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『驚異の量子コンピュータ 宇宙最強マシンへの挑戦』(藤井啓祐) [読書(サイエンス)]

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 壮大な夢を謳い、ひと昔前まで実現不可能とまで言われていた量子コンピュータを取り巻く環境は、ここ数年で完全に変貌をとげてしまった。
 本書の校了を間近に控えたまさにこの瞬間にも、従来コンピュータの頂点に立つスーパーコンピュータが1万年かかる計算をグーグルが開発した量子コンピュータは数分でやってのけてしまうという驚異的な潜在能力が実証されたという発表があった。人類史上はじめて量子力学の原理で動くコンピュータが従来のコンピュータに対して数学的にきちんと定式化された問題において圧勝するという歴史的瞬間、量子超越性を達成したというのだ。私は、この論文の査読をした3人の研究者のうちの一人である。
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 スーパーコンピュータで何万年もかかる計算を数分で解いてしまう驚異の量子コンピュータ。その量子超越性がついに達成されたという。それは厳密にはどういうことなのか。社会や他研究分野に対するインパクトは。量子コンピュータの基本原理から最前線研究まで一般向けに分かりやすく解説してくれる興奮の一冊。単行本(岩波書店)出版は2019年11月です。


 専門的な内容も含まれますが、とにかく熱い言葉の数々に興奮しつつ、どんどん読み進めることが出来る本です。


「物理法則で作りうる最強のマシン」
「拡張チャーチ=チューリングのテーゼを我々の物理法則は破ることができるのか?」
「量子力学が持つ、量子コンピュータを作り上げろと言わんばかりの、奇跡的に美しい構造」
「インターネット経由で誰もが「量子の直感に基づいた経験」を積める時代」
「量子ネイティブ世代による物理世界の量子ハッキング」
「宇宙をハックせよ」


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 アダマール演算、CNOT演算、位相回転演算を組み合わせることによって量子力学で許されたどのような計算も実行することができる。つまり、これらは量子コンピュータのための万能演算となっており、これらを実行できる量子コンピュータは、万能量子コンピュータと呼ばれている。つまり、確率振幅の波を分けたりひっくり返したりねじったりすることでどのような複雑な波も作れるということだ。
 量子力学という自然を記述する最も基本的な枠組みにおいて、許されたすべての操作が実行できるコンピュータなので、万能量子コンピュータは、宇宙最強のコンピュータであるといえよう。
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単行本p.85


〔目次〕

1章 量子力学の誕生
2章 コンピュータと物理法則
3章 量子コンピュータの夜明け前
4章 量子情報と量子ビット
5章 量子コンピュータのからくり
6章 量子とノイズのせめぎ合い
7章 ブレイクスルー
8章 量子超越をめざして
9章 量子コンピュータはスパコンに勝てるのか?
10章 宇宙をハッキングする




1章 量子力学の誕生
2章 コンピュータと物理法則
3章 量子コンピュータの夜明け前
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「計算にはエネルギーが必要であろうか?」という素朴な問いかけは情報科学の知見だけから答えることはできなかった。情報処理を行う物理系に視点を戻し、その物理系が従う物理法則にお伺いを立てる必要が再び出てくることになった。これが、1920年代の量子力学の確立に始まる現代物理学、そして1930年代に始まり、我々の日常生活のあり方を完全に変えることとなった情報科学の再会の瞬間である。
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単行本p.30


 まず量子力学、続いて情報科学の基礎をおさらいします。その上で、量子コンピュータの源流ともいえる、両者の「再会」について解説します。


4章 量子情報と量子ビット
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 古典的な直感では説明できない現象というのは、不思議であるだけでなく、従来の古典情報処理ではできないことを可能にしてくれる。そして、現在では、量子情報分野の研究者たちは、これらの現象を当たり前のことのように受け入れ、それを応用している。宇宙物理学分野の著名な研究者である佐藤文隆先生の言葉を借りると、まさに、「不思議とは古い理論への執着であり、技術とは不思議を制御すること」なのである。
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単行本p.62


 状態の重ね合わせとエンタングルメントを利用する量子ビット。その基本原理から始まって、核スピン量子ビット、超伝導量子ビット、イオントラップ、半導体量子ビット、光量子ビットなど、量子ビットを実現するための様々な技術を解説します。


5章 量子コンピュータのからくり
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 量子コンピュータの創成期においては、情報と物理の融合領域に魅せられた一握りの先駆的な研究者が量子コンピュータの研究を行っていた。しかし90年代に入り、一つのブレイクスルーによって量子コンピュータに多くの研究者が興味をもつようになった。当時ベル研究所にいたMITの数学者ピーター・ショアが、素因数分解という誰でもよく知っている問題について指数関数的に高速に答えを見つけ出す量子アルゴリズムを見つけたのだ。
(中略)
 ショアによる素因数分解アルゴリズムは、二つの意味で驚異的であった。一つは、それまで難しいと信じられ、暗号の安全性の拠り所としてきた素因数分解問題が、量子コンピュータによって簡単に解くことができてしまうということ。二つ目は、チューリングの提案以降、最も一般的であり、それを超える計算モデルが現実世界には存在しないと考えられてきたチューリングマシンに対して、量的に性能を上回る計算モデルが見つかったことである。(中略)ショアによる素因数分解アルゴリズムの発見は、多くの計算機科学者と物理学者に大きなインパクトを与え、量子コンピュータ研究を情報と物理という極めて異質な二つの分野が交わる学際領域の最先端研究へと一気に引き上げた。
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単行本p.87、90、91


 量子ビットを用いて実際にどのようにして演算を行うのか。その基本原理から、ゲート型、測定型、断熱型など量子コンピュータの演算機能を構成するための様々な方式を紹介。さらに、量子コンピュータによって素因数分解問題を高速に解くことが出来る、という発見が与えたインパクトを解説します。


6章 量子とノイズのせめぎ合い
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 量子コンピュータをノイズから守ることができるか? といった問いかけは、単なる工学的に精度を改善できるかという問題をはるかに超えていた。量子コンピュータが物理法則で作りうる最強のマシンでありえるのか? 拡張チャーチ=チューリングのテーゼを我々の物理法則は破ることができるのか? という重要な問題の根幹につながる問いだった。
(中略)
 量子力学は、デジタルとアナログが両立するように、奇跡的に美しい構造をとっている。まさに、量子コンピュータを作り上げろと言わんばかりである。著者がこれをはじめて知った時、鳥肌が立ったことを今でも覚えている。
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単行本p.98、103


 原理的に構成可能だと示されたとはいえ、実際に量子コンピュータを実装しようとするとノイズの壁にぶち当たる。冗長化することで信頼性を上げられる古典コンピュータと違って、原理的に複製が出来ない量子情報に生ずるエラーをどのようにして回復すればよいのか。量子コンピュータ実装への道を切り開いた、量子誤り訂正の発見について解説します。


7章 ブレイクスルー
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 マルチネスがグーグルとNASAのチームと共同研究していたことは知っていたので、「グーグルなんかが量子コンピュータを本当に実現するための研究所を作ってくれないですかね?」と冗談半分で言ったことをよく覚えている。その時は肯定しなかったが、まさかそれがすぐに現実になるとはまったく思っていなかった。(中略)技術的詳細を専門家から聞いたグーグルはマルチネスをグループごと取り込み、独自に超伝導量子ビットを開発し、万能量子コンピュータを目指す方向に舵をきったのである。
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単行本p.116、117


 ついに始まった量子コンピュータ開発競争。グーグル・IBM・マイクロソフトなどIT大手、様々な量子ベンチャー企業、そしてEU・英国・米国・中国・オランダ・シンガポール・カナダなどの各国政府。それぞれのプレイヤーたちの動きを追います。


8章 量子超越をめざして
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 ビットコインが暴落したり、暗号がすべて解読されてしまうという不安は明らかに行き過ぎた反応である。しかしながら、このような現在の量子コンピュータの現状を踏まえても、今回のグーグルの成果は科学技術史上重大な成果である。量子力学の原理で動作し、プログラム可能で万能性があり、数学的にきちんと計算ルールを記述することができ、従来のコンピュータ上でシミュレーションを行う最速アルゴリズムでも量子ビット数や計算ステップ数に対して指数関数的に時間を要するような計算をするマシンを史上はじめて実現し、スーパーコンピュータよりも速く特定のタスクを実行できることが実験的に示されたのだ。
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単行本p.133


 ついに達成された量子超越性。それはどのような意味を持つのか。どうやって検証したのか。量子コンピュータ開発の現状の到達点を紹介します。


9章 量子コンピュータはスパコンに勝てるのか?
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 いずれにせよ、NISQマシンが、実用的な問題において古典コンピュータを凌駕する量子コンピュータたりえるのか、もしくは、誤り耐性のある真の量子コンピュータへの過渡期なのか、これからの進展から目が離せない。
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単行本p.147


 すでに実現している量子アニーリングマシン、近い将来に実現するであろうNISQマシンなど量子コンピュータ開発の現状とロードマップをまとめ、どの段階で古典スーパーコンピュータを実用的な意味で凌駕するのかを論じます。


10章 宇宙をハッキングする
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 誰もがインターネット経由で量子コンピュータを動かし、その不思議を気軽に経験し、「量子の直感に基づいた経験」を積むことができる時代になってきている。このように身近に量子に接して育った、量子ネイティブ世代が量子の不思議を乗り越え、それを当たり前のように使いこなすような時代がそこまできている。量子ネイティブたちが量子コンピュータをハックすることによって、物理法則が織りなす複雑な世界の新たな知見を得、情報処理のパラダイムを根底から変えてしまうことを期待したい。
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単行本p.160


 量子コンピュータが実用化された後はどのような時代になるのか。量子ネイティブ世代の技術者たちによる物理世界の量子ハッキングは何を実現するのだろう。量子コンピュータ時代の展望を語ります。





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