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『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』(笹井宏之) [読書(小説・詩)]

  「午前五時 すべてのマンホールのふたが吹き飛んでとなりと入れ替わる」

 夭逝した歌人がのこした作品集。単行本(パルコ出版)出版は、2011年01月です。

 優しい言葉、ユーモラスな言葉、響きの面白い言葉が組み合わされて、自然に短歌となってしまったような、無理を感じさせない不思議な作品が集められています。

 まずは、ストレートに感動できる作品の数々。

  「この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい」

  「きんいろのきりん あなたの平原で私がふれた唯一のもの」

  「食パンの耳をまんべんなくかじる 祈りとはそういうものだろう」

  「一様に屈折をする声、言葉、ひかり わたしはゆめをみるみず」


 個人的にはむしろ、あれっ、と思わせる変ちくりんな作品が好き。

  「和尚さんそんなに欠けないで あとからお弟子さんたちも続かないで」

  「冬用のふとんで父をはさんだら気品あふれる楽器になった」

  「美しい名前のひとがゆっくりと砲丸投げの姿勢にはいる」

  「つぎつぎと星の名前を言いあてるたそがれの国境警備隊」

 何と言っても「和尚さんそんなに欠けないで」とか、「たそがれの国境警備隊」とか、そのまま本のタイトルになりそうなキャッチーな言葉の使い方、シビれますよ。


 重機や建造物などの巨大な機械が登場する作品も数多くあり、しばしば擬人化されますが、こういうのもカッコいい。やっぱり巨大メカは抒情ですね。

  「ごみ箱にあし圧縮をかけるとき油田が一部爆発するの」

  「大陸間弾道弾にはるかぜの部分が当たっています」

  「ひとりでに給水塔があるきだし品川までの切符を買った」


 ユーモア感覚は独特で、なんとも言い難い、身体の内側をくすぐられるような笑いを感じさせます。

  「とてつもないけしごむかすの洪水が来るぞ 愛が消されたらしい」

  「ゆるせないタイプは〈なわばしご〉だと分かっている でてこい、なわばしご」

  「もうそろそろ私が屋根であることに気づいて傘をたたんでほしい」


 特に「死」のイメージが登場するとき、その諧謔的な鋭い感覚が冴えるような気がします。

  「クレーンの操縦席でいっせいに息を引き取る線香花火」

  「夏らしきものがたんすのひきだしの上から二段目で死んでいる」

  「音速はたいへんでしょう 音速でわざわざありがとう、断末魔」

  「別段、死んでからでも遅くないことの一つをあなたが為した」

  「天井と私のあいだを一本の各駅停車が往復する夜」


 全般的に、真っ直ぐというか、一途さを強く感じさせる作品集です。ひねくれたユーモアも意地悪な誤誘導もなく、何にせよ悪意というものを感じさせない、そんなきれいな短歌が並ぶ様は、なぜか哀しい。若さ、というものでしょうか。


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