶた先生とニャーのことを変に重ねてしまったりしている。ニャーもぬいぐるみだし、ぶたぶた先生もぬいぐるみだが、彼らの違いってなんなんだろう。大人には明らかに違うけれど、孝太郎にとっても違うのか、あるいは同じなのか――。
 それを考えていると、眠れない――ほどではないが、最終的には妙にほのぼのして眠っているような気がする。
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文庫版p.171

 幼い息子が大切にしていた猫のぬいぐるみが消えてしまった。近くの病院に入院しているに違いないと息子は考えている。なぜなら、そこには、ぬいぐるみのお医者さんがいるから……。最終ページで泣ける短篇。元になった作品は、『ぶたぶたのお医者さん』ではなくて(これはひっかけ)、『ドクターぶたぶた』。


『女の子の世界』
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 けれど最近、全部知らなくても、知らせなくてもいいんだ、と感じられるようになってきた。全部知っている人やものでなければ、自分の世界に存在できないと考えていたけれど、本当の世界は、ほとんど知らないものでできている。このぶたぶたの存在のように。こんなの、絶対に分からない。
 でも、それでいいんだと思える。
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文庫版p.221

 ふさぎこんで、親とも口をきかなくなった中学生が、スクールカウンセラーの先生と面談することになる。彼女が抱えている深刻な問題とは何か。カウンセラーのぶたぶたは彼女を救うことができるのか。思春期女子の精神的危機と成長を鮮やかに描く最終話。元になった作品は『学校のぶたぶた』。





タグ:矢崎存美
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