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『日本SF全集3 1978-1984』(日下三蔵 編) [読書(SF)]

 「まさに新世代の作家が大挙して出てきた時期だね」(単行本p.453)

 半世紀に渡る日本SFの歴史を、一作家につき一短篇を厳選して収録することで、六冊にまとめてしまうという『日本SF全集』、その第三巻。単行本出版は2013年12月です。

 この巻に収録されている作品の多くが書かれたのは80年代前半で、SFが娯楽小説のメインストリームに躍り出た時代でした。従って収録作品にも、スペースオペラ、ヒロイックファンタジー、少女漫画、海外SFオマージュ作品など、SFの可能性を探求するというよりは軽やかにSFとたわむれるような作品が多く含まれています。


『あたしの中の…』(新井素子)

 「一回や二回の事故なら幸運ってこともあるだろうけど……一週間たらずのうちに二十九回も事故に遭いやがってからに……」(単行本p.12)

 何者かに命を狙われているらしい少女。その驚異的な治癒能力により、何度殺されても無傷で復活するのだが、困ったことに、巻き添えになって死んだ犠牲者の魂が「あたし」の中にどんどん取り込まれて、霊魂ホイホイ状態に。

 星新一氏の強力プッシュを受けた高校生作家デビュー作。「今読んでもよくこれ受賞させたなって思うよね」(単行本p.453)とは牧眞司さんのコメント。


『蒼い旅篭で』(夢枕獏)

 「もう現在(ここ)では、いろんなものが必要なくなってしまった。ほんのわずか、〈古〉のきれぎれのものがどうにかここへたどり着き、その片(かたわれ)だけを残して、意味だけが帰(い)ってしまったのですよ」(単行本p.60)

 世界が終末を迎えるなか、どこにあるとも知れぬ旅籠にやってくる者たち。意匠を凝らした文章で叙情的な雰囲気を醸し出す短篇。


『言葉使い師』(神林長平)

『火星鉄道(マーシャン・レイルロード)一九』(谷甲州)

 この二作品については、『てのひらの宇宙 星雲賞短編SF傑作選』にも収録されています。文庫版読了時の紹介はこちら。

  2013年03月29日の日記:
  『てのひらの宇宙 星雲賞短編SF傑作選』(大森望:編)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-03-29


『そして誰もしなくなった』(高千穂遙)

 「できれば、きみたちなんかに頼みたくない。李酔竜はWWWAの星だ。切札だ。そのかれの運命をダーティペアに委ねたくない」 「ダーティ……」 「ペア!」 「ぶちょー!」(単行本p.137)

 WWWAのトラコン「ラブリーエンジェル」の二人組、ユリとケイ。ひとたび事件解決に乗り出すや惑星一つくらい軽ーく破壊してしまうことから、人は彼女たちをこう呼ぶ。ダーティペア、と。

 人気スペースオペラの読み切り短篇。宇宙カジノに殴り込みをかけたユリとケイは、「トラコンカンフー」こと李酔竜をWWWAに連れ戻すために、彼とギャンブル勝負することになる。燃えよトラコン、あちょーっ、で、死者・行方不明者推定1880万人。まあ、そういうわけ。


『時の封土』(栗本薫)

『流星航路』(田中芳樹)

『われても末に』(式貴士)

 亡霊だらけの城に迷い込んだマリウスとグイン、流星群に突っ込んだ宇宙船、謎めいた少女との時を越えた出会い。この三作品については、牧眞司さんのコメントの通りです。

 「あれだけ先行作品そのままに書けるというのも才能だと思う。(中略)躊躇いがないよね。栗本薫はハガード、ハワードでしょ。田中芳樹は「地球の緑の丘」でしょ。式貴士は「たんぽぽ娘」でしょ。もう、もろ見えるじゃん」(単行本p.461)


『若草の星』(森下一仁)

 「ぼくはバケナメのことを何も知らないことに気付いた。いったいこいつはどうしてぼくに近付いて来たのだろう。何でいつもあんなに優しい想いをぼくに送り続けていたのだろう」(単行本p.258)

 恋人を失い、自暴自棄になって暴れた男が無人惑星に島流しにされる。そこで彼が出逢ったのは、巨大なナメクジ状の異星生物、バケナメ。最初は互いに警戒していた二人だが、やがてバケナメは男の記憶を読み取って恋人の姿に化けて近づくようになってゆく。異星生物との不思議なコンタクトを描いたリリカルな短篇。


『夜明けのない朝』(岬兄悟)

 「いったい、その白い部屋が何で、どうして頭に思い描いた物が出現するのかは判らなかったが、それらは現実の世界に戻ってからも、幻などではなく、確かに存在するのだった」(単行本p.266)

 頭に思い描いたものが実体化するという能力を身につけた男。様々なものを実体化しているうちに、死んだ恋人を復活させることに挑戦したのだが・・・。収録作には意外に少ない「オチのあるショートショート」の典型例。


『オーガニック・スープ』(水見稜)

 「突然、鍋の中でごぼごぼという音がしたかと思うと、中から白い手が現れた。火傷をしてところどころ醜くただれてはいたが、細くすんなりした腕であった」(単行本p.299)

 母親が家出して一人取り残された少女。キッチンに置かれた巨大な鍋の中では、原始スープから生命の発生と進化が起きており、やがて鍋から魚が、恐竜が、ついには母親が現れるのだった。

 奇怪なイメージの奔流、まったく不条理なつながり、読者の予想を裏切り続ける展開。これがデビュー作とはとうてい思えない、迫力ある傑作短篇。すばらしい。


『ウラシマ』(火浦功)

 「体の半分に朝日を浴び、微動だにせず佇立しているティラノサウルス。その後方で、うす紅色のコスモスが今をさかりと咲き乱れ、風にゆれていた。私はふとつぶやいた。「ティラノサウルスにはコスモスがよく似合う」」(単行本p.309)

 突如、家の庭に出現した恐竜。聞けば、亀を助けたところ龍宮城に連れていってもらい、帰ってみればこわいかに、とのこと。とりあえずうちの庭から足どけてくれない? 軽いドタバタコメディで楽しめる作品。


『花狩人』(野阿梓)

 「月光は煌々と湖面に映え、森は、夜と沈黙の底にしずんだ。オージュールは目の前の美貌の花狩人を凝視め、今や自分が伝説と神話の領域に足をふみ入れたことを、完全に理解した」(単行本p.389)

 弟の死の背後に陰謀があることに気付いた銀河連邦捜査局のエージェント。謎めいた花狩人。二人が「銃殺森林」の奥で出逢ったとき、壮大な革命劇が幕を開ける。

 SF的設定、ファンタジー的雰囲気、ホラー的情景、アクション映画的展開、それらをはかなく耽美な絵柄で包み込む少女漫画の世界を、小説で表現しようとした中篇。


『ノクターン・ルーム』(菊地秀行)

 「ピアノ。五線譜。パーカー。この部屋には夜想曲のために、足りないものがひとつある。わかったら、言ってみろ」(単行本p.412)

 夜想曲を作曲するためにホテルの一室にカンヅメになっている作家。作品を生み出す過程を、瀟洒な文章で幻想的に表現した傑作。


『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』(大原まり子)

 「いいか、よくおぼえとけ。人生の九十八パーセントはクズだよ。だけど、がっかりするんじゃない。残りがちゃんとあるんだからね、坊や」(単行本p.438)

 少年と少女が出逢ったのは巨大なクジラ。長年に渡って宇宙を泳いできたクジラと友達になった二人は、彼のためにある秘密の計画を立てる。ブラッドベリ風の素直なジュブナイルSF。


[収録作品]

『あたしの中の…』(新井素子)
『蒼い旅篭で』(夢枕獏)
『言葉使い師』(神林長平)
『火星鉄道(マーシャン・レイルロード)一九』(谷甲州)
『そして誰もしなくなった』(高千穂遙)
『時の封土』(栗本薫)
『流星航路』(田中芳樹)
『われても末に』(式貴士)
『若草の星』(森下一仁)
『夜明けのない朝』(岬兄悟)
『オーガニック・スープ』(水見稜)
『ウラシマ』(火浦功)
『花狩人』(野阿梓)
『ノクターン・ルーム』(菊地秀行)
『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』(大原まり子)


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