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『どこにでもあるケーキ』(三角みづ紀) [読書(小説・詩)]

――――
花水木は、わたしの木
名前の由来になっている

満開の季節に
ほこらしくて

駅前の街路樹が
四つの苞で充ちるとき
すれちがうひとたちに
自慢したくなる

あれは、わたしの木

庭に 桃色と白色の
花水木を植えてもらう
まだまだ子供の木たち

学校へ行く前に
かならず成長を確認して
ぽっぽに教えてあげるんだ

ほら、
あれはぜんぶ
ぜんぶ わたしの木
木陰で一緒にうたたねしよう
――――
『わたしの木』より全文引用


 焦燥と不安、戸惑い抗う鋭敏な13歳の季節を生々しく描いた最新詩集。単行本(ナナロク社)出版は2020年8月です。


「三十八歳のわたしが十三歳になって詩を書こうとしたら、同じく繊細で、ひどく図太くて、ひどく鋭敏だったので驚いた。ひとってそんなに変わらない」(「あとがき」より)


 13歳の一年間、季節ごとの心の動きと成長が丁寧に書かれます。季節ごとに一作ずつ選んで抜粋引用してみます。


――――
はやく完全な大人になりたくて
あるいは幼いころに戻りたくて
特徴のない 痩せっぽちの少女
こんなにつまらないものはない

わたしのいない教室は
なにも変わらず
とどこおりなく進むから

わけもなく
わけがあっても
嗚咽が漏れだす
庭の花々が香りになって漂い
いつまでも
獣のわたしを包みこもうとしていた
――――
『春と獣』より


――――
季節に忘れられた
わたしたちの
ありあまる感情だけが成長していく

初夏の光にせかされて
支度は足りていなくて
半袖のシャツの裾から
こぼれおちていくもの
意図しない成熟は残酷だ

そのうち
わたしたちは
頬を赤く染めて
無造作に収穫されていく
――――
『夏至の日』より


――――
肌寒い空気が
いよいよ秋の到来を告げて
高台まで一気にかけぬけた

ビルに はばまれて
確認できないものの
地平線が
この町の彼方にあり

空と大地のさかいめを目前にして
土曜日の舞台が一瞬だけ静止して
葉っぱが乾いた音をたて宙に舞う

投影される光景が輝いて
わたし この町が好きかもしれない
もしかしたら好きなのかもしれない
――――
『マチネ』より


――――
ピアノの椅子に
慎重に腰掛ける

校庭であそぶ同級生の声が
過去みたいに遠ざかっていく

冬が窓ガラスを鳴らして
やわらかい陽光の日に
弾けないピアノに
ぽろぽろ 触れた

吐く息は白くって
ああ わたしは生きているし
これからも生きていくのだと
明確に 曖昧に 感じる
――――
『音楽室』より


――――
永遠に こうしていたいが
誰かを隔てるためではなく
毎日 産まれるためにあるから
ざらざらとした表面をなぞった

ガラス越しに
皆が眺めている
あの子の姿もある

明日は誕生日で
わたしは十四才になる
――――
『曇り硝子』より





タグ:三角みづ紀
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